機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#29 居場所

 ラウラは暗闇の中で声を聞いた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

 私を弱いと言った声。

 その声が名を呼んでいる。

 そして問われた。

 

「強さとはなんだ!」

 

 力だ。

 絶対的な力だ。

 それ以外に答えなどない。

 そう答えたかったが声を出せない。

 動くこともしゃべることも自分のISに奪われてしまっていた。

 

「ただ純粋に力を求めるだけが強さか!」

 

 だが声はこちらの答えを聞いたかのように言葉を続けてきた。

 そうだ。

 私は『奴ら』を倒すために力を求め、得てきた。

 そのことを正しいとも思っている。

 

「ならば、その極みがこれなのか!!」

 

 ……それは、違う。

 確かに私は力を求めた。

 その為にすべてを差し出した。

 でもこれは――

 「違う」と叫びたかった。

 だが同時に不安を覚える。

 私の求めたものの先にあるのがこれだとしたら……。

 とたんに自分が信じてきたものがわからなくなる。

 ……強さと一体なんなんだ……

 

「ならば、括目するがいい。強さの答えの一つを!!」

 

 強さは一つではないのか……?

 もし、答えが無数にあるのだとしたら何が強さなんだ?

 だがその声が聞こえてこない。

 おい!

 強さを見せてくれるのではないのか!?

 なぜいきなり消えるんだ!?

 シュヴァルツェア・レーゲンから感じる動きは斬撃。

 ……まさか。

 答えを斬り捨ててしまったのか……?

 後悔と絶望にさいなまれたかけたそのときだ。

 視界が開け、私はその答えの一つに出会った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「う、ぁ……」

 

 まぶたの上から光を感じてラウラは目を覚ました。

 

「気がついたか」

 

 声に、ラウラは身を起こそうとする。

 その声は彼女が敬愛する千冬のものだった。

 

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」

 

 それでもラウラは無理に上半身を起こした。

 これは千冬の話題の誘導だと理解していた。

 

「何が……起きたのですか……?」

 

 瞳がまっすぐに千冬を見つめる。

 

「ふう……。一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」

 

 だがかつての弟子の性分を知っているからであろう。

 千冬はここだけの話と無言で示すと、口を開いた。

 

「VTシステムを知っているな」

 

「は、はい。正式名称は『ヴァルキリートレースシステム』。過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムですが確か……」

 

「そう、アラスカ条約によって使用はおろか、研究、開発までもが禁止にされている。それがお前のISに組み込まれていた」

 

「……私のISに」

 

「巧妙に隠されてはいたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するように細工されていたらしい。お前の場合はそこに別のものが混ざっていたのだろうがな」

 

「………………」

 

「現在、学園はドイツ軍とジオニック社に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」

 

 ラウラはきつくシーツを握る。

 顔が俯く。

 

「私が望んだから……ですか」

 

 あのときラウラは願った。

 千冬から完全を奪う弟を。

 自分を弱いと言う存在を。

 そして、『奴ら』を。

 それらをすべて打ち砕く『力』を。 

 そして、その先にあるものを。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はい!」

 

 いきなり名前を呼ばれ、ラウラは驚きも合わせて顔を上げる。

 

「お前は誰だ?」

 

「わ、私は……」

 

 その先の言葉は出なかった。

 答えは出ている。

 だが今は、ISに一度すべてを奪われた状態でははばかられてしまう。

 

「誰でもないのならちょうどいい。お前は今から……ラウラ・ボーデヴィッヒだ。この先三年間はここにいるんだ、時間はある。そのなかで見つけると良い。その先をな」

 

「あ…………」

 

 まさか励まされるとは思わなかったのだろう。

 ラウラは意外そうにポカンとしている。

 そんな表情を見てから千冬は立ち上がった。

 

「あ、教官!」

 

 咄嗟に呼び止めた。

 どうしても聞きたいことがあった。

 

