「大体さぁ、百合ヶ丘のリリィって優等生すぎない?
みーんな、お上品な感じがするんだよね。
実際、名家のお嬢様もいっぱいいるみたいだし。
あの中に入っても違和感が無いのって、椛様くらいじゃない?」
「それではまるで、私たちが下品なリリィであると言っているように聞こえますが」
河鍋
が、薺はそれを気にする様子も無く話し続ける。
「だってさぁ、この間、会議に出席しにルド女へ行った時も、みんなお行儀よく振る舞ってて、いかにもお嬢様学校です、って感じだったもん。
普通の庶民っぽい感じのリリィって、隊長の子とエビフライの尻尾みたいな髪型の子くらいだったよ。
……あの会議、何ていう名前だったっけ? 桂」
「東京圏防衛構想会議ですよ、薺。
自分たちが参加した会議の名前も覚えていないのですか。
桂は少々呆れました」
薺に桂と呼ばれた少女――薺と同じくLGヘオロットセインツの1年生リリィである速水桂は、小さく溜め息をついて、手にしていたティーカップを静かにテーブルの上のソーサーに置いた。
「あなたもれっきとしたヘオロットセインツの一員なのですから、もう少し色々な情報を正確に頭に入れておくべきです。
そうすれば予期せぬ突発事態に遭遇しても、慌てたり動揺することもなく対処できるというものです」
「うー、人が気持ちよくお茶を飲んでる時くらい、お説教しないでよ。
お茶が不味くなるじゃない。
……って言うか、誰も私の淹れたお茶飲んでないし」
テーブルに肘をついて先程からぶつぶつと管を巻いている薺の隣りで、桂は薺とは対照的に、背筋を伸ばして椅子に座っていた。
その物言いに相応しく、桂はやや行き過ぎた堅苦しさを感じさせるほどの真面目な性格のリリィだった。
そして、薺のもう一方の隣りには、同じくティーカップを手に持った結梨が座っている。
結梨は先程までとは一変した様子の薺に驚いた様子で、薺の向こう側の桂に尋ねた。
「薺って、自分の淹れたお茶を飲むと、いつもこうなるの?」
「はい。本人には不名誉な話ですが、ゆりさんの仰る通りです。
彼女のハーブティーのブレンド技術には少なからず問題があって、今の段階では本人以外に飲ませることは控えてもらわざるを得ないのです」
御台場女学校のガーデン内を一通り結梨に案内した後、薺はヘオロットセインツの控室に結梨を誘い、ハーブティーと簡単なお茶請けを用意してもてなした。
そのささやかなお茶会には、結梨と薺の他に二人の同席者がいた。
一人は速水桂、そしてもう一人のリリィは――
「桂さん、いつものことながら、薺さんのハーブティーのブレンドは、いつになったら改善されますの?
この調子では危なっかしくて、他の人に薺さんの淹れたお茶を飲ませることなんて、未来永劫できませんことよ」
LGロネスネスの1年生リリィである司馬燈は、もう何度目になるか分からない辟易した様子で、桂をじろりと横目でねめつけた。
「無論、それは桂も承知しています。
好きこそ物の上手なれ、とは申しますが、彼女の腕が人並みの水準に達するには、まだ相当の時間を要するものと桂は推測します」
「……薺さんがお茶会を開くたびに、私がお茶を用意するというのもおかしな話ですわ。
まあ今の薺さんの有様を見れば、誰も彼女の淹れたお茶に手を伸ばす気にはなれないでしょうけど」
「どーいうこと? 私のハーブティーの何が問題だっていうのよぉ。
わらひはなにもおかしくなってなんかいないんらからぁ……」
呂律が回らなくなった薺は、そのままテーブルに突っ伏して寝息を立て始めた。
「とうとう酔い潰れたようですね。
別にアルコールを入れたわけではないのでしょうが、自作のハーブティーを飲んで、このようになるとは器用な人です」
「薺は大丈夫なの? 保健室に連れて行った方がいいのかな」
心配げな表情で薺の寝顔をのぞき込む結梨が桂に尋ねるが、桂は首を横に振って否定した。
「お気遣い痛み入ります。
この人は飲むといつもこんな感じなので、目が覚めるまでこのままにしておきましょう」
そう言うと、桂は結梨の顔をじっと見つめ始めた。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「これでようやく、あなたとまともにお話ができるようになりました。
桂は、あなたのことがとても気になります。
幾つか桂からあなたについてお聞きしても構わないでしょうか?」
「私のこと? うん、いいよ。私が答えられることなら」
「ありがとうございます。ではお尋ねさせていただきます。
――北河原ゆりさん、あなたはただのリリィではありませんね?」
「えっ?」
探偵もしくは刑事よろしく、自分の正体について桂は疑いを持っているのかと、結梨は内心でぎくりとした。
二人のやり取りを見ていた燈は、ティーカップを口元に運びながら、いつもと何ら変わりの無い口調で結梨の代わりに答えた。
「それは当然ですわ。
こんな中途半端な時期に、ガーデン防衛の支援戦力として一時編入の形で派遣されるなんて、ただのリリィなわけはありませんわ」
「……それはどのような意味で? もう少し具体的にお願いします」
「ただの平凡なリリィではなく、一人で戦局に影響を与えることができるほどの優秀なリリィだということですわ。
桂さん、先ほど彼女がガーデンに持ち込んだCHARMケースをご覧になりましたわよね」
「はい、確かCHARMケースは二つありました。
それぞれケースの形と大きさが違うので、異なる機種のCHARMが中に収められていることは桂にも分かります。
燈さんはゆりさんの装備CHARMについてご存知なのですか」
燈は桂の問いかけに頷き、説明を始めた。
「私が入手した情報では、一つは第3世代のトリグラフ、もう一つは第4世代の精神直結型CHARMであるエインヘリャルですわ。
おそらく遠距離での対地・対空攻撃用と近接戦闘用で、それぞれ用途を使い分けるためだと思われますわ。
ゆりさん、私の情報に間違いはありまして?」
「ううん、間違ってないよ。
どっちのCHARMも、私が知り合ったリリィからもらったものなの」
「本当に第4世代の精神直結型を扱えるのですか?
