情報を詰め込みすぎで読みにくいとは思いますが、ゲヘナ側の認識を改めて提示しておく必要があったためで、ご了承願います。
結梨は先程まで意図的に装っていた無邪気さとは打って変わって、今は眉間にわずかな皺を寄せて、息が詰まるような重苦しさを感じさせる表情を浮かべていた。
怒りの感情を露わにする檀を前にして、結梨は訥々と言葉を吐き出し始めた。
「私、燈からその時のことを聞いたの。
燈を逃がそうとしてくれた人が、燈の目の前で殺されて――それで燈は何も分からなくなって、気がついたら周りにいた人はみんな死んでいたって。
その時、燈は自分では憶えていなかったけど、燈が殺してしまった人の中には檀先生も含まれていたって、先生が燈に言ったんだよね。
……そして、先生はその施設の研究員だった」
結梨の言葉を聞いた檀は、その鋭い視線を燈に向けた。
「あなたが当時の顛末を彼女に話したのね、司馬さん」
「先生ほどのマッドサイエンティストが、ゆりさんのようなリリィに目を付けないわけがないと、最初から私は考えていましたわ。
だから編入初日に、彼女に一通りの情報を伝えておきましたの。
あなたに妙な入れ知恵をされる可能性がありましたから。
現に、あなたは私とゆりさんを分断しておこうとしましたわ」
編入の初日、お茶会の後で薺たちと別れた結梨と燈は、燈の居室で二人きりで話をした。
燈は会話の中で、校医の中原・メアリィ・倫夜が御台場のガーデンを去ったこと、新たにスクールカウンセラーの稲葉檀が赴任したことなどを説明した。
倫夜と同じく、檀もまたG.E.H.E.N.A.の関係者であると。
そして檀が、かつて燈が囚われていたG.E.H.E.N.A.の研究施設――それは京都の鞍馬に位置していた――の一員だったことも。
先手を打たれたことに屈辱を感じた檀は、その美しい唇を憎らしげに歪めて燈に答えた。
「あら、私は事実しか彼女に伝えてはいないわ。
あなたが人殺しだという事実をね」
「先に殺人を犯したのは、あなたたち施設側の人間でしたわ。
私を逃がそうとしてくれた人を、あなたたちは私の目の前で撃ち殺した。
そして、そのショックで我を失い錯乱した私は、私を捕らえようとした人間を無我夢中で攻撃し、一人残らず殺してしまった。
当時の記憶には欠落している部分も多くありますが、あなたと倫夜先生の言葉を信用するなら、私はその時、確かにあなたを殺していますわ」
「……だそうよ。この話を聞いてあなたはどう思うのかしら?北河原さん」
檀から意見を求められた結梨は、慎重に言葉を選びながら返答を口にする。
「……私には、それが本当かどうかを確かめることはできない。
でも、先生がその施設にいたこと以外は、私が百合ヶ丘にいた時にガーデンから伝えられて知ってた。
私だって、私の大切な人が殺されたら、自分がどうなるかなんて想像できない。
だから、燈の言ってることはおかしくないと思う」
「その事件で私が司馬さんに殺されたのに、今ここに生きている事実については、どう思うの?」
「普通なら絶対にありえないことだけど、先生が普通の人じゃなければ、先生は本当に生き返ったのかもしれない」
「随分と意味深なことを言うのね。
まるで私以外にも、一度死んで生き返った人間を知っているみたいに」
「……」
結梨の脳裏には、戸田琴陽と共に百合ヶ丘を訪れた白井咲朱の言葉が浮かんでいた。
咲朱は教導官として百合ヶ丘に赴任する直前に戦死し、その後に生き返ったと結梨とロザリンデに対して言明した。
そして、結梨もまた一度死んで生き返ったのだと。
つまり白井咲朱、一柳結梨、そして稲葉檀という三人の人物が、死亡後に生き返ったということになる。
しかし、いずれも証拠となるものは公式には一切存在せず、本人たちの証言以外に依拠するものは何も無い。
黙ったままの結梨を見た檀は、先程より幾分か表情を和らげ、感情よりも理性が彼女の精神を支配したようだった。
「沈黙もまた答え。
あなたの沈黙は、私が知りたい事実を雄弁に語ってくれているわ。
あなたは白井咲朱というリリィを知っているわね。
――ああ、返事はしなくていいわ。
その一事だけで、あなたの正体は見当がついたから。
今から私が話すことは、私の独り言として聞いて」
檀は結梨の顔に視線を定めたまま、知的好奇心と、それに伴う気分の高揚を隠しきれずにいた。
「『北河原ゆり』さん。
今から私はあなたを一柳結梨と仮定した上で、私の持論を述べるわ」
この展開をあらかじめ予想していたのか、燈は結梨の後ろに立って、黙って檀の話を聞いている。
「御台場のガーデンを防衛するための支援戦力として、ただ一人で百合ヶ丘女学院から一時編入したリリィ。
