「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
突如、ラウラは身が裂けんばかりに叫びを上げた。
同時にISから異常なまでの電撃が発生した。
「ぐっ――!?」
シャルルの体が吹き飛ばされる。
「な、なんだ!? こいつは!?」
一夏達は、いやアリーナにいたほぼ全員が目を疑った。
会場全ての視線がラウラと彼女のISへと向けられた。
「変形だと!?」
グラハムがピット内で驚きの声を上げた。
シュヴァルツェア・レーゲンの形状が変化しだした。
だがおかしい。
ISの形状変化は本来『初期操縦者適応』か『形態移行』でしか起こらないはずだ。
フラッグの変形も形状自体は変化していない。
さらにいえば目の前の変化は液状化と言った方が正しいだろう。
黒い液状はラウラの全身を包み込んだ。
そのままゆっくりと地面へと降り立った。
そして姿を変えていく。
今、シュヴァルツェア・レーゲンだったものはラウラの姿にそって形作られた全身装甲のISへと変貌していた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一夏は目の前に突如として現れたISに驚きを隠せなかった。
最小限のアーマーを手足に持つそれ。
頭部はフルフェイスのアーマーで覆われ、目のあるであろう部位からはライン状に赤い光が漏れでている。
手には刀状のブレードが握られている。
その武器に彼は見覚えがあった。
「『雪片』……!」
見間違うはずもない。
姉、千冬がかつて振るっていた刀だ。
いわば彼女の力の象徴。
一夏は『雪片弐式』を握りしめ、中段に構える。
「――!」
漆黒の機体は一夏の懐に飛び込む。
居合いに見立てた刀を中腰に構え、必中の間合いから放たれる必殺の一閃。
それは紛れもなく、千冬の太刀筋だった。
「ぐうっ!」
構えていた雪片弐式が一夏ごと弾かれる。
敵はそのまま上段の構えに移る。
――まずい!
一夏は咄嗟に下がろうとするが間に合わない。
縦一直線、落とすような鋭い斬撃が襲い掛かる。
「!」
高速で赤い光が割り込んできた。
裂ぱくの気合いとともに振られたビームサーベルが刀にぶつかる。
「シャルル、一夏、下れ!」
グラハムは剣先を翻し横薙ぎに振るう。
それを漆黒のISは雪片の刀身で防ぐ。
続く二撃、三撃と振るうも完全に防がれる。
さらに一撃を放つがそれは距離をとろうとした敵の速さが上回り空を切る。
グラハムもわずかに下がり得物を露払いのように払う。
だが視線は敵から離してはいない。
――明らかに動きが違う。
少なくとも何か剣術を修得した者の太刀筋だ。
それもかなりの熟練者。
ラウラが剣術を修練していたのかは知らないが、以前戦ったときからは想像できない動きをしている。
強者だとグラハムは思った。
だが同時に違和感を得ていた。
敵からラウラの意志を感じないのだ。
まるで、ISの意志で動いているようにグラハムは感じた。
ふぅ、と息を吐いた。
そして再び飛び出そうとしたとき、白い影が漆黒のISへと向かう。
一夏だ。
彼は拳を握りしめて駆けていた。
「うおおおおおおっ!」
「一夏ッ!」
すでに漆黒のISは動き出している。
その切っ先は一夏を向いている。
ぎりっと歯噛みし、グラハムは前へと飛び出した。
最大出力で加速し、一夏より先に敵と刃を交える。
スパークが走る。
ビームサーベルは長時間使用のために出力を下げているため、相手の剣を斬りとばすことはできない。
完全に鍔迫り合いの形に入る。
出力では決して負けてはいないが下手に押し込めば勢いを利用されかねない。
下手に手出しができないだけに自然とグラハムの動きも慎重さを伴った。
何かが地面に叩きつけられる音が耳に入る。
恐らく誰かが強引に一夏の動きを止めたのだろう。
箒の怒声が聞こえる。
「馬鹿者! 何をしている! 死ぬ気か!?」
