機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#15 阿修羅

 確かに一夏の一撃は『黒色』に当たった。

 だが、ランチャー砲を切り裂いた瞬間、行き場をなくした圧縮された粒子が爆発し、一夏と『黒色』は同時に吹き飛ばされた。

 身動きが取れない一夏。

 鉄の牙が襲いかかる。

 一機、二機と襲いくるファングをISの絶対防御が働き、弾く。

 だがついに三機目の牙が白式の脚部に突き刺さった。

 そこから一気に各所に突き立てられてしまった『白式』。

 ダメージは限界を超え、一気に操縦者生命危険域へ突入する。

 そこで『白式』は力尽き、強制的に解除されてしまった。

 宙でISを失えば、落ちるしかない。

 

「一夏!」

 

 鈴音は落ちていく一夏へと身を飛ばす。

 だがそれを許すほど敵は甘くはない。

『緋色』が牽制するようにビームを放つ。

 連続して襲い掛かるビームを避ける鈴音。

 その間に『黒色』の右手が一夏の肩を掴む。

 

「ぐッ、く……」

 

 一夏が弱々しく呻く。

 無理のある加速に爆発の衝撃、そしてファングの連撃により一夏本人の体力も限界に等しかった。

 

「い、一夏を離しなさいよ!」

 

 鈴音は悔しかった。

 全力で戦っても歯が立たず、目の前の一夏を助けられない自分が。

 そんな鈴音のISをビームが掠める。

 その衝撃さえも今の鈴音は体力的にも、精神的にもつらかった。

 あまりの悔しさに涙が出てくる。

 そのときだ、青い弾丸が『黒色』の手の甲を直撃した。

 衝撃に手が一夏から離される。

 

「――え?」

 

 敵のビーム砲火もなくなっている。

 見れば、敵は一点を見ていた。

 それは、一夏ではない。

 

「やはり新型か!」

 

 漆黒の翼が現れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムはリニアライフルを乱射する。

 二体のガンダムが無作為に飛来する弾丸をすべて回避する。

 敵も、ワインレッドのガンダムを含め、ビームを放つがグラハムは急旋回することですべてを回避する。

 そして空中変形、旋回した勢いを殺さずに加速し、再び落下した一夏を抱きとめる。

 

「大丈夫か?」

「……グラハム?」

 

 腕の中で満身創痍の一夏が呻くように名を呼ぶ。

 その姿に言い表せぬほどの怒りをグラハムは感じた。

 

「なにも……できなかった。守るって決めたのにさ……」

「何を言う。箒は無事だ。君が彼女を守ったんだ」

「そうか……できたんだな、オレ」

 

 大切な人を守ることができた。

 その事実は完全に打ちのめされた一夏の心を救った。

 グラハムの言葉に弱々しく微笑んでみせると一夏は気を失った。

 

「……君の矜持、しかと見せてもらった」

 

 安らかな一夏の表情を見るグラハムの目は静かに、しかし激しく闘志を燃やしていた。

 

「あとは、私に任せてもらおう!」

 

 地に一夏を下すと鈴音にプライベート・チャンネルを開く。

 GN粒子散布下でも近距離のプライベート・チャンネルを使った通信はできるようだ。

 

「一夏を頼む」

『あ、あんたまさか戦う気!?』

「答えるまでもない」

『一対三よ!? 私達だって駄目だったのに――』

 

 地を蹴り、クルーズポジションへと姿を変える。

 機種の先に捉えるのは『新型』とかつて呼ばれたガンダム。

 

「そんな道理、私の無理でこじあける!」

 

 通信を切った。

 スラスターを吹かし加速した。

 センサーがUNKNOWNとしてガンダム三機を表示する。

 表示されるガンダムのうち緋色のガンダムの名をグラハムは知っている。

 『ガンダムスローネツヴァイ』

 かつてAEUによって鹵獲された機体。

 国連軍がとったデータからその名称が明かされた数少ないガンダムである。

 『ツヴァイ(2)』から他二機も『ガンダムスローネ』という名称だと考えられ、三機の作戦行動から砲撃型の黒は『アイン(1)』、支援型のワインレッドは『ドライ(3)』と仮称されている。

 グラハムはギリッと歯を強く食いしばる。

 その目には闘志だけでなく憎悪の色さえ見て取れる。

 かつて、MSとして現れた彼らによってグラハムは部下と恩師、戦友を失った。

 そして今また、一夏が彼らによって深く傷つけられた。

 ――堪忍袋の緒が切れた!

