機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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一話に纏めようとしたら長くなりました。
オリジナル要素はほぼグラハムさんパートしかありません。


#17 それぞれの想い

「う……」

 

 全身の痛みに呼び起こされ、一夏は意識を覚醒させる。

 最初に見えたのは白い天井。

 周囲にはカーテンが閉められている。

 保健室だと一夏はすぐにわかった。

 その狭い空間に息苦しさと安堵を感じた一夏は、気を失う前の事を思い出していた。

 

(ええと、どうなったんだ……? 俺の攻撃が失敗して、グラハムが来て、それから――)

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

 一夏の思考をわざとらしいせきばらいが遮った。

 このせきばらいをするのは一夏の知る中では一人しかいない。

 カーテンが勢いよく開かれる。

 そこには彼の予想通りの人物が立っていた。

 

「よう、箒」

 

 そう言いながら体を起こそうとするも、体中の激痛に断念する。

 

「無理をするな。命には別状がないとはいえ全身に酷い打撲があるそうだ」

 

 箒は腕組みをしてフンと鼻を鳴らした。

 その表情は怒っているようにも上機嫌にも見えない微妙な色をしていた。

 

「あ、あのだなっ。今日の戦いだがっ」

「ん? そういえばアイツらはどうなったんだ? グラハムは?」

「あの後、グラハムが奮戦して一機は倒せたんだ。ただ……」

「ま、まさかグラハムが!?」

「いや、グラハムは多少のけがはしているが無事だ。ただあの後四機目が現れたんだ」

「!?」

「そいつが残り二機を破壊した後、先生方が包囲したんだが逃げられてしまった」

 

 そうか、と箒の話に一夏は安堵と悔しさが入り混じった息を吐いた。

 

「……何者だったんだ? アイツらは」

「千冬さんの話では現在のIS技術を遥かに凌ぐ技術を持っていたことぐらいしか分からないそうだ」

「なんでそんな奴らが俺を?」

「当然だろう。世界でたった二人しかいない男性IS操縦者。しかも千冬さんの弟という意味ではグラハムよりも調べる価値は高い。そうやって自分たちもISを操縦できるようになろうと考える連中は多くいるはずだ」

「………………」

 

 千冬の名前が出たからかわずかに一夏の表情が曇る。

 

「ただ千冬さんも今回の敵は異常だったと言っていた」

「どういうことだ?」

「IS学園は世界的に見ても最大のIS施設だ。あらゆる軍事施設の比ではない程のISや研究施設、そしてセキュリティがある。それにもかかわらず容易く侵入をゆるし、あまつさえ取り逃がしている。いくら技術力が高いといってもここまで突破できる組織なんて存在するはずがなかったんだ」

 

 言っていて自分でも信じられないというような顔をしている幼馴染に一夏は敵の強大さを改めて思い知らされる。

 敵の姿を思い浮かべるとやはり三機とも信じられないような装備を持っていた。

 第三世代兵器をどこよりも早く複数完成させた組織が自分を狙っている。

 その事実が一夏に重くのしかかる。

 

「それなのに、お前は何を考えているんだ!」

「へ?」

 

 突如憤慨する箒に口から間抜けな声が漏れる。

 だがその中に別の感情があるように一夏は思えた。

 そんなよくわからない怒りを表面に出して箒が怒鳴る。

 

「無事だったからいいようなものの……あのような敵、先生方に任せておけばいいだろう! 過剰な自信は身を滅ぼすという言葉を知らんのか!?」

「……もしかして心配してくれたのか?」

「し、していない! 誰がお前の心配などするものか!」

 

 肩で息をするほど興奮したのだろう。

 箒の顔は真っ赤になっていた。

 

「と、とにかくだ! これで訓練のありがたみもわかったことだろう。これからも続けていくぞ! いいな?」

「あ、ああ、わかった」

 

 どことなく気圧されてしまったのだろう。

 ただただ一夏は頷く。

 

「わかればいい。……では、私は戻る。千冬さんにもお前が起きたと伝えねばならんしな」

 