「彼は……何者なんですか?」

 

「グラハム・エーカーのことか」

 

「はい」

 

 コクンと素直に頷くラウラ。

 

「とてもただの学生には見えません」

 

 千冬は少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。

 

「さぁな。クールぶった態度の下に本性を隠しきれていない軍人かぶれの青二才にしか見えんな」

 

 そう言いうと、保健室を出ようとした。

 

「それと」

 

 ドアに手をかけて、振り向くことなく再度言葉を投げかけた。

 

「お前以上に堅物軍人だな」

 

 どこか面白そうに言うと、そのまま今度こそ保健室を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふ、ふふ……ははっ」

 

 ラウラは千冬が出て行ってしばらくして、静かに笑い出した。

 ずるい姉弟だと思った。

 何せ、言いたいことだけ言って逃げたのだから。

 おまけに姉は肝心なところは隠すのだからずるいことこの上ない。

 笑いが漏れるたびに体に痛みが走るが、それさえも心地いい。

 それはまさに完全敗北の味なのだろう。

 だがそれがとても清々しくラウラは思えた。

 そう、ラウラ・ボーデヴィッヒはこれから始まるのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 食堂のテレビ画面がニュース番組からIS学園専用チャンネルに切り替わった。

 

『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、全ての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上――』

 

「どうやら、ルフィナとシャルルの予想が当たったようだな」

 

「うん」

 

「そうだねぇ。あ、一夏、七味とって」

 

「はいよ」

 

「ありがとう」

 

 時刻は夜の十時過ぎ。

 彼ら四人は試合の後、教師陣から事情聴取されていた。

 解放された時には食堂のラストオーダーぎりぎりの時間。

 急いで食堂へ向かうと話を聞こうと多くの女子が待っていた。

 食事をとったら話すとグラハムが場を収め、四人は今、夕食をとっている。

 

「ごちそうさま。本当にこの学園の料理は美味くて幸せだよな。……ん?」

 

 最初に箸をおいた一夏が何かに気付いたようだ。

 三人もそちらへと視線を向ける。

 そこは女子の集団がいた。

 だが様子が先とは明らかに違っていた。

 彼らが食堂に来た時には話を聞きたくて仕方のないという表情をしていた彼女たちだが 今はひどく落胆している。

 

「……優勝……チャンス……消え……」

 

「交際……無効……」

 

『……うわああああんっ!』

 

 何かを呆然と呟いた後、数十人が走り去って行った。

 グラハムが確認できた限りでは全員が泣いていた。

 

「どうしたんだろうね?」

 

「さあ……?」

 

 一夏とシャルルは事態を理解できていないらしく二人そろって首を傾げている。

 その二人の正面に座るグラハムとルフィナはある程度分かっているのだろう。

 そのまま食事を再開した。

 と、一夏は席を立ちあがり、先まで女子の集団がいたところまで歩いて行った。

 そこには今、箒が立ち尽くしている。

 横目でそれを確認したグラハムは何かを予測したのか目をつむった。

 そして十秒後。

 その予測は現実となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思うときがあるよね」

 

「……そう、だね」

 

「ああ。私もそう思う」

 

 三人は倒れている一夏を見降ろしてどこか呆れたように話す。

 箒に殴られた一夏は気絶していた。

 やはり彼は『付き合ってもらう』の意味を『買い物に付き合う』と言われたのだと勘違いしていたようだ。

 なぜそう思ったのかグラハムには理解できなかった。

 ――ただの買い物の話ならば試合で賭ける必要がないだろうにな。

 一夏の唐変木さ加減にあきれ果てる三人。

 

「あ、みなさんここでしたか。さっきは――織斑君!?」

 

 そこに現れたのは山田。

 彼女は一夏を見つけるなり驚きの声を上げた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「心配は無用だ山田女史。少しすれば目が覚める」

 

「そ、そうですか」

 

 本来ならば気絶している時点で問題だが、グラハムはそこを押し通した。

 

「そういえば、何か用ですか?」

 

「あ、そうでした。実は今日から男子の大浴場使用が解禁されるんです」

 

「山田女史。それは来月からだと私は聞いていたんだが」

 

「それがですねー。今日はボイラーの点検日だったんですが早く終わったので、せっかくなら男子三人に使ってもらおうということになりまして」

 

「ほう」

 

「鍵は私が持っていますから、脱衣場の前で待っていますね」

 

 では、と山田は歩いて行った。

 ――なんという僥倖!