「離せ! あいつふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!」
一夏が珍しく殺気に満ちた声を上げている。
その声でグラハムはおぼろげながら敵の正体を理解した。
――そうか、この動きは千冬女史のものか。
おそらくそうなのだろう。
そうでなくてはここまで一夏が取り乱すはずがない。
彼女は初代ブリュンヒルデ。
つまりは世界最強のISパイロットの称号を得ている。
なら、その動きをまねようと考える者が現れても不思議ではない。
互いに力をぶつけ、距離を開ける。
そこにルフィナがアサルトライフルから銃弾を連続で放つ。
漆黒のISはそれらを弾くと、グラハムに対して中段に刀を構える。
完全にルフィナの事は眼中にはないようだ。
どうやら、私を相手取りたいようだな。
「ルフィナ」
プライベートチャンネルでルフィナに話しかける。
「一夏達を避難させろ」
『で、でも』
「奴は私と一夏に用があるようだ」
ビームサーベルを担ぎ上げるように構え、突進する。
それに合わせて敵も刀を振り上げる。
互いに振り下ろした得物が火花を散らして交差する。
何とか敵の鋭い袈裟斬りを防ぐ。
スラスターの出力を上げて押し返した。
その勢いに乗って相手は間合いを切る。
『おいグラハム!』
そこに一夏が通信で割り込んでくる。
『あいつは俺が殴らなきゃ気が済まない!』
「気持ちは分かる。だが今の君に何ができる?」
『そうだぞ! どのみちエネルギーが――』
『だったら僕に任せて』
シャルルだ。
『僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せるから』
『本当か!?』
「だがシャルル。君の機体もエネルギー残量は少ないはずだ」
『どのみちこの状態じゃ僕には何もできないよ。だったらこのぐらいの事はさせて』
「………………」
『お願い』
「……君のエネルギー残量だとどのくらい《白式》を回復できる」
『たぶん、腕と『雪片弐型』が精々かな……』
そうなると一撃を決めるためには供給時間と敵の隙をどう作るかが問題となる。
だがその答えはすでに出ていた。
「私が隙を作る。そこに叩きこめ」
『おう!』
「ルフィナ、シャルルたちを守れ。エネルギー供給完了後、二人を避難させろ」
『う、うん!』
グラハムはビームサーベルに取り付けられた延長用グリップを兼ねた予備用コンデンサーをパージする。
これでもうビームサーベルの持続時間は半分を切った。
それを左手に握り直す。
地を蹴った。
スラスターを爆発的に噴出させ、一直線に突進する。
右手にはプラズマソードを出現させ縦に両手を振りかぶる。
振り下ろされた二本の光剣を漆黒のISは刃を横にすることで防ぐ。
互いに高い出力で勢いづけてぶつかったためにすさまじい反動で後ろに飛ばされる。
それでも刃をなんどもぶつける。
そしてグラハムと漆黒のISは打ち合いの中でも最大の音を響かせて激突する。
青と赤のスパークが散り、火花が舞う。
グラハムは交錯する三本の刃の間からラウラの目があるであろう赤いラインセンサーをまっすぐと見た。
――問わなくてはならない。
これがラウラの望んだ強さなのかを。
自分で切り開かぬ力を強さと呼ぶのか。
マスクを左右に開き、発光パターンを浮かび上がらせる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
『――』
「強さとはなんだ!」
『――』
「ただ純粋に力を求めるだけが強さか!」
『―――』
「ならば、その極みがこれなのか!!」
『――――』
「――ならば括目するがいい」
通信が完了の合図を送ってきた。
プラズマソードを量子化する。
「強さの答えの一つを!!」
グラハムは渾身の力でビームサーベルを振り上げた。
雪片を腕ごと弾きあげる。
そのままがら空きになった腹部に右足の蹴りを入れた。
わずかに相手がよろめく。
グラハムは即座に離脱した。
――あとは君次第だ。
『誰かを守ってみたい』