 落ち着きを取り戻した箒だがまだ顔は赤い。

 

「……。一夏」

「ん?」

「その、だな。戦っているお前は……か、かか、かっ」

「?」

「格好良か……い、いやなんでもない!」

 

 最初の方は小声だったために一夏には聞こえなかった。

 だが箒が言った通りになんでもなかったことに彼はした。

 

「で、ではな!」

 

 そう言い残してそそくさと箒は保健室から逃げるように出て行った。

 ちなみにだがドアもカーテンも開いたままだ。

 それを戻す気力も湧かず、眠気に襲われる一夏。

 彼は抵抗することなくそのまま眠りに落ちて行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは自室にいた。

 あばら骨と左足を骨折した彼はベッドに腰掛け、ブック型端末を操作している。

 画面を覗くグラハムの表情は厳しい。

 

「ずいぶん派手に怪我したわね」

 

 グラハムの隣に座る楯無が服の下に包帯のまかれた背中をさする。

 

「さすがね。織斑先生から聞いたけどガンダム一機を大破、二機を中破させたんでしょ?」

 

 ああ、とグラハムは端末から目を離さずに頷く。

 正直、勝利という実感はなかった。

 あのときは差し違えてでもガンダムを倒すと、仇を討つことに命を捨てていた。

 私は、生きるために戦うのではないのか?

 にも関わらず、スローネを目にした瞬間、かつての自分が戻ってきたような感覚に陥った。

 敵のすべてを否定し、勝利にのみ固執する愚かな存在。

 ――近づけたと思っていた目標から自ら離れて行ってしまった。

 自然と悔しさが表情に滲んでくる。

 そんなグラハムを見て、楯無は話を変える。

 

「――アリー・アル・サーシェス、だったかしら。あなたの意見、聞かせてもらえないかしら」

「聞かせるも何も考えるほど疑問が出てきてしまってね。……奴が何故この世界にいるのか。何故一夏を狙うのか。それにもかかわらず中破したスローネを破壊しただけで去って行ったのは何故か。正直、尽きることをしらんよ」

 

 ドアが叩く音がする。

 視線を向けると千冬が入ってきた。

 

「エーカー。ついて来い」

「どこへ?」

「ついてくれば分かる」

 

 それだけ言うと千冬は部屋から出ていく。

 一瞬、二人は顔を合わせると楯無の補助を受けてグラハムは立ち上がる。

 左足をかばうように歩きながらグラハムは千冬の後をついていった。

 しばらく歩くと、二人は教員用の巨大なエレベーターに乗り込んだ。

 グラハムはこのエレベーターが常用ではないことを知っている。

 千冬に会った日に、これに乗って地下に降りた。

 あの日と同じくすでに幾つものセキュリティを通っている。

 恐らく重要な案件なのだろうとグラハムは理解した。

 

「今回の件は可能な限り秘匿にすることにした。だがそれでも上に報告しなくてはならなくなったとき、お前の功績は敵一機を中破したとして報告される」

「しかもアインを、か」

「察しがいいな。悪いが一夏が傷つけたところに止めを刺したという扱いになる」

 

 グラハムは功績というものには興味はなかった。

 そもそもどこの国の代表候補生ですらない一般生徒が無人機を撃破したとなると世界が黙ってはいまい。

 事実のままに伝えると正体を話さねばならなくなるだろう。

 それをグラハムは避けたかった。

 

「私はそれで構わない」

 

 エレベーターが目的の階に着いた。

 千冬について降りたグラハムは辺りを見回す。

 どうやら何かの研究施設のようだ。

 さまざまな装置やモニター、そしてISが並んでいる。

 

「こんなところに――」

「ちぃぃぃぃぃぃちゃぁぁぁんっ!」

 

