機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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今回は一場面しかグラハムさん成分がありません。


#23 衝突

 それは暗い闇の中にいた。

 

「………………」

  

 暗い部屋の中でラウラの赤い目が鈍く光る。

 その目は闇しかない空間に何かを見ていた。

 ――奴らを滅ぼす。

 それがもう何年も彼女の心の中に住み着いていた。

 だがそれを果たせていない。

 唯一一度だけ奴らを倒せるかと思った。

 織斑千冬が教官としてその場にいた時のことだ。

 あの時のことは今でも鮮明に覚えている。

 千冬の絶対的な強さに憧れを抱いた。

 自分もこうなりたいと願った。

 その無二の力を得たいとも。

 しかし、そんな尊敬する教官を完璧でなくする者がいた。

 ラウラはその存在を認めていない。

 

(排除する。どのような手段を使ってでも……)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 月曜日の朝。

 教室に向かっていたグラハム、一夏、シャルルの三人は廊下にまで聞こえる声に目をしばたたせた。

 

「なんだ?」

 

「さぁ?」

 

 一夏とシャルルが顔を見合わせながら首を傾げる。

 二日ほど前の一件がもとでシャルルの正体は一夏にもバレてしまった。

 だがそのことについては一夏も彼女の味方であると宣言した。

 結果、三人の仲は今まで通りである。

 仲良く首を傾げる二人を横目にグラハムが教室へと入っていく。

 

「なんか本当みたいだよ」 

 

「この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら男子三人の誰かと交際でき――」

 

「私たちがどうかしたかね?」

 

『きゃああっ!?』

 

 グラハムの声に女子達が取り乱す。

 悲鳴を聞いた一夏達も教室に入ってきた。

 

「な、なんだよ今度は?」

 

「うむ。私が先の会話について問いただしてみたところ、激しく動揺されてしまってね」

 

 肩をすくめるグラハム。

 だが、先の女子達の様子から何かを感じ取っているようだ。

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね! わたくしも自分の席につきませんと」

 

「…………じゃあ」

 

 どこかよそよそしく女子達はその場を離れていく。

 

「……なんなんだ?」

 

「さあ……?」

 

 わかっていないらしい二人がまたしても首を傾げる。

 グラハムは自分の席に着きながらチラリと箒を見る。

 平静を装っているつもりのようだがかなり焦っているようだ。

 そこで確信を持った。

 この件も間違いなく一夏の鈍感さが招いたということに。

 

(そういえば一夏が言っていたな)

 

『私が優勝したら付き合ってもらう』

 

 そう宣戦布告されたと一夏から聞かされている。

 彼は何やら買い物かなにかと思っているようだが。

 ――ロマンチックもなにもないな。

 何故、一夏はここまで鈍感なのだ。

 彼の星座ならばロマンチックな運命にあるはずだというのに……。

 本当に一夏はてんびん座なのかとグラハムはどうでもいいことに思考が走りだした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「この距離だけはどうにもならないな……」

 

 一夏は走っていた。

 トイレが三箇所しかないため、授業終了のチャイムと同時に走ださなければ次の授業に間に合わないのだ。

 特に今はのんびりしている時間はない。

 次の授業はISの格闘技能に関する基礎知識と応用。

 近接格闘一択しかない一夏にとってはまさに死活問題となりうる授業だろう。

 間に合わなければ致命的な失態になるのは間違いない。

 焦りを多分に含みながら疾走していると、

 

「なぜこんなところで教師など!」

 

「やれやれ」

 

 声が聞こえた。

 それは曲がり角の先から聞こえてきた。

 その声に一夏は足を止めてしまう。

 聞き覚えのある声に耳を傾ける。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 千冬とラウラだ。

 ラウラは、自分が持つ現在の千冬への不満や思いの丈をぶつけていた。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

 

「ほう」

 

「大体、この学園の生徒など、教官が教えるに足る人間など少数ではありませんか」

 

「なぜだ?」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。ISは兵器です。それを理解できないような程度の低い者たちに教官が時間を割かれるなど――」

 

「――そこまでにしておけよ、小娘」

 

「っ……!」

 

 凄みのある千冬の声にラウラの言葉が途切れる。

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

 

「わ、私は……」

 

 その声が震えているのが一夏にはわかった。

 それが恐怖によるものだと、彼は思った。

 圧倒的な力の前に感じる恐怖と、かけがえのない相手に嫌われるという恐怖。

 

「……私にはどうしても、教官の御力が必要なのです」

 

