某所。
「あれれ?」
女性がモニターを眺めて首を傾げていた。
「ウサぴょん一号からのデータが来ない」
うー、と幼い子供のように唸る。
「それなのにこの騒ぎはなんなの?」
モニターに表示されるのはIS学園のセキュリティ状況。
第二アリーナが何者かのクラッキングによりシステムの権限が奪取されている。
そのうえで遮断シールドレベルが4になっている。
「だれだよ~いっくんたちにちょっかいだしてるの~」
今度はぷくっと頬を膨らませた。
「束さんの邪魔するやつは束さんが邪魔してやる~」
女性の手がコンソールを尋常ではない速さで操作する。
「で~きた♪ さっすが束さん」
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グラハムは落下した三機のスローネを見下ろした。
三機のうちツヴァイは完全に動きを止めている。
その一方でアインとドライは頭部のコントローラを失っただけである。
予測通り、機体が動きだしていた。
二機は飛翔しグラハムへと向かっていく。
正直なところ、グラハムは先の攻防ですでに満身創痍になっていた。
このまま戦いが続けば間違いなくやられるのは彼の方だろう。
だがGN粒子の散布をさせないためにもドライだけは仕留めなければならない。
体中が悲鳴を上げているのを無理やり押し込め、グラハムはバスターソードを握りしめる。
だがグラハムが動く前にドライが爆散する。
すさまじい振動とともにグラハムの脇を通ったビームが直撃したのだ。
咄嗟に振り返るもその間に放たれた粒子ビームがアインを破壊した。
「ったく、面倒くせぇことしやがって」
粗野な感じのする男の声だ。
グラハムの視線の先に現れたのは、全身装甲のIS。
「GN-X!?」
驚きを隠せなかった。
目の前に新たに出現したのはGN-Xのような頭部にスローネの手足を持つグラハムから見ても異形の存在。
スローネとは違い、GN粒子発生器が胸部と大腿部から計四機突き出る形で配置されている。
しかしGN-Xのそれよりも大型であり、人型から逸脱したような印象を与える。
「てめぇか。スローネをやりやがったのは」
グラハムに向って発せられる声。
「ったく、邪魔しやがって!」
ISがビームサーベルを振るいながらグラハムへ突撃してくる。
何とかバスターソードで受け止めるも衝撃にグラハムの体が激痛にさいなまれる。
「こちとら仕事なんだよ!!」
ぐるりと身を回して回し蹴りをグラハムに浴びせる。
そのままビームサーベルを振るってくるがそれをなんとかグラハムは打ち合いに持ち込む。
白と赤の軌跡が空中で何度も交わる。
そのたびに火花が散り、衝撃が痛みとともにグラハムを襲う。
だが意識ははっきりしていた。
思考がその声に反応しているのだ。
グラハムは一度、その声を聞いたことがあった。
それは国連軍の通信で聞こえてきたもので――。
「ゲーリー・ビアッジ少尉か?」
もう十回目となる剣戟を凌ぎ切り、間合いが開いたところでグラハムはISに名を問いかける。
その名はたしかスローネツヴァイを鹵獲した男だとグラハムは記憶している。
そして、緑のガンダムと相打ちになったとも聞いている。
――そんな男がなぜここに。
黒幕をイノベイタ―と考えていたグラハムにはどうしてもつながらなかった。
ああ?と疑問の声をISは発した。
「何故その名を知っていやがる?」
その声にグラハムは答えた。
「おそらく、貴様と同じ状況にあるとだけは言わせてもらおう」
「……てめぇ、なんて名だ」
「私は旧ユニオン軍のグラハム・エーカーだ」
グラハム、と男は呟く。
少しの間を開けてクク、と笑いが漏れてきた。
「そうかい、あのユニオンのフラッグファイターさんかよ」
ハハハ、と狂笑をあげる。
そのまるで身の毛のよだつような笑いがアリーナに響く。
「あの当て馬共のデータじゃ勝てねェわけだ! ハハハハハッ! 楽しくなってきたじゃねェか!!」
「ゲーリー・ビアッジ」
「そいつは偽名でね。アリー・アル・サーシェスって今は名乗ってるんでなァ、そっちで呼んでもらおうか。フラッグファイターさんよ」
アリー・アル・サーシェスも偽名だがそんなことをグラハムが知る由もない。
「その機体はなんだ」
「スローネヴァラヌスだとよ。詳しいことは知らねぇ」
「スローネ……。貴様たちがこいつらを差し向けたのか」
おうよ、と軽く、しかし並みの人が聞けばすくむような声音でサーシェスは答える。
「……何が目的だ」
グラハムが核心を突く。
「さぁてな。とりあえず織斑一夏を捕まえてくるのがお仕事だったんだが、まさかてめぇみてぇのがいるとは思わなかったぜ」
「……ほう。なら、もっと詳しく聞かせてもらおうか」
突如現れたIS《打鉄》が近接ブレードをサーシェスに振るった。
「ちょいさぁ!」
不意打ちに近い一撃にもかかわらずサーシェスは造作もなくビームサーベルでブレードを斬りとばす。
そのまま機体の勢いで蹴りを打鉄に叩き込む。
「ブリュンヒルデにそのお供までお出ましたァ、豪勢じゃねぇか!」
