機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#25 タッグマッチ

「助かった。感謝する、千冬女史」

 

「ワザとらしい奴だ。わかっていて武装を解いたんだろ?」

 

「あれ以上はコンデンサーのみではもたない。ビームサーベルは消さざるをえなかったのは事実さ」

 

 肩をすくめるグラハム。

 職員室。

 学年別トーナメントが近づき、教員たちが慌ただしく動いている。

 そんな中でグラハムは千冬と話をしていた。

 

「それにビームサーベルを使う必要はなかったはずだ。アレはまだどの国も完成させていない武器。それを当たり前のように使ったらどうなるかわかるだろう」

 

「その為のテスターだと私は心得ているが」

 

「お前のテスター任命は《GNフラッグ》の完成をもってと言ったはずだ。実装するのはお前の自由だが使用に関しては少しは自重しろ」

 

「善処しよう」

 

 小さく会釈して答えるグラハムに千冬はため息をついた。

 スーツのポケットから鍵を取り出しグラハムへ渡す。

 

「それにしても、君の弟子もなかなか難儀なものだな」

 

 グラハムは受け取った鍵を制服に仕舞いながら少し呆れたように口を開いた。

 

「ラウラのことか」

 

 ああ、とグラハムは頷いた。

 

「素質はあるのだろう。ただ強さを理解できてないように見える」

 

「……あいつは昔から強さと攻撃力を同一だと思っているからな」

 

「女史には釈迦に説法かもしれんが力を持つ者はそれ相応の責任を課せられる。それを理解していなければ特に軍においては味方を殺すだろう」

 

「それをラウラがわかっていないと?」

 

「……まあ、私に言えた義理ではないがね」

 

 グラハムの口端に苦笑が浮かぶ。

 彼自身、かつてはその責任を放り捨てていた。

 強さを力に求め、その極みを得ることにすべてを費やす日々。

 そんな時期があったからだろう。

 ラウラの言動を見過ごせないとグラハムは思っていた。

 

「ともかく、あのままでは彼女はいずれ自分で自分を殺すだろう」

 

「だからお前が強さを見せようとしたとでもいうのか?」

 

「その役目を果たすのにふさわしい人物は他にいる」

 

「………………」

 

「……では、失礼する」

 

 グラハムは軽く頭を下げ、職員室を出て行った。

 

「……まさか」

 

 彼の意図を理解したのか、千冬は呟いた。

 だがその呟きは周りの喧騒にかき消された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「………………」

 

「………………」

 

 先の一件から一時間が経過していた。

 一夏は保健室にいる。

 ベッドの上では治療を受けて包帯を巻かれた鈴音とセシリアが不貞腐れていた。

 

「別に、助けてくれなくてもよかったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

 二人は負け惜しみにしかとられないセリフを吐く。

 だがそれも一夏達への感謝を素直に言えないからこそだ。

 

「しかし、何だってラウラとバトルすることになったんだ?」

 

「え、いや、それは……」

 

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

 

「? ふうん?」

 

 言葉を濁す二人。

 ただ何かしらラウラからの挑発行為があったことは一夏には理解できた。

 そこへ飲み物を買いに行っていたシャルルとルフィナが戻ってきた。

 

「ああ。もしかして――」

 

「なななな何を言っているのか、全っ然っわかんないわね! ここここれだから欧州人って困るのよねえっ!」

 

「べべっ、別にわたくしはっ! そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわ!」

 

 入りながらのシャルルの発言を一夏は聞き取ることはできなかったがベッドの上の二人はしっかりと耳にしていたようだ。

 顔を真っ赤に染めながらまくし立てている。

 

「と、とにかく落ち着いて。はい、これ」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「不本意ですがいただきましょうっ!」

 

 ルフィナが紅茶とウーロン茶をそれぞれ差し出す。

 二人は飲み物をひったくるように受け取り、一気に飲み干す。

 かわいそうに。どうやらルフィナは割を喰ってしまったようだ。

 

「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言ってるし、しばらく休んだら――」

 

