六月最後の月曜日。
この日から一週間かけてIS学園では学年別トーナメントが行われる。
一夏、グラハム、シャルルの三人は男子用に割り当てられた広い更衣室にいた。
彼らは更衣室のモニターから観客席の様子を眺めている。
「各国の政府関係者はもとより、双葉商事やアナハイム・エレクトロニクスをはじめとする大企業のエージェントに研究員か」
「凄いなこりゃ……」
「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ」
「ふーん、ご苦労なことだ」
一夏が興味なさそうに呟く。
その姿に二人がクスリと笑う。
「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦が気になるみたいだね」
「まあ、な」
一夏は、鈴音とセシリアのことを思う。
先日グラハムから伝えられた通り、二人はトーナメント参加の許可を得られなかった。
その為、今回は辞退している。
だがそれは一般生徒ではない国家代表候補生、さらには専用機持ちである二人の立場を悪くする要因にもなりかねない。
実際本国ともなにかあったのだろう。二人の表情はどこか影があった。
原因となった騒動を思い出し、一夏は無意識のうちに左手を握りしめていた。
「自分の力を試せもしないっていうのは、正直辛いだろうな」
「……感情的になるのは構わないが、冷静さを失うなよ」
「そうだよ。彼女は、おそらく一年の中では最強格の一人だと思う」
「ああ、わかってる」
グラハムとシャルルに諭され、一夏は目を閉じる。
そのままゆっくりと深呼吸をする。
「そろそろ時間だ」
グラハムの言葉に目を開く。
一夏の目に冷静さが宿っていた。
そのままモニターへと視線を向ける。
ペアでの試合に変更された際にシステムに不具合が起き、くじ引きで作られた対戦表の発表は試合直前となっていた。
「一年の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな」
「え? どうして?」
「待ち時間にいろいろ考えなくても済むだろ。こういうのは勢いが肝心だ。出たとこ勝負、思い切りの良さで生きたいだろ」
「私も同意見だ。全体の二番目なのはまさに僥倖というものだ」
「なんか二人らしいね。僕だったら一番最初に手の内を晒すことになるから、ちょっと考えがマイナス入っていたかも」
因みにグラハムの引いたクジはBブロック一回戦一組目。
一夏達の次の試合である。
そんな話をしているとモニターがトーナメント表へと切り替わる。
中央右のグラハムたちの相手はどうやら一般生徒のようだ。
名前からして三組のクラス代表とグラハムは記憶している。
問題は一夏達の組み合わせだった。
『――え?』
出てきた文字にポカンとしている一夏とシャルル。
その表情を不思議に思ったグラハムも一番右端の対戦カードを見る。
――ほう。
グラハムは納得したように小さくうなずいた。
二人の反応ももっともだ。
一回戦の対戦相手はラウラ、そして箒のペアだったのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アリーナの中心部。
四機のISが二機ずつに分かれて対峙している。
「一回戦で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」
「そりゃあこっちもだ。先にグラハムに当たってたら俺たちとはやれなかったもんな」
互いに睨むようにラウラと一夏が言葉を交わす。
開始までのカウントが鳴る。
――五秒前。
四、三、二、一 ――。
開始のブザーが鳴る。
『叩きのめす』
試合開始と同時に一夏は瞬時加速を行う。
その一手目が入れば、戦況は一夏達に大きく傾く。
だがそれはラウラの突き出した右手によって止まる。
「開始直後の先制攻撃か。わかりやすいな」
「……そりゃどうも」
――やっぱグラハムみたいにはできないか。
ラウラのレールカノンが一夏へと向けられる。
リボルバーの回転音が轟き、白式のハイパーセンサーが警告を発する。
だが彼の表情は余裕そのものだ。
その表情が気に食わないのかラウラの冷たい瞳が細められる。
「消え――」
「させないよ」
一夏の背後から影が飛び出してきた。
シャルルだ。
右手に装備したアサルトカノンが爆破弾を放つ。
レールカノンの射線をずらされ、砲弾が一夏から大きく外れる。
さらにシャルルが左手の三連式アサルトライフルで連射を浴びせる。
「チッ……!」
ラウラは舌打ちとともに急後退することで間合いを取る。
「逃がさない!」
シャルルは右手にもアサルトライフルを展開する。
突撃する。
「私を忘れてもらっては困る」
ラウラとの間に割り込むように打鉄を纏った箒が現れた。
構えは居合。
打鉄特有の実体シールドで銃弾を防ぎつつ飛び込みのカウンターを狙うつもりだ。
だがシャルルはそのまま行く。
箒が近接ブレードを振るおうとした瞬間、シャルルは宙返りをした。
「俺も忘れちゃ困るな!」
瞬時加速で一夏が突っ込んできた。
AICから解放された瞬間に発動し、シャルルとの場所の入れ替えを敢行した。
一瞬でもずれれば両者にダメージが入りかねない動作を見事なコンビネーションで潜り抜ける。
一夏と箒のブレードがぶつかり合う。
そのまま距離を開けることなく一夏は連続で雪片弐型を振るう。
火花が途切れることなく発せられる。
スラスターの出力を上げ、さらに連撃は速度を得ていく。
だが箒も剣術を修める身だけあって空間を最大限活用していなしていく。
相手の連撃にわずかに後退させられるもその小さな間を活かして勢いある斬撃を放つ。