それは凄い。聞くところでは一機のCHARMで一隊のレギオンに匹敵する戦力だそうですが、それならあなたが単独で派遣された理由も納得できます。
椛様からは、ゆりさんはLGコーストガード預かりの立場でガーデン防衛専任となると聞いています。
けれども、可能であれば是非ヘオロットセインツのスーパーサブとして、お力添えいただきたいものです」
「あら、それはロネスネスとて同じですわ。
私の装備CHARMであるヴィンセツ・リーリエに加えてエインヘリャルも配備されれば、二機の第4世代CHARMが運用されることになり、最強レギオンの名をますますほしいままに出来ますもの」
「しかし、いくらヘオロットセインツやロネスネスが外征で戦果を上げようとも、留守中に本陣である御台場のガーデンが失陥してしまえば元も子もありません。
その配慮もあって、ゆりさんをガーデン防衛の支援戦力として配置することに決まったわけですね」
「ごもっともですわね。
都内の至る所でエヴォルヴの幼体ヒュージが出現し、さらには複数の特型ギガント級まで確認されている今、私たちがガーデンを留守にする頻度は大幅に増加しているわけですから。
外征から戻ってみれば、御台場のガーデンがルド女のように崩壊していたなんて、冗談じゃありませんわ」
「今のところはゲリラ的に出現する特型ヒュージに対する迎撃で手一杯の状況ですね。
問題は、その特型ヒュージの発生原因です。
先日の東京圏防衛構想会議では、槿様の説明にはG.E.H.E.N.A.のゲの字も出て来ませんでした。
ですが、新宿エリアディフェンス崩壊事変以後の一連の事象には、G.E.H.E.N.A.が関与しているのは確実だと桂は考えています」
「それも証拠が無ければ、立証のしようがありませんわ。
こちらが尻尾を掴まない限り、反転攻勢のきっかけを手にすることは出来ませんもの」
「急いては事を仕損じる。急がば回れ。
まずは目の前の問題に対処することに注力し、敵が馬脚を現すのを待つしかなさそうですね。
――ゆりさん、面倒に付き合わせる形になってしまって申し訳ありませんが、どうかお力添えの程、よろしくお願いいたします」
間に寝潰れた薺を挟み、桂は結梨に向き直って頭を下げた。
「ううん、私も誰かの助けになれるなら、自分の力を使って戦うことに誇りを持てる。
それは今ルド女のガーデンにいる一柳隊のみんなと同じだと思うから」
結梨と桂が握手を交わそうとした時、二人の間にいた薺が弱々しいうめき声をあげて身動きした。
「う~、私は潰れてなんかいない……まだ飲める……桂の馬鹿」
桂は薺の寝顔を見て苦笑すると、薺の身体を起こして彼女の白い頬をごく軽く叩いた。
「……今日はここまでにしましょう。
私は薺を部屋まで運びますので、ゆりさんと燈さんはどうぞご自由にしてください。
テーブルの上も私が後で片付けておきますので、お気遣い無く」
桂は小柄な薺の身体を背負うと、結梨と燈に一礼して控室を出て行った。
桂と薺の姿が廊下の向こうに消えるのを確かめてから、燈は神妙な口調で結梨に話しかけた。
「結梨さん、場所を変えて少しお話ししたいことがありますの。
ここでは口にしない方がいいと思いますので。
付き合っていただけますかしら?」
「いいよ、G.E.H.E.N.A.のことでしょ?
私も燈にいろいろ聞いておきたいから」
簡単にティーカップとお茶請けをテーブルの隅に寄せた後、二人はヘオロットセインツの控室を後にし、無人となった室内には静寂が戻った。
一時編入から数日が経った日の放課後、結梨は教室で下校の支度を進めていた。
夕陽が差し込む教室の中には、まばらに数人の生徒がいたが、彼女たちも結梨と同じく帰り支度の途中だった。
すると、校内放送のチャイムが鳴り、教導官らしき大人の女性の声が聞こえてきた。
「1年生の北河原ゆりさん、編入後のメンタルケアとしてカウンセリングを受けていただきます。
まだ下校していなければ、すみやかに保健室まで来てください」
「私が呼ばれてる? 保健室に行かないと……」
結梨はそそくさと荷物をまとめて教室を出た。
急ぎ足で保健室まで来た結梨は、ドアの前で足を止め、軽くノックした。
間を置かず、中から先程の校内放送と同じ声が聞こえ、結梨に入室を促した。
静かに結梨がドアを開けて保健室に入ると、部屋の奥の椅子に腰かけた白衣の女性が目に入った。
「はじめまして、北河原ゆりさん。
スクールカウンセラーの稲葉
どうぞ、そこの椅子に座って」
いかにも人当たりの良さそうな柔らかい口調で、白衣のカウンセラーは結梨に自らの名を告げた。