 一夏の言葉は途中で遮られた。

 廊下から響く地鳴りによって。

 

「な、なんだ? 何の音だ?」

 

 それはだんだんと近づいているように一夏は思えた。

 そしてその音源が保健室前に来たと感じた時だ。

 一夏達の目の前でドアが吹き飛んだ。

 揶揄ではない。

 本当に吹き飛んだのだ。

 

「織斑君!」

 

「デュノア君!」

 

「エーカー君……はいない!」

 

 同時に吹き飛ばした音源が雪崩れ込んでくる。

 それは一年生の女子数十人の団体だ。

 彼女たちによって保健室が完全に埋め尽くされる。

 しかも一夏とシャルルの姿を見つけるやいなや一斉に取り囲み手を伸ばしてきた。

 

「な、な、なんだなんだ?」

 

「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

『これ!』

 

 状況が全く呑み込めない二人に紙が差し出される。

 学内の緊急告知文が書かれた申込書だ。

 

「な、なになに……?」

 

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、ふたり組みでの参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」

 

「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」

 

 そしてまた一斉に手が伸ばされる。

 

「私と組もう、織斑君!」

 

「私と組んで、デュノア君!」

 

 先手必勝とばかりに迫ってくる女子達に鬼気迫るものを感じながら一夏はチラッとシャルルを見る。

 一夏とグラハムが彼女たちと組む分には何の問題もないだろう。

 だがシャルルは男子のふりをしているが女子だ。

 誰かと組むのは非常に拙い。

 今後ペア同士の特訓など二人で過ごす時間が増えるだろう。

 そうなれば正体が露見する事態が起きるともわからない。

 シャルルは困り果てた顔をしている。

 一夏は助け船を出したいがいい案が浮かばない。

 こんなとき、グラハムならばうまく切り抜けるだろうなぁ。

 そんな風に一夏は思うがないものねだりはできない。

 それならと一夏は大声で宣言した。

 

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 沈黙。

 そのいきなりの場の変化に戸惑う一夏。

 

「まあ、そういうことなら……」

 

「他の女子と組まれるよりはいいし……」

 

「男同士ってのも絵になるし……ごほんごほん」

 

 女子達はとりあえず納得したようだ。

 各々頷きながら保健室をぞろぞろと出ていく。

 それからしばらくの間をおいて喧騒が廊下から響く。

 改めてペア探を始めたようだ。

 

「ふぅ……」

 

「あ、あの、一夏――」

 

「一夏!」

 

 安堵のため息をついた一夏にシャルルが声をかけようとするが、それを上回る勢いで鈴音がベッドから身を乗り出す。

 

「あ、あたしと――」

 

「あきらめたまえ」

 

「グ、グラハム!?」

 

 グラハムが保健室に入ってきた。

 

「山田女史からの言伝だ。君のISのダメージレベルがCを超えている。よって修復に専念させるためにトーナメントへの参加は認められんそうだ」

 

「うっ、ぐっ……!」

 

 山田からの伝言に悔しそうに唸る鈴音。

 

「勿論、これはセシリアも同様だ」

 

「……不本意ですが。……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメントの参加は辞退しますわ……」

 

「苦渋の決断だろうが今はがまんのときということだろう」

 

 悔しそうな表情を浮かべながらも大人しく引き下がったセシリアにグラハムが宥めるように声をかけた。

 

「そういえばグラハム。今回のトーナメントなんだけど……」

 

「ああ。山田女史から聞いた」

 

 グラハムは一夏とシャルルを一度見てからルフィナの正面まで歩いた。

 そして彼女の目をジッと見た。

 

「ルフィナ。私と組んでもらいたい」

 

「え……!? う、うん」

 

 突然の申し出に驚くルフィナ。

 頬をわずかに上気させながら頷く。

 だがすぐにおびえたような表情に変わった。

 

「どうかしたかね?」

 

「――え、あ、ううん。な、なんでもない、よ?」

 

「そうか」

 

