ダンテの提案を承諾したバージルは、エヴァの静止の言葉も聞かずにハウスの外へ向かう。彼に続いてルシファーも一応だが外へ赴き、お互いに剣を構える。ルシファーは普段から愛用している
凡そ5m程の距離を開けて対峙する二人の表情は対照的だった。ルシファーはこの戦いに意義を見いだせず困った顔を覗かせて、逆にバージルは殺気だった雰囲気を出し明らかに好戦的。両者に酷い温度差が発生するが、そんなの知るかとばかりにダンテが場を仕切る。
「よし! じゃあ、オッサンもバージルも準備はいいな?」
「あぁ、俺は何時でも始められるぞ」
ダンテの言葉にバージルは気軽に答える。
二人にとって勝負事など日常茶飯事であり珍しくもない。阿吽の呼吸とまで言わないが、互いに合図を送らなくても理解し合える。
そんな彼等とは違い、ルシファーは渋々とだがこの戦いを承諾していた。
「この勝負で納得するって言うなら、それで俺は問題ないが......お前は本当にいいのか?」
「? 何がだ?」
ルシファーの疑問にバージルは素直に返答する。
彼はこの事をバージルに告げたら怒るのだろうなぁと心中で考えながらも、大人としてしっかり伝えておこうと口に出していた。
「―― お前じゃ絶対、俺には勝てない。俺に
「......」
「結果なんて、お前も分かりきってるだろう。なのにどうして......」
「ッ‼」
「おい、バージル⁈」
それ以上、口を開くなと言わんばかりバージルは開始の合図も待たず閻魔刀を振るう。ダンテが咎めようと声を上げるが既に鞘から解き放たれ、その刃は
父であるスパーダとの訓練でも出なかった
後もう少し、瞬きの瞬間すら要らずルシファーの身体に刃を届く。そんな
―― ピタッ
そんな効果音が聞こえてくるかの様に、閻魔刀は動きを停止させる。
その理由はなんて事はない。
ルシファーが右手に持っていた魔力の剣はいつの間にか無くなり、代わりに右の人差し指の先でバージルの閻魔刀を受け止める。状況を説明すればただそれだけの事だった。
「......は?」
バージルには訳が分からなかった。
何故斬れないのか。何故指先一つで止められるのか。一体この状況は何なのか。
到底理解出来ない難問を出題されても、これ程混乱しただろうか。
彼の頭の中で色んな考えが錯綜する。
「―― 言っただろう。お前じゃあ俺の相手にならない」
「グッ⁉」
指先を軽く小突き閻魔刀を押し返したルシファーだが、相当な力があったのか反動でバージルは身体ごと後方に押し戻される。転倒こそしなかったが大きな隙を見せた判断し、慌てて対戦相手のルシファーへ構え直す。
しかしそんなバージルの心配は余所に、ルシファーは最初の位置から動かずに突っ立っていた。それを見たバージルは先程の表情より更に顔を険しくさせながら怒鳴りつける。
「オッサンッ‼ アンタ真面目にやれよッ⁉」
「真面目にやれって言われてもなぁ......」
一度徹底的にバージルを叩きのめした方が良いのではと思案するが、恐らくそれでは解決しないだろうと予感めいたものを感じ取っていた。そして、そんな事をしたらダンテとエヴァの信用すら獲得できなくなると理解している。
かと言って、手を抜いて負ける事も正解ではない。負けたら負けたでそれこそ信用が無くなる。じゃあ接戦した後に勝てば良いのではと考えるも、それもやはり
ルシファーは浮かない表情を更に濃くする。
答えが出ない問題を出された気分だったが、答えは今対峙している
しかし、だからこそルシファーは手を拱いている。
バージルが怒る理由は理解できる。こちらに非があるのは認めよう。
だが救いの手を払いのけてまで、拒絶するのは何故だ?
信用が置けないからか? だがバージルも理解している筈だ。信用が置けなかったら今この場に居ないだろう。それこそエヴァとダンテの安全が確保された段階でルシファーと敵対した筈。
安全圏に身を置くまで、こちらの指示に従ったのか? これも否だ。寧ろこちらの
ルシファーは考えてもバージルの思考が読めない。
彼は相手の気持ちを読んでいるつもりで、
単純な話程、難しく考えてしまうのかもしれない。
◇
―― 気に入らない
眼前の彼を見据えながら、バージルは心中でそう吐き捨てる。
自身を困った子供扱いする様が気に入らない。
真剣勝負を手抜きで終わらせようとする厚かましさに怒りが湧く。
―― 何より、
バージルは左手に持つ鞘を投げ捨て、両手で閻魔刀を構え直す。
父親であるスパーダから指導を受けた際、未だ身体が出来上がっていない双子は主に両手で剣を扱う修業を行っていた。
片手で武器を扱うのは素人にとって思いの外、難易度が高い。幼いバージル達なら尚更だ。
故に今の彼が全力を発揮できる
バージルの構えをみてルシファーは初めて表情を変える。
困った表情を引っ込ませ、先程より雰囲気を鋭くしながらバージルを観察する。
しかし未だに構えらしきものは一向にみせなかった。剣も消したまま無手の状態で眺める彼に、バージルは怒りを露わにするが今度は表に出さず
―― 気に入らないのは何故か?
そんなの決まっている。
バージルは徐に閻魔刀を振る。
踏み込んで上段から下段に振り下ろされた刀は、ルシファーを真っ二つに切り裂こうとその身に向かう。彼は先程と同様に右手でその斬撃を受け止める。
「っ!」
掌で受け止めたルシファーだが、今度は無傷とはいかなかった。閻魔刀は浅くではあったが彼の皮膚に食い込ませ流血させる。この事実に僅かばかり驚くルシファー。
バージルは最初に放った抜刀術にこれでもかという程の力を込めて振り抜いたが、今回の斬撃にそれ程の力は加えなかった。今回のは無駄な力を削ぎ落し、斬る事に重きを置いた一撃。
あの居合は確かに速度はあるが、剣筋などは出鱈目で褒められたものではなかった。スパーダの教えなど何も活かされていない。そう判断した彼が初心に返ったからこそ放てたのが先程の一撃。
ここにきてやっとバージルは笑みを浮かべた。
「最初の一撃を入れてやったぞ......!」
今まで余裕をこいていたルシファーに対して彼は挑発的に語り掛ける。
ルシファーはその言葉に反応せず、自身に付けられた手の傷口を眺める。傷口はすぐさま何事もなかったかのように消え失せる。
純血種の悪魔である彼にしてみれば、微量の傷など意識せずともすぐに治る。
ルシファーはバージルが先程浮かべた笑みと同等のモノを顔に出す。
今の状況が心底楽しいとばかりに呟く。
「ごちゃごちゃ考えるのは止めだ。んなの後回しで良い、俺の性分にも合わねえしな」
そう言ってルシファーは、僅かだが魔力を解放する。
彼を中心に小規模な爆発を想わせる魔力の上昇が確認された。
「ッ⁉」
間近で魔力に当てられたバージルは、耐えられず後方に踏鞴を踏む。魔力を正確に感知出来ない彼であっても、知覚的に分かる程の魔力の濁流。肌にピリつく緊張感。ルシファーにとって少しであっても、他者にとっては莫大な力の放出。
しかし、そんな強大な力を前にしてもバージルは戦意を衰えさせない。
「――
バージルは歓喜する。漸く、自身が求めるモノへ触れられる喜びを。
彼の母と弟を守ろうとする意志は確かに本物だ。それは事実であり母を助けなかった事に対して怒ったのもまた事実。それ以上に受け入れられない事実が在るならば、それは......力への冒涜。
なんて事はない。自身が憧れる父親の背中と重なったルシファーが、ただカッコ良かったのだ。あの場で動けなかったルシファーに失望を感じ、理不尽な憤りを起こしているだけ。
ルシファーと初めて遭遇した時、バージルは悪魔達に襲撃されていた。タイミングが悪かった。あの時はダンテと喧嘩し母に咎められた鬱憤を晴らしたくて、いつも遊びに来ている公園へと足を運んだ。偶然一人になった
そんな折、颯爽と現れて悪魔を一掃したのが
あの時、あの瞬間をバージルは忘れない。彼が長年、
―― 自分を救った時の様な、カッコイイ姿を見たい
―― 自分にもっと、
言葉でルシファーに伝えたりなどしない。柄でもないし、素直になりたくなかった。
バージルは子供ながらの意地をただ貫き通す。
―― 憧れる
彼の心境を現すならこの言葉で、事足りる。
子供が勝手に思い浮かべる英雄像を、理想を、ルシファーへ対してぶつける。
ルシファーはバージルの考えが読めない。
自身が
だが、図らずともルシファーは正解を選び取った。
バージルが望む、
ルシファーは雷の魔力を帯びながら、
彼はお世辞にも友好的とは呼べない獰猛な笑みを浮かべ尋ねた。
「―― さあ、バージル。降参するなら今の内だぞ」
ルシファーはそんな腑抜けた選択はしないよな、と表情でバージルに語ってくる。
その挑発に勿論、否と答える訳がない彼は力強く告げる。
「―― 冗談じゃない、本番はこれからだろうッ!」
切欠など既に忘れて、両者は闘争へと浸っていく。
そんな二人とは対照的に、今まで静かに見守っていた外野の二人が呟く。
「―― ねぇダンテ。どうして男の子って戦いが好きなのかしら?」
「知らない。俺はバージルみたいに戦いが好きって訳でもないし」
「......女性には、理解できない世界って事なのかしらねぇ」
バージルの楽し気な雰囲気?にエヴァとダンテの二人は溜息をつく。
何だかんだと、四人の間では穏やかな時が流れていた。