アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第18話 ルドビコ女学院再訪(3)

 

「ふーん。あなた、最近百合ヶ丘から御台場に編入したんだ」

 

「うん。でも、ずっとじゃなくて、御台場のガーデンを守り切れたら百合ヶ丘に戻る予定になってるの」

 

 市ヶ谷の防衛軍本部で石川精衛から説明を受けた結梨と葵は、新宿御苑近傍にあるルドビコ女学院への道中で、お互いの持つ情報を交換しているところだった。

 

 それぞれのCHARMケースを背負った二人は、新宿駅を出て徒歩でルド女のガーデンへ向かっていた。

 

「ガーデン防衛の支援戦力としてなら、何もたった一人で編入までしなくてもいいと思うけどね、個人的には。

 

まあ、ルド女みたいに外部のガーデンから複数のレギオンが駐留してるのとは、まるで事情が違うのは想像がつくわ」

 

「その辺のことは、あまり話さないようにって言われてるの……」

 

 結梨はやや歯切れの悪い口調で葵に答えた。

 

 葵は「北河原ゆり」が一柳結梨であることを知らない様子だった。

 

 百合ヶ丘にいた時のことを詳細に話してしまうと、そこから自分が一柳結梨であると気づかれてしまうかもしれない。

 

 特に、自分が一柳隊の一員だったことを口にするわけにはいかなかった。

 

 そのため、結梨は葵に対して、どうしても言葉少なにならざるを得なかった。

 

「そうでしょうね。噂では、ルド女が崩壊した後、今度は御台場に特型ヒュージがやたらと出現するようになってるって聞いてるわ。

 

ルド女が崩壊した原因も、単なるヒュージの襲撃ってわけじゃなさそうだし、裏に何かキナ臭い陰謀があるのは私でも想像がつくもの。

 

ま、それは実際にルド女の中に入ってみれば、嫌でも分かることだけど。

 

あなただって、百合ヶ丘にいた時は特務レギオンの預かりで、そのレギオンの隊長があなたの従姉妹なんでしょ?

 

親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンが調査対象、ケイブ生成装置、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務預かりのリリィ……

ここまで出揃えば、私にだって問題の輪郭は見極められるわ」

 

 精衛が言及した極めて不自然なケイブの発生パターンについては、ルド女の崩壊以後は確認されていないとのことだった。

 

 ケイブを発生させていたのがルド女のガーデン――実態としてはG.E.H.E.N.A.の息がかかった理事や教導官たちだが――だったとすれば、彼ら/彼女らは現在はほとんどが死亡あるいは行方不明となっている。

 

 つまり、ケイブ生成装置を操作する者が存在しなくなったため、結果として人為的なヒュージの出現は無くなったということだろう。 

 

 その代わりに、ルド女のリリィたちは、エヴォルヴの幼体やスプリッタ―と呼ばれる特型ヒュージの不規則な出没に悩まされているというわけだ。

 

 この現象が、御台場で進められているG.E.H.E.N.A.の『実験』と関連があるかどうかまでは、現時点では分からない。

 

 それよりも今、結梨と葵がしなければならないのは、持ち主を失ってルド女のガーデンのどこかに眠り続けているはずのケイブ生成装置を見つけることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて二人の前方に、ルド女のガーデンとその手前に立つ人影が見えてきた。

 

 人影の数は二つ。

 どちらもCHARMケースを背負っている。

 動かずにこちらを見ているようだった。

 

 距離が縮まり、相手の顔が判別できるまでに近づくと、それは福山・ジャンヌ・幸恵と岸本・ルチア・来夢であることが分かった。

 

「ごきげんよう、幸恵様。来夢。

お出迎えいただいて恐縮だわ」

 

 葵の挨拶に答えたのは幸恵だった。

 

「ごきげんよう、葵さん、ゆりさん。

防衛軍と御台場のガーデンから連絡は受けているわ。

 

このガーデンのどこかにあるケイブ生成装置の探索に、あなたたちが来ると。

 

装置がある場所の見当は付いているけど、今はセキュリティのロックが掛かっていて、それを解除しないと中に入れないの」

 

「それは話が早くて助かります。

セキュリティの掛かっているゲートだか扉だかを物理的に破壊すると不味いんですか?」

 

「その場合、何が起こるか分からないから、迂闊なことはできないのよ。

 

