機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#32 買い物

「付き合ってもらってすまなかったな、シャル」

 

「ま、まあ、お安い御用だよハハハ……はぁ………」

 

 どこかシャルロットの返事には陰鬱な陰りが窺える。

 グラハムが彼女を連れてアリーナで《GNフラッグ》のテストに向かった時からこのような状態が続いていた。

 原因の八割以上はグラハムにあるのだが本人にはその自覚がなく、ただただ内心で首を傾げるばかりだ。

 だがこのままどんよりとした雰囲気のままは由とせず、口を開いた。

 

「シャル」

 

「……何?」

 

「日曜日に予定はあるかね?」

 

「ないけど……」

 

「なら、私の買い物に付き合ってもらえるだろうか?」

 

「え? ぼ、僕と二人で?」

 

「そういうことになるな。君が誰かを誘いたいのならそれでも――」

 

「僕も買いたいものがあったし、行こうよ! 二人で!!」

 

 先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべるシャルロット。

 何故か二人と言う言葉を強調するがグラハムは空気が良くなったことに満足して大して気にしていなかった。

 

「じゃ、じゃあレゾナンス前の広場に十時集合ね?」

 

「構わないが……」

 

 寮から一緒の方が無駄がないのでは、とグラハムは言おうと思ったが、

 

「えへへッ♪」

 

 嬉しそうなシャルロットの表情に憚れた。

 まあ、それもいいか。

 グラハムは笑顔満開なシャルロットの横顔を見て、つられるように微笑んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あえて言おう。晴れであると!」

 

 週末の日曜日。

 グラハムは街に出ていた。

 来週に控えた臨海学校の準備のためだ。

 あまりこの手の行事には縁のなかったグラハムは助っ人と街の駅で待ち合わせをしていた。

 時計に目をやる。

 午前九時三十二分。

 約束の十時までには十分な時間がある。

 正直、彼は学園最寄りの駅で待ち合わせをすればいいような気がしたが、助っ人がここを選択したのだ。

 ――乙女心というものは複雑だな。

 乙女座でも理解しきれたものではないな。

 時間を潰そうと彼は少し駅前を歩くことにした。

 ターミナル駅だけあって駅前には待ち合わせ場所によく使われる広場があり、街のメインストリートともいえる大きな道へと繋がっている。

 駅舎からは直接巨大なショッピングモールに行けるようになっているがこちらもなかなかの賑わいを見せている。

 

「む?」

 

 二、三分歩いたところでグラハムは見知った二人組を見つけた。

 一夏と鈴音である。

 どうやら彼らも買い物のようである。

 一夏がどう思っているかはともかくとして鈴音は間違いなくデートのつもりだろう。

 水を差すなどという無粋なまねはしないさ、と二人から距離をとろうとした時だ。

 一人の男性が二人に寄ってくる。

 明らかに不良とわかる出で立ちのその男が二人に絡む。

 喧嘩腰の鈴音を一夏が庇うように不良と向き合っている。

 目の前の友人たちの危機を見逃す程私は薄情ではない。

 そう思い、グラハムは彼らの元へ歩を進めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハムパンチ!」

 

 グラハムの強烈な左ストレートが相手の顔面を捉える。

 

「ハムキック!」

 

 続いて鳩尾を鋭く蹴り上げた。

 

「ハムチョップチョップチョォップ!」

 

 たまらず体を屈めたところに手刀が三連続で首に浴びせられた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 友人の危機を救ったグラハムは颯爽とその場を後にし、集合場所へ戻っていた。

 時刻は九時四十八分。

 まだ約束には十分はある。

 そこにシャルロットがやってきた。

 

「ご、ごめん。待った?」

 

「いや。私も今来たところさ」

 

 男の常とう文句ともいえるこのフレーズ。

 グラハムとしては嘘をついたつもりはない。

 集合場所へは喧嘩番長を倒してから来たので待ったという感覚はなかった。

 

「まだお店が開くまで時間があるね……」

 

 シャルロットが自分の時計を見る。

 グラハムはシャルロットを眺めた。

 いつものようにしっかりと服を着こなしそれでいてお洒落である。

 彼はシャルロットの私服を初めて見たがやはり女子に戻ったのは正解だったと思った。

 ――男装だと私服も好きにはできなかっただろうしな。

 小さなことだが自分で切り開いている。

 自然とグラハムの口元に笑みが浮かぶ。

 

「えっと……どこかおかしいかな?」

 

 視線に気づいたのかシャルロットが尋ねる。

 

「いや。やはり君は女性だと思ってね」

 

「………………」

 

 正面から告げられて顔をわずかに俯かせて赤くなるシャルロット。

 だがグラハムは腕時計に目を向けてたためにその変化には気づかなかった。

 

「うむ。今からならちょうどいいだろう。行くか」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

 歩き出そうとしたところで呼び止められる。

 

「手、繋いで」

 

「確かにつないだ方がいいだろうな」

 

 完全に意図を取り違えているグラハム。

 やはり彼も相当な唐変木かもしれない。

 手を差し出され、シャルロットがぎこちなく自分の手を重ねた。

 

「い、行こっ!」

 

 自分の表情を気取られたくないのか、それとも恥ずかしいのかシャルロットはグラハムを引っ張るように歩き出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 一夏と鈴音、グラハムとシャルロットのそれぞれがショッピングモールへと入っていくのを八つの瞳が捉えていた。

 

「アレは……デートなんでしょうか?」

 

「はっきりと言えばそうだろうな」

 

「そ、そんなはっきり言わなくても……」

 

「あの軟弱者が! あんなに表情を崩した上に、手を繋ぐなどと……!!」

 

