機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#30 嫁と師

 翌朝。

 グラハムは教室に入ったところで一夏に会った。

 

「おはよう」

 

「おはよう。……シャルルはどうした?」

 

「ん? ああ。なんか先に行ってろって」

 

「そうか……」

 

 グラハムは席に座りながら周囲を見回す。

 ほとんどの生徒が来ているのにもかかわらずシャルルとラウラがいない。

 

「み、みなさん、おはようございます……」

 

 教室に入ってきた山田はなぜかふらふらしているように見えた。

 

「SHR……を始める前に、二つほど。今日は織斑先生がいらっしゃいませんので私が代わりに授業を担当します」

 

 仕事が増えたからふらふらしているのかとグラハムは思ったが授業前からはおかしいことにすぐに気が付いた。

 そしてやはり山田に見えた疲労感の原因は違うところにあった。

 

「みなさんに転校生を紹介します。紹介と言うかし直すというか……」

 

 クラスの女子達はいつぞやのようにざわめき立つ。

 だが山田の歯切れの悪さに疑問の色も濃い。

 

「じゃあ、入ってください」

 

「失礼します」

 

 その声は皆聞いたことのある声だった。

 そしてドアが開き入ってきたのは、

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 女子制服を着たシャルロットだ。

 丁寧に礼をする彼女にグラハムを除いた全員がポカンとしたまま礼を返した。

 

「デュノア君はデュノアさんでした。ということです。……はぁ、また部屋割りを決めなければいけませんね」

 

 深くため息を吐く山田。

 

「え? デュノア君って女……?」

 

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」

 

 ゆっくりと調子を取り戻していく女子達。

 同時にざわざわと何かが波及していく。

 

「って、織斑君は同室だったよね!? 知らなかったってことは――」

 

「ちょっと待って!」

 

 一人が大声を上げた。

 

「昨日って確か、男子が大浴場使ってたわよね!?」

 

『!!?』

 

 その言葉が契機となり教室が一気に喧騒に包まれた。

 実際にシャルロットと大浴場にいたのはグラハムだがクラスの注目は一夏に集まっていく。

 一夏は嫌な予感に身を震わすが、その後ろでグラハムはいつものように冷静を装う。

 

「一夏ぁぁぁぁ!」

 

 教室のドアが轟音と共に吹き飛ぶ。

 鈴音だ。

 肩で息をしている彼女の表情はまさに烈火のごとし。

 ISを纏い、衝撃砲が最大威力での発射準備を終えている。

 

「ちょ、俺は――」

 

「死ねぇぇぇぇぇ!」

 

 問答無用とばかりに『龍砲』が放たれた。

 ――明日の朝刊の一面は俺だな。

 そんなことを思いながら一夏は人生を振り返ろうとした。

 だがいつまでたっても走馬灯が流れない。

 不思議に思い目を開けると

 

「………………」

 

 一夏と鈴音の間に立つようにラウラがいた。

 《シュヴァルツェア・レーゲン》を纏い右手を鈴音の方へ向けているところからAICで衝撃砲を止めたのだろう。

 

「た、助かったぜ、サンキュ」

 

 礼を言われたからなのか、一夏の方へ振り向いたラウラの表情が赤い。

 

「………………」

 

「ん? どうし――」

 

 その瞬間、時が止まった。

 教室にいる全員が動きを止めた。

 

 ラウラが一夏と唇を合わせていた。

 

 

「――――――」

 

「………………」

 

 唇を離したラウラの顔は真っ赤だ。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 

「……嫁? 婿じゃなくて?」

 

「日本で気に入った相手を『嫁にする』というのが習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

(なんと!? そんな風習があったとは!)

 

 冷静に事を眺めていたグラハムが何故かそこに反応する。

 さすがは武士道の国、日本! 愛する者を護るという心構えか!

 とはいうもののいつもよりも控えめだ。

 幾人の女子からの殺気が漂い始めるのを感じたからだ。

 これから始まるであろう阿鼻叫喚の様相を思い静かにため息を吐いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後。

 その後一夏はあの場にいた幾人かの女子達に強襲され、夕方になった今でも目を覚ましていない。

 一方のグラハムはシャルロットとの大浴場での件をなんとか誤魔化すことで事なきを得た。

 今グラハムはアリーナと本校舎への道の途中にある自動販売機の前に立っていた。

 ガコン、という音とともに取り口に飲み物が落ちる。

 腰をかがめて缶コーヒーを取り出すと、プルタブを開けた。

 一口飲む。

 

「…………」

 

 フッ、と笑みを漏らす。

 グラハムにとっては久しぶりのコーヒー。

 シャルロットの一件からしばらくコーヒーを飲みたいという欲求を彼は忘れていた。

 それが今となって再発したのだ。

 訓練を終え、《フラッグ》の整備をする道すがら彼は急いで自販機に向かった。

 ようやくこの世界での初コーヒーを味わい、どこか満足気なグラハム。

 

「何か飲むかね?」

 