 引っ掛かりを覚えながらも頷くグラハム。

 彼は気づかなかった。

 ルフィナをおびえさせたものの正体が後ろにいたことに。

 セシリアの悔しさを超えた何かの表情に。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

オマケ

 

 保健室を辞した(世間的な扱いが)男子三人は食堂にいた。

 

「やはり君たち二人で組んだか」

 

「うん。一夏に助けてもらっちゃった」

 

「俺は何もしてないよ。ただあのときグラハムならもっといい案が浮かんだんじゃないかって思うな」

 

「私もそこまで万能ではないつもりだ。おそらく君と同じ判断をしたさ」

 

 三人はテーブルに着いて夕食をとっている。

 一夏はラーメンを。

 グラハムは煮魚定食にいつものを。

 そしてシャルルは焼き魚定食だ。

 男子二人の箸は進みすでに量は半分を切っている。

 その一方でシャルルはまったく食が進まない。

 

「どうした?」

 

 それに気付いたのか二人の向かいに座る一夏が尋ねる。

 

「え、えーと」

 

「ふむ。箸が苦手と見えるな」

 

「う、うん。練習はしてるんだけどね。あっ……」

 

 また箸から魚の身が落ちる。

 顔を真っ赤にして俯くシャルル。

 

「恥ずかしがる必要はない。私も箸の使い方を完璧に覚えるまで時間がかかったものだ」

 

 うんうんと頷くグラハム。

 因みに彼はホーマー・カタギリの家にいた数年の間に箸の作法を一から叩きこまれた。

 その厳しさは凄まじいものだったと今でも覚えている。

 ――なにせ、重さにして五キロはある特別製の箸を使わされたりしたからな。

 いやでも箸を扱えるようになるさ。

 

「だよな。箸って結構難しいもんな。スプーンでももらってこようか?」

 

「ええっ!? い、いいよ、そんな。これでなんとか食べてみるから」

 

「そうは言ってもなぁ。難儀だろ? 遠慮するなって」

 

「確かに努力も大事だがせっかくの焼き魚が冷めてしまっては興醒めだろう」

 

「で、でも」

 

「シャルル。私は言ったはずだ。友を頼れ、と」

 

「そうだな。シャルルはもうちょっと人に甘えることを覚えた方がいいぞ」

 

「うう……」

 

「いきなり頼れと言われても難しいことは承知している。だがせめて私と一夏には存分に頼ってくれて構わんよ」

 

「グラハム、一夏……」

 

 シャルルはしばらく迷っていたが、どうやら食事が進まないことに気をもんだようだ。

観念したように口を開いた。

 

「じゃ、じゃあ、あの……」

 

「では、取って来よう」

 

「え、えっと、ね。その……食べさせてくれると嬉しいなぁって」

 

 立ち上がろうとしたグラハムの袖を掴み言葉をなんとかひねり出す。

 

「あ、甘えてもいいって言ったから」

 

「男の誓いに訂正はない」

 

 テーブルを挟んでいるため一夏ではやりづらい。

 そこで隣に座るグラハムが引き受けることになった。

 グラハムはシャルルの箸を受け取った。

 先程落とした分を含めて鰆の身を摘まむ。

 

「では、一口」

 

「あ、あーん」

 

 ゆっくりと口の中で咀嚼するシャルル。

 それを終えるのをグラハムは静かに待つ。

 

「どうかね?」

 

「お、おいしいね」

 

「うむ。ここの魚は美味だからな」

 

「じゃ、じゃあ、その、次はご飯がいいな……」

 

「了解した」

 

 グラハムは茶碗から一口分ご飯を摘まみ、受け皿の手を添えながらシャルルの口元へ運ぶ。

 

「では」

 

「ん……」

 

 その後もグラハムは甲斐甲斐しく箸を動かし、最後の一口まで食べさせることになった。

 

 

 

 その様子を見ていた女子達によってたてられた妙な噂がしばらく学園中を席巻したのはまた別の話である。




前回の後書きで書き忘れましたがグラハムさんの機体はまだGNドライヴは積んでいません。

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