 グラハムの疑問は突如響いた声にかき消された。

 施設の一室のドアが開き、女性が飛び出してきた。

 そして女性は勢いそのままに千冬に飛びつこうとする。

 メキッともメキョッとも聞こえる音とともに千冬のアイアンクローが頭を捉える。

 宙吊り状態になる女性。

 間違いなく指がめり込んだな。

 グラハムには音がそう聞こえた。

 

「いちいち飛びつくな」

 

 鬱陶しい、と腕を振るいながら手を放す。

 解放された女性は頭を抱えながら着地する。

 

「痛いよ、ちぃちゃん」

「うるさいぞ、束」

 

 束という名前にグラハムが反応する。

 無論、その名は知っている。

 

「あなたがあのプロフェッサー・篠ノ之か!?」

 

 そーだよっ、と元気よく頷く女性。

 手がどけられた頭にはウサギの耳のようなものがついたカチューシャをしている。

 それに服装は青いワンピースとおおよそ研究者のようには見えない。

 カタギリのチョンマゲもかなり特徴的だったがそういうものなのか……?

 優秀といって差支えのない技術者の親友を思い浮かべるグラハム。

 

「そう、その束さんなのだよ! ISを開発した天才束さんだよ!!」

 

 ……カタギリ以上だな。

 頭脳も奇人度も。

 ――そういえば、行方知らずと聞いていたが。

 何故ここにいるのだろうか。

 その天才科学者は左右の親指人差し指を合わせてまるで写真を撮るかのようなポーズをとっている。

 

「それにしても君がハムくんか~。本当に興味深いよね~」

「はぁ」

「ちぃちゃんにあの設計図見せてもらった時はびっくりしちゃったよ~。変形しちゃうISなんて発想からしてちがうよね~」

「恐縮です、プロフェッサー」

 

 完全に束のペースに巻き込まれるグラハム。

 疑問を問おうにもタイミングをつかめない。

 

「いいから早くあれを持ってこい」

「ちーちゃん強引~」

 

 またしてもアイアンクローが束に襲い掛かるもそれを回避する。

 そのまま出てきた部屋に入り、台車を押してまた戻ってきた。

 その上には白色の円錐形の機関が載っている。

 それはまさしく、

 

「GNドライヴ」

 

 グラハムが噛みしめるようにその機関の名前を呟く。

 

「……どこでこれを?」

 

 ふっふっふっ、と胸を張る束。

 

「ハムくんがぶった斬った『緋色』の子に搭載されていたやつをいったんバラして組み立て直したんだよ~」

「ツヴァイのドライヴか」

「他の子はコアもドライヴも吹っ飛んじゃってたけどこの子はドライヴだけは無事だったんだよね~」

 

 成程、と頷くグラハム。

 あのときツヴァイの機能が停止したのはコアを破壊されていたからなのか。

 運よく私の一撃がコアに当たっていたのか……。

 だが、何故サーシェスはGNドライヴを破壊しなかったのか。

 新たな疑問がグラハムの頭に浮かぶ。

 現段階では、ISのコアよりもGNドライヴの方が機密性ははるかに高いだろう。

 しかもここは学園とは名ばかりの軍事施設と研究施設を合わせたような場所。

 解析されることなど容易に予想できたはずだ。

 

(……残すことに意味があったのか?)

 

 だがそれによっておこる利点がない。

 敵はすでに量産体制も整えている。

 ISのデータにしてもガンダム以上のGNドライヴ搭載機などそうそう生まれないだろう。

 奴らの狙いはいったい……。

 

「すごいよね~。シールドエネルギーを変換してGN粒子を作ってるんだけどエネルギー量比1対2以上はあるんじゃないかな~? これ考えた人は束さん並みに天才だね!」

 

 束が説明を始めたのでグラハムも耳を傾けることにした。

 

「確かに、あの出力は異常だったな」

「でも、これだけのエネルギーで動くなんて考えられていないし、載っけるなら新しくISを開発しないとダメだね」

「……そうか。ドライヴの方は作れそうか?」

「それなんだけね、ちーちゃん。いくつか束さんでもほとんど手に入らないようなパーツがあって作れって言われても手持ちだと二個が限界かな~」

「二個か……」

 

