「百合ヶ丘女学院担当の監視員から連絡が入りました。
校舎の屋上に超大型の対物ライフルのような形状のCHARMを視認。
CHARMの周囲には二十名ほどのリリィが待機し、事前の通告通り試射の準備を進めている模様。
以後の指示を乞う、とのことです」
都内某所の高層ビルの地下深く、艦船の戦闘指揮所にも似た暗く広い室内。
その壁面を埋めるように大小数十のディスプレイが整然と並んでいる。
それらのディスプレイの前には十数名の人間が座席に着き、それぞれの画面に表示されている外界の各種情報に目を走らせている。
部下の男性から報告を受けた指揮官の女性は、軍服に似て非なる濃紺の制服に身を包み、まだ壮年と呼ぶには早すぎる容姿の持ち主だった。
彼女は部下の報告を聞いても表情を変えず、海岸線と地形が模式的な描線で表された画面の一つを、至って事務的に見つめていた。
「――通告はフェイクではなかった。
百合ヶ丘は律儀に予告通りの日時にCHARMの『試射』を行うつもりよ。
監視員に、そのCHARMの砲身が向いている方位と仰角を報告させるように」
女性は簡潔に部下に指示を出すと、部屋の中央やや後方にある自席に座り、目を閉じて今後の対応に考えを巡らせた。
しばらくして、指示を受けた部下が一枚の紙片を持って戻り、それを緊張した面持ちで女性に手渡した。
彼女は手渡された紙片に目を落とすと、先程と同じく眉一つ動かさずに独り言を呟いた。
「やはり『試射』の目標はG.E.H.E.N.A.の偵察衛星か。
百合ヶ丘も今になって随分と積極的な動きに転じたものね。
これまでは、せいぜい実験施設から強化リリィを『救出』する程度だったのに」
「百合ヶ丘は本気で我々の偵察衛星を撃墜するつもりなのでしょうか?」
方針変更の引き金は、おそらく先日のエレンスゲ女学園のリリィによる襲撃事件だろうと彼女は考えていた。
百合ヶ丘から何らかの報復がある可能性をG.E.H.E.N.A.では想定していたが、その報復がこの『試射』というわけだ。
百合ヶ丘の攻撃目標がG.E.H.E.N.A.の偵察衛星であることも、事前通告で指定された日時から彼女には見当がついていた。
(今回の百合ヶ丘の動きは、エレンスゲ女学園のリリィが独断で百合ヶ丘のリリィ2名を襲い、拉致しようとしたことへの報復の可能性がある――そのように情報部からは説明を受けた。
そして被害者の一人は、戦死したと思われていた人造リリィかもしれないという噂が、誰ともなく囁かれている。
だが現在は、人造リリィの生死に関する情報は完全にアクセスが禁じられており、箝口令も敷かれているらしい。
事実を把握しているのは、ごく一部の限られた幹部と、彼らから指示を受けて動いているエージェントくらいだろう。
まったく、エレンスゲのリリィは余計な事をしでかしてくれたものだ。
功名心に駆られて人造リリィと思われる者を拉致しようとしたのだろうが、それが仇となって百合ヶ丘の態度を先鋭化させてしまった。
考えてみれば当然だ。
自校の生徒の安全が暴力で脅かされたのに、ガーデンが黙って泣き寝入りする筈も無い。
相応の報復は、むしろ納得できる反応だと言える。
それで向こうの気が済むのなら、人工衛星の一つくらいくれてやればいいとさえ思う。
相当の費用は発生するが、再び衛星を打ち上げること自体は不可能ではない。
しかし、だからと言って、こちらも何もせずに黙って見ているにはいかない。
職務怠慢で上から処分を食らうのは願い下げだ。
現状の戦力で出来る限りの手は尽くさせてもらう)
「だとしたら、やるだけのことはしなければね。
とは言え、江ノ島に設置していたケイブ生成装置は百合ヶ丘に発見・撤去されてしまった。
現時点ですぐに使えるのは丹沢山地の装置か……あれは距離が離れているわね」
「百合ヶ丘のガーデンからは20キロメートル以上あります。
しかも山中を踏破することになるので、今からケイブを発生させても、ヒュージのガーデン到達までに衛星を撃墜されてしまうかと」
「今すぐに出せる飛行型を全部出して。
時間稼ぎの陽動くらいにはなる。
その間に、例の開発中の実験体をケイブへ送り込みなさい。
