部屋に入った結梨と祀を出迎えたのは、御台場女学校の三人のリリィだった。
彼女たちはいずれもレギオンの隊長を務めており、一人はLGロネスネス隊長の船田純、二人目はLGヘオロットセインツ隊長の月岡椛、そして最後の一人はLGコーストガード隊長の弘瀬湊だった。
コーストガードの白い制服を着た湊は、純の後ろに椛と並んで立っている。
そしていかにも闘志をむき出しにした純とは対照的に、湊は穏やかな雰囲気を漂わせていた。
その点では品行方正な優等生の椛に幾分似た印象だったが、学生然とした椛に比べると、湊は大人びた印象を与えるリリィだった。
前回、結梨が史房と二人で御台場のガーデンを訪問した時には、湊は同席しておらず、代わりに船田初と川村楪、司馬燈がその場にいた。
一日限りの訪問だった前回とは異なり、今回は一時編入という形で御台場のガーデンに一定の期間滞在することになる。
そのため、結梨の情報が開示されているレギオンの最高責任者である隊長が、この場に呼ばれたということだろう。
純に続いてヘオロットセインツ隊長の椛が二人に挨拶する。
「ごきげんよう、結梨さん。それに祀さんも。
祀さんは一柳隊と一緒に『御前』との戦闘に参加されたということで、驚いていますわ。
百合ヶ丘の秦祀と言えば、有名な地域第一主義者として知られていましたから」
「一柳隊の隊長は私の弟子筋で、彼女のシュッツエンゲルは私のルームメイトなんです。
なので、彼女たちが困っているとあれば一肌脱がずにはいられません。
柄にも無く私が東京まで出張って行ったのは、そういった事情があってのことです」
「そうでしたか。
……現在、御台場とその周辺エリアは、大小あらゆる特型ヒュージの出現に悩まされていますの。
これまで実験場だったルドビコ女学院を使い潰してしまったために、この御台場女学校が次の実験場としてG.E.H.E.N.A.に目を付けられてしまったと、私たちは認識していますわ。
そして、もしこのガーデンがルドビコと同じように崩壊すれば、次の実験場となるのは――」
椛の途切れた言葉に続けて純が発言する。
「特型ギガント級との戦闘に耐えうるだけの戦力を保有する強豪ガーデン……つまり百合ヶ丘女学院も最有力候補の一つに挙げられますわ。
それを未然に防ぐために、支援戦力として百合ヶ丘は一柳結梨さんを御台場のガーデンに、一時編入という形で派遣しましたのね。
――まさか虎の子のリリィを敢えて虎穴に入らせるとは。
武のガーデンたる御台場のリリィとして、百合ヶ丘の決断に心からの敬意を表しますわ」
素直に賛辞を贈る純の態度には、いささかの装飾も無かった。
ロネスネスの隊長からそのようなお言葉を頂けるのは光栄の至りです、と祀が答えた。
「百合ヶ丘としても、この事態をただ静観していては、G.E.H.E.N.A.に追い込まれるのを待っているだけになると判断したのでしょう。
理事長を始めとする理事会の考えは、私には知る由もありません。
しかし、G.E.H.E.N.A.の目的遂行のために有力ガーデンが崩壊していくことを看過できないのは、当然だと思います」
祀の発言を聞いた純は、その内容を踏まえた上で、両ガーデンが選択した戦略を解釈した。
「そのために、建前は一時編入という形を取って、最少の人数で最大の戦力を最前線に投入したわけですのね。
しかも結梨さんは直近まで、百合ヶ丘の特務レギオンであるLGロスヴァイセの預かりだったと聞いていますわ。
それであれば、なおさら一般のリリィとは違って、G.E.H.E.N.A.に関する情報も一通りは頭に入っているはず。
戦闘能力の高さだけではなく、G.E.H.E.N.A.のやり口というべきものを知悉しているリリィは貴重な存在ですから、大いに期待していますわ」
「私は御台場で何をしたらいいのかな?
純や椛と一緒に戦ったらいいの?」
純は結梨の質問に、首を横に振って否定した。
「いえ、残念ながら私たちはガーデンから離れた戦場での外征に出撃して、ガーデンを不在にすることが多いんですの。
ですから、結梨さんは原則としてコーストガード預かりの形で、ガーデン防衛の任務についてもらうことになりますわ。
コーストガードはロネスネス、ヘオロットセインツと並んで御台場を代表するレギオンですが、万が一にもヒュージに防衛線を突破されることは許されませんので。
――湊さん、結梨さんをよろしくお願いいたしますわ」
それまで黙って会話に耳を傾けていた弘瀬湊が、にこやかに返事をする。
「もちろんです。はじめまして、一柳結梨さん。
LGコーストガード隊長の弘瀬湊と申します」
湊は前に進み出て、結梨に右手を差し出した。
結梨が湊の手を握って握手すると、湊は結梨に微笑んだ後、落ち着きのある理知的な声で説明を始めた。
「コーストガードはロネスネスやヘオロットセインツとは違って、ガーデン防衛に特化したレギオンです。
そのため、レギオンの出撃に際しては、ガーデンの周辺で発生したヒュージを速やかに排除し、都内防衛の要である光壁システムを維持することが最優先の目標となります。
また、あなたが一柳結梨であることは、3レギオンの隊長と副隊長、それにロネスネスの司馬燈さんに限定して情報が開示されています。
それ以外のリリィにとっては、あなたはあくまでも百合ヶ丘女学院から一時編入した『北河原ゆり』なのです。
ですから、決して自分から一柳結梨であることを明かしてはいけませんよ」
「うん。でも、私は御台場のガーデンで普通に生活してもいいの?
