飛行型ヒュージの群れへ急降下する5機のマギビットコアから、白く輝く光線が発射され、正確に5体の飛行型ヒュージを貫いた。
攻撃を受けたヒュージは直後に爆散し、マギビットコアは次の攻撃への態勢を取るべく急旋回を開始する。
マギビットコアからの攻撃を受けて、ミドル級で構成された飛行型ヒュージの群れは即座に散り散りになった。
約50体の個体がバラバラの方向へ進路を変え、襲いかかるマギビットコアから全力で逃れようとする。
(戦わずに逃げるつもり?……違う、まだヒュージは百合ヶ丘を襲うつもりだ)
結梨が操る5機のマギビットコアは、百合ヶ丘のガーデンへ直進する個体を最優先に攻撃を継続した。
しかし、それ以外の方向へ飛んでいった個体は、マギビットコアの射程外まで出ると向きを変え、交戦域を迂回する形で百合ヶ丘へ向かおうとする。
速度、機動性、火力の全てで圧倒的な優位性を誇るエインヘリャルのマギビットコアだったが、それに対して十倍近い数のヒュージは、分散して広範囲から百合ヶ丘を目指そうとする戦術を取っていた。
(逃げたみたいに見えるヒュージも、遠回りして百合ヶ丘に向かってる。追いかけなくちゃ)
ヒュージの動きに対応するべく、それぞれのマギビットコアが5方向へ散開した。
ヒュージより高い高度へと上昇し、百合ヶ丘から最も近い位置にある個体から順に格闘戦を展開する。
(全部のヒュージをやっつけるには、時間がかかるかも)
決して百合ヶ丘へヒュージを到達させない、自分の任務がその一点にあることを結梨は改めて自覚し、次の攻撃目標へと狙いを定めた。
百合ヶ丘女学院の校舎屋上では、遥か遠方の空中で次々とヒュージが撃墜されていく様子を、一柳隊とアールヴヘイムのリリィたちが見つめていた。
天葉と並んで手をつないでいた依奈が、怪訝な表情で天葉に尋ねる。
「ソラ、あれってヒュージサーチャーに反応があった方角よね。
すごく小さい点にしか見えないけど、爆発しているように見えるのは飛行型ヒュージなの?」
「おそらくは。でも、あんな離れた場所に百合ヶ丘のレギオンが配置されているはずは無いけど」
「それなら、どうやって飛行型ヒュージを撃墜しているの?
少なくとも地上からの対空砲火ではないわ……防衛軍がスクランブル発進したわけでもなさそうだし……まさか、誰かがCHARMで空中戦をしているとでも?
そんな事がリリィに可能なの?」
「どうかな……可能だとすれば、開発中の新型CHARMか何かが実戦投入されたのかもしれない。
戦技競技会の時にサングリーズルの冬佳さんが使っていたのと同じような機体なら、あるいは」
依奈と天葉のやり取りを近くで聞いていた百由は、アーセナルとして興味津々な態度を隠しもせず、右手で眼鏡を掛け直した。
(ふーん……誰だか知らないけど、随分と面白いことをしてるじゃない。
飛行型のヒュージ相手にあんな戦闘ができるのは、たぶん第4世代の精神直結型CHARMよね。
依奈レベルのリリィがギリギリ何とか実戦で扱えるような代物を、自分の手足のように操縦しているっていうの?
