廊下を一夏、シャルル、箒の三人が歩いていた。
三人とも特訓のために解放されているアリーナへと向かっていた。
そんな彼らがアリーナへと近づいていくほどに慌ただしい様子が伝わってくる。
廊下を走っていく生徒も多い。
三人が歩いている方角には第三アリーナしかない。
どうやらそこで騒ぎが起きているらしいことは伺えた。
「なんだ?」
「皆ッ!」
ルフィナが観客席のゲートから出てきた。
ひどく焦っているようだ。
「どうしたルフィナ?」
「と、とにかく!」
そう言いながら今出てきたゲートを指さす。
ピットはまだ先にあるため、こちらの方が早く様子を見ることができる。
三人は頷く。
「誰かが模擬戦をしてるみたいだね。でもそれにしては様子が――」
ドゴォンッ!
『!?』
突如響いた爆発に視線を向けると、その煙を切り裂くように影が飛び出してくる。
「鈴! セシリア!」
ステージで起きた爆発は観客席との間に展開されているエネルギーシールドによって一夏達に被害が及ぶことはない。
だが同様に二人にも声は届いていない。
そんな二人の視線の先にいるのは黒のIS《シュヴァルツェア・レーゲン》
《フラッグ》とはまた違う黒のカラーリングのISを駆るラウラの姿だ。
鈴音とセシリアのISはダメージを受けている。
特に鈴音の《甲龍》はひどく損傷しており、ISアーマーの一部は完全に失われている。
ラウラも無傷ではないものの、セシリアよりも軽微に見える。
二人は一夏達には気づくこともなく、ラウラへと向かっていく。
見る限り二対一による模擬戦だろう。
だが、優位に立っているのはラウラだ。
「くらえっ!」
鈴音が『龍砲』を最大出力で放つ。
現行のISならばまともに受けられないような砲撃。
だがそれをラウラは避けるそぶりすら見せずただ右手を突き出すだけだ。
ただそれだけの動きに衝撃砲はラウラに届くことがない。
「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」
その様に鈴音が歯ぎしりをする。
まさか、という思いが一夏にはあった。
鈴音の衝撃砲の威力はクラス対抗戦のときに彼は味わっている。
その最大威力を打ち消されたことが信じられなかった。
「AICだ……」
「AIC?」
「ドイツが開発してる第三世代兵器。PICを発展させたもので対象の相手の動きを停止させることができるの」
「停止させる?」
「正直、一対一だと反則といってもいい能力なんだけど……」
「ここまで形になってるとは思わなかった……」
シャルルとルフィナも驚いているようだ。
一夏はPICについて聞こうと思ったが再び起きた爆発音がそれを遮る。
鈴音を狙ったラウラのプラズマ手刀による攻撃を『スターライトmkⅢ』を楯にすることでそらしたセシリアが、接近したラウラにミサイルをありったけ放ち、自分たちもろとも爆発させたのだ。
巻き込まれた二人は爆風によって地面に叩きつけられる。
「無茶するわね。アンタ……」
「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが――」
セシリアの言葉は途中で止まってしまう。
「…………」
煙が晴れると、そこには右手を前に差し出しているラウラが宙に浮かんでいた。
至近距離での爆発ですら停止結界にダメージを通すことがないのか、その装甲には爆発による傷がついてはいなかった。
「終わりか? ならば――私の番だ」
ラウラは瞬時加速で地上の二人に接近する。
その勢いを利用して、鈴音の体を蹴り上げる。
そのまま蹴り上げた足をセシリアに叩き付けると、近距離から砲撃を当てる。
ラウラは、六つのワイヤーブレードを利用して、二人を捕縛して並べる。
そこからは一方的な暴虐だ。
ラウラの拳が容赦なく二人を襲い、シールドエネルギーはあっというまに減少し、機体維持警告域を超え、操縦者生命危険域へと突入する。
このまま続けば二人の命は失われかねない。
それでもラウラは拳を止めることはない。
ただ淡々と二人を殴り、ISアーマーを破壊していく。
その表情はいつもの無表情に見えるが、その口端には愉悦の笑みが見える。
「その手を、離せぇぇ!!!!」
ラウラに、白い機体が迫る。
一夏の白式だ。
『零落白夜』を発動させてアリーナのシールドを破った彼は、ラウラに対しても同様の技を発動する。
刀が振り下ろされる。
「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな」
エネルギーの刃が届く寸前で白式の動きが止まる。
「な、なんだ!? くそっ、体がっ……!?」
一夏の体がまるで見えない手につかまれているかのように動かない。
エネルギーの刃は次第に小さく消えていく。
「やはり、敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、貴様も有象無象の一つでしかない。――消えろ」
肩の大型カノンが接続部から回転し、ぐるんと白い機体に砲口を向ける。
しかし、引き金は引かれなかった。
それよりも早くラウラに銃弾の雨が降り注いだのだ。
シャルルとルフィナがその両手にアサルトライフルを構えている。
「ちっ……雑魚が……」
ラウラは回避行動を取り、セシリアと鈴音を開放する。
同時に一夏の体に自由が戻ってきた。
一夏はすぐにセシリアと鈴音を抱え、瞬時加速により戦闘から離脱する。
「一夏、二人は!?」
ルフィナが一夏達をかばうように飛んできた。
「う……。一夏……」
「無様な姿を……お見せしましたわね……」
「喋るな。シャルル、ルフィナ、大丈夫だ。二人ともなんとか意識はある」
「よかった」
安堵した声で答えるシャルロットだが、その手を休めることはない。
ルフィナも一夏達を背に、ラウラへと銃口を向ける。
だがラウラは一夏達は眼中にはないらしく、
「行くぞ……!」
瞬時加速で一気にシャルルへと飛び出す。
だが途中でラウラは突き飛ばされる。
「……軍人の風上にも置けんというのは君のことを指すのだろうな」
それはほぼ全身に漆黒の装甲を持つIS。
グラハムだ。
彼は瞬時加速で横から飛び膝蹴りを浴びせたのだ。
瞬時加速を発動している相手に横から同じく瞬時加速で突っ込む。
相変わらず無茶苦茶な動きだと一夏は思った。
突き飛ばされたラウラはすぐに体勢を立て直し、グラハムと対峙した。
「ふん、種馬か」
「……今まで様々な渾名を受けてきたが種馬は初めてだといわせてもらおう」
ラウラの嘲笑を冷静に返すグラハム。
「見た目だけの紙飛行機で私とやる気か?」
「……紙飛行機かどうか試してみるか?」
グラハムは前に飛び出した。
ふん、とラウラは鼻で笑いながら右手を突き出す。
だが右手が上がるのと同時にグラハムは脚部に新設されたサブスラスターを吹かし、左へと軌道を変える。
そのまま勢いにまかせてラウラを中心に旋回する。
左手にはトライデントストライカーを握り射撃を行う。
ラウラに青い光弾がいくつも着弾する。
「何をするつもりか分からんが、どうやら発動までにラグがあるようだな」
「だまれ!」
振り向きざまにワイヤーブレードを放つ。
だがそれも当たらない。
回避行動をとりながらも確実に距離を詰めていくグラハム。
ラウラの両手の初動と視線に合わせて両脚と腰部のサブスラスターを瞬時に吹かしAICをすべて回避する。
グラハムはラウラのISにAICが搭載されていることは知らない。
ただ彼のパイロットとして培ってきたいわば第六感ともいうべきものがラウラの動きに反応しているのだ。
グラハムは右手に出現させたプラズマソードを至近距離で振るう。
一瞬の隙を突かれたラウラはその身に斬撃をもろに喰らう。
「くそっ!」
後ろに飛びながらレールカノンを向け、弾丸を放とうとする。
「!?」
突如、レールカノンが吹き飛ばされる。
弾丸が放たれようとしたその瞬間をグラハムのリニアライフルが撃ち抜いたのだ。
そのまま連射するグラハム。
ラウラはなんとか回避していくも段々と動きに精細さが欠けていく。
なんどかAICやワイヤーブレードを放つがかすりもしない。
怒りによるものか疲労によるものか、一見冷静だがわずかに初動が大きくなり、精度が落ちている。
それに乗じて一気にグラハムは距離を詰めようと背部スラスターを吹かす。
その動きをラウラの目が捉える。
――私の勝ちだ!
ラウラは腕を突き出した。
グラハムの動きが止まる。
「これで――」
ワイヤーブレードを射出しようとしたとき、ハイパーセンサーがラウラに機体損傷を知らせる。
見れば脚部にソニックブレイドが刺さっていた。
「なっ!?」
グラハムの右手からプラズマソードが消えている。
「貴様ッ!?」
「この程度、私にも予想できるさ」
ラウラ程の相手に愚直にいけば攻撃を受けることになる。
ならばとグラハムはAICを受ける直前にプラズマソードを投げていた。
手から離れたことでプラズマは解除されソニックブレイドが肩に刺さった。
どのような攻撃が来るかグラハムは分からなかったが少なくとも隙を作れると踏んでいた。
そしてその通りになった。
AICによる拘束が解除される。
左手のリニアライフルを量子化し新たな柄が出現させる。
だがその柄は青の刃を形成しなかった。
現れたのは深紅の光。
振り下ろされたビームサーベルをラウラはプラズマ手刀で受け止める。
何度も二人の刃がぶつかり合う。
紅と二つの青い軌跡が互いに衝撃をもって動きを止めた時だ。
ラウラの表情に明らかな恐怖が浮かんだ。
ビームサーベルのエネルギー量にプラズマが食われているのだ。
まさに腕を浸食しようとじわりじわりと迫る紅の色にラウラは咄嗟に後退する。
それをグラハムは追撃をすることなく、ビームサーベルを量子化した。
「な、なぜ攻撃してこない!」
「弱い者いじめは私のするところではない」
「貴様ァッ!」
弱いと言われて激高したのだろう。
恐怖を押し殺したような顔で瞬時加速を発動しようとするラウラ。
その瞬間、影が割り込んできた。
ラウラは加速を中断し、ぶつかる寸前で急停止する。
「……やれやれ、これだからガキ共の相手は疲れる」
「千冬女史」
「……教官!?」
千冬はいつものスーツ姿でISもISスーツさえも装着していない。
それでいて170cmはある近接ブレードを軽々と扱っただけでなく、あの一瞬での横槍をいれる実力。
やはり人間ではないな、と特に驚く様子もなくグラハムは口端に笑みさえ浮かべる。
「模擬戦をやるのは構わん。――が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」
「……教官がそう仰るなら」
ラウラは素直に頷くとISの装着状態を解除する。
すでにグラハムも解除している。
「お前たちもそれでいいな?」
一夏たちも応答する。
その言葉を聞いて、千冬はアリーナにいる生徒に改めて声を上げる。
「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁じる。解散!」
千冬は一度強く手を叩く。
それはまるで銃声のように鋭く響いた。