 眼前に迫る六機のファング。

 六つの槍頭が縦横無尽に飛び回り、あるものは吶喊武器のようこちらを貫かんとし、あるものはビームを放ってくる。

 さすがだ、セシリアのブルー・ティアーズの比ではない。

 だが、動き自体は読みやすい軌道。

 そしてアインとドライはファングの邪魔にならないように攻撃を仕掛けてこない。

 なにも、あの時から変わっていない。

 機体性能に頼り切った――

 

「馬鹿の一つ覚えが!」

 

 六機のファングの攻撃を軽々とかわして見せる。

 脚部からミサイルを二発放つ。

 

『――――』

 

 ツヴァイが残していた二機を放つ。

 まるで、こちらの狙いが甘いというように。

 だがそれはこちらの台詞だ!

 直方体型ミサイルの側面が開き、それぞれから八発ずつ計十六発の小型ミサイルが放たれる。

 ファングがそれらを喰らう。

 その瞬間、爆発は起きず火花を散らしてスモークが噴出される。

 辺り一帯に白い煙が充満する。

 その中をグラハムは飛翔する。

 放ったのは対ガンダム用に二発分用意させたスモーク弾。

 はなからミサイルで攻撃しようなど考えていなかった。

 目くらましこそが狙い。

 さらにチャフのおかげで相手のセンサーも一時的にではあるが無効化される。

 子供だましでしかないが一瞬、動きを奪うことができた。

 白煙の中、ガンダムはこちらを見失っている。

 ならば、こちらから姿をお見せしよう。

 空中変形と同時に一気に上昇をかける。

 殺人的な加速にISの搭乗者保護機能をもってしても体にかかる急激な負担を抑えきれなかったのだろう。

 肺から空気を絞り出されるような感覚に襲われる。

 だが決して勢いを殺さず、勢いのまま白煙から飛び出す。

 眼前にドライがいた。

 動きを止め、粒子散布に集中していた敵の位置など、センサーに頼るまでもない。

 グラハムはプラズマソードを左手に出現させる。

 そして一気にドライへと突き出す。

 狙いは頭部、コントロール・システム。

 機体形状からグラハムは最初から無人機と踏んでいた。

 スローネの特徴であるその細い腰はどう見ても人間のそれよりも細い。

 その予想はファングを回避した際に確信へと変わっていた。

 ――何も成長のない敵が人間であろうはずがない。

 そして無人機なら、頭部にセンサー系統をはじめ、MS同様コントロール・システムがあると読んだ。

 そのグラハムの読み通り、右目から頭部へと貫かれたドライから弾けたような音が鳴る。

 回路が焼き切れ、コントロール・システムの基盤がショートしたのだ。

 光の翼を失い、がくりと落ちていくドライ。

 ――しばらくは動けまい。

 少なくともGN-Xが相手ならこれで動きは封じれるはずだ。

 と、下から放たれる粒子ビームを、機体を翻すことで回避する。

 そのままクルーズポジションへ変形、降下する。

 擦過するような勢いで無手のアインのすぐ横を通り過ぎた。

 センサーがアインの右腕を拡大する。

 肩から肘にかけて大きな裂傷がある。

 おそらく一夏がつけた傷だろう。

 そのせいか右腕を動かせないようだ。

 ―― 一夏。

 君の戦いは箒を守っただけではない。

 勝利への活路を見出させた!

 スタンドポジションへと変形し空気抵抗を利用して旋回する。

 グラハムの目はアインを捉えていた。

 かつてオーバーフラッグスの基地を強襲し、プロフェッサー・エイフマンを屠ったガンダム。

 アイリス社の軍需工場を襲い、八百名以上の民間人を殺したガンダム。

 先も箒の命を奪おうとしたガンダム。

 やはり少年たちのような気位の高さを持たないようだな。

 もはや貴様などガンダムに非ず!

 ただの殺人鬼に私は甘さを持って戦うつもりはない!

 速度を上げた時、センサーが小型の反応八つを示す。 

 ――ファングか!

 だがファングはビームを放ってくるも単調なものだ。 

 その動きはアインに当たらぬようにしているのがグラハムにはわかった。

 奴らなりの戦術行動なのだろう。

 射線にアインが入らぬように限定した動きになっている。

 だがその動きで私を止められると思うな!