例えば爆破装置のようなものが作動して、建物が崩落してしまう恐れもあるわ」

 

「そうなると、私たちは脱出できたとしても、そこから先の探索は不可能になってしまうわけですね。

 

とりあえず、そのセキュリティのある所まで行ってみるしかないか……場所はどこなんですか?」

 

「このガーデンの最奥部にある指令室、そのどこかに設置してある可能性が最も高いと思うわ。

 

そこに無いとすれば、ガーデンに隣接しているルドビックラボの中でしょう。

 

もっとも、ルドビックラボも現在は閉鎖中で、中に入ることはできないのだけど」

 

「それなら、先に指令室に行ってみるのが手っ取り早いですね。

セキュリティの解除方法はその場で考えるとして。

さっそく行きましょう」

 

 単刀直入に事を進めようとする葵に、来夢が心配そうな顔をして念を押す。

 

「でも、指令室には何があるか分からないんですよ。

中に入れたとしても、何か罠が仕掛けてあるかも……

それでも行くんですか?」

 

「そこに何があるか分からないからこそ、確かめに行くのよ。

そうでしょう、ゆり」

 

「うん、私たちはそれを自分の目で確かめに来たんだから、何が待っていても行くよ」

 

「……そう、分かったわ。

戦闘が発生する可能性も十分あるから、決して気を抜かないようにね」

 

 葵と結梨に全く退く気が無いのを見て取った幸恵は、覚悟を決めたように小さく頷いて、二人をガーデンの中へと案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の中へ入った四人のリリィは、ガーデンの深部に向かって廊下を進んでいた。

 

 一般の区画を抜けて問題のセキュリティーゲートがある箇所までは、まだかなりの距離が残っていた。

 

 途中で何人かのルド女のリリィとすれ違ったが、つい先日まで東京圏防衛構想会議で様々なガーデンのリリィが滞在していたためか、誰も葵と結梨には注意を払わなかった。

 

 あと数分で四人が一般に開放されている区画を抜けようとした時、前から歩いてくる他校のレギオンらしき一団のリリィが目に入った。

 

 彼女たちは結梨がつい最近まで着ていたのと同じ制服――つまり百合ヶ丘女学院の制服を身に纏っていた。

 

 見間違いようも無い。一柳隊の九人のリリィだ。

 

 四人の最後尾を歩いていた結梨は、自分の前にいた来夢の後ろに、さりげなく身を隠した。

 

 今は御台場の制服を着ている上に、ルド女の佳世と同じような眼鏡を掛け、髪型もポニーテールに変えている。

 

 まともに顔を見られないように注意すれば、自分だとは気づかれないはずだと、結梨は心の中で言い聞かせた。

 

 四人のリリィと一柳隊の九人のリリィは、数メートルの距離を置いて歩みを止めた。

 

 一柳隊のリリィたちの目は、先頭を歩いていた葵の姿に集中していた。

 

 それは当然のことで、余程鈍いリリィでない限り、石川葵の名を知らない者は東京にも鎌倉府にも居ないだろう。

 

 世界最高格付けを記録した聖メルクリウスの中等部レギオン予備隊でヘッドライナーを務め、現在は相模女子高等学館の特務レギオンである生徒会特選隊メンバー、90オーバーのスキラー数値を誇る「蒼き皇女」……

 

 数々の輝かしい名声を、彼女はその小柄な身体で成し得てきたのだった。

 

 葵は一柳隊の先頭にいる楓を見つめたまま黙っている。

 

 葵の姿を見て、一柳隊のリリィたちが口々に思ったことを声に出し始めた。

 

「あのリリィ、下北沢での外征で私たちと一緒に戦った……」

 

 梨璃が口にした言葉に最初に反応したのは二水だった。

 

 二水は興味津々の様子で、自分たちの前にいる葵から目線を外さない。

 

「相模女子高等学館1年生の石川葵さん、ですね。

楓さんが中等部時代に付き合っていたという噂を聞いたことがあります。

 

彼女は相模女子の入試で全学科満点でトップ合格した、超優秀なリリィなんですよ」

 

「何か凄く自信満々な感じでこっちに歩いてきたけれど、相模女子のリリィがルド女へ何しに来たのかしら」

 

 夢結が怪訝な顔をしていると、梅が前方にいる楓の後ろ姿を見ながら答える。

 

