六月初頭。
一夏は無事に医務室から出ることを許され、今日は友人宅に出かけて行った。
その際に一夏はグラハムを誘おうとした。
この時代、兵器のみならず医療関係の技術も大きく発展し、骨折程度なら一週間あれば動くことができる。
だがグラハムは足を休ませたいと一夏の誘いを辞退した。
もともと彼は先端医療などの不自然な治癒法を好まなかった。
元の世界では医療用カプセルを一度も利用しなかったほどだ。
静養して自然治癒にまかせたいということも大きな理由ではある。
だがそれ以上にGNドライヴ搭載型フラッグの開発がまったく進んでいないことが理由になっていた。
当然ながらMSとISは技術的に大きな違いを持つ。
『カスタムフラッグ』(IS)に関しては軽量化をメインにしたため、『フラッグ』と『カスタムフラッグ』(MS)の違いを調べ上げ、『打鉄改』の設計図に反映していた。
だがGNドライヴ搭載機となると勝手が違ってくる。
この世界におけるGNドライヴのデータ、搭載に際して必要となる新規パーツ開発に機体の整合性、拡張領域など多くの課題が存在する。
今のところIS学園内の技術者などから得たツヴァイやGNドライヴのデータを元にスタンドポジションの設計をほぼ完成させている。
ただ可変機構やクルーズポジションの設計は難航していた。
『ブレイヴ』の設計図を反映できるだけの技術がこの時代にはないのだ。
そうなるとMSの知識が豊富であるとはいえパイロットであるグラハムには手の付けようがない。
「………………」
グラハムは苦渋の決断を下した。
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午後。
グラハムは格納庫にいた。
彼の正面にはフラッグがスタンドポジションで展開され、周囲にはさまざまな機器が並んでいる。
さらに手には端末を持っており設計図一枚分のデータが表示されている。
SVIS-01X『GNフラッグ』と名を与えられたISのスタンドポジションでの設計図である。
ツヴァイの解析データを元にSVMS-01X『ユニオンフラッグカスタムⅡ』、GNX-Y903VS『ブレイヴ』のデータを可能な限りで反映されたフラッグの改修機である。
とはいうもののクルーズポジションは未完成であり、現段階では可変機構は使用できないものになっている。
グラハムは可変機構を後から追加できるよう可能な限りでフラッグの現在の可変機構を残せるように設計し直した。
そのために外見はフラッグを周到している。
現在、必要なパーツを発注しており、大きな改修作業を行えない。
今日はあくまでフラッグの微調整と下準備である。
「では、はじめよう」
グラハムはスパナを握った。
設計図の映ったのとは別の端末を操作する。
「……少し、感度が落ちているな」
左手のスパナ型検査機で異常を見つけ、右手で端末を操作し修正する。
機会が触れ合う音。
端末を操作する音。
静かな空間にそれだけが響く。
いつ聞いても心地よいものだとグラハムは思った。
それらを奏でているグラハムを何度もちらちらと見ている少女がいる。
簪だ。
グラハムから少し離れた格納庫の端でISの調整をしていた。
だが何度調整を施してもなかなか形にならない。
ふと最初にグラハムが目に入ったとき、彼女の目は明らかに羨望のまなざしをしていた。
本人はパイロットと言いながらも彼はISの調整を滑らかに進めている。
その姿が羨ましかったのだろう。
何度も何度もグラハムの方へ視線が向く。
もう二桁は見ているだろうか。
ついに目が合ってしまった。
「どうかしたかね? 簪」
「な、何でもない」
慌てて簪は目をそらし、作業に戻る。
屈み込み、脚部の調整を行う。
何度か配線を直すと、エラー表示が眼鏡型ディスプレイから消える
ホッと息をつく簪。
「ほう、これが君のISか」
「!?」
突如、上から声が降ってきた。
顔をあげるといつの間にか後ろに回り込んでいたのだろう。
グラハムは後ろから簪のISを見ている。
「頭部のセンサー系は打鉄のものだが、だいぶ外見が違うな。なんという機体かね」
「……『打鉄弐式』」
「成程。発展機というわけか」
「でも、まだ未完成」
そうか、とグラハムは物珍しげに打鉄二式の周りをゆっくりと歩く。
正直簪は自分のISについて触れられるのを嫌っていた。
たいていの人は簪と姉を比較する。
この機体にしてもそうだ。
姉である楯無は自分一人で専用機『ミステリアス・レイディ』を作り上げたと言われている。
妹である簪も姉に負けぬよう自分でISを作ろうとした。
だが周囲はその姿も当たり前であると、楯無の妹なのだからといらぬ目を向ける。
だから未完成であるその機体を見られるのを嫌がった。
姉は完成させたのに妹は完成させられない。
そう見られるのが怖かったのだ。
けれどもグラハムの目は嫌じゃなかった。
おそらく彼の興味が打鉄弐式そのものにあるからなのだろう。
たったそれだけなのかもしれない。
それでも楯無の妹という視線でISを見ないグラハムは簪には他の人たちとは違うように見えた。
「ふむ。外見はかなりできているんだな」
「でもまだ中身とか武装が……」
「成程。どういう風にするのかね?」
「荷電粒子砲とかマルチ・ロックオン・システムを載せようかと」
「おお! それはおもしろそうな機能だな」
「でもまだそっちも未完成で……」
「それは残念だな。できることならば私も手伝えれば良いのだが……」
「いいよ。私一人でできる。……それにあの様子じゃちょっと無理だよね」
そう言って簪は機器に囲まれたフラッグを見る。
各部装甲が開き、回線が覗いている。
「何をしていたの?」
「うむ。私はIS学園の新型機器のテスターをしていてね。今回新しく開発された動力源を搭載できるように調整を施していた」
半分は嘘だが半分は真実である。
今回のフラッグ改修案には学園の一部技術者が関わっている。
センサー類などは彼らの開発した新型に換装される予定だ。
動力源はもちろんGNドライヴであり、表向きではIS学園が新規開発した動力源扱いになっている。
それらの都合を合わせるために千冬がグラハムをテスターに任命した。
「……やっぱりグラハムはすごいね」
どこか羨ましそうにグラハムを見つめる。
「どういうことかな?」
「イギリスの代表候補生に勝てる実力があって、ISにも詳しい。そうじゃなきゃテスターなんてやれないもんね」
「私はそこまで万能ではないよ」
「そんなことない」
ううんと簪は首を振る。
「あの人も専用機を一人で作り上げたり、ロシアの代表する実力がある。そして生徒会長もやってる」
「………………」
グラハムは黙って簪の話を聞いた。
「私は何もできない。……二人にはかなわない」
「……簪。知っているか?」
完全に俯いてしまっている少女にグラハムは口を開く。
「楯無は一人でISを作ってなどいない」
「え……?」
「誰がいつそう言ったのか私は知らん。だが私は本人からそう聞いている」
驚く簪。
だがかまわずグラハムは言葉を続ける。
「誰かしら支えを受けて人は物事を行える。楯無も、私も誰かに支えられている」
そう話しながらもグラハムの脳裏に親友の姿が浮かんだ。
いつも無理難題を言っても快く引き受けてくれた友だ。
ワンマンアーミーを気取った際も彼は助けてくれた。
彼がいなければ私は何もできなかっただろう。
「人と人のつながりとはそういうものだ」
「………………」
「だからもし、手を差し伸べてくれる相手がいるのならば、素直につかむべきだと私は思う」
そういうと簪の頭をポンと軽く叩き、フラッグの整備へと戻っていった。
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(人と人とのつながり、か……)
グラハムは調整を施しながら簪に言ったことを考えていた。
消えていなかったガンダムへの憎悪。
それは元をただせばハワードやダリルといったグラハムとの繋がりの深い人物をガンダムが奪っていったことに起因するのではないだろうか。
あのとき、スローネへ向かっていった彼がかつての自分が宿っていたような感覚に陥ったのは一夏というこの世界で得た友人を傷つけられたことが原因ではないだろうかと。
「………………」
人とのつながりを断たれることに恐怖を覚えているのか……?
