機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#33 臨海学校

 カーブした県境の長いトンネルを抜けるとそこには海が見えた。

 

「おー。やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ」

 

「ああ。実に久しぶりの海だ」

 

 臨海学校初日。

 バスに前後で窓側に座る一夏とグラハムが声を上げた。

 なかなかの絶景に女子達もはしゃいでいる。

 

「どうだ、シャル。いい眺めではないか」

 

「う、うん? そうだねっ」

 

 グラハムは隣に座るシャルロットにも声を掛けるが返事を聞く限りあまり話を聞いているという感じではない。

 因みにグラハムと一夏は最初隣で座っていた。

 前後右の女子達とも話をしながらバス旅行を満喫していた。

 だが女子達のゲームの景品に彼らの隣に座る権利が出されてから状況が変わってしまう。

 彼女たちは男子の隣の席を得るために全員が本気でゲームに参加した。

 その鬼気迫る様子に軽く恐怖を抱きながら戦いの行く末を眺める二人。

 結果としてグラハムの隣をシャルロットが一夏の隣を箒が手に入れた。

 しかし勝者二人はせっかくの権利を得たのにあまり男子に話しかけていない。

 

「向こうに着いたら泳ごうぜ。箒、泳ぐの得意だったよな」

 

「そ、そうだな。昔はよく遠泳したものだな」

 

 箒は一夏の隣でそわそわしている。

 一方でシャルロットはずっと手首に着けたブレスレットを見ている。

 

「そんなに気に入ってくれたのか、ブレスレット」

 

「えへへ~♪」

 

 グラハムの問いにただただ笑みを漏らすだけのシャルロット。

 銀色に輝くそれはグラハムがプレゼントしたものだ。

 先日の買い物の際に礼として購入したものだがここまで喜ばれるとは思っていなかったらしく少々意外そうにその様子を眺めていた。

 

「まったく、シャルロットさんたら……不公平ですわ」

 

 反対に機嫌が若干悪そうに言うのはセシリアだ。

 彼女は通路を挟んで隣に座るシャルロットをどこか恨めしそうに見ている。

 しかもその羨望の視線を向けていたのはセシリアだけではなかった。

 

「………………」

 

 グラハムのちょうど真後ろの席。

 ルフィナが座席の上に目だけを出して羨ましそうにシャルロットの左手首の一品を眺めていた。

 そんな二人の言動に対してグラハムはあることに思い当たった。

 彼がシャルロットに贈り物をしたのは買い物や《GNフラッグ》のテストなどへの感謝である。

 だがセシリアとルフィナの二人は春からずっと彼のIS操縦の特訓に付き合ってくれている。

 なのに礼の一つも贈っていない。

 これは確かに不公平だとグラハムは思った。

 

「確かに、君たちにも礼をするべきだったな。次の機会にさせてもらおう」

 

「や、約束ですわよ?」

 

「男の誓いに訂正はない」

 

 グラハムの宣誓に満足したのかセシリアは引き下がった。

 

「ルフィナもそれでいいだろうか」

 

「うん……」

 

 後ろを振り返りルフィナの目をしっかりと見て言う。

 その誠意が伝わったのだろう。目に喜びの感情を浮かべながら座席に着いた。

 笑みを残して視線を窓に戻そうとしたグラハムだが一夏が席を立ったのに気が付いた。

彼の視線をたどるとセシリアの隣に座るラウラの様子がおかしいことに気が付いた。

 

「………………」

 

「おい、ラウラ。おーい」

 

 一夏はラウラの顔を覗き込んだ。

 

「!? ち、近い! 馬鹿者!」

 

