気を失ったままの葵を抱きかかえた幸恵は、正面に立つ倫夜を警戒しつつ睨みつけていた。
「……さっきの光、あれは何らかのレアスキルによるものなの?」
その倫夜は幸恵の視線に動じる様子も無く、口元に笑みをたたえながら答えをはぐらかした。
「ちょっと違うかしら。
何なのか知りたければ、自分で調べてみなさい。
私からの宿題にしておくわ」
もしかすると倫夜は強化リリィで、先ほど葵の意識を失わせた青白い光は、G.E.H.E.N.A.が開発した未知のブーステッドスキルによるものかもしれない。
幸恵がそんな考えを巡らせている間に、倫夜は通路の脇に置いていた自分のCHARMを持ち上げ、いつでも戦闘状態に入れる態勢を取った。
「話があるのはあなたではなくて、そちらの1年生二人なの。
指令室に残されていたデータには、従来の強化リリィとは根本的に異なる方法によって、革新的な能力を持つリリィの開発プロジェクトが記録されていた。
それが実現した姿が、私の目の前にいる二人のリリィ――岸本・ルチア・来夢と一柳結梨――ああ、『北河原ゆり』さんが否定しても、私は勝手にあなたを一柳結梨として扱わせてもらうわ。
構わないわよね。気を失っている子以外は、あなたの事情を知っているのでしょう?」
倫夜の発言に、三人のリリィは押し黙ったまま、一言も言葉を発しなかった。
今は黙って倫夜の説明を聞き、彼女が何を伝えようとしているのかを見極める必要があると判断したからだ。
倫夜は三人の沈黙を消極的肯定と解釈し、満足した様子で話を続けた。
「まず、岸本・ルチア・来夢さん。
あなたは胎児の段階で体内にヒュージ細胞を埋め込まれ、生まれながらの強化リリィとしてこの世に生を受けた。
ヒュージからは仲間と認識され、そのためヒュージに攻撃されることが無い――G.E.H.E.N.A.の実験体ヒュージを除いては。
また、6才という極めて早い段階でレアスキルに覚醒した事実が、非公式に記録されている。
極めつけには、ルドビコ女学院が崩壊した際の戦闘において、あなたを殺そうとした教導官の攻撃を、ギガント級が防御したという情報があるわ。
このギガント級の取った行動が、あなたの意思によるものか、ギガント級の自発的行動なのかは不明のまま……
いずれにせよ、こんな事ができる強化リリィは他に存在しない――いえ、もう一人、エレンスゲ女学園に同じタイプの強化リリィがいたわね。
でも、現時点で彼女はエレンスゲのガーデンの管理下に置かれ、その詳細な能力や出生の経緯についての情報は、厳重にプロテクトが掛かっている。
G.E.H.E.N.A.の管理から逃れ、データの蓄積が断絶したあなたたち二人とは、大きく状況が異なっている。
だから今はエレンスゲの強化リリィ――佐々木藍のことは脇に置いておくわ」
倫夜が口にした来夢の特異な能力は、幸恵には既知のものであり、結梨にとってもある程度は来夢から聞かされて知っている内容だった。
おそらく倫夜は、お互いの認識を一致させるために、あらかじめ情報の整理をしておきたかったのかもしれない。
だとすると、それは来夢だけではなく結梨に関しても同様だと思われた。
案の定、倫夜は来夢から結梨へと視線を移し、先程までと同じように説明を再開した。
「次に、ヒュージ幹細胞からヒトの遺伝子を抽出して、人工的に体組織を培養した人造リリィである一柳結梨。
数十あるいはそれ以上の個体が繭の中で育てられ、その中でただ一人だけ孵化に成功し、誕生した稀有な存在、それが彼女だった。
人造リリィは当初、リリィの損耗を補い、人権に配慮する必要無く、使い捨てにできる代替的な戦力として、プロジェクトが企画・開発されたものと考えられる。
結果として、人造リリィは単に既存のリリィを置き換えるだけの存在ではなく、極めて強力な対ヒュージ戦闘能力を有するリリィであることが確認された。
レアスキルの複数同時使用を始めとする特異な能力の数々は、訓練によって習得されたものではなく、先天的に備わっていたとしか考えられない――岸本・ルチア・来夢と同じく」
そこまで話すと倫夜は一旦言葉を切り、首を少しかしげて三人の顔を見回した。
「でも、これって本当に偶然の産物なのかしらと、私は疑問に思ったの。
ヒュージ幹細胞からヒトの遺伝子を取り出しただけで、こんな超人的なリリィが生まれる確率は天文学的な低さよ。
それも、多数あった繭の中から一つだけが孵化に成功したのも、私には引っかかったわ。
ゼロでもなく、二つ以上でもなく、ただ一つだけが生存し、人として生まれ出た。
しかも、一般的な強化リリィを遥かに凌ぐ能力を持つにもかかわらず、理性を失って狂化することも無い。
これが偶然でないとしたら、始めからそうなるように計画されていたとしか考えられない。
ここで私は一つの仮説を考えたわ。
人造リリィの『設計者』が、始めからあなた一人だけを繭から孵化するように仕組んでいたとしたら?
最初から超越的な能力を持つようにあなたの遺伝子を操作して、自分の設計図通りに理想とするリリィを生み出そうとしていたなら?
――そして、それはおそらく岸本・ルチア・来夢も同じではないか?とね。
これは私のような野心的な科学者にとって、実に魅力的な仮説だったわ」
やや興奮気味な口調で自説を展開する倫夜に、幸恵は用心深く疑問を口にする。
「それを裏付けるような証拠はあるの?
あなたの思い込みに過ぎない可能性だって否定できないと思うわ」
証拠とまでは言い切れないかもしれないけど、と前置きした上で、倫夜は幸恵の疑問に答える。
「なぜなら、胎児にヒュージ細胞を埋め込むプロジェクトと、人造リリィの開発プロジェクトには、同一人物が関与していた可能性が高いことが分かったからよ」
「何ですって?」
「ここのデータベースを漁って、二つのプロジェクトに関する資料に可能な限り目を通したわ。
その結果、公開されていたのは年齢と性別と幾つかの情報だけで、氏名は非公開になっていたけれども、一人の研究者が両方のプロジェクトに参加していたことが確認できたの。
つまり、十数年の隔たりがあるとは言え、この人物は双方のプロジェクトに携わり、中心的な役割を果たしていた可能性があるのよ」
「その研究者はG.E.H.E.N.A.の指示に背いて、自分の個人的な目的を果たそうとしたというの?」
「いえ、それは違うわ。
彼あるいは彼女は、G.E.H.E.N.A.の命じた内容を実現させることから外れた行為はしなかった。
事実、二人のリリィはG.E.H.E.N.A.がプロジェクト発足時に期待していた以上の能力を持って生まれて来たのだから。
その上で、その研究者は、新しい人工的なリリィの開発という枠組みを超えて、自分が理想とする世界の実現への一歩として、彼女たちを創造したのではないかしら」
「その、理想とする世界とは何なの?」
「第一の理想は、ヒュージをこの世界から駆逐し、ヒュージが出現する以前の生態系を回復すること。
でも、全てのヒュージを地球上から討滅できる日が来るのはいつになるか、見当もつかない。
文字通り、ヒュージとの終わりなき戦いを、私たち人類は強いられている。
自分が生きている間に全ヒュージの討滅が叶わず、その後も人類は永遠にヒュージと戦い続けなければならないかもしれない。
それであれば、ヒュージの存在する世界でも、人類が安定して生存できる環境の構築を次善の策として目指すべきではないか――その研究者はそのように考えたのでしょう」
「環境の構築……しかし、全世界の面積の数十パーセントはヒュージが支配しているわ。
戦況次第では、人類の可住地域は今より縮小するかもしれない。
そのような安全な環境の構築など、とてもできる情勢ではないはずよ」
幸恵の反論を予想していたかのように、倫夜は落ち着き払ってそれに答えた。
「そう、残念ながら現実的とは言えない、今は実現の可能性に乏しい方策ね。
その代わりに、環境を変えられないのなら、人類の方を環境に合わせて造り替えることを、その研究者は選択した。
その結果として生まれて来たのが、私の目の前に立っている二人のリリィよ」
「な……」
幸恵は絶句して、隣りにいる来夢と結梨を思わず顧みた。
倫夜は表情を変えずに来夢と結梨を見つめたまま、預言者が託宣するかのごとく二人に言い放った。
「――その研究者にとって、あなたたち二人はヒュージに対抗するための戦力ではなく、ヒュージの跋扈する世界でも生きられる、新しい人類のプロトタイプだった」