 上から

 引きつった笑顔のセシリア。

 冷静ないつも通りのラウラ。

 顔を赤らめているルフィナ。

 その背に阿修羅の見える箒。

 である。

 

「よし、行くぞ」

 

「ああ!」

 

 ラウラと箒が見失うまいと移動を始める。

 

「ほら、行きますわよルフィナ」

 

「え? ちょ、ちょっと……?」

 

 明らかに巻き込まれているだけのルフィナをセシリアが引っ張っていく。

 こうして駅前で結成された隠密集団が二組の男女を追う。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムとシャルロットは互いに必要なものを順を追って買って行き、最後の目的地、水着売り場に来ていた。

 因みにグラハムは当初、水着は学園指定のいわゆるメンズスパッツで行こうと考えていたが女性陣に海を分かっていないと怒られた。

 彼は一旦シャルロットと別れ男性用水着の売り場へと向かう。

 そこにはさまざまな柄や色の水着が並んでいた。

 派手な色や奇抜な模様のものが多いがそれには目もくれない。

 ただ一直線に奥へと向かう。

 奥にはシンプルな色合いの水着が並ぶコーナーがあった。

 その中でもグラハムは遠目に見て一瞬で心奪われた水着があった。

 黒のそれは左に雷のような黄色の細長い模様が入った一品。

 ――フラッグだ。

 グラハムは一目でそう思った。

 カスタムフラッグを彷彿とさせる美しい黒にフェイス部分の発光パターンのような黄色のライン。

 奪われた。

 ああ、奪われたとも。

 この水着に心奪われた!

 水着を手に取るとすさまじい速さで一直線に会計へと向かい、流れるような動きでレジ台に丁寧に置いた。

 

「この水着を頂こう!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは水着の入った袋を左手に持ち少し上機嫌だった。

 

「グラハム」

 

 そこへシャルロットが女性ものの水着コーナーから出てきた。

 その手には袋もなければ水着も持っていない。

 

「水着はどうした?」

 

「えっとね、水着どれがいいか迷っちゃって。……見てくれる?」

 

「私でいいなら構わないが」

 

 そう返事をするやいなやグラハムの手をシャルロットが引っ張る。

 そのまま気づけば二人は試着室の中にいた。

 なんと!?

 さすがにグラハムも事態を呑み込む。

 

「シャル。どういうことか説明を願いたい」

 

「ほ、ほら、水着って着てみないとわかんないし、ね?」

 

「なら、私が入る必要は――」

 

「だ、ダメ。あんまり人には見られたくないし……でも――」

 

 その後の言葉はごにょごにょとグラハムの耳には入らなかった。

 だが上目づかいに見てくるシャルロットに彼は浅く息を吐き背を向けた。

 頼れと言った手前、撥ねつけるわけにもいかないな。

 

「早くしたまえ。私は我慢弱い」

 

「う、うん」

 

 幾度か布の擦れる音がした後、

 

「ど、どうかな」

 

「うむ」

 

 シャルロットはライトブルーの水着を着ていた。

 

「似合っているとは思うが、しっくりこないな」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 着替えを始める一瞬早くグラハムはまた背を向ける。

 

「着替えるならば一言言ってくれ」

 

「ご、ごめん」

 

 先程よりも短い時間で着替えが終わる。

 

「これ、なんだけど……」

 

 今度は黄色の水着を着ている。

 うむ、とグラハムは頷いた。

 

「なかなか似合っているではないか。そちらの方が私は好きだな」

 

「じゃ、じゃあ、これにするねっ」

 

 顔を朱に染めてシャルロットがうれしそうに言う。

 

「では、私は先に出ていよう」

 

 そう言ってグラハムは試着室から出る。

 そこにいたのは――

 

「何をしているんだ、お前たちは」

 

「千冬女史……」

 

 頭に手を当てて呆れたようなそぶりをしている千冬だった。

 手には水着を二着持っていることから水着を買いに来ていたようだ。

 

「一応聞くが、お前たちと言うのは私とシャルだけではないだろう?」

 

「ああ。……オルコット、スレーチャー。お前たちもだ」

 

 柱の陰から二人が出てきた。

 

「篠ノ之といいなにをしているんだ」

 

「ええと、いろいろありまして……」

 

「し、失礼します!」

 

 脱兎のごとく二人は走り去っていった。

 それを横目に見送るとグラハムの眼前に白と黒の水着が突きだされていた。

 

「一夏にも聞いたんだがお前はどう思う」

 

 どうというのはどちらいいかということなのだろう。

 グラハムは少し考えてからフッと笑みをこぼした。

 

「黒だな。君に合うMSも黒色だしな」

 

「ふむ、お前も黒か」

 

「一夏も黒を選んだのか?」

 

 グラハムは少し驚いた。

 黒の水着は白のと比べて肌の露出が多い。

 シスコンの一夏なら姉の身を気にして白を選ぶとばかり彼は思っていた。

 

「――いや違うな。君が言い直させたのか」

 

「さて、何の事だろうな?」

 

 ニヤリと笑みを残して千冬はレジの方へ歩いて行った。

 まったく。

 この姉にして弟あり、か。

 ふっ、と笑いをこぼしながらその背を見送ると振り返らず、

 

「シャル、もう出てきても構わんよ」

 

 そう言うと試着室からシャルロットが出てきた。

 

「着替えが終わったのならば出てくればいいと私は思うのだが……」

 

「で、でもやっぱり恥ずかしいし」

 

「ま、構わないがね」

 

「じゃ、じゃあ、買ってくるね」

 

「ああ、行ってくるといい」

 

 グラハムに見送られて、シャルロットもレジへと小走りで向かっていった。


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