 突如気が付いたラウラは掌で一夏の鼻を押し返す。

 顔がわずかに赤みがかっているが彼の反応からして風邪程度にしか思っていないのだろう。

 相変わらずだと思いながらグラハムは視線を窓へ向けた。

 太陽の光を反射して海が輝いて見える。

 ――本当に久しぶりだな。

 グラハムが最後に海を見たのは前の世界で《ブレイヴ》の大気圏内試験飛行をした際に大西洋上空を飛んだ時だ。

 任務のとき以外でこうやって眺めるのはもう十二年ほど前までさかのぼる。

 スレーチャー少佐の娘さんと行ったときだったと彼は記憶している。

 あのときは恥をかいたものだ。

 もともとグラハムは泳ぎが得意でなかった。

 それでも足を攣って溺れるというのは非常に恥ずかしいものだった。

 助けてくれたのが娘さんだったというのがそこに拍車をかけた。

 後日、少佐に怒鳴られたのを思い出し、グラハムは人知れず苦笑した。

 ちなみに同じスレーチャー性であるルフィナは彼の後ろの席で海の先にある岬を眺めていた。

 その表情は青く、冴えない。

 ルフィナは昔から車には弱かった。

 車社会であるアメリカでは毎日の移動が彼女にとって難題であった。

 そんな娘のために軍人をしていた父親がよくVTOL機で送り迎えをしてくれた。

 勿論、無断使用であるために軍法会議ものだったのだがどういうわけか父親が処罰されることはなかった。

 そんな父の事を思い出しながら酔いを和らげようとしていると窓に何か映っていた。

 

「……?」

 

 あまり近くの景色を見るのはよくないことは経験済みだが何故か気になり窓に視線を移した。

 

「………………」

 

 窓に映るグラハムの笑みを見て顔を下に向けてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 バスが目的地の旅館に着いた。

 

「ここが今日から世話になる花月荘だ。従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくおねがいしまーす』

 

 千冬の言葉の後、一年生全員が挨拶をする。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生の皆さんも元気のよい方たちですね」

 

 花月荘を毎年学園は利用していることもあり、着物姿の女将も挨拶を返す。

 一通りの説明が済み、生徒達が旅館の中へと入っていく。

 一夏とグラハムは部屋についてまだ聞かされていなかったために千冬の横で控えている。

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

 女将と二人の男子の視線が合った。

 

「ええ、今回初めての男子となります。お前ら挨拶をしろ」

 

「お、織斑一夏です」

 

「グラハム・エーカーです」

 

 あいさつを済ませた後、二人は千冬の後をついていく。

 旅館の中は最新設備を備えていながらも歴史ある和の趣を決して損なわない美しい装飾を施されていた。

 

「おお! これが本場の旅館か!」

 

 グラハムが初めて日本に来た外国人のような反応をしながら軽くはしゃいでいる。

 そんな様子を女子達はくすくすと見つめている。

 

「騒ぐな馬鹿者!」

 

 千冬の手刀が飛ぶも難なく回避するグラハム。

 そのまま絵画やらなんやらに目を奪われ自分の世界に入りながらも後についていく。

 

「ここだ」

 

「ずいぶん奥に来たな」

 

 彼らの部屋は建物の端。

 さらには他の生徒たちの部屋までに教員室が二部屋間に入っている。

 

「普通に用意したら確実に就寝時間を無視した女子どもが押し寄せるだろうという話になってな。私の部屋の隣と言うわけだ。ちなみに山田先生はその隣だ」

 

「はい」

 

「了解」

 

「あとは自由時間だ。どこへでも遊びに行くがいい」

 

 千冬からの説明を受けた二人は部屋に荷物を置くと海へと向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムと一夏は用意された更衣室で着替えた。

 一夏はネイビー色の、グラハムは先日購入したフラッグカラーの水着を穿いている。

 

「さて、行くか」

 

「よしっ!」

 

 二人は更衣室を出た。

 男子用の更衣室は女子更衣室の並びの奥にあるために、それらの前を横切ることになる。

 

「ルフィナって胸おっきーよねー」

 

「それに水着もだいたーん」

 

「や、やめ………」

 

 突如響いた声に二人はビクッと肩を震わせた。

 この手のことが苦手な一夏は小走りで駆け抜け、その後ろをグラハムが後を追った。

 忘れていたがルフィナはアメリカ人。

 日本人よりも派手な水着できてしまったのだろう。

 グラハムは内心で合掌する。

 そんなこんなで二人はなんとか浜辺に着いた。

 薫る潮風にグラハムは思い切り伸びをする。

 日差しも強く、絶好の海日和である。

 