 上機嫌のまま後ろの気配に振り返ることなく尋ねた。

 

「では、同じものを」

 

 グラハムは飲んでいるものと同じものを自販機から取り出し、後ろに振り返った。

 

「……どうも」

 

 差し出されたコーヒーをラウラは畏まって受け取った。

 

「一夏はどうだ?」

 

「まだ眠ったままです」

 

「そうか」

 

 難儀な男だ、とグラハムは思った。

 ここまでフラグを乱立させておきながら放っておくとはな。

 しかも自覚がないのだから始末におえん。

 今回の事も何故襲撃されたのか理解できずに終わるのだろう。

 そう思うと苦笑が口端に浮かぶ。

 それを消さずにラウラを見る。

 彼女は缶コーヒーを持ったまま口をつけていない。

 

「どうかしたかね?」

 

「い、いえ。いただきます」

 

 慌ててラウラはコーヒーを口にした。

 それを見てからグラハムもコーヒーを飲む。

 しばし静かな時間が流れた。

 飲み終わるのを待ってからグラハムは気になっていたことを尋ねた。

 

「一ついいかね」

 

「どうかしましたか? Herr(ヘア)・エーカー」

 

「……その口調はどういうことだ?」

 

 そう。気になっていたのはラウラの話し方。

 グラハムの事をHerrと呼び、敬語口調で話す。

 まさに千冬に対してと同じ話し方なのだ。

 

「私の記憶が正しければ、Herrは男性への敬称だと聞いている」

 

「そうです」

 

「……何故私に使う?」

 

「力を求めるだけが強さではないと私に気付かせてくれたのはHerrです。そんな相手に敬意を表さないのは軍人として、いえ人として恥ずべき事です」

 

「あれは一夏が示したのであって私ではない」

 

「ですが貴方は強さを知っています」

 

「………………」

 

 反論しようとしたがグラハムはできなかった。

 彼は強さを知っているのではない。

 見せつけられたというのが正しいだろう。

 ガンダムに乗る少年に。

 だがそれを事情の知らぬラウラに話すことはできない。

 黙るしかなかった。

 ラウラは空き缶を捨て、背筋を伸ばした。

 

「Herr、お願いがあります」

 

「お願い?」

 

 はい、とラウラは欧州式の敬礼をとった。

 

「私を弟子にしてください」

 

「………………」

 

 唐突な申し出にグラハムはしばし言葉が出なかった。

 

「……ラウラ」

 

「はい!」

 

「私は君よりもパイロット技量では劣る。残念ながら私から君に教えることは何もない」

 

「いえ、技量の話だけではありません。私は自分なりの強さの答えを見つけたいのです」

 

「それならば千冬女史か一夏に師事することを推奨しよう。以前も言ったが私はまだ自分の答えは見つけてはいない」

 

「それでも私はHerrに教わりたいのです。教官や一夏に胸を張って強さを答えられるように」

 

「………………」

 

 ラウラの瞳は真剣だ。

 言葉からも覚悟のほどが伝わってきた。

 恐らくは梃子でも動かないだろう。

 その目をまっすぐに見返し、グラハムは口を開いた。

 

「アリーナへ行くぞ」

 

「え?」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒの覚悟、態度で見せてもらおう」

 

 それは応諾の言葉。

 ラウラの表情が明るくなる。

 

「ハイ!」

 

 すでにアリーナへと歩き出したグラハムの後ろをラウラは追っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 部屋の中央に女性が一人立っていた。

 そこは暗い部屋だった。

 光源は女性の正面を囲むように投影されている幾枚ものモニターだけだ。

 

『ジオニック社から押収したIS-06FVにはVTシステムが搭載されていた。これでドイツが長期間にわたってVTシステムの研究をしていたことは明らかですな』

 

『ドイツ代表理事。貴殿がドイツ軍出身である以上、責任は免れませんぞ?』

 

『その前にフランスやアメリカといった他の国での問題を上げるべきではありませんかな?』

 

『確かに。デュノア社にアナハイム社、イギリス軍等々、ドイツよりも先に議題とすべきものは多々あるかと』

 

『VTシステムは条約での問題だ。緊急性は高い』

 

『だが――!』

 

(――くだらんな)

 

 モニターに映る中年男性たちの言い争いを千冬は冷めた目で見ていた。

 国際IS委員会。

 国家のIS保有数や動きなどを監視する委員会でIS条約に基づいて設置された国際機関。

 その委員会の首脳部である主要八か国の代表者。

 その大半が今、互いに抱ええいる問題を責め合っている。

 それは千冬から見れば実に下らないものだった。

 

『――そろそろ本題に入りませんかな?』

 

 千冬から見て右上のモニターに映る男性が手を上げて罵り合っていた他国の代表者たちを鎮める。

 

『……そう、ですな』

 

『では、IS学園代表代行、報告を』

 

 はい、と頷きながら千冬の前に小型のモニターが出現する。

 同時に各国代表の前にもモニターが現れた。

 そこには全身装甲のISが映されていた。

 

