#19 三人目の男
月曜日。
「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」
「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」
「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」
クラス中の女子がカタログを持ってあれやこれやと意見を交わしている。
話題はISスーツだ。
IS学園指定のスーツである必要はなく、自由に選べるのだ。
無論、それには理由がある。
ISは百人百色と言えるほど仕様が個人によって変化する。
故に早いうちからの個人のスタイル確立のためにスーツの自由化を認めている。
もっともこの時点の彼女たちがそこを真剣に考えているかと言えばそうでもないようだが。
ともかく朝から女子達に熱気がある。
「そういえば織斑君のISスーツってどこのやつなの? 見たことない型だけど」
「あー、特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしい。えーと、もとはイングリット社のストレートアームモデルって聞いてる」
一夏はところどころ思い出しながらなのだろう、たどたどしく答える。
「エーカー君のは?」
「私のはエドワードズ社のユサフモデルをベースに作られていると聞いた」
グラハムはさらりとつっかえることなく答えた。
――なにしろ私が自分で選んだのだ、覚えているのは当然というものだろう。
ちなみにだがエドワードズ社は米軍御用達でルフィナのスーツと同じものを原型としているが、この場においては気付いた者はいない。
ただ、少し離れたところで頬を染めていることからルフィナは気づいているようだ。
「諸君、おはよう」
「お、おはようございます!」
教室に入ってきた千冬の挨拶に皆が引き締めて返す。
あれだけ騒がしかった教室が水を打ったように静まり返る。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ、下着で構わんだろう」
――そこは構ってもらいたい。
グラハムは苦笑する。
一夏も同じ意見らしく、千冬に向けられている顔にも苦笑いが浮かんでいる。
おそらく何人かの女子達もそう思ったことだろう。
「では山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ」
連絡事項を言い終え、千冬は山田にホームルームを促す。
彼女は眼鏡を拭いていたらしく、慌ててかけ直した。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!」
「え……」
「しかも二名です!」
『えええええっ!?』
いきなりの転校生紹介に静かだったクラスが一気に騒がしくなる。
無理もない。
噂好きな十代女子が大半と言っても過言ではないIS学園。
そのまさに巨大な彼女たちの情報網に一切引っかからなかったのだから。
さらに二人という情報がさらに事を大きくする。
そんな中、男子二人は別の事を考えていた。
(普通、転校生ってのは分散させるもんじゃないのか?)
(鈴のことを考えれば、間違いなく実力のある専用機持ちだろう。心躍るのは否定しないが、何故このクラスに入れる必要がある?)
勿論、上から一夏、グラハムである。
「失礼します」
クラスのざわめきと思考がピタリと止まる。
それもそうだろう。
二人のうち一人は、少年だったからだ。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
クラス中の視線が少年に向けられる。
わずかな沈黙の後、
「お、男……?」
誰かがそう呟く。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」
中性的な整った顔立ちに、人なつっこさの中に品が見え隠れしている表情。
首の後ろで纏められた濃い金髪はよく手入れがなされている美しさがある。
華奢な体からみてもまさに『貴公子』というべき姿をしていた。
ちなみにだが、グラハムもかつては『空戦の貴公子』などと呼ばれていた。
無論、本人は由としなかったが。
「きゃ……」
咄嗟にグラハムと一夏は身構える。
『きゃあああああああ――――ッ!』
事は彼らの予想通りに起きた。
女子達の歓喜の声が爆発したのだ。
「男子! 前代未聞の3人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「しかも二人とは違う守ってあげたくなる系!」
「地球に生まれてよかった~~!」
こればかりは漢でも耐えきれん!