弾かれた打鉄を纏う女性、千冬は蹴り飛ばされた勢いを利用してグラハムの横まで飛ぶ。
さらにはサーシェスを囲むように十数人の教員が武器を構える。
だが何人かの顔にはわずかではあるが動揺が走っている。
無理もない。
織斑千冬はこの世界においてはまさに最強の代名詞と言える存在だ。
その彼女の一撃、しかも不意を突いたにもかかわらず敵はあっさりと攻撃を跳ね返し、蹴りまで浴びせたのだ。
それだけ敵は性能、技量共に並々ならぬことを知らしめられていた。
そんな教員たちをサーシェスはセンサーで眺める。
別に不利だと彼は思わなかった。
相手が動揺しているだけではない。
千冬を含め、教員のISはすべて量産機。
実力は教員の中では強い方なのだろう。
だがサシではまずサーシェスに敵わない程度の事は見ぬけていた。
問題があるとすれば正面の二人。
一人は世界で唯一、旧世代機単独でガンダムを撃退したフラッグファイター。
今もサーシェスと防戦一方とはいえほぼ互角に切り結んだ男だ。
もう一人はこの世界で最強と呼び声高いブリュンヒルデ。
たまらねえ。
ニヤリ、と口が緩む。
たまらねえな。
ここまで燃える戦場は久しぶりだ。
なぜこいつらが出てこれたのかはしらねぇが。
こんな奴らを一度に相手取れる機会なんざ滅多に来ねえ。
血が滾る。
心が躍る。
織斑一夏なんてガキは興味がねえが、こんな戦いが味わえるのは最高だ!
だが任務が先だわな、と傭兵としての頭が働く。
今回の任務はあくまでスローネの破壊とイレギュラーの存在の確認。
ドンパチする許可まではもらってねぇんだよな。
――まぁいいか。
大将についてりゃこの先何度でもこの戦場に立てる。
それに、とセンサーが提示するカウントに目をやる。
すでに残り三分を切っている。
「――このまま楽しみてぇとこだが。そこまでオレらも暇じゃあねぇのよ。悪いが次の機会にさせてもらうぜ!」
「……逃げられるとでも思っているのか。この状況から」
「残念ながらてめぇらじゃ無理なんだよォ。……ファング!」
サーシェスの一声とともに地上に落下していた八つの牙が教員部隊に襲い掛かった。
それは先の武器と同じにもかかわらず明らかに動きが違っていた。
縦横無尽に飛び交うファングに陣形を崩され、教員たちはサーシェスに構うどころではない。
「あばよ、ブリュンヒルデ、グラハムさんよ」
追撃をかけようとした千冬とグラハムに牽制のビームを放つ。
回避行動しつつも二人は決して目を離してはいなかった。
だが、瞬きのほんの一瞬のうちにサーシェスの姿は消えていた。
何をしたのかすら二人は認識できなかった。
GNドライヴ搭載機であるヴァラヌスをレーダーで見つけるのは不可能。
文字通り取り逃がしてしまったのだ。
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「――そうか、スローネは処分したか」
スーツを着たが青年がデスクのモニターに話しかける。
『データは随時送らせてあったし、鹵獲されるよりはましじゃねぇか』
「まぁ、そういう指示だったからな」
とある高層ビルの個人用オフィス。
青年は三十歳を過ぎた頃だろう。
ブランドもののスーツや部屋の装飾からも社会的に高い地位にあることが窺える。
しかしモニターに映る無精ひげの男はまるで敬う気配がなく軽口をたたく。
「それで、イレギュラーの件は?」
『ありゃなかなか骨がありそうだぜ。ターゲットのガキよか楽しませてくれんだろ』
ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべる。
知りたい情報ではなかったがこの男にそれを求めるのは無理だろう。
幾つか言葉を交わし、指示を出した後、青年は通信を切った。
背もたれに身を預けながらデータを眺める。
スローネの戦闘データだ。
『白式』のデータも興味深いがやはり漆黒のISの方に目が行く。
スローネ三機相手に大立ち回りを演じているその姿に青年は驚嘆を覚えた。
やはり、ただものではあるまい。
本来ならば織斑一夏のデータもしくは本人の捕獲が目的だったが、ここにきて明るみになったイレギュラーの存在。
計画には存在しない二人目の男性IS操縦者。
その存在を確かめることが今回の任務に追加されていた。
結果としてイレギュラーにスローネは倒される結果となった。
明らかに代表候補生以上の実力を持っている。
目下の最大の障害である織斑千冬、篠ノ之束に比肩する存在にもなりかねないという危機感が現れる。
いずれ大きな障害になる前に取り除かなくてはならない。
だが今回の件でIS学園は警備を増強するだろう。
そうなればしばらく手出しはできなくなる。
幸い織斑一夏の捕獲にはまだしばらくの余裕があった。
――その間にどうにかして芽を摘まねばならん。
青年はデータから視線を離し、宙を睨んだ。
数年の歳月をかけたのだ。
一人のイレギュラーごときに『計画』の邪魔はさせん。
彼の目には強い意志が宿っていた。