 グラハムは内心で感極まっていた。

 武士道を志してより、日本文化に彼は憧れを抱いている。

 風呂もその一つだ。

 だがこの世界に来てより一度もまだ風呂に入っていない。

 今まで彼は部屋のシャワーでその思いを忍んできた。

 そしてついに風呂に入れる。

 しかしそれには問題があった。

 

「あ、一夏には起きたら私から言っておくから二人は先に入ってくれば?」

 

「そうさせてもらおう。……シャルル、行くぞ」

 

「え!? あ、うん」

 

 グラハムはシャルルを連れて食堂を出た。

 

「ど、どうしよう」

 

「まずは着替えをとってから大浴場へ向かおう。急がなければ山田女史に疑念を持たれかねない」

 

「そ、そうだね」

 

 二人はそれぞれの部屋に着替えを取りに戻った。

 その間二人は思案気な顔をしていたが結局いい案は浮かばなかった。

 

「では、ごゆっくり~」

 

 二人は山田に見送られながら大浴場の脱衣所の戸が閉まる。

 どうしたものか、とグラハムはため息を内心ついていた。

 グラハム自身は別に異性と入ることにはそこまで抵抗はない。

 だがシャルルは年頃の(さらに言ってしまえばグラハムの実年齢の半分もいってない)女子。

 さすがに一緒に風呂というわけにもいかない。

 

「シャルル」

 

「はっ、はいっ!?」

 

 素っ頓狂に声を上げるシャルル。

 やはり乙女だと思いながらグラハムは言う。

 

「風呂に入ると良い」

 

「え? グラハムは?」

 

「頃合いを見てから部屋に帰ってシャワーを浴びるさ」

 

 漢たるもの我慢というものだろう。

 そう思いグラハムは風呂よりも美学をとった。

 

「僕あまり好きじゃないし。でも、グラハムって結構お風呂好きそうだよね?」

 

「ああ。好きだと言わせてもらおう」

 

「――――」

 

 無言で俯いてしまうシャルル。

 見れば彼女の顔が真っ赤に染まっていた。

 

「どうかしたかね?」

 

「ど、どうも!? は、入ってよ。それにお礼もしたかったし」

 

「お礼?」

 

「え? あ、ほ、ほら、今日もボーデヴィッヒさんを止めてくれたりしてくれたから、ね?」

 

「そのことならば――」

 

「と、とにかく! お礼をしたいの僕は」

 

「………………」

 

「だから、ね?」

 

「……その心意気、感謝する」

 

 ――こうまで言われて辞退するのも無粋というもの。

 据え膳喰わぬはとも言うしな。

 ならば、入らせてもらおう。

 グラハムはシャルルの視線に入らない場所まで移動すると服を脱いだ。

 そしてシャルルに声をかけてから浴場へと足を踏み入れた。

 

「ほう……!」

 

 すばらしい。

 グラハムはあまりの感動に言葉が出なかった。

 眼前にはいくつもの風呂があり、奥には夜景が広がっている。

 これが、日本の風呂!

 シャルルには申し訳がないが、この気持ち、たまらんな。風呂よ!

 すぐに湯船につかりたい気持ちを抑えて、まずは作法通りにグラハムは身体を流す。

 桶を手に取り、窓際の一番大きな湯船の縁まで歩く。

 そこには何かが書かれている。

『温泉。源泉かけ流し。効能――』

 

「なんと!?」

 

 温泉だと!

