咲朱はロザリンデと結梨の顔を交互に見た後、改まった口調で結梨に語りかけ始めた。
「一柳結梨――あなたは極めて特殊な出生の事情を持ち、それゆえに人として、リリィとして扱われず、あわや実験体のヒュージ同様にG.E.H.E.N.A.のモルモットにされるところだった。
百合ヶ丘女学院関係者の尽力により法的に人として認められた現在も、あなたがヒュージ幹細胞を元にして生まれた人間である事実は変わらない。
それを裏付けるかのように、来夢や藍と同じく、あなたは他のリリィが持ちえない超越的な能力を既に幾度も発揮してきた。
自分の意思とは無関係に、生まれながらに背負わされた十字架。
そして、それと引き換えに得た唯一無二の力。
これから先、あなたはその二つを抱えながら、命が尽きるまで生き続けなければならない。
その十字架は生涯消えることは無いでしょう。
でも、それはあなただけではなく、来夢や藍、燈のような強化リリィも同じ。
彼女たちは自分が背負った運命から目を背けず、自分が得た力を武器にして運命を切り開いて行こうとしている。
それならば、彼女たちに勝るとも劣らぬ力を持つあなたも、その力を使って自らの運命に立ち向かい、自分の手で望む未来を掴み取らなければいけない。
あなたにはそれが出来ると私は信じている。
そのためにも、あなたがこれからどう行動すべきなのかを、私から話しておきたい」
咲朱の言葉を黙って聞いていたのは、結梨もロザリンデも同じだった。
が、素直に咲朱の話に聞き入っている結梨とは違い、ロザリンデは咲朱には何がしかの目的があって、このような話を始めたのだという読みがあった。
表情には出さないロザリンデの疑念を知ってか知らずか、咲朱はなおも話を続ける。
「あなたは今後もずっと――そう、卒業まで今の生活を続けるつもり?」
咲朱の質問を受けた結梨は、少し首を傾けて困ったような顔をした。
「えっと……それは、あんまり考えたこと無かった。
ロザリンデたちと一緒に、強化リリィの救出作戦や外征支援の任務に出撃することが、今の私にできることだって考えてたから」
「結梨、あなたの考え自体は間違っていない。
でも、それはあなたの能力や目指すべきものに対して、少々控えめに過ぎると私は思っている。
現状の任務を卒業まで続けても、あなたや百合ヶ丘が置かれている状況を根本的に解決できるとは思わない。
あなたが目指すべき目標は、あなたがリリィとしての能力を完全に発揮できる年齢――つまり高等部卒業までの間に、G.E.H.E.N.A.の追跡や監視、拘束を受けずに済むような体制を確立することではないかしら。
それが実現できれば、あなたは人目をはばかることなく梨璃や夢結にも会えるようになる。
ロスヴァイセ預かりの立場から離れ、一柳隊への復帰も可能になるでしょう」
「……うん。咲朱の言うようにできたらいいとは思うけど……私にはそのやり方が分からない」
結梨は途切れがちに咲朱の意見を肯定し、その答えを予想していたかのように咲朱は核心的な提案を結梨に差し出した。
「率直に言うわ――理想の実現のために私と一緒に高みを目指すつもりは無い? 結梨」
そら来た、と言わんばかりにロザリンデの剣呑な眼光が咲朱の顔を射抜くが、咲朱はそれを平然と無視して言葉を続けた。
「琴陽もそれを望んでいる。目指す頂に登った暁には、きっと素晴らしい景色が見えることと思うわよ」
咲朱が隣りにいる琴陽を横目で見ると、琴陽は生気に満ちた目を輝かせて、大きく何度も頷いた。
琴陽の反応を確認した咲朱は軽く微笑むと、再び結梨に視線を戻して話し始める。
「G.E.H.E.N.A.の生体兵器として生まれた気の毒で可哀想なリリィとして卒業まで耐え忍んで生きる、なんてことをあなたが選ぶとは思えないし、選ぶべきでもない。
G.E.H.E.N.A.があなたに手出ししてくるか否かにかかわらず、あなたは自分の理想を実現するために邁進すればいい。
その上で、もしG.E.H.E.N.A.があなたの行く手に立ちふさがるようであれば、それを排除して前に進めるだけの力をあなたは持っている。
G.E.H.E.N.A.の実験台となっている全ての強化リリィを解放し、あなた自身もG.E.H.E.N.A.のあらゆる干渉や束縛から自由の身になる――それがあなたが実現すべき最終的な目標ではないかしら。
そのために私と行動を共にすることは、あなたと私の双方にメリットがあると私は思っているけれど、あなたの考えはどうなの?」