 どうしても伝えたいことだったのだろう。

 おびえながらもその言葉を口にした。

 

「……授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」

 

「……教官」

 

 だがその努力も徒労で終わった。

 声音を戻し、千冬はラウラをせかした。

 それにラウラは黙って従うほかなかった。

 

「………………」

 

 早足で立ち去るラウラ。

 

「そこの男子。盗み聞きか? 異常性癖は感心しないぞ?」

 

「な、なんでそうなるんだよ! 千冬ね――」

 

「織斑先生だ」

 

「は、はい」

 

 一夏が千冬の名を呼ぼうとすると、その頭に出席簿が振るわれる。

 

「そら、走れ劣等性。このままじゃお前は月末のトーナメントで初戦敗退だぞ。勤勉さを忘れるな」

 

「わかってるって……」

 

「そうか。ならいい」

 

 ニヤリと笑みを見せる千冬は今だけは姉として一夏に言ってくれているようだ。

 

「じゃあ、教室に戻ります」

 

「おう。急げよ。――ああ、それと織斑」

 

「はい?」

 

「廊下は走るな。……とは言わん。バレない様に走れ」

 

「了解」

 

 どうやら見逃してくれるようだ。

 一夏は教室までの道のりをバレないように全力で走り抜けていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『あ』

 

 二人そろって間の抜けた声を出してしまう。

 時間は放課後。場所は第三アリーナ。

 そんな声を上げた鈴音とセシリアは既にISを纏っている。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしも全く同じですわ」

 

 二人の間に火花が散る。

 周囲には人影はない。

 放課後になってから十分も経っていないこの時間からアリーナに二人はいる。

 それだけでも、優勝に懸ける思いがどれほどの物かわかる。

 アリーナ中央まで二人は行くと、わずかに距離をとって向かいあった。

 

「ちょうど良い機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」

 

「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりとさせましょうではありませんか」

 

 同時にセシリアは『スターライトmkⅢ』を、鈴音は『双天牙月』を構える。

 

「では――」

 

 突如、二人の声をかき消すように超音速の砲弾が飛来する。

 

『!?』

 

 咄嗟に緊急回避をとり、セシリアと鈴音は砲弾を放った相手を見る。

 そこには黒のISがたたずんでいた。

 二人の機体のセンサーが情報を提示する。

 機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』、登録操縦者――

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

 セシリアの表情が苦く強ばる。

 彼女とラウラの操るISは共に欧州連合の次期主力候補機。

 だが、その表情はライバル候補機に向けられる以上のものが含まれている。

 

「……どういうつもり?」

 

 衝撃砲を放てるよう肩の装甲をスライドさせた鈴音。

 そんな二人をラウラは一瞥し、口を開く。

 

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見たときの方がまだ強そうではあったな」

 

 いきなりの挑発的の物言いに鈴音とセシリアの両方が口元を引きつらせる。

 もともと二人はラウラに対して決していい印象とはいえないものを持っていた。

 そこに今の発言はその印象をさらに悪い方へと決定づける。

 

「何? やるの? わざわざ ドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて対したマゾっぷりね」

 

「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまり苛めるのは可哀想ですわよ?」

 

 ラウラの全てを見下すかのごとき目つきに並々ならぬ不快感を抱いた二人は、その怒りの捌け口をどうにか言葉に含めようとする。

 しかし、それは無駄の一言に尽きた。

 ハッ、とラウラが嘲笑を浮かべる。

 

「二人がかりで量産機に負けるような力量しか持たぬ者たちが専用機持ちとは、よほど人材不足と見える。やはり、数くらいしか能のない国と古いだけが取り柄の国ではそんなものか」

 

 セシリアと鈴音は何かが切れるのを感じた。

 装備の最終安全装置を解除する。

 

「はっ! どうせなら二人がかりで来たらどうだ? 一足す一は所詮二にしかならん。下らん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるものか」

 

 明らかな挑発にしかし完全に怒髪頂点に達した二人にはもはやどうでもいいことだった。

 

「――今、何て言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」

 

「『堪忍袋の緒が切れた』とはこういうことを言うのですね。その軽口、二度と叩けぬようここで叩いておきましょう」

 

 得物を握り締める手にきつく力を込めるふたり。それを冷やかな視線で流すと、ラウラはわずかに両手を広げて自分側に向けて振る。

 

「とっとと来い」

 

『上等!』




来週から試験なので少し更新が鈍るかもしれません。

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