うまくいけば百合ヶ丘の目論見を阻止できるかもしれない」
「現状では、あの実験体に攻撃能力はありませんが、それでもよろしいのですか?」
「衛星の撃墜を阻止できれば、百合ヶ丘に損害を与えられなくても構わない。
いえ、むしろその方がいいのかもしれない。
無闇に報復の連鎖を招くような攻撃をする必要は無い。
あくまでも我々の目的は衛星の撃墜阻止、それ以上でも以下でもないのだから」
そう言い終えると、彼女は座席に深く座り直し、百合ヶ丘女学院とその周辺地域が表示された画面上の地図に視線を移した。
その頃、百合ヶ丘女学院の校舎屋上では、一柳隊とアールヴヘイム、それに工廠科の真島百由が集合し、百由は偵察衛星を発見するための指示を二水に出していた。
二水は百由が格納庫でミリアムに見せた脳波測定ユニットに加えて、衛星の座標特定に利用するための特殊ゴーグルも装着していた。
「二水さん、半透過型ゴーグルの調子はどうかしら。
視界の中央周辺部に推定座標の基準数値が表示されているはずだから、それが全項目ともゼロになるように顔を動かして。
視線はまっすぐ前に向けておいてね」
「は、はい。ええと……できました。X・Y・Zの各数値ともゼロになりました」
「よし、それで人工衛星の推定座標に視点が定まったわ。
その視点を維持して鷹の目を発動してちょうだい。
それじゃ亜羅椰さんとぐろっぴ、例のあれをよろしくね」
「お任せください。ミリアムさん、始めますわよ」
「おう、わしらに任せるのじゃ。フェイズトランセンデンス!」
百由の指示で亜羅椰とミリアムがフェイズトランセンデンスを発動し、手をつないだ一柳隊とアールヴヘイムのリリィたちに膨大なマギの供給が始まる。
梨璃の髪飾りを海岸で捜索した時とは異なり、今回は鷹の目のレアスキルをリリィ全員に分散して合成するのではなく、二水の負荷が限界を超えないようにマギの量を調整するのが目的だった。
亜羅椰とミリアムから供給されるマギによって鷹の目の俯瞰視野は飛躍的に拡大し、あっという間に大気圏の外まで上昇していく。
反透過型ゴーグルの画面に表示されている座標からズレないように、二水は視点を固定したまま、俯瞰視野の高度を注意深く上げていった。
すると、高度百数十キロメートルの宙域で、一基の人工衛星が二水の視界に入った。
地上は既に日が沈み、夕闇が周囲を支配し始めていたが、大気圏外の人工衛星は太陽光線を反射して、二水の目に眩しく映った。
「み、見えました。人工衛星です。あれがG.E.H.E.N.A.の偵察衛星ですか……すごい」
「よし、ここまでは順調ね。
雨嘉さん、さっきの二水さんと同じように、スコープの中に表示されている数値を全部ゼロになるまで高出力砲の方角と仰角を微調整して。
それが鷹の目で実際に確認された偵察衛星の厳密な座標よ。
座標情報が正しければ、照準の真ん中に人工衛星が輝点として見えるはずよ」
極太の電源ケーブルに繋がれ、頑強な架台に乗せられた高出力砲の長大な砲身が、ゆっくりと僅かに角度を変える。
その高出力砲のスコープを覗き込む雨嘉の肩に右手を置いているのは、神琳だった。
神琳の左手は鶴紗の右手が握っており、その鶴紗の左手を梅が握り……一柳隊とアールヴヘイムのリリィたちの手が数珠つなぎとなり、その終端は二水だった。
雨嘉が高出力砲の向きを調整し終えると同時に、超長距離狙撃用スコープの照準の中央に、白く輝く一つの点が映り込んだ。
「見えた……衛星の動きを追いながら、ここからは天の秤目で照準の最終調整……」
大気の揺らぎや重力・磁気・地球の自転の影響などを、フェイズトランセンデンスで増幅された天の秤目で補正し、最終的な狙撃方向を決定する。
天の秤目を発動した雨嘉の照準調整が順調に進行し、間もなく高出力砲の発射が可能になると思われた――その時だった。
「ヒュージサーチャーに反応あり。
ガーデンの北西より急速に接近してきますわ。
まだ姿は見えませんが、数は四十体から五十体。
進行速度から飛行型ヒュージの一群と思われますわ」
亜羅椰が顔を校舎の山側に向けて表情を険しくする。
突然のヒュージの襲来に対応するため、即座に天葉が百由に声を掛けた。