 二本目のプラズマソードを握る。

 応じるようにアインは左手にビームサーベルを抜き、全体重をかけるように振るってくる。

 青と赤の刃が交わる。

 だが火花の散る前に青の刃が消失する。

 グラハムがあえてプラズマソードを量子化したのだ。

 同時に背部スラスターを吹かし飛び上がる。

 空振りをさせられたアインはそのまま前のめりになる。

 タイミングがわずかにでも狂えば機体を切り裂かれかねない動作を、しかしグラハムはやってのける。

 そのままつんのめったアインの顔に膝蹴りを浴びせる。

 左膝に激痛が走るが、膝の突起がカメラカバーを割り、内部の機械を露出させる。

 蹴り上げられた頭部に、脚部からパージされたミサイルポッドが直撃する。

 ポッド内部にはミサイルが搭載されており、ポッドごと爆発を起こした。

 先程とは違い攻撃用であったために多分に火薬を含んだ衝撃を発し、アインの頭部が内部から破壊される。

 だがグラハムは結果を確認することなく飛び越える。

 残りはツヴァイのみ。

 グラハムの知る中で最も高潔なフラッグファイター、ハワード・メイスンの直接の仇である。

 軍人である彼は任務で仲間を失うことについて敵を恨むことを一切してこなかった。

 もちろん、人間であるため感情として悲しみや怒りは残る。

 それは対ガンダムの任務でも同じだった。

 タクラマカンで部下を三人失った時も決してガンダムを恨まなかった。

 四機のガンダムが持っていた潔さを敵ながらあっぱれと、その心意気や由としてきた。

 だがただの殺人者と化したスローネ三機は別だ。

 彼らは無意味に軍の基地を襲い、果てには民間人までも攻撃したのだ。

 そんな存在を決してグラハムは由としなかった。

 今も一夏がツヴァイによって深く傷つけられた。

 その姿にグラハムはハワードが重なって見えた。

 

『隊長……フラッグは……』

 

 ハワードの最後の言葉が頭に響く。

 彼もスローネに挑み、ファングによって機体を貫かれ命を落とした。

 ――そして私は誓った。

 『フラッグでガンダムを倒す』と!

 あの時から私はそのことだけを思い生きてきた。

 感情を表に出して戦ってきた。

 そして今、同じ感情をむき出しにして私は行動している。

 その感情がかつて自分を歪めたものであると知りながらも理性を捨て去った。

 襲い掛かるファング一機を右手のリニアライフルで叩き落とす。

 最大出力で撃ったために次を撃つためにはチャージする必要がある。

 だがそんな余裕などあるはずもない。

 ビームサーベルを形成して襲い掛かる一機へとライフルを投げ、プラズマソードを形成する。

 いくつかビームが掠めていくがなんとか吶喊機を落としていく。

 目前に捉えたツヴァイは右手にバスターソードを構えている。

 刀身がスライドしGN粒子を纏っている。

 GN粒子を纏っている武器にはプラズマソードを何度もぶつけることはできない。

 事実、右手のプラズマソードはファングのビームサーベルと何度も打ち合ったせいで刀身のソニックブレイドが溶解している。

 もはや使い物になるまい。

 役目を終えた得物を量子化する。

 そして左手の白い柄を構える。

 それはビームサーベルの柄だった。

 アインを飛び越えた際に右肩にマウントされていた一本を奪取したものだ。

 

「どれほどの性能差であろうと――!」

 

 深紅の刃が形成される。

 それを見てツヴァイがバスターソードを振り上げようとする。

 遅い!

 腰部のスラスターからエネルギーが放出される。

 同時に背部のスラスターに取り込む。

 

「今日の私は!」

 

 圧縮されたエネルギーを一気に放出する。

 

「阿修羅すら凌駕する存在だ!」

 

 『瞬時加速』を作動、一気に加速した。

 一夏のよりは出力で劣るものの敵の予測を大きく上回る速度を得る。

 そして左腕を振るう。

 ビームサーベルがツヴァイを左胸から斬りあげる。

 高く斬りとばされた右腕からバスターソードがこぼれ落ちる。

 激突寸前で下へと向けられていた腰部スラスターを吹かして無理やり飛翔させ、バスターソードを掴み突進する。

 迎え撃つようにハンドガンを構える敵をファングが守るようにこちらへ吶喊してくる。

 グラハムとツヴァイの影が交差する。

 腕を引きちぎられ胴部を深く抉られたスローネツヴァイがその身を崩す。

 それに合わせ、ファングが機能を停止し落下していく。

 グラハムはマスクを解除した。

 その呼吸はひどく乱れていた。

 

「……仇は討った…………」

 

 ぐほっ、と込み上げてきたものを吐き出した。

 赤黒い塊が宙を舞う。

 それをグラハムは苦々しく見た。

 あのときと同じだった。

 怒りに、憎悪に身を任せガンダムと戦う。

 私は、変われていないのか……。

 仇敵を打ち倒したのにもかかわらず、グラハムの心は晴れることはなかった。


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