その情報が目に留まったから、あなたのことを個人的に調べてみたの。
すると、百合ヶ丘では特務レギオン預りの身分だったことが分かった。
あなたはエレンスゲ女学園の序列1位と同じく、詳細な個人情報は全て抹消済み、あるいは非公開。
編入時に持ち込んだCHARMは2機、うち1機は第4世代の精神直結型。
後者のCHARMは、エリアディフェンス崩壊時に新宿御苑付近と旧都県境の戦場で使用された機体と同一であると推測される。
これに該当すると思われる機種はエインヘリャル、公式には実戦検証機の扱いになっているわ。
ただし、実戦で使用された記録として残っているのは、数ヶ月以上前に2年生の番匠谷依奈による一度のみ。
現在の使用者に関する情報は不明――おそらくは、これも意図的に非公開とされているのでしょう。
極めつけに、先程の発言から、あなたはヒュージの姫の頂点たる白井咲朱の存在を知っているか、直接の面識がある。
これらの情報を総合すると、御台場女学校に派遣された百合ヶ丘女学院のリリィ『北河原ゆり』は、一柳結梨である可能性が極めて高い」
「先生がどう思われようと、それは先生の勝手ですわ」
熱っぽく語る檀に、冷ややかに水を差す燈だったが、当の檀はそれを一顧だにしない様子だった。
「戦死したはずの一柳結梨が生きていたとして、私の考えた筋書きは――」
檀が結梨と燈に向かって展開した持論は、以下のような内容だった。
一柳結梨が爆発に巻き込まれて生死不明になった事実を利用して、百合ヶ丘は彼女の生存を公表せず秘匿しておくことにした。
そして彼女を通常のレギオンではなく特務レギオンの預りとすることで、対G.E.H.E.N.A.戦略における重要な戦力として位置付けた。
これまでの所、この方針は有効に機能していると思われる。
実際、彼女の能力は突出し過ぎていて、他のリリィとの差がありすぎる。
それならば、個人のデュエル戦闘能力を問われるような戦場、あるいは一般的なレギオンでは対処できない特殊な作戦に投入するのが適任と考えられる。
そのような戦場の一つが、今やG.E.H.E.N.A.による『実験』の最前線となっている、この御台場女学校だった。
ガーデン防衛の名目であっても、アールヴヘイムやレギンレイヴのようなSSS級のレギオンを百合ヶ丘から御台場へ派遣すれば、百合ヶ丘の外征任務に支障をきたすだけではなく、御台場の既存戦力とのバランスや連携も根本的に見直す必要がある。
何より外部の組織や世間一般の目につく。
これにはG.E.H.E.N.A.だけではなく防衛軍や政府機関も含まれる。
百合ヶ丘も御台場も、大規模にSSS級レギオンを動員して世論を刺激したくない。
対G.E.H.E.N.A.戦略にG.E.H.E.N.A.以外の勢力が介入して、事態をコントロールできなくなることは避けたい。
かと言って、ランクの低いレギオンを派遣しても、頭数が増えるだけで大幅な戦力増強につながるかは疑問だ。
そうした思惑の結果、百合ヶ丘と御台場は『北河原ゆり』なる無名の1年生リリィを、単独で派遣するという内容で合意に至った。
「『北河原ゆり』が一柳結梨と同一人物である可能性は否定できない。
そしてその『北河原ゆり』が御台場のガーデンに派遣されること自体は、秘密でも何でもなく、一般に公開されている情報よ。
にもかかわらず、G.E.H.E.N.A.から私には何の連絡も指示も来ていない。
これは実に興味深い事実だと、私は考えているわ」
「G.E.H.E.N.A.が一柳結梨の存在を故意に無視していると、先生は考えているわけですのね」
「そう。おそらくG.E.H.E.N.A.の上層部は一柳結梨が生存していた場合でも、現状では不干渉の方針を取っていると思われるわ」
その理由の第一は、これまでの戦闘によって、一柳結梨の持つ能力がG.E.H.E.N.A.の想定を遥かに上回っていたことだった。
「一振りのグングニルしか装備していなかった時とは違って、今の『北河原ゆり』は桁違いの戦力を持つ存在となった。
縮地S級保持者のため、身柄の拘束はほぼ不可能。
加えて第4世代精神直結型CHARMの装備により、支援系のレアスキルとの組み合わせで即時に遠隔地を無人機で空爆可能。
こんなリリィを一柳結梨として強制的に捕えようとして失敗すれば、どれほどの報復攻撃を覚悟しなければならないか、想像に難くないわ」
その意味では、先般発生したエレンスゲ女学園のリリィによる襲撃事件は、極めて重大な結果を引き起こす可能性があったと、檀は呟いた。
「エレンスゲのラボが原因不明の爆発事故を起こして消滅したり、理事会の幹部が何人も行方不明になっていてもおかしくなかったと思うけど、幸いそのような事態には発展しなかった。
その代わりかどうかは知らないけど、最近G.E.H.E.N.A.所有の偵察衛星が1基ロストしたわ。
偶然にも、その日は百合ヶ丘女学院で大型CHARMの試射が行われたそうね。
あれもあなたの仕業なのかしら?」
ちらりと結梨を一瞥した檀に、すぐに結梨は首を横に振って否定した。
「ううん、違う」
「そう。まあいいわ、私はロストの原因自体に興味は無いから」
檀の関心は、『北河原ゆり』の存在を巡ってG.E.H.E.N.A.と反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの双方が、彼女をどのように位置付け、関係を構築しようとしているかにあった。
なぜなら、その前提条件が、檀が御台場で展開しようとしている『実験』の計画に、決定的な影響を及ぼす可能性があるからだった。
「今のあなたの能力を考慮すれば、G.E.H.E.N.A.が強制的に身柄を拘束するのは、限りなく不可能に近いわ」
かと言って、今さら頭を下げて研究への協力を求めたところで、袖にされるのは目に見えている。
それならば、状況が大きく変化するまでは、『北河原ゆり』の機嫌を決定的に損ねないように、様子見を決め込むのが妥当な選択肢だと、G.E.H.E.N.A.の上層部は判断した。
その判断に基づいて、G.E.H.E.N.A.は組織の内部に保存されていた一柳結梨に関する情報を封印し、一般の構成員はアクセス不可とする措置を取った。
一方、百合ヶ丘女学院にしてみれば、一柳結梨が極めて特異な出生の事情を持つリリィゆえに、G.E.H.E.N.A.に身柄を引き渡すことは考えられない。
加えて、彼女は人であることが法的に認められている以上、彼女をヒュージとして捕縛する命令が出ることは無い。
その反面、一柳結梨が『北河原ゆり』として一般のリリィと同じように表舞台で戦えば、世間一般に彼女の存在が知れ渡り、厄介な議論を呼び起こす可能性が高い。
少なくない割合の人間が、彼女を『理性を持った人型のヒュージ』と見なし、現行の法律を改正しようとするかもしれない。
そうなれば、当然G.E.H.E.N.A.も息を吹き返し、あらゆるプロパガンダを使って、その議論を恣意的に誘導しようとするだろう。
従って、火の無い所に煙を立たたせないために、百合ヶ丘は彼女の存在を秘匿し、ごく限られた者にしか、その情報を開示しなかった。
しかし、これほどの能力を有するリリィを飼い殺しのようにガーデンに閉じ込めておくことは、戦力面からも、本人の人権と自由意志を保障する教育機関としても、不適切なのは明らかだ。
それゆえ、『北河原ゆり』がリリィとして生きるために、何らかの活動の場を設ける必要が、百合ヶ丘のガーデンにはあった。
「それが対G.E.H.E.N.A.作戦行動を主たる任務とする、特務レギオンLGロスヴァイセの活動であり、この御台場女学校のガーデン防衛支援だったというわけ。
少なくとも現時点では『北河原ゆり』を名乗っている一柳結梨の存在を表に出さない方が得策だと――G.E.H.E.N.A.と反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの双方が、期せずして方針の一致を見た――何とも皮肉な結果ね」
自信満々に持論を展開し終えた檀に、再び燈が冷めた眼で質問を口にする。
「……で、結局のところ、先生は彼女をどうしたいんですの?」
「もちろん、唯一無二の貴重な研究対象として観察し、入手可能なありとあらゆるデータを収集したいわ。
私以外の誰一人として持っていない情報を活用できれば、私の研究は飛躍的な成果を上げられる可能性がある。
研究者として、こんな魅力的なチャンスをみすみす見逃す手は無いわ。
それにタイミング良くあの女も御台場を去ったことだし、私にもようやく日の目を見る機会が巡ってきたということね。
リリィでも強化リリィでもない、極めて特殊な存在である一柳結梨。
彼女は未知の情報の宝庫よ。
彼女の内に秘められている情報の可能性は、岸本・ルチア・来夢や、ヒュージの姫の頂点に君臨する白井咲朱に勝るとも劣らない。
他の誰にも関わらせたりするものですか」
「ですが、G.E.H.E.N.A.は一柳結梨に対して不干渉の方針だと、さっき先生は言われましたわ。
先生の発言には矛盾があると思いますけれど」
「当然、私からは彼女に危害を加えたり、身柄を拘束したりするつもりは一切無いわ。
でも、このガーデンに特型のギガント級ヒュージが出現し、それに対して彼女が迎撃のために出撃しても、それは私から彼女への干渉にはならないでしょう?