百合ヶ丘では、ロスヴァイセと生徒会長以外のリリィには姿を見られないようにしないといけなかったんだけど」
結梨の質問に答えたのは、湊ではなく純だった。
「ここではそんな配慮は無用ですわ。
堂々とガーデンの中を闊歩しても全然構いませんわよ」
「本当に? 私、指名手配されてたから、誰か気づくんじゃないかと思うけど」
結梨の懸念に対して、純はふんと鼻を鳴らして、面白くもなさそうに事情を説明し始めた。
「あんな手配書、御台場では誰もまともに目を通していませんわ。
G.E.H.E.N.A.の使い走りで岡っ引きの真似事なんて真っ平御免ですもの。
みんな捜索にかこつけて、これ幸いとコンビニやファミレスで羽を伸ばしていましたわ。
だから御台場で結梨さんの顔を知っているリリィは、私たち3レギオンの隊長・副隊長と燈以外にはいないでしょう。
馬鹿正直に手配書を読み込んでいたのは、せいぜい生徒会長と湊さんくらいのものですわ」
純が椛の方を振り返って見ると、椛はその上品な顔立ちに似つかわしくない苦笑いを浮かべていた。
「私だって、G.E.H.E.N.A.が裏で糸を引いているに違いない命令なんて、できれば無視しておきたかったんですよ。
でも、そのおかげで結梨さんの顔を知っているリリィがいないのは、思いがけない怪我の功名でしたね」
「とは言っても、年度途中での一時編入なんて極めて変則的ですから、どうしても目立つのは避けられませんが。
まあ今は髪型もポニーテールに変えていますし、念のために伊達眼鏡でも掛けておけば、あなたが一柳結梨だとバレる心配はありませんわ」
純の話を聞いた結梨は、ようやく安心した様子で胸を撫で下ろした。
「そうなんだ……それなら、いろんなリリィと会って話をしても大丈夫ってことだね」
「身バレにつながるようなことさえ口にしなければ問題ありませんわ。
――そろそろここでの話は切り上げて、ガーデンの中を案内しましょうか。
祀さんも御一緒なさいますか?」
「そうしたいのは山々ですが、色々と片付けなければならない仕事が溜まっていますので、私は先に失礼させていただきます。
純さん、椛さん、湊さん。
結梨さんが任務を終えて無事に百合ヶ丘に帰還できるよう、御助力よろしくお願いします」
祀は三人のリリィに頭を下げた後、結梨の両肩に手を置いて、守るべき言いつけを口にした。
「――結梨ちゃん、隊長さんたちの言うことをよく聞いて、独断専行はしないようにね。
それから、知らない人に声をかけられても、絶対に一人でついて行ったりしてはダメよ」
「私、小学生じゃないよ。そのくらいは分かってるもん」
心外そうに結梨は反論したが、祀は結梨に対して過保護な母親のように、どこまでも気を揉んでいた。
「では皆様方、部屋の外に出ましょうか。
ガーデンの案内はヘオロットセインツの1年生に任せるつもりですわ。
もうそろそろ、この部屋の近くまで来ていると思いますが」
椛が先頭に立って部屋の扉を開くと、そこにはヘオロットセインツの制服を着た幾つかの人影が見えた。
「あなたたち、もう来ていましたのね。
ちょうど良かったですわ。
こちらのリリィにガーデンの中を案内して――」
椛が話し終わるのを待たずに、結梨よりも華奢な体つきをした幼い印象の少女が、元気よく結梨に話しかけた。
「その子が転校生の北河原ゆりちゃんですね。
はじめまして、ゆりちゃん。
私、ヘオロットセインツの1年生で河鍋
ガーデンの中を案内し終わったらハーブティーのお茶会をするから、百合ヶ丘のこと、いろいろ聞かせてね」
あっけらかんとした無邪気な薺の態度に、結梨は御台場女学校というガーデンの校風を垣間見た気がした。
2022年3月28日追記
自分が読めない漢字にルビを振らないのはいかがなものかと思い、河鍋薺さんの名前にルビを振りました。