「ひょっとして、楓に話があって来たんじゃないのか。

二水の話だと、葵って楓の元カノなんだろ?」

 

「そ、それって、『私たち、よりを戻さない?』みたいな尊い内容の相談なんでしょうか。

もし紅巴さんがここにいたら、感動のあまり涙で前が見えなくなること間違いなしです」

 

「あの子は何でも、そっち方面に結び付けて妄想するからな……」

 

 この場にいない紅巴のことを思い出して、鶴紗は隣りにいる二水に肩をすくめてみせた。

 

 その後ろでは、神琳が雨嘉の目を見つめながら、熱っぽく語りかけている。

 

「雨嘉さん、私たちの愛は永遠です。

何が起ころうとも、私と雨嘉さんが離れることは絶対にありませんので、ご安心ください」

 

「神琳、今そんなこと言わなくてもいいから……恥ずかしいよ」

 

 周りの目を気にして頬を赤らめる雨嘉だったが、神琳は一向に気にしていない様子だった。

 

「愛は常に確かめ合うものです。

誰にも何も遠慮する必要なんてありませんよ。

 

私は私の愛を惜しみなく雨嘉さんに与えることができます。

 

そして見返りも答えも求めない愛こそが、真の愛なのだと分かってはいますが、私の愛はまだ、その域には届いていません……」

 

 何やら後ろの方で愛について語り始めた神琳の声を聞きながら、楓は振り向かずに少々うんざりした口ぶりで水を差した。

 

「……皆様方、もう少し静かにしていただけませんこと?

周りであれこれ騒がれると、気が散って仕方ありませんわ」

 

 葵は楓のすぐ前まで来ると、歩みを止めて正面から楓の顔を見つめた。

 

 その表情は、旧知の相手への親しみを込めた柔らかさに満ちていた。

 

「楓、久しぶり。ルド女に来てたんだ。

やっぱり東京圏防衛構想会議の絡みなの?」

 

「ええ。ルド女周辺エリアの防衛力強化のために、百合ヶ丘から派遣されているレギオン――一柳隊の一員として、しばらくはここに駐留する予定ですわ」

 

「そう、元気そうで良かった」

 

「葵さんこそ、相模女子では生徒会特選隊でご活躍されていると聞いていますわよ」

 

「うん、うちは百合ヶ丘と違ってスパルタ式で、実戦で戦果を上げるのが至上命題なの。

その上、上級生が武闘派揃いだから、必ず活躍しないと普段の訓練メニューが悲惨なことになるのよ。

 

それに、うちの隊長なんて、3年生のくせに事あるごとに焼肉だのお寿司だの、値の張る食事ばかり私に奢らせてきて参ってるわ。

普段はもずくと豆腐ばっかり食べてるのに。

 

それでいて、自分のことを『妖艶なる水の女神』だの『策謀と奸計に優れた傾国の悪女』だのとうそぶいてるから、他のレギオンからは失笑されてるし。

 

でも実家は没落した名家で、昔から貧乏で苦労してきたっていう話だから、そのせいで性格が複雑骨折した中二病みたいになっちゃったのかもしれないわね……

 

そう考えると、あの人も色々と大変なんだなって思えて、あまり邪険にも扱えないわ」

 

「葵さん、話が思いきり脇道にそれてますわよ」

 

 葵の言う「うちの隊長」とは、相模女子の生徒会特選隊隊長である松永遊糸(ゆい)のことだろうと楓は推察した。

 

 話を聞いていると、ほとんど葵とは腐れ縁のような関係に思えたが、遊糸が隊長に就任して以来、特選隊は無敗の戦績を誇っていると聞く。

 

 相当に癖のあるリリィなのだろうが、レギオンの隊長として極めて優秀であることは間違いない。

 

 葵の言葉にトゲのようなものは感じられなかったので、何だかんだで遊糸とは良好な関係にあるのだろう。

 

 ――と、楓の隣りまで来た梨璃が、何気なく葵について尋ねた。

 

「楓さん、葵ちゃんと以前からの知り合いなんですか?」

 

「ええ、葵さんとは聖メルクリウスの中等部で一緒に学んだ仲ですわ。

 

私にとって、誰よりも大切な無二の親友……いえ、決して梨璃さんと葵さんを比べてどうこうというわけではありませんわ。

 

