「あなたが御台場の制服を着ているということは、今は百合ヶ丘のリリィではなく、御台場のリリィになったのね。
反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンも、裏で色々と策を巡らせているようね」
「先生……どうしてここにいるの?」
CHARMを持って指令室から現れた倫夜に向かって、結梨は重苦しい気分で問いかけを口にした。
自分たち四人が指令室に入るためには、倫夜が障害となって立ちはだかることは明白だと思われたからだ。
倫夜は結梨の質問には答えず、再び結梨をたしなめる言葉を投げかけた。
「それはこちらの台詞よ。
この先の指令室は一般生徒の立ち入り禁止になっているはず。
まして他ガーデンのリリィが足を踏み入れるなんて、規則違反も甚だしいわ」
「でも、彼女のIDでセキュリティゲートのロックは解除されたんですよ」
結梨の後ろにいた幸恵の言葉に、倫夜は驚いた表情を見せた。
「――何ですって?」
「だから私たちはここまで来ることができたんです。
それに、あなただってルド女の教導官ではありませんね。
あなたの方こそ不法侵入者ではないのですか?」
「私はルド女のガーデン――いえ、その上からの命令で、ここに入ることを認められているわ。
以前にこのガーデンを管理・運営していた主体が許可しない限り、セキュリティエリア内に立ち入ることはできない。
……でも、その子はセキュリティの管理者から入室を許可されているのね」
そう言ってから、結梨たちの前で倫夜は少し考え込む仕草をした。
「ゆり、あの女の人は誰なの?」
怪訝な顔で葵が結梨に問い、結梨は用心深く倫夜の方を見たまま、自分の後ろにいる葵に答える。
「中原・メアリィ・倫夜先生。
少し前まで、御台場で保健室の先生だった人。
今は別のカウンセラーの先生が、入れ替わりに保健室の先生をしてるの」
「何で御台場の校医だった人がルド女の指令室にいるの?
まさかルド女の教導官として赴任したなんていうんじゃないでしょうね」
葵の確認に答えたのは結梨ではなく倫夜だった。
「いいえ、違うわ。
私はこの指令室に残されているデータをサルベージしに来ただけ。
私が知りたい研究や実験の情報が、ここのデータベースに記録されているはずだから」
その倫夜の回答に、今度は幸恵が疑問を口にした。
「それなら、どうして反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの職員だった人が、親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンのセキュリティエリアに入っているの?
セキュリティゲートのシステムは、ルド女崩壊以前にガーデンを管理していたものが、まだ作動しているわ。
だから、旧体制のガーデンから許可されていた者しか、セキュリティエリアには入れないはず。
あなたがここにいるということは、つまりあなたは――」
「それはあなたたちの想像に任せるわ。
私とその子――『北河原ゆり』は、セキュリティの管理者から許可されて、この場にいることを認められている。
そして私はここにいる間、あなたたちのような者が侵入してこないよう警備をしているの。
『別命あるまで何人たりとも指令室には入れるな』との命令でね。
その見返りとして、この指令室のデータベースを利用させてもらっているの。
それ以上でも以下でもないわ」
「でも、ゆりさんのIDでセキュリティゲートのロックは解除されたわ。
あなたが受けた命令内容とは矛盾していると思いますが」
「それは私の与り知るところではないわ。
少なくとも私の直属の上長は、私に『誰も指令室に入れるな』と命令したわ」
G.E.H.E.N.A.とて一枚岩の組織ではない。
G.E.H.E.N.A.のシステム内で『北河原ゆり』のIDに特別な権限を付与したのは、倫夜が属しているのとは別の派閥によるものかもしれない。
あるいは、指令室に保存されている情報の機密保持と、セキュリティシステムの管理は、それぞれ別部門の管轄になっている可能性もある。
さらに穿った見方をすれば、セキュリティシステムを管理している者――あるいはその上位者は、結梨と倫夜を闘わせ、戦闘データの収集を目論んでいるのかもしれない――そう幸恵は推測した。
その時、倫夜の話を聞いていた葵が、幸恵に代わって疑問を口にした。
「あなた、さっき自分がここにいるのは、知りたい情報があるからって言ったわよね。
一体、何を調べにここに来たの?」
「本当なら、あなたたちに答える理由なんて少しも無いのだけど、今日は特別に話してあげるわ。
――そこにいる二人に深く関係することだから」
そう言って倫夜が見たのは結梨と来夢だった。
「……私?」
二人は思わず同時に声を出した。
「そう、あなたたち二人はリリィとして――『特異点のリリィ』としても、余りに異質な存在。
本来なら私は天然もののリリィにしか興味が無いわ。
でも、あなたたちほど異次元な水準で作り上げられたリリィなら、そのプロジェクトの詳細を何としても知りたい衝動に駆られるの。
親G.E.H.A.N.A.主義ガーデンの代表格であるルドビコのデータベースには、それを知る手掛かりが残されているかもしれない。
そう考えて、今は閉鎖状態にあるこの指令室で、二人に関する研究資料を漁っていたの。
その結果、私はプロジェクトの核心に至る決定的な情報を得ることができた。
それによれば、あなたたち二人は単なる対ヒュージ戦闘の切り札ではなく、この世界の――」
その時、葵が前に進み出て倫夜の話を遮った。
「ちょっと、ゆりと来夢が訳ありのリリィだからって、それが何だっていうのよ。
リリィなんて、誰でも大抵は何かしらの事情があるのが普通じゃない」
「そう、あなたは知らないのね……その二人はとても特別なリリィなのよ。
もしかすると、彼女たち以外の全ての『特異点のリリィ』を合わせたよりも」
「やけに勿体ぶるじゃない。
いいわ、言ってみなさいよ。
あなたが知ってる二人の特別な事情とやらを」
意識的に挑発めいた言い方をする葵に、倫夜は平静を保って彼女の言葉を聞き入れた。
「ええ、話してあげるわ。
武装は解除するから、もう少し近くに行ってもいいかしら」
倫夜は攻撃の意思が無いことを示すために、CHARMをシャットダウンさせ、通路の脇に置いた。
指令室に至る通路の幅は、先程のゲート付近よりも大きく広がっており、四人が余裕を持って並んで歩けるほどだった。
素手になった倫夜は、葵の前まで歩いて行き、手を伸ばせば触れそうな距離まで近づいた。
その余りにも悠然とした態度に、葵が若干のたじろぎを見せた時、倫夜はおもむろに右手を高く上げた。
「?」
不可解な倫夜の所作に、葵がトリグラフを握り直して身構えようとした。
その刹那、二人の間に青白い燐光のような光が湧き立ち、葵の視界を遮った。
「――っ!」
葵は咄嗟に後ろに飛び下がろうとしたが、その前に意識を消失してその場に崩れ落ちた。
通路の床に倒れ込もうとする葵の身体を倫夜が抱きとめ、不敵な微笑を浮かべる。
「何を――」
隣りにいた幸恵が驚いて、フィエルボワを倫夜に向けようとする。
「部外者には眠ってもらったわ。
これで落ち着いて話ができるわね」
倫夜は艶然と微笑んだまま、フィエルボワを構えて警戒する幸恵に葵の身体を預けた。
「さあ、あらためて話の続きをしましょうか。
岸本・ルチア・来夢さん、『北河原ゆり』さん」