「一夏~っ!」

 

 準備運動を始めようとしたとき、更衣室の方から鈴音が走ってきた。

 そのまま一夏に飛び乗る。

 

「ちょっ、なにすんだよ鈴!」

 

「何って、移動監視塔ごっこ」

 

「ごっこって……てかお前も準備運動しろよ」

 

「いいじゃん。一夏、向こうのブイまで競争ね。負けたらおごりだからねー!」

 

「お、お前な――」

 

「よーい、どん!」

 

「おい、待てよ!」

 

 一夏の反論など聞くはずもなく、走り出した鈴音。

 そのままなし崩し的に彼は追いかけて行った。

 ふっ、若いな。

 すぐに小さくなった後ろ姿をグラハム(34歳)は見送った。 

 

「グラハムさん」

 

 セシリアだ。

 彼女はブルーのビキニを着ている。

 

「ちょっとよろしいでしょうか」

 

 グラハムは頷くと、近くに準備されていた簡易的なビーチパラソルの陰に入った。

 シートに腰掛けるとセシリアが何かを差し出してきた。

 

「サンオイルを塗っていただけないでしょうか?」

 

「別に私は構わないが……」

 

「で、では」

 

「先に言わせてもらうが私は手の届かない範囲しかやらないが構わないな?」

 

「ええ、それで――」

 

 とそこでセシリアは言葉を切った。

 何かを見ているようだ。

 その方向を見ると――

 

「………………」

 

「ル、ルフィナさん?」

 

 顔を真っ赤にしてふらふらしているルフィナがいた。

 どこか息も荒い。

 慌ててグラハムとセシリアが駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですの?」

 

「……はぅ」

 

 どこか艶がかった吐息を漏らすだけで言葉が出ないようだ。

 何が起きたのかなんとなくグラハムは察したがルフィナの為を思い黙ることにした。

 

「日射病か何かかもしれないな。セシリア、休ませてあげてくれ」

 

「え、ええ。そうですわね」

 

 セシリアが頷くのを確認してからグラハムはルフィナを支えてパラソルの陰に入れてやる。

 

「あ、ありが……とう……」

 

 弱々しく礼を述べるルフィナ。

 頭を撫でてやってからグラハムは立ち上がった。

 

「何か、飲み物を買ってこよう」

 

 そう言うとグラハムは更衣室のある宿の別館へと歩き出した。

 ――やはり、水着が悪かったな。

 ルフィナの着ていた水着はかなり大胆な代物で見る限り他の女子達とは一線を画していた。

 性格はアメリカ人らしからぬ控えめな彼女だが感性はやはりアメリカ人のそれだったことが災いしたようだった。

 

「あ。グラハム」

 

 飲み物を買い、砂浜まで戻ってきた辺りで声を掛けられた。

 

「シャルか」

 

 そう言いながら振り向いたグラハムの前に未知が待っていた。

 

「そのタオルのミイラはなにかね?」

 

 シャルロットの隣にはグラハムの言葉そのものの存在がいた。

 何枚ものバスタオルで全身を覆い隠している。

 

「なんだ、そのバスタオルお化け」

 

 一夏が来た。

 ただ鈴音はいない。

 

「鈴はどうした?」

 

「溺れたみたいだったから休ませてきた」

 

 成程、と頷きながらも一夏の声にミイラがビクッと身を震わせたのを見逃さなかった。

 この身長でこの反応。

 ラウラか。

 だがどうしたことかいつもの彼女は鳴りを潜めているようだ。

 

「ほら、出てきなってば。大丈夫だから」

 

「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める」

 

 バスタオルの中から

 どうやら恥ずかしがっているようだ。

 だが、せっかく着たのだ。

 一夏に見てもらわねば意味がないだろうに。

 そう思ったグラハムは『私に任せろ』とