機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#14 思いの剣

「もしもし!? 織斑くん聞こえますか? 鳳さん! 応答してください!」

 

 管制室。

 ISのプライベート・チャンネルで必死に一夏と鈴音に山田は呼びかけている。

 ちなみにだがプライベート・チャンネルは声に出す必要性がない。

 それを失念するほど山田は焦っており、またそうさせるだけの事態が起きていた。

 

「……だめです。通信できません」

「そんなことって……」

「ありえませんわ! プライベート・チャンネルが妨害されるなんて!」

「落ち着け。教師陣には通信できたんだ。じきに収拾されるだろう」

 

 コーヒーだ、と黒い液体の入ったカップを山田に差し出した。

 

「……先生、塩ですよそれ……」

 

 先程までコーヒーに入れていた白い結晶の容器を見る。

 『塩』と大きくシールが貼ってある。

 

「………………」

「あ! やっぱり弟さんのことが心配なんですね!? だからそんなミスを――」

 

 いやな沈黙が流れる。

 しまった――!?

 山田は自分の失言に気付くがもう遅い。

 

「山田先生、コーヒーをどうぞ」

「え? そ、それって塩が入ってるやつじゃ……」

「どうぞ」

 

 もはやあきらめるしかない。

 そう思って涙目になりながら塩入コーヒーを受け取る。

 

「い、いただきます」

「熱いので一気に飲むといい」

 

 まさに悪魔である。

 だがその悪魔も内心苛立ちがあった。

 モニターに映っていた夕焼けのように鮮やかなオレンジ色の光の粒子。

 それが目に入ったとき、嫌な予感が走った。

 そしてこのジャミング状態。

 かつて目に通した報告書通りの状況はまさにその予感が正しいことを意味していた。

 そしてもう一つ。

 

「あれ? 箒は?」

「グラハムさんもいませんわね……」

 

 グラハムがこの場にいないことが侵入者の正体を千冬に決定づけた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――オオォ!」

『―――』

 

 一夏と『緋色』の剣がぶつかり合う。

 火花が散り、同時に刃を離す

 距離を開け一拍、一夏が斬りかかる。

 二度、三度と二人は刃を斬り結ぶ。

 四度目、『緋色』の一撃に耐えられず、一夏が弾き飛ばされる。

 そこに左腕についたハンドガンの銃口が向けられる。

 

「一夏っ、離脱!」

 

 すぐそばで『黒色』と砲撃戦を繰り広げていた鈴音が一夏たちの方へ衝撃砲を放つ。

 衝撃砲は『緋色』に直撃するも動きを止めるだけにしかならない。

 威力は期待していない。はじめから一夏がその場から離脱する間はつくることを目的とした一発だ。

 そしてその通りに彼は離脱に成功する。

 

「なんなのこいつら!」

 

 イライラしたように言葉を吐く。

 何度も『黒色』と『緋色』に龍砲をあてているのにもかかわらずダメージ一つ受けた様子がないのだ。

 そのうえ相手は二機のみ。

 残る一機はアリーナ上空で大きな光の翼を展開したまま静止している。

 おそらくジャミングはその翼のせいだとわかっているのに二人は攻撃を通すことができないでいた。

 それらの事実がプライドの高い鈴音の神経を逆なでしていた。

 その一方で一夏はある違和感を敵に覚えていた。

 

「なあ、鈴。あいつらの動き、変じゃないか?」

「変?」

「あいつらこっちが武器構えてないときは攻撃してこないんだよ」

「そういえば……」

 

 実際、今も敵は攻撃するそぶりを見せていない。

 

「ロボットなんじゃないか? 腰だって異常に細いし」

「でも、ISは人が乗らないと絶対に動かない。無人機なんてありえない」

 

 それは教科書にも載っていることだ。

 だが奇妙な動きと人のウエストよりも細い腰はそうとしか一夏は考えられなかった。

 ――黙っているだけで、開発したとかありえるもんな。

 仮に無人機なら、一機は確実に倒せる策が一夏にはある。

 

「……鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところね」

「なら、最大威力で衝撃砲を撃ってくれ」

「さっきから何回かやってるけど通用しないのよ」

「いや、次で決める」

 

 自信ありげな笑みを浮かべる。

 その笑みに鈴音もニヤリと笑みで答える。

 

「じゃあ、全力でいかせてもらうわ」

「ああ。じゃあ――」

 

 一夏が『雪片弐型』を構える。

 動きに反応した『緋色』が腰のスカートのような装甲から六つの槍頭のようなビットを放つ。

 それらはセシリアのビット兵器を上回る三次元方向への動きで一夏達を翻弄する。

 

「グッ」

 

 だがそれらは一つとして当たることなく、まるで二人の動きを封ずるように飛び回る。

 このままでは埒が明かないと突撃体勢をとろうとした瞬間、スピーカーから大声が響いた。

 

『一夏ぁっ!』

 

 アリーナのスピーカーの発信源は中継室にしかない。

 見れば、箒がマイクを握っている。

 

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』

 

 肩で息をしながらまた大声を上げる箒。

 その表情は怒りや焦燥、そして何より不安の色が濃く出ているように一夏は見えた。

 

『――――』

 

 『黒色』が右肩のランチャー砲を中継室へ向ける。

 砲身が展開する。

 ――まずい!

 たとえ避難を促したところで間に合うはずもない。

 やるしかない。

 

「鈴、やれ!」

「わ、わかったわよ!」

 

 衝撃砲を構える鈴音。

 最大出力で砲撃を行うために甲龍の後部に補佐用の力場展開翼が広がる。

 そして一夏がその射線上に躍り出る。

 

「何してんのよ!? どきなさいよ!」

「いいから撃て!」

「どうなっても知らないわよ!」

 

 巨大なエネルギー反応の出現と同時に龍砲が放たれる。

 射出された衝撃砲はそのまま一夏の背に叩きつけられた。

 その瞬間に一夏は『瞬時加速』を作動させる。

 『瞬時加速』はエネルギーの放出から一度取り込むことで爆発的な加速力を実現する。

 取り込むエネルギーは別に自分から放つ必要はない。

 外部に存在するエネルギーなら理論上すべて『瞬時加速』に使用することができる。

 一夏はそれに賭けた。

 最大出力の『龍砲』のエネルギーは莫大。

 それを取り込もうと一夏は考えたのだ。

 そして『瞬時加速』は使用するエネルギーと速度が比例する。

 通常のそれよりもはるかに高い加速力を得ることができる。

 だが、タイミングがずれれば一夏もただではすまない。

 だからこその賭けなのだ。

 衝撃とともにエネルギーをその背に感じる一夏。

 

「――ウオオオッ!」

 

 そして一夏は賭けに勝った。

 一気に加速する。

 ―――【零落白夜】・使用可能。エネルギー転換率90%オーバー。

 右手の『雪片弐型』が強い光を放ち、エネルギー状の刃を形成する。

 一夏の意識が澄み渡る。

 そしてなにより、全身から沸き立つような力をその身に感じていた。

 

(俺は・・・箒を、鈴を、千冬姉を、関わる人すべてを――守る!)

 

 ――これがその為の力だ!

 必殺の一撃は爆発を生んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは逃げ惑う観客の生徒の波をかき分けるように走っていた。

 モニターに映る光の粒子を見つけた瞬間に彼は管制室を飛び出した。

 ――まさかな、よもや今現れようとは。

 この世界に来てから、あの映像を見た時から、いつかは出会う運命にあるだろうと思っていた存在。

 もう七年もの間、グラハムの人生から切り離すことのできなかった存在。

 彼を魅了し、歪め、そして変革へと導いた存在。

 愛を超え、憎しみをも超越し、宿命となり、さらには生きることを決意させた存在。

 ガンダム!

 そう、そのガンダムの主要機関であるGNドライヴから発せられる光の粒子の色だ。

 見間違うはずもない。

 グラハム自身、もう何年もGNドライヴ搭載機を駆っていたのだから。

 だからこそ、焦りがあった。

 グラハムを変革させたガンダムたちはすべて緑色の粒子を発生させていた。

 だが現れたのはオレンジ色の粒子。

 GNドライヴ[T]の粒子だ。

 もともとソレスタルビーイングの裏切り者から送られたMS、GN-Xに搭載されていた赤い粒子を放っていたドライヴを改良させたものから放たれる色だ。

 それを所有していたのは主に地球連邦軍、アロウズ、そしてイノベイタ―。

 以前見せられた映像に映っていたのは0ガンダム。

 そうなると考えられるのは後者だ。

 もし彼らがこの世界にいて、もしガンダムのデータを持っていて、もし三機で1ユニットとするガンダムを建造したとしたら――。

 グラハムの中に最悪のシナリオが作られていく。

 敵の目的は分からない。だが確実に言えるのは、

 このままでは二人が危険だ!

 そのとき、けたたましい警告音とともに照明が落ち、非常用電源に切り替わる。

 さらに前方、ブロック同士の境に隔壁が降りてきたのだ。

 どうやら、一夏たち以外は完全に締め出す魂胆のようだ。

 周囲には生徒が多く、このままでは間に合わない。

 だが、私はあきらめが悪いのでね!

 咄嗟にフラッグを展開し地面を蹴るようにして飛び上がり空中変形、クルーズポジションとなり一気に加速する。

 隔壁をいくつも潜り抜け、アリーナへと続く最後の隔壁を床ギリギリのところで潜り抜ける。

 直後に変形、着地する。

 そのときだ。

 何かが連続して刺さるような音にグラハムは咄嗟に視線をアリーナ中心部へと向ける。

 

「織斑一夏!」

 

 グラハムは叫んだ。

 そこには金属の牙『ファング』に機体を突き刺された一夏の姿があった。




あまり今回はグラハムさんが出てきませんでしたね。 
次は見せ場を用意できればと思っています。

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