 今束の言う手持ちはIS学園に貯蓄されているものを含めている。

 つまりツヴァイのものを含めると三基存在することになる。

 だが間違いなくこの馬鹿が持っていくから実際は二個しかない。そう千冬は考える。

 どう使うかが問題になってくる。

 上からの要請がない限り今回の件は黙殺するつもりでいるが、追求があった場合は鹵獲したドライヴは提示する必要がある。

 となると、自由に扱えるのはわずか一基のみ。

 それならば、

 

「グラハム。GNドライヴを一基、お前に預ける」

「私に?」

「そうだ。お前以上の適任者はいない」

「でもちーちゃん。ハムくんのISに載せるのは厳しいよ?」

 

 束の言うことはもっともだとグラハムは思った。

 フラッグは二つの形態を両立させてこそ真価を発揮する機体だ。

 さらに軽量に軽量を重ねたということもある。

 そんな機体にあの大型のドライヴを搭載すればどうなるか、それをグラハムが一番わかっていた。

 何故なら彼は駆っていたからだそのフラッグを。

 SVMS-01X 『ユニオンフラッグカスタムII』

 フラッグでガンダムを倒すと誓ったグラハムのためにユニオンが完成させたMS。

 だがそのMSはバランスが大きく崩れ、可変機構と廃止した格闘戦特化の機体となった。

 今でもあの機体で戦いに臨んだことを後悔していない。

 だがやはり格闘戦のみのフラッグは心苦しいものがあった。

 そんな思いが親友にもあったのだろう。

 彼は後に完成版GNフラッグと呼ぶべきMS『ブレイヴ』を作り上げた。

 だからこそ言わせてもらおう。

 

「GNドライヴ、ありがたく使わせていただく」

「でもハムくん」

「ただし、私がGNドライヴ搭載型フラッグの設計図を作り上げるまでは千冬女史に預けさせてもらおう」

「ほう」

 

 お~、と束が目を輝かせる。

 

「さっすがハムくん。これは束さんも負けていられないね!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 束にGNドライヴを任せた二人は地上へと向かうエレベーターに乗っていた。

 

「……エーカー」

「何かね?」

「奴らは何故、一夏を狙う?」

 

 その声は苛立ちと不安がわずかに隠れているのをグラハムは聞きとっていた。

 特に後者は今までの彼女からは想像できないような濃さを持っていた。

 

「私にもわからない。ただ男性でISが使えることに興味があるのか、他に理由があることも否定できん」

「……そうか」

 

 やはりどこかがいつもの千冬ではないと思った。

 正直、グラハムは後者の方が可能性は高いと思っていた。

 敵がもしイノベイタ―なら、あそこまで人間を卑下していた者たちが果たしてISを使えるだけで狙うだろうか?

 もしかしたら、一夏には何かあるのではないだろうか、そう考えてしまう。

 実際に彼は唯一仕様と思われる能力を使用している。

 そこに秘密が――。

 いや、ナンセンスだな。

 ISとパイロットの関係によって発現するか否かが決まるものを、第一形態で発現しただけで不思議な存在扱いするとは、私らしくもない。

 なにより一夏はてんびん座だ。

 そんな事とは無縁のはずだ。

 煮え切らない思考にそんな風に結論付け、エレベーターから降りた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 時は少し遡る。

 保健室のベッドの上で寝ている一夏。

 その脇に小柄な少女が立っていた。

 

「………………」

 

 少女はゆっくりと顔を一夏の鼻先へと近づけていく。

 そんな気配を感じてか一夏の意識が覚醒し始める。

 

 (……誰だ?)