「ご覧いただいているのは《ガンダム》と呼称されるISの解析の経過報告です」

 

 表示されている機体データはクラス代表選に現れた《ガンダムスローネ》のものだ。

 代表者の表情は一人残らず驚きを禁じ得なかった。

 

『このデータは本当かね?』

 

『プログラムの自動消去まで組み込まれていたのか』

 

『まさか、《天使》が他にもあったとは……』

 

 機体の出力は勿論、装甲や武装でも現行のISを凌ぐ性能に驚きを禁じ得なかった。

 二年前に出現した《0ガンダム》、通称《天使》に対抗するために各国が開発を進めていた第三世代型機。

 だがそれすらも今回出現したガンダムにはほとんど通用しなかったうえに第三世代兵器といえるものがすでに装備されているという事実。

 中国とイギリス代表の表情は特に厳しいものだった。

 

「そしてこれが《ガンダム》の動力源と思われるものです」

 

 千冬の声とともにモニター画面が切り替わる。

 そこには白い卵型をした動力機が映されていた。

 

『これが、《ガンダム》の主要機関』

 

「刻印からGNドライヴと学園では呼称しています」

 

 無人機ということを除けば現行機との最大の違いであり、《ガンダム》の根幹をなす機 関に各国の代表はGNドライヴのデータを食い入るように見つめる。

 だがそこには彼らが望んでいたような情報は含まれていなかった。

 

『……織斑君。構造に関する情報は何もないが?』

 

「先ほど申し上げた通り、経過報告です。GNドライヴの解析が不十分であるために省かせていただきました」

 

 にべもなく言う千冬に各国の代表たちは声を荒げた。

 

『IS学園で得られた技術は協定参加国に公開する義務がある!』

 

『そうだ! 《ガンダム》の存在が世界にどれほどの悪影響を及ぼしているのか分かるだろう!』

 

『SVISシリーズの件といい貴方方はIS運用協定を反故する気か!』

 

 協定という言葉を笠に公開を迫る彼らを千冬は無表情で見つめる。

 ――詭弁だな。

 内心での彼女は侮蔑の表情を代表たちに向けていた。

 たしかに協定にはIS学園で得られた技術は共有財産としてIS運用協定参加国に公開することが学園には義務付けられている。

 世界の為と大義名分も借りているがそんなことは二の次だろう。

 仕組みやGN粒子の原理すら彼らにとってはどうでもいいのだろう。

 GNドライヴの構造データから複製をつくり、自国のISに搭載することで世界に対して主導権を握る。

 そんな我欲しか彼らの目には映っていなかった。

 

『しかし解析が不十分な状態ではあまり意味もないでしょう。私はIS学園側の判断を支持しますよ』

 

 先程、代表たちを鎮めた男がここでも冷静そのものの声で他国に落ち着くよう促した。

 

『現状はどうあれ、まずは協定が履行されていることを各国に示すべきだ!』

 

『それを率先して行わなければならない貴国がそれでは委員会の意義を疑われますぞ!』

 

『まずは落ち着くべきだと私は思いますよ。物事は穏便に済ますべきです。――IS学園側としては公表まではどのくらいかかると考えているかね?』

 

 日本国代表理事はそう言って千冬に発言を促した。

 

「解析を進めていますが光の粒子に関しては専門家を呼ばなければどうしようもない部分がありますのでどのくらいかは」

 

『では、GNドライヴそのものの方はどうだね』

 

「一基を現在分解して精査しています。もう一基の方はIS学園所属の機体に搭載して性能データの収集を行う予定です。その結果しだいですが三か月は要するかと」

 

『そんなには待てん!』

 

『貴方方は黙って協定に従えばよいのです!』

 

『それに貴国も貴国だ! 二度も《ガンダム》の侵入を許したうえでこのような真似が許されるとでも!?』

 

『貴国にはIS学園の情報を秘匿する権利はない! そのことを承知の上で学園の行いを認める気ですか!』

 

『――私は()便()に済ませるべきだと申し上げたはずだが?』

 

 突如、冷えた声音で発せられた言葉に各国代表ははたと動きを止めた。

 彼らの表情は何かにおびえたような色を浮かべている。

 ――なんだ?

 今まで言いたい放題にしていたのが嘘のように全員が黙り込んでいる。

 その様子に疑問を持った千冬をよそに日本代表は静かに言葉を発した。

 

『ここに集まっている八ヵ国すべてが問題を抱えていることをお忘れではありませんか?』

 

 それに、と言葉を続ける。

 

『前アメリカ代表者の件もお忘れになったわけではありますまい』

 

『ま、まさかアレを――』

 

『穏便という意味合いをお間違えの無き用』

 

 では、と七ヵ国の代表理事をぐるりと見回すと彼は定例会議終了を宣言した。

 それと同時に投影型モニターが切れ、千冬の周囲の空間が明るくなっていった。


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