 気持ちがだんだんと昂ってくるのをグラハムは感じた。

 風呂だけでなく温泉まで楽しめるとは――

 

「聞いてないぞ、IS学園!」

 

 ひとまずグラハムは腰を屈め桶で湯をすくい身体に掛けた。

 なかなかの熱さが体にしみるのをグラハムは全身で噛みしめる。

 何度か湯を掛けてからグラハムは浴槽に入った。

 そしてゆっくりと肩まで浸かった。

 

「ぅ――」

 

 あまりの心地よさに声が漏れる。

 そしてそのまま目を閉じた。

 グラハムは自分の身体と湯がゆっくりと一体化していくのを感じた。

 これが、極楽と言うものか。

 ホーマー司令の話に何度も出てきた極楽。

 日本の温泉につかったときにのみ味わえると言われた。

 それを今、味わっている。

 

「極楽、極楽……」

 

 まさに極楽の気分を味わっていると脱衣所の扉の開く音が響いた。

 

「一夏か」

 

 気絶していた彼が目覚めたのだろう。

 そう思いまた目を閉じる。

 濡れたタイルの上を足が歩いている音が湯気の向こうから耳に届く。

 

「お、お邪魔します……」

 

「シャルル!?」

 

 聞こえてきた声に咄嗟に振り向いた。

 頭の上にのっけていたタオルが危うく落ちかける。

 グラハムは一夏だと思っていたが、湯気の向こうから現れたのはシャルルだった。

 

「どうしたんだ、いきなり」

 

「や、やっぱり、僕もお風呂に入ってみようかなって。――め、迷惑なら上がるよ?」

 

「いや構わんよ。私は十二分に風呂というものを堪能したし後はゆっくりすると良い」

 

 グラハムはそう言うと腰を上げようとした。

 

「え、えっとその……僕と一緒だと、イヤ?」

 

「そういう意味ではないさ」

 

「そ、それにね、大事な話もあるんだ」

 

「話?」

 

「う、うん。グラハムにね、聞いてほしい……」

 

「……了解した」

 

 グラハムは上げようとした腰を沈め、再び夜景へと目を向けた。

 背後でシャルルが湯に入る音がする。

 すぐ後ろに彼女の気配を感じた。

 

「あ、あのね。僕、ここにいようと思う」

 

「IS学園にか」

 

「うん。まだどこに居ていいのか分からないし。それに――」

 

 シャルルはグラハムの背中に手を触れた。

 

「グラハムが僕の事を大切な友達だって、頼れって言ってくれたから僕はここにいようと思えるんだよ」

 

「……そうか。そう思ってくれているのか」

 

 グラハムはシャルルの言葉に微笑んだ。

 人生を通して友人と呼べる存在が少なかったからだろうか。

 シャルルもグラハムの事を友達だと思ってくれていることが素直にうれしかった。

 

「それにね、もう一つ決めたことがあるんだ」

 

「もう一つ?」

 

「僕は自分であり方を決めようって思ったんだ」

 

「……自分の意志でか」

 

「うん。どうなるかはわからないけど、自分で自分の未来を切り開いていこうって」

 

「そうか。それがいいと私は思うよ」

 

「ありがとう。……それでね」

 

 シャルルは背中に触れていた手を前に回してグラハムを後ろから抱きしめた。

 

(!?)

 

 わずかにグラハムは動揺するがそれを心の中に留める。

 

「僕のことはシャルロットって呼んで?」

 

「……シャルロット。それが君の――?」

 

「そう、僕の名前。大好きだったお母さんがくれた、本当の名前」

 

「いい名だな。シャルロット」

 

「ありがとう」

 

 そのまましばらくシャルロットはグラハムの背に身を預けていた。




すいません。
何か詰め込んじゃいましたね。

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