「来たか。百由、アールヴヘイムが対空迎撃戦の準備に入る。
みんな、各自散開して本校舎だけじゃなく工廠科校舎の屋上にも布陣、各個射撃の用意を――」
天葉たちは繋いでいた手を離そうとしたが、百由はそれを制止した。
「その必要は無いわ。
予想されるG.E.H.E.N.A.の妨害に備えて別動隊が配置されているから、私たちは偵察衛星の狙撃に専念すればいいわ」
「そうなの? でも、もし別動隊の防衛線が突破されたら、その時は私たちが戦うからね」
「その別動隊もガーデンの直命で作戦に参加しているレギオンらしいから、心配は要らないと思うけどね」
ヒュージの襲来を聞いて前のめりになる天葉に対して、百由は両手を頭の後ろで組みながら、深刻さを感じさせない口調で答えた。
エインヘリャルのメインユニットから分離した5機のマギビットコアは、ガーデンの上空1000メートル付近を遊弋し、周辺地域からのヒュージの接近に対して哨戒態勢を取っていた。
その遥か下の地上で、LGロスヴァイセの9人と結梨は、校舎の屋上からは死角になっている場所に陣取っていた。
――正確にはもう一人、生徒会長の一人である内田眞悠理が彼女たちと行動を共にしていた。
「ヒュージサーチャーに反応あり。距離は約20キロメートル。
北西方向の丹沢山地から侵攻してくるようです。
種別はすべて飛行型と思われます」
伊紀がヒュージの出現を告げると、隣りにいた碧乙が結梨に指示を出す。
「来た来た。飛んで火に入る何とやら。
結梨ちゃん、もう少ししたら私がテレパスでイメージを送るから、ヒュージが視界に入ったらすぐに攻撃を開始して」
「分かった。今からマギビットコアを北西の方角に移動させるね」
結梨は碧乙に答えて、目を閉じて思念でマギビットコアの操作を始める。
「さっき説明したとおり、眞悠理さんはテスタメントで私のファンタズムを増幅してね」
碧乙はロザリンデと一緒にいた眞悠理を見て、彼女のレアスキル発動を促した。
「東京に行った時に、ルド女の強化リリィにテスタメント持ちがいて、私のファンタズムを補助してもらったんだけど、すっごく便利だったのよ。
肉眼では見えない距離のイメージを得られるから、遠隔攻撃には持って来いの組み合わせだわ」
「それで私をここに呼んだというわけね。
今のロスヴァイセにはテスタメント持ちのリリィがいないから」
「そういうこと。神琳さんを呼ぶわけにはいかないし、となると眞悠理さんが適任だと考えたのよ。
他にも百合ヶ丘にテスタメント持ちのリリィは何人かいるけど、結梨ちゃんに会っていいのは眞悠理さんだけだから」
「ごもっともね。これで結梨さんが百合ヶ丘にいる限り、一歩たりともヒュージに鎌倉の土を踏ませないようにできるのね」
「今回は飛行型のヒュージだから、土を踏むのは最初からできないけどね」
軽口を叩く碧乙に、眞悠理の横で会話を聞いていたロザリンデが口を挟んだ。
「話の腰を折るものではないわ、碧乙。
もしかしたらヒュージサーチャーで捕捉した飛行型の他にも、何らかの戦力が隠されているかもしれない。
気を緩めずに、各自周辺に警戒を怠らないように」
「分かりました。
結梨ちゃん、今から北西方向の出来るだけ遠くの予知イメージを伝えるわ」
「うん、お願い」
眞悠理のテスタメントによって増幅された碧乙のファンタズム、その能力は肉眼で見えるよりも遥か遠方の場所の未来を見ることを可能にした。
マギビットコアの飛行位置に合わせて、結梨の意識にファンタズムの未来イメージが流れ込んでくる。
百合ヶ丘のガーデンから北西に約10キロメートルの地点で、低空で飛行するヒュージの一群がイメージに捉えられた。
「雨嘉の邪魔はさせない」
5機のマギビットコアは約1000メートルの高度から急降下を開始し、直上から飛行型ヒュージの群れに襲いかかった。
ラスバレでの松村優珂さんの登場が思っていたより早くて、少し意外でした。
「べ、別に一葉さんのことなんて全然気にしてないんだからね!」とか言い出しそうなベタなツンデレツインテにしか見えませんが、この見た目で避難中の一般市民を見捨てたりしているのか……