 

 人の気配もそうだがあれからどのくらい寝ていたのかが気になり徐々に意識が目覚める。

 

「一夏……」

「鈴?」

「っ!?」

 

 知っている声に目を開ける一夏。

 鼻先2cmもない位置まで鈴音の顔が近づいていた。

 

「なにしてんの、お前」

「おっ、お、おっ、起きてたの!?」

「お前の声で起きたんだよ。で、どうした? 何をそんなに焦ってるんだ?」

「あ、焦ってるわけないじゃない! 勝手なこと言わないでよ馬鹿!」

 

 どうみても焦っている様子だがそこにはあえて一夏は触れなかった。

 

「あ~、そういえば試合、無効だってな」

「え? ああ、まぁ、そりゃそうでしょうね・・・」

 

 言いながら、ベッド脇の椅子に腰かける鈴音。

 あ、と一夏が声を上げる。

 

「な、なに?」

「勝負の結果ってどうする? 次の再試合って決まってないんだよな?」

「そのことなら、別にもういいわよ」

「え? なんで?」

「い、いいからいいのよ!」

 

 鈴音の申し出に一夏は従おうと考えた。

 ただ、その前にやらなくてはならないことがあるとも。

 

「鈴」

「なによ」

「……その、なんだ、わ、悪かったよ。色々と、すまん」

「ま、まぁ、あたしもムキになってたし……。いいわよ、もう」

 

 ――やっぱりけじめはつけないとな。

 一夏には鈴音に対して悪いことをしたという自覚はあった。

 だからこそあの賭けにも乗ったし、今も頭を下げているのだ。

 素直に頭を下げる一夏に面食らったような顔をするもすぐに取り戻していた。

 頭を上げると彼の目に窓の外の夕日が見える。

 ――夕日。

 

「あ! 思い出した」

 

 あのときも夕暮れだった。

 小学校六年生のときの記憶が蘇る。

 それは教室で一夏は鈴音と約束をしていたときのこと。

 

「あの約束って、正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だったよな。で、どうよ? 上達したか?」

「え、あ、うぅ……」

 

 しどろもどろになって視線を左へ右へ視線をやると鈴音は俯いてしまった。

 その顔こころなしかは赤い。

 

「なぁ、ふと思ったんだが、その約束って違う意味なのか? 俺はてっきり飯を奢ってくれるんだとばかり思っていたけど――」

「ち、違わない! 違わないわよ!? だ、誰かに食べてもらったら料理って上達するじゃない!? だから、そうだから!」

 

 いきなりまくし立てられ、少し一夏は気圧される。

 

「た、確かにそうだよな。いや、もしかしたら『毎日味噌汁を~』とかの話かと思ってさ。そんな訳ないよな。深読みしすぎたな、俺」

「………………」

「鈴?」

「へぇっ!? そ、そうよ! 私がそんな恥ずかしいこと言うわけないじゃない!? あは、あはははは・・・」

 

 突然笑い出す鈴音。

 その様子はまるで何かを隠すように一夏には見えた。

 だがそれを追及するのも野暮だと彼は聞かなかった。

 そこまでは見えていたが笑い終えたときの小さなため息までは聞き取れなかったようだ。

 

「なぁ、鈴」

「ん、なに?」

「今度、どっか遊びに行かないか? 勝負とか関係なくさ」

「え!? それって、そのデー――」

「五反田も誘って、中学の時みたいに3人で集まるか」

「………………」

 

 明るくなった表情が数秒ももたずに一気に不機嫌になってしまった。

 これほどの表情の変化を見ても何も気づかない一夏。

 鈍感とは恐ろしいものだ。

 

「行かない」

 

 不機嫌さを丸出しにした発言にもただ首を傾げるだけの一夏。

 

「あ、あんたと2人っきりっていうなら行ってあげても……」

「……そうだな。もともとお互いにって賭けだったんだし、そうするか」

 

 その言葉に再び顔を輝かせる鈴音。

 

「本当!?」

「ああ」

「や、約束だからね! 怪我治したら空いてる日教えなさいよ!」

「わかったよ」

「じゃ、じゃあもう行くわ。しっかりと怪我治しなさいよ!」

 

 にこやかに病室を出る鈴音。

 

(やったわよグラハム! これで一夏と……!)

 

 少女はこれまでにないほど、晴れやかな気分だった。


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