グラハムの顔がわずかに歪む。
それだけのすさまじい音量が響く。
耳を抑えたくなるのを我慢しつつ三人目の男子を見る。
(よもや、先日の話が本当になろうとは……)
おそらく彼は一夏と同じ部屋になるだろう。
そこまで考えて思考が再び遮られる。
窓もドアも閉まっているだからだろう。
女子たちの声が反響しそれによって音量がさらに上がったのだ。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
そんな中でも動じない千冬が面倒くさそうにぼやく。
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」
「………………」
少年の隣に立つもう一人の転校生。
男性の転入生の隣にあって強い印象の残る出で立ちをしていた。
その姿にクラスが持った印象は『軍人』。
綺麗な長い銀髪を腰まで伸ばしているが、隣の少年と比べると手入れがなされるとは言い難い。
だが何よりもクラスの注目を集めているのは左目の黒眼帯。
凍てつくような色を浮かべている右目と合わせ、その小さな身長からは想像もつかないほどの鋭い気配を感じさせる。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
少女は敬礼を千冬に向ける。
その様になっている敬礼にほう、とグラハムは呟いた。
グラハムの部下がよくしていた敬礼だ。
(あの敬礼はAEU系の……成程、ドイツ軍人か)
AEU式の敬礼と千冬に対する態度からグラハムはラウラと呼ばれた少女の身分を理解した。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も唯の一生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
背筋を伸ばした受け答えはまさに軍人のそれだ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「………………」
沈黙が流れる。
どうやらこれ以上口を開くつもりもないようだ。
ふと彼女の視線は一夏に向けられた。
「貴様が――!」
つかつかとそのまま一夏の前まで歩き、手を振るう。
だがそれは空を切るだけだった。
「軍人が一般市民に手を上げるとはな」
冷静な声音で呟くグラハムをラウラが睨みつける。
彼の左手には一夏の後ろ襟が掴まれていた。
何が起こるか判断したグラハムは咄嗟に前に座る一夏の襟を後ろに引っ張ったのだ。
おかげで一夏は謂れのない暴力を回避した。
「………………」
舌打ち一つ二人の少年に落とし、
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか!」
そう吐き捨てて自分に宛がわれた席へと歩いて行った。
「サンキュ、グラハム」
「気にするな」
「あー、……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
気まずい沈黙のクラスを千冬が手を叩いて行動を促す。
一夏は先の事に怒りをいだいていたが今はそれどころではない。
これから男子は着替えにアリーナの更衣室まで移動しなければならないのだから。
「おい織斑、エーカー。デュノアの面倒を見てやれ」
「はい」
「了解した」
「えっと、織斑君に、エーカー君だよね? 初めまして。僕は――」
「ああ、いいから」
「移動が優先だ」
一夏がシャルルの手を取り、そのまま教室を飛び出した。
「とりあえず、男子は毎回空いているアリーナ更衣室で着替えるから、早く移動に慣れてくれ」
「う、うん……」
その様子に二人は違和感を覚える。
シャルルが先程と違って落ち着きをなくしている。
「トイレか?」
「トイ……っ違うよ!」
「そうか。なら急ぐぞ」
三人は階段を駆け下り一階へ。
速度を落とすなど愚の骨頂。
何故なら――
「ああっ! 転校生発見!」
「しかも織斑君とエーカー君と一緒!」
すでにHRは終了しているからだ。
情報先取をかけて全学年全クラスから尖兵が行動をすでに開始している。
捕まれば最後、授業に遅刻は確定で、鬼教師の特別カリキュラムが待っている。
そうなることだけは彼らは避けたかった。
「いたっ!」
「者ども出会え、出会えい!」
後ろを見ると法螺貝を吹く女子生徒の姿が確認できた。
さすがは武士道の国、法螺貝まで取り出すか!
一瞬グラハムの気がそれかける。
だが正面に女子たちが並んでいるのを見るとすぐに思考を戻す。
完全にふさがれているが厚みは一人分しかない。
ならば、
「一夏、フォーメーションEだ」
「おう!」
三人の中からグラハムが前に飛び出す。
そのまま膝立のような姿勢をとる。
「え?」
「後に続けシャルル!」
状況を呑み込めていないシャルルに一夏は声をかけ、跳躍。
そのままグラハムの背を踏み台にさらに高く飛び上がる。
『何ィ!?』
驚く女子達を飛び越えて走り出す一夏。
「来いシャルル!」
グラハムの合図にシャルルもまた一夏に続く。
二人を壁の向こうに送り出した彼はそのまま女子達に向かって走り出す。
そのまま床を蹴る。
ただし横へ。
廊下の壁を蹴り、自身も女子達の作り上げる壁を超える。
着地。
そのままわき目もふらずに更衣室へと走り出した。
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「よーし、到着!」
「ふむ、今回も任務成功だな」
一夏を先頭に更衣室のドアをくぐるグラハムたち三人。
「な、何でみんな騒いでいるの?」
先程の状況が飲み込めなかったのか、シャルルは困惑顔で聞いてくる。
「そりゃ、男子が俺らしかいないからだろ、此処に」
「?」
「現在のところ、私たち以外にISを操縦できる男性はいない。だから珍しいのだろう」
そう言いながらグラハムは腕時計に目をやる。
時間はあまりない。
「うわ! 時間ヤバイな! すぐに着替えちまおうぜ」
焦ったように一夏は制服のボタンを一気に外し、それをベンチに投げて一呼吸でTシャツも脱ぎ捨てた。
続くようにグラハムも悠々とした表情で制服を脱ぐ。
「わあっ!?」
『?』
上半身裸の二人を見て頓狂な声をシャルルは上げる。
「早く着替えることを推奨しよう。千冬女史は時間に厳しいからな、遅れるわけにはいかんのだよ」
「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」
「ん? いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気はないが……って、シャルルはジロジロ見てるな」
「み、見てない! 別に見てないよ!?」
両手を突き出し、慌てて顔を床に向けるシャルル。
その大げさとも取れる動作に一夏は訝るような表情をしている。
「一夏、シャルル。手を動かせ」
「あ、やべッ」
「うん」
シャルルの視線に動じることなく、すでにグラハムは着替えを完了していた。
一夏は壁を向いて着替えを再開する。
「私は先に行かせてもらう。シャルル、先の事をもう一度推奨させてもらおう」
「う、うん!」
シャルルも一夏とは違う方向を向いたのを確認し、グラハムは更衣室を出た。
「……ふむ」
あそこまで動揺するものだろうか。
それに自分の置かれた状況への理解の薄さ。
どうしてもグラハムにはシャルルの言動が不審に思えた。