お二人とも私にはかけがえのない存在なのですから」

 

「楓、その人はあなたのレギオンの隊長よね。

確か、名前は一柳梨璃さん……楓とはどんな関係なの?」

 

 葵の問いかけに楓は少しだけ逡巡した後、それまでより幾分控えめなトーンで答えを口にした。

 

「私が……好意を寄せている方ですわ」

 

 楓の返答を聞いた葵は、口元を両手で押さえて目を見開いた。

 

「ひどいわ、楓。

あんなに愛し合っていたのに、私を捨てて百合ヶ丘で新しい相手にぞっこんなのね。

私のことは遊びだったのね。

もう私は二度と立ち直れない」

 

 葵は楓と梨璃の目の前で膝をついて、がっくりとうなだれた。

 

「あ、葵ちゃん……」

 

 楓は自分の隣りで思わず驚きの声を上げた梨璃を横目に、葵のすぐ傍まで近づいてしゃがみ込み、それから葵の腕を取ってゆっくりと立ち上がらせた。

 

 やれやれという形容がぴったりな表情で、楓は葵の耳元で小声で囁いた。

 

「下手な小芝居はおよしなさいな、葵さん。

あなたという人がそんな柄でないこと、分からない私だとお思いですの?」

 

 すると、悪戯が見つかった子供のように、葵は小さく舌を出して照れ笑いのような表情を作った。

 

「やっぱりバレバレか。

ちょっと驚かせてみようと思ったんだけど、楓が引っかかるわけないよね」

 

「相変わらずですのね、そういうところが葵さんらしいのですけれど」

 

 葵を立ち上がらせた楓は、苦笑いしながら葵の膝に付いた埃を手で払った。

 

「今は葵さんとは別々のガーデンに離れてしまいましたが、私たちの関係は何も変わりませんわ。

 

梨璃さんは私の最愛の人であり、葵さんは私の無二の親友、その事実は微塵も揺るぎませんもの」

 

「最愛の人……」

 

 そう呟いた葵が梨璃の顔をじっと見つめると、梨璃は恥ずかしそうに下を向いて視線を反らした。

 

「楓さんは梨璃と付き合っているわけではないので、その点については勘違いなさらないようにね、葵さん」

 

 わざとらしく咳払いをして、夢結が楓を横目でじろりと見ながら葵に断りを入れた。

 

 夢結の発言について楓は何事か言いたげな表情だった――が、後ろから鶴紗のものらしき咳払いも聞こえてきたので、この場での反論は控えることにした。

 

「来夢、『もとかの』って?」

 

 一方、四人の後ろの方では、梅の言葉を耳に留めていた結梨が来夢に尋ねた。

 

「えっと……説明をお願いできますか、幸恵お姉様」

 

「わ、私に聞くの?

……あ、あなたたちも、もう少し大人になれば分かることよ。

今はまだ理解する必要は無いわ。この話はここまでよ」

 

 いかにも強引に話を打ち切った幸恵は、足早に葵と楓に歩み寄って、自分たちはガーデンの所用でこの先に行くから、今日はこれで失礼すると一柳隊に伝えた。

 

 それほど幅の広くない廊下を、葵たち四人と一柳隊がすれ違って離れていく。

 

 結梨は来夢の後ろに隠れるようにして、顔をうつむかせたまま一柳隊の横を通り過ぎた。

 

 その結梨の背後から、よく知っている低い声が聞こえてきた。

 

「御台場のリリィも来てるのか。

何の用件か知らないけど、詮索しない方がいいだろうな。

しかし、あの後ろ姿、どこかで見覚えがあるような……」

 

 鶴紗の独り言に反応したのは梅だった。

 

「御台場のリリィに知り合いがいるのか?鶴紗」

 

「……いえ、たぶん私の気のせいです。行きましょう」

 

 廊下の角を曲がって、一柳隊から見えない所まで来た結梨は、ようやく安心して、ほっと息をついた。

 

 G.E.H.E.N.A.との確執に終止符を打つまで、その日が来るまで、自分は仮の名と姿を捨てるわけにはいかない。

 

 今ルド女に来ているのも、そこへと至る一歩なのだと、結梨は自分に言い聞かせて、校舎の廊下を奥へ奥へと葵たちと進んで行った。

 

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