彼女が自らの意思で『実験』に介入することは、私の関知するところではないのだから。
ただ私はその状況をモニタリングして、データを収集させてもらうだけ。
その結果、私の手元に各種のデータが揃ったとしても、それは彼女への干渉に基づくものではないと言えるし、G.E.H.E.N.A.の方針に反することは何一つしていないわ。
これって、我ながら良くできたロジックだと思うけど、どうかしら?」
「似ても焼いても食えない詭弁家ですのね、どうぞご勝手になされば」
あきれ顔で燈は溜め息をつき、結梨を椅子から立ち上がらせた。
「もう行きましょう、ゆりさん。
これ以上ここにいても、先生の毒気に当てられるだけですわ」
燈はごく簡潔に檀に退出を告げると、結梨を伴って保健室を出て行った。
結梨と並んで廊下を歩きながら、燈はようやく肩の荷を下ろしたように表情を和らげた。
「でも、先生の独演会のおかげで、推論とは言えG.E.H.E.N.A.側の認識を確認することができたのは、こちらにも収穫でしたわ。
念のために、ここで聞いたことの内容は他言無用に願いますわ。
ガーデンへの連絡は、私の判断に一任するということで」
「うん。分かった。
私はいつも通りにしてればいいのかな?
何か特別に気を付けておかないといけないことはある?」
「檀先生がG.E.H.E.N.A.の人間だということだけ念頭に置いていれば、後はこれまでと同じように生活していただいて結構ですわ。
いずれ、あの人が何かしらの『実験』を仕掛けてくるのは間違いありませんが、私たちリリィは今までと変わらず、力の限り戦うのみですわ」
「そうだね。……あ、あそこにいるの、英じゃない?」
結梨の視線の先を燈が追うと、廊下の奥に一人のリリィが右手を上げて軽く振っているのが見えた。
それは結梨を預かっているレギオンであるLGコーストガードの1年生、岸田
二人が英の近くまで来ると、英はリリィらしからぬ、おっとりとした口調で結梨に話しかけた。
「ゆりちゃん、こんな所にいたんだ。
燈ちゃんも、ごきげんよう。
二人で保健室から出て来たみたいだけど、どっちかが体調悪くなったのかな?」
「ご心配には及びませんわ。
ゆりさんが檀先生に簡単なカウンセリングを受けていただけで、何も問題はありませんでしたわ」
「そうなんだ……よかった。
ちょっとゆりちゃんと新しいフォーメーションの話をしたいんだけど、一緒にコーストガードの控室まで来てもらってもいいかな?」
「うん、カウンセリングはもう終わったから、大丈夫だよ。
燈、今日はありがとう。
燈が保健室に来てくれて、すごく嬉しかった」
「どういたしまして。
ところで、控室には湊様もお待ちなのでしょう?
早く行ってあげた方がよろしいと思いますわよ」
「うん、またね、燈」
「じゃあね、燈ちゃん」
結梨と英は燈と別れて廊下の向こうへと去って行く。
二人の後ろ姿を眺めていた燈の耳に、英の話し声が聞こえてきた。
「あのね、私のB型兵装とゆりちゃんのCHARMを連携させて、ノインヴェルト戦術を使わずにギガント級を……」
それを聞いた燈は思わず苦笑した。
「とんでもない戦術を考えつきますのね。
まあ、あの二人にはヒュージとの戦いだけに専念させてあげたいものですが……」
燈は保健室のある方を振り返り、檀の姿が見えないのを確認してから、自らもロネスネスの控室へ赴くべく廊下を歩き始めた。
追記
前回と今回で、結梨ちゃんが「殺される」などと発言するのは問題があるかとは思いました。
しかし、舞台ではそれなりの頻度で人が死んだり殺されたりしているので、避けて通ることは出来ないと考えて、このような台詞回しとなりました。
アニメやラスバレではこのような場面は皆無なので、舞台未見の方は違和感を覚えられたかもしれませんが、ご理解のほどお願いします。
さらに追記
よく考えてみたら、一葉さんの過去の記憶は↑に近いものがありますね……