強さの極みの一つを知る君が教えなければならない。
刀を腰に構えた一夏をグラハムの目は捉えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
グラハムの蹴りに敵はバランスを崩した。
同時に一夏が飛び込む。
構えは居合。
彼が千冬の教えにならい、箒の姿に学んだ、一閃二断の構え。
漆黒の機体は弾きあげられた腕を修正し、一夏に袈裟斬りを放つ。
それは千冬と同じ太刀筋。
しかし、そこには千冬の意志は存在しない。
「ただの真似事だ!」
一夏は叫んだ。
腰から抜き放っての横一閃、相手の刀を弾く。
そしてすぐさま上段に構え、縦に真っ直ぐ相手を断ち斬る。
一夏の雪片弐型が漆黒の機体を切り裂いた。
紫電のほとばしるその機体から、ラウラが開放される。
気を失うまでの一瞬、一夏はラウラと目があった。
それはひどく弱っている捨て犬のような目。
助けて欲しいと言っているかのようだった。
「……まぁ、ぶっ飛ばすのは勘弁してやるよ」
一夏は力を失って崩れるラウラを抱きかかえる。
その言葉が聞こえたか否かはラウラにしか分からない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
強さとはなんなのか。
その答えは無数にあると教えられた。
そしてその答えの一つに、ラウラは強烈に出会ってしまった。
『強さっつーのは、心の在処。己の拠り所。自分がどうありたいかを常に思うことじゃないかと、俺は思う』
……そう、なのか?
『そりゃそうだろ? どうありたいのかもわからねーのは強いとか弱いじゃなくて歩き方を知らないだけさ』
……歩き、方……。
『どこへ向かうか。どうして向かうかってこと』
……どうして向かうか……。
『やったもん勝ちってことだよ。そういう意味じゃグラハムはすごいぜ。我慢をしないからな』
『ああ。私は我慢弱く、落ち着きのない男だ』
『!?』
突如聞こえてきた三人目の声にあいつは驚いていた。
おそらく私もそうなのだろうが……
現れた彼はフッと笑った。
『未来を切り開く。それは自分の意志でやらなくてはならないことだ』
……未来を切り開く。
『そうだよな。自分の人生ぐらいはやりたいようにならなきゃな』
――では、お前は? お前はなぜ強くあろうとする? どうして強い?
『俺は強くないよ。本当にまったく強くない』
ハッキリと言い切った。
あれほどまでの力を持ってなお、強くないと言う。
それが理解できない。
『けれど、もし俺が強いって言うのなら、それは――』
――それは……?
『強くなりたいから、強いのさ』
――。
『それに、強くなったら、やってみたいことがあるんだよ』
――やってみたいこと……?
『俺は、誰かを守ってみたい』
『君の矜持そのものだな』
『まぁ、そうだな。前はグラハムに助けられたから今度こそは自分のすべてを使ってでもただ誰かのために戦い抜きたい』
――それは、まるで……あの人のようだ。
『そうだな』
『君はどうだ? ラウラ・ボーデヴィッヒ』
……わからない。
私はただ、どうしても力が欲しかった。
その先は考えたこともなかった。
『私もだ』
……え?
『私も強くなったらなどと考えたことはない。まだ自分の答えも得ていないからね』
信じられなかった。
この男もまた強さの答えを見つけられていないことが。
………………。
だが、と彼は続けた。
『それでいいと私は思う。君も強さを知ることから始めればいい』
……私にできるだろうか。
『不安か?』
つい頷いてしまう。
そんな私にあの男は笑顔で言った。
『だったら、お前も守ってやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ』
そう言われて、私の胸は初めての衝撃に強く揺さぶられる。
『お前の答えが見つかるように守ってやるよ』
私は強さの答えを括目させられた。
だが同時に、ときめいて、しまった。