咲朱は余裕に満ちた表情で結梨の顔をじっと見つめ、結梨の答えを待っている。
結梨はしばらく目を閉じて沈黙を保っていたが、やがてゆっくりとその瞼を開き、咲朱に向かって話し始めた。
「……今の私は、この世界に生まれてきてよかったと思ってる。
梨璃や夢結や一柳隊のみんなや、ロザリンデたちが私を守ってくれて、一人の人間として私を見てくれたから。
でも、このガーデンの外では、G.E.H.E.N.A.のラボや親G.E.H.E.N.A.主義のガーデンで、死んだ方がましなくらいのひどい実験を受けさせられている強化リリィがいる――全部で何人いるのか分からないくらい、たくさん。
私たちはそんな強化リリィを一人ずつ助け出しているけど、そのやり方で全部の強化リリィを助けられるとは思ってない。
それは咲朱の言う通りだと思う。
でも、もし代わりになる別の方法があるのなら、私はそれを選んで、それをやってみたい。
その方法が、私が百合ヶ丘の外に出ることでしかできないのなら、私はそうしないといけない――」
その時、結梨が自分の考えを言い終える前に、ロザリンデが二人の会話に割って入った。
「待ちなさい、結梨ちゃん。軽々にその判断をすることは許されないわ。
第一、咲朱さんは今はもう百合ヶ丘の人間ではない。
現在はG.E.H.E.N.A.との関係を絶っていることを百合ヶ丘でも把握しているけれど、それはただちに咲朱さんが私たちの味方であることを意味しないわ。
それに、百合ヶ丘のガーデンにいる間は、ロスヴァイセのリリィを始めとして人的・物的なあらゆる手段であなたを守ることができる。
でも、一たびガーデンの外に出れば、G.E.H.E.N.A.のみならず、あらゆる不確定要素の中で行動しなければならなくなる。
ガーデンの直命で私たちと一緒に出撃するならともかく、結梨ちゃんが単独で百合ヶ丘から離れることは、結梨ちゃんの一存で決められることではないわ」
緊張に満ちた口調で結梨の発言を制止したロザリンデを、咲朱は対照的に冷静な目で眺め、それから少しの間を置いて苦笑を浮かべた。
「あなたならそう言うと思ったわ、保護者気取りのお姉さん。
この場では話がつかないと事前に予想していた通りね。
では、予定通り決定権を持っている人物に交渉してみることにするわ。
――ロザリンデ、少し結梨を借りるわよ」
そう言うと、咲朱は座っていたソファーから身を乗り出して、ローテーブル越しに右手で結梨の肩に軽く触れた。
次の瞬間、咲朱と結梨の姿は忽然と消失し、ロザリンデと琴陽の二人だけがミーティングルームに残された。
「琴陽さん、咲朱さんと結梨さんはどこに行ったの?
まさかこのまま結梨さんを連れ去るつもりではないでしょうね」
もしそうならただでは済まさないと言わんばかりの勢いで、ロザリンデは琴陽に詰め寄った。
しかし、琴陽は全く落ち着き払った態度でロザリンデに返答した。
「ご心配には及びません。
今の咲朱様はそのような事をなさる御方ではありません。
この私が保証します」
「今の、という言葉が引っかかるけど……」
「咲朱様は夢結様の一件以来、お変わりになりました。
もう相手の気持ちに反するような強引な事はなさらないと思います」
「……だといいのだけれど。
ところで、あなたがここに持参したCHARMは護身用として?」
琴陽が座っているソファーの脇には、彼女が背負っていたCHARMケースが寄り添うように置かれていた。
「それもありますが、もう一つ別の目的があって持ち込みました。
咲朱様と結梨さんが戻られたらお話ししますので、すみませんが、それまでお待ちください」
もしやここで手合わせを願い出るつもりかとロザリンデは気を揉んだが、一方の琴陽は涼しい顔でポケットから手帳を取り出し、何やら熱心に書き込みを始めている。
それを見たロザリンデは、深く溜め息をつくとソファーに背をもたれかけ、天を仰ぐように天井を見上げた。
「……果報は寝て待て、なんて気分にはとてもなれないわね」
ミーティングルームで途方に暮れているロザリンデから離れること約100メートル、咲朱と結梨は百合ヶ丘の校舎内の一室に瞬間移動していた。
その室内に結梨は見覚えがあった。そこにいた四名の男女にも。
突如として目の前に現れた咲朱と結梨に唖然としているのは、高松咬月と三人の生徒会長だった。
咲朱によって百合ヶ丘女学院の理事長室にその身を移したことを、結梨は理解した。