一際大きな金属音とともに両者の刃が激しくぶつかる。
速度のある一夏に間を利用して勢いづけた箒。
互いに拮抗する。
性能差を埋めてここまで持ち込んだのはまさに箒の剣の強さによるものだろう。
それでも出力差までは埋めることはできない。
箒は、間合いをとろうとする。
その動きに一夏は咄嗟の判断で瞬時加速を発動。
当身を箒に喰らわせる。
もともと後ろへ飛ぼうとしていたこともあり吹き飛ばされる。
一夏は雪片弐式を構える。
その刃にはエネルギーが纏わされる。
「切り捨て御免!」
直前の箒の表情からは間違いなく当たると思った。
だが結果はそれを裏切る。
必殺の剣は空を切った。
「!?」
外したのではない。
突然、箒が一夏の眼前から消えたのだ。
「邪魔だ」
入れ替わりでラウラが急接近してくる。
そのワイヤーブレードの一つが箒の脚へと伸び、投げ飛ばしていた。
だがその行動は味方の救助とは程遠かった。
そのまま箒はシャルルに叩きつけられた。
彼女は味方であるはずの箒も邪魔者、よくて武器程度にしか思っていないのだろう。
ラウラはプラズマ手刀を展開して連続で斬りかかってくる。
出力などの機体性能差で互角に持ち込めた先とは違う。
斬撃と刺突を混ぜた正確無比な攻撃に、一夏は押されだしてしまう。
だが先に見せた動きと気迫をここでも見せる。
数でも実力でも不利な打ち合いになんとか喰らいついていく。
だがそれはラウラの手の武器のみの話だ。
一夏に攻撃を繰り出しながらワイヤーブレードをシャルルへ放つ。
さすがにすべてを同時にではないが、射出と回収のローテーションを上手く回し止むことのない連続攻撃を多角的に行う。
しかもシャルルと戦う箒を巻き込んでだ。
その姿に一夏はグラハムとの会話が思い出された。
『君たちがラウラに勝つにはなにもAICを完全に攻略する必要はない』
『え? なんでだよ』
『彼女は協調性のなく、自身の攻撃力にしか強さを見ていない。――協調性のない兵士は味方を殺す。ならば勝機はそこにあるだろう』
『……つまり、箒を先に倒して二対一で叩けってことか?』
『でも、二体一でもそう簡単には……』
『コンビネーションを鍛え上げた君たちならば答えが二で終わることはないだろう?』
――成程な。
実際にラウラは味方を殺そうとしている。
すくなくとも協力したり助けるということはないだろう。
「片方を先に潰す戦法か。無意味だな」
ラウラが箒を数にはなから入れていないことはこの言葉からも容易に理解できる。
だからこそ箒を先に倒す。
そして今一夏がこなすべきことは一つ。
ラウラを釘づけにしておくことだ。
シャルルが箒との戦いに集中できるようにしなくてはならない。
一夏の攻撃の手数が増える。
彼は四肢全てを武器としたのだ。
射出されるワイヤーを狙い、腕や足で弾くことで攻撃の手がシャルルへと向かうことを防ぐ。
それと同時に一夏へと向けられる手刀にも対処しなくてはならない。
ラウラの波状攻撃を捌ききるのは容易いことではない。
だが距離をとることはこの戦闘においては下策中の下策。
近接戦闘しかできないのも理由だがなによりもレールカノンの的になってしまうのだ。
零距離での高速格闘戦。
途切れてもおかしくない集中力を、シャルロットを信じ必死に繋ぎとめる。
「……そろそろ終わらせるか」
ラウラはプラズマ手刀を解除する。
――まずい!
一夏は咄嗟に雪片弐式を振ろうとする。
だがブレードは体ごと動きを止める。
彼の予測通りAICである。
「では――消えろ」
その言葉とともにワイヤーブレード六つすべてが射出される。
狙いは無論一夏。
「くそおおっ!」
叫びもむなしくワイヤーブレードに全身を切り刻まれる。
装甲を三分の一削られた上に残りのシールドエネルギーも四割を切っている。
さらにラウラは追撃を加える。
一夏の腕部をワイヤーブレード二本で押さえ込み、ねじ切るような回転を加えながら、地面へと一夏を叩き付けた。
相殺しきれなかった衝撃が背中を突き抜ける。
呼吸が一瞬止まる。
そのまま二度目の衝撃を背に喰らった。
ラウラに蹴り飛ばされたのだ。
完全に息が詰まる。
身動きの取れぬまま再び地面へと落ちる一夏。
彼の視線の先ではすでにラウラが大型レールカノンを構えている。
――体勢を立て直さなくては!
そう思った時には遅かった。
すでにレールカノンは照準を合わせていた。
「とどめだ」
砲口から対ISアーマー用特殊徹甲弾が発射される。
当たり所が悪ければ一撃で勝負がついてもおかしくはないほどの一撃。
まだ体勢を立て直し切れていない彼は回避などできない。
だが得物を振るうことはできた。
一夏は右腕を上げようとする。
「!?」
だがその動きが止まる。
ワイヤーが右手の籠手に巻き付いている。
まさに万事休す。
一夏は覚悟を決めて目を閉じる。
「お待たせ!」
重い音が響いた。
目を開けるとシャルルの楯が砲弾を防いでいた。
すぐさまワイヤーを切断、一夏は手を引かれるように離脱する。
直後、砲弾の雨が降り彼らのいた場所が吹き飛ぶ。
「シャルル、助かったぜ。ありがとう」
「どういたしまして」
「箒は?」
「お休み中」
シャルロットの視線と同じ向きを見る。
アリーナの隅ではシールドエネルギーをゼロにし、各部損傷甚大の箒が悔しそうに膝をついていた。
「一夏のおかげで残りのエネルギーも少なかったみたいだっから、なんとか倒せたよ」
「さすがだな」
「その言葉は試合に勝ってからね」
両手の武器を捨て、新たにショットガンとマシンガンをそれぞれの手に形成する。
「ここからが本番だね」
ああ、と一夏は頷きを返す。
「見せやるとしようぜ、俺たちのコンビネーションをな」