再び孤独になるのを私自身が恐れているのだろうか?
かつて、私は孤独だった。
孤児院や軍の訓練基地でも友人と呼べる存在はいなかった。
軍に入って初めて得たハワード、ダリルという友。
彼らを失ったことが矛盾を認めぬ私の心を蝕み、その歪みを大きくしていったのではないか?
ならば、再び歪まないためにも、私は一夏達を守れればいいのだろうか?
――いや違う。
彼らを守り、私も生きなければならない。
それが、生きるために戦う。
私は友を、仲間を守る。
だからこそ生きるために戦うのだ。
決めたぞ、少年!
これが私の決意だ。
グラハムは姿勢を正すとフラッグに敬礼した。
「宣誓しよう。私、グラハム・エーカーは、仲間を守り、そのためにも生きることを」
敬礼を解く。
今の私なら、少年の背中を追えるだろうか。
いや、そうする必要があると見た!
グラハムは頷き、再び整備に取り掛かろうとしたとき。
「かーんちゃん、きたよ~」
のそーりした声が格納庫の静かな空間に響く。
グラハムが視線を向けると言わばのほほんという例えの似合う女子が入ってきた。
布仏本音。
それがこの女子の名だとグラハムは記憶している。
同じクラスで一夏はのほほんさんと呼んでいることも。
「……来たの? あの人に言われてなら……」
「ううん。私はかんちゃんのメイドさんだから~」
「………………」
黙り込んでしまっている簪。
その表情はどこか嫌そうにも見える。
そんな様子を気にするそぶりを見せない辺り、本音はマイペースである。
「あ~、ハムハムだ~」
グラハムを見つけてぶんぶんと手を振る。
ちなみにハムハムはグラハムにつけられた渾名である。
「本音か。どうかしたのかね?こんなところに」
「う~ん? かんちゃんのメイドさんだから手伝いにきたの~」
メイド、というのはグラハムにはいまいち理解できなかったが本音が簪を手伝いに来たことは分かった。
「そうか。それは是非手伝うと良い。ちょうど簪も困っていたところだろう?」
「え?」
「お~。じゃあ何すればいい~?」
「え、えっと。じゃあ――」
そう言うと戸惑いながらも簪は本音とともにISの調整を行う。
多少強引かもしれないが、こうしてきっかけは作らねばな。
そこから彼女も何かしら決意してくれれば、とグラハムは思った。
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午後五時半。
グラハムは整備と調整を終え、寮へと向かっていた。
「おーい、グラハム」
そこに一夏が手を上げて歩いてくる。
「帰ったか。一夏」
「ああ。ただいま」
並んで寮へ入る。
ふとグラハムは一夏が右手首を振っているのが見えた。
「手をどうしたのか?」
「ん? 弾の奴とゲーセンでホッケーやってさ。六連戦全勝したんだが手がダルくてな」
因みにだがそのホッケー六番勝負。
九割は自殺点によるものである。
「弾? ああ、例の友人か」
「そうそう。本当はお前も誘いたかったんだけどな」
「申し訳ない。まだ怪我が完調とはいいがたくてね。次の機会を楽しみにさせてもらうさ」
「おう! ……ところでさ」
そう言いながら一夏が掲示板に張り出されたお知らせを指さす。
「ついに今月だな。学年別個人トーナメント」
その言葉にグラハムはいつもの挑戦的な笑みを浮かべる。
「そうだな。ついにこの時が来た。私の心は震えているよ」
「負けないからな」
「全力を望む!」
互いに握り拳を作り、戦いを誓う二人。
「そういえば」
その拳を下ろしながらグラハムが尋ねる。
「今、君は一人部屋だったな」
「そうなんだよな。箒が別の部屋に移るからてっきりお前が来ると思っていたんだけどな」
「……まさか」
「ん?」
「三人目の男子がいるということなのか?」
「だったらいいんだけどなぁ。ニュースにもなってないんだぜ」
「そうだったな。私の思い違いか」
ハハハ、と二人は笑う。
だが、それが現実になるとはこのときの二人には知る由もなかった。
やばいです。
グラハムフィンガー。
やばいです。