もしそうなら、あのCHARMの使い手がとんでもない適性の持ち主なのは間違いないわ。
少なくとも今の百合ヶ丘に、第4世代の精神直結型CHARMをあの水準で動かせるリリィは存在しないはず。
御台場か聖メルクリウスあたりの反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンから、凄腕の強化リリィでも助っ人に呼んだのかしら。
あれほどの別動隊をあらかじめ用意しておくなんて、うちのガーデンも大した食わせ者ね)
「百由様、高出力砲の照準合わせが完了しました。いつでも発射できます」
スコープを覗いたままの姿勢で、雨嘉が上空を眺めていた百由に呼びかけた。
百由は雨嘉を振り返って、彼女に軽くウィンクした。
「おっ、準備万端ね。それじゃ一発盛大にお見舞いしてさしあげましょうか。
――ファイア!」
百由の号令とともに、雨嘉が高出力砲のトリガーを引き絞る。
「……?」
だが、高出力砲から荷電粒子のビームは発射されなかった。
再び雨嘉が注意深くトリガーを引いたが、やはり結果は同じだった。
「まさか、故障?」
沈黙したままの高出力砲を前に、一同の顔が青ざめる。
「百由様、ゴーグルの視界に表示されている数値が途切れがちになっています」
高出力砲に駆け寄った百由に、少し離れた所から二水が声を上げた。
「スコープ内の座標表示も乱れています。
今は天の秤目で目標をロックオンしていますが、もし目標をロストしたら、もう一度目標をスコープの視界に捉えることはできなくなります」
二水に続いて雨嘉も切迫した声で百由に状況を報告した。
さらに、上空を見上げた亜羅椰が鋭く全員に警告を発した。
「ヒュージサーチャーに反応あり。
直上にスモール級1体、高度約1500メートルですわ」
亜羅椰の声に全員が反応し、真上を見上げた。
日が沈み、ほぼ漆黒に近くなった空の中に、星とは違う極めて微小な白い点が、わずかにリリィたちの目に映った。
「あれがそのヒュージ? ほとんど点にしか見えないな」
目を細めて訝しむ天葉の近くでは、一柳隊のリリィたちも突然のヒュージの出現に虚を突かれていた。
「あのヒュージ、いつの間にあんな所に現れたんだ?」
驚きを隠せない様子の梅に、もう一人の2年生である夢結が落ち着いた口調で答える。
「百合ヶ丘と同じく、G.E.H.E.N.A.も別動隊を用意していたということかしらね」
夢結の言葉に続けて、楓が自らの考えるところを口にする。
「真上に来るまでヒュージサーチャーにも引っかからなかったということは、ステルス機能のような能力が備わっているのかもしれませんわ」
「雨嘉さんは衛星から狙いを外さないで、衛星を狙撃することだけに集中して。
あのスモール級は私たちで何とかするから」
百由は雨嘉に声をかけると、脇に置いていた自分のアステリオンを構えて上空へ発砲したが、弾丸は虚しく空中に吸い込まれていくだけだった。
「やっぱりダメか。標的が小さい上に遠すぎて、目視での直接照準では命中できないわ。
天の秤目なら狙撃できるかもしれないけど、雨嘉さんは今スコープの照準から偵察衛星を外すわけにはいかない。
しかもこのまま時間が経てば、衛星は高出力砲の射程外に出てしまう。
どうすればいいものか、困ったわね」
「百由、この上にいるスモール級ヒュージが高出力砲の発射を妨害しているの?」
アステリオンを抱えて途方に暮れていた百由に、依奈が尋ねた。
「そうとしか考えられないわ。
動作に障害が発生しているデバイスは、何らかの電子回路を内蔵しているものばかりよ。
だから、上空のヒュージが妨害電波のようなものを放射して、電子回路の動作を不安定にさせているとしか考えられない。
どうやら一種のECMに相当する攻撃を仕掛けているようね」
「なんでヒュージにそんな事ができるのよ?」
「あのヒュージがただのヒュージではないからでしょうね」
「あれがG.E.H.E.N.A.の特型実験体なら、そういう能力を持たせるのも可能かもしれない……ってことか。
G.E.H.E.N.A.も小癪な手妻を使ってくるわね」
一柳隊とアールヴヘイムのリリィたちは、遥か上空に滞空しているスモール級ヒュージを見上げ、手詰まりとなっている現状に焦りを抱きつつあった。
一方、屋上から離れた死角の場所に布陣しているロスヴァイセと結梨と眞悠理も、ヒュージサーチャーの反応によって上空のスモール級に気づいていた。
「結梨ちゃん、飛行型のミドル級はまだ掃討中なの?」
ロザリンデの問いかけに、結梨は少し表情を曇らせた。
「うん、全部のヒュージがバラバラになって百合ヶ丘に向かってるから、一体ずつ追いかけてやっつけないといけないの」
「そう……ではマギビットコアをガーデン上空まで戻して、この上にいるスモール級を撃墜するのは難しいのね」
「ごめんなさい」
「気にしないで、結梨ちゃんの責任ではないわ。
高出力砲の予定発射時刻は既に過ぎているのに、屋上からは何も動きが無い。
おそらく上空のスモール級が何らかの妨害をしているのでしょう。
あれを何とかして排除しないと、偵察衛星撃墜のタイミングを逸してしまうわ」
「でも、どうやってあんなに高い所にいるヒュージを攻撃するんですか?
私たちのCHARMでは、射程距離内であっても照準精度の問題で命中は困難です」
上空のスモール級を排除あるいは無力化しない限り、作戦の成功は実現できない。
この事実を認識した伊紀の言葉は焦燥感に満ちていた。
「射撃が無理なら斬撃……はもっと無理か」
溜め息まじりに碧乙が天を仰いで額に手を当てた。
その碧乙の言葉を聞いた結梨は、マギビットコアの操縦を続けながら考えを巡らせ始めた。
「斬撃……そうか、そうだよね」
何かを思いついたように結梨はうなずき、隣りにいた伊紀に声をかけた。
「私が行く」
「えっ?」
伊紀が振り向いた時には、もう結梨の姿は見えなかった。
次の瞬間、縮地S級を発動した結梨は、高度1500メートル付近に滞空しているスモール級の至近に出現した。
「――やあっ!」
ヒュージが反応するよりも早く、結梨の手に握られたエインヘリャルのビームブレードが一閃し、体長数十センチメートルのスモール級の胴体を両断した。
ビームブレードを振り抜くと同時に結梨の姿は再び消え、わずかの間隙も置かず伊紀の隣りに現れた。
「ただいま。あのヒュージ、やっつけたよ」
ほんの少しだけ得意げな表情を浮かべ、事も無げに結梨は言ってのけた。
「百由様、ゴーグル内の表示が正常に回復しました」
二水の声に続いて、雨嘉も百由に呼びかける。
「こちらもスコープ内の座標表示の乱れが解消しました」
「――ヒュージの妨害が無くなった?
よし、雨嘉さん、狙撃シーケンスを続行。今度こそ高出力砲を撃って」
「了解しました。――高出力砲、発射します」
百由の指示を受け、みたび雨嘉は高出力砲のトリガーを引いた。
長大な高出力砲の砲口から純白の光線が一直線に夜空へ伸び、同時にガーデンの照明が全て消えた。
少しの間を置いて非常用の照明が点灯し、校舎の窓がそれまでとは比べ物にならないくらいの薄明るさで浮かび上がる。
今は星明りの弱い光だけが、校舎屋上のリリィと砲撃を終えた高出力砲を静かに照らしている。
雨嘉が覗くスコープの視界には、先程まで照準に捉えていた偵察衛星の輝点は存在していなかった。
「目標への命中を確認、偵察衛星の撃墜を達成しました」
作戦のプレッシャーから解放されて、雨嘉は大きく肩で息をついた。
「百由様、ヒュージサーチャーからスモール級の反応が消えましたわ」
亜羅椰からの報告を受けて、百由は安堵したようにうなずいた。
「別動隊がスモール級を撃破したってことか。
一体どうやって……というのは後でゆっくり考えればいいか。
――みんな、お疲れ様。これで本作戦は成功裏に終了。
残敵の出現に警戒しつつ、速やかに屋上から撤収しましょう」
「あの物凄く重たい高出力砲を、また皆で担いで工廠科の格納庫へ戻すんですね。
……うう、明日は筋肉痛間違いなしだ」
作戦前に高出力砲を屋上へ運び上げた時の苦労を思い出し、壱は樟美の肩に手を置いて溜め息をついた。
マギビットコアによって飛行型のヒュージを全て撃墜した後、ロスヴァイセのリリィたちと結梨は特別寮に戻ってきた。
眞悠理は生徒会への報告のために結梨たちと別れ、一足先に校舎の中へと姿を消していた。
「作戦も無事に成功したことだし、一休みしたら皆でミーティングルームに集まってお茶でも飲みましょうか。
私はその前に、ガーデンに取り急ぎの報告を上げておくわ」
ロザリンデが結梨たちをねぎらいながら部屋に入ると、窓の外に一羽の鳩が留まっているのが目に入った。
「あんな所に鳩がいるわ。珍しいわね」
ロザリンデに続いて部屋の中に入った結梨も、すぐに鳩の存在に気づいた。
「あの鳩、ずっとこっちを見てる。何かあるのかな?」
結梨がゆっくりと窓辺に近づいても、鳩が逃げる素振りは全く無かった。
そのまま窓を開けると、鳩の足には円筒型の小さな金属製の容器が取り付けられているのが見えた。
そっと結梨がその容器を鳩の足から外し、中を開けると、そこには何重にも折りたたまれた小さい紙片が入っていた。
その紙片を広げると、几帳面な細かい字で書かれた文字列が結梨の目に映った。
「中に文章が書いてる……誰かからの手紙?」
「伝書鳩とは、何とも古風な連絡手段ね」
結梨に歩み寄りながら、ロザリンデは鳩の正体にたどり着いていた。
「結梨ちゃん、その手紙の差出人は誰なの?」
ロザリンデの問いかけに少しの間を置いて、ぽつりと結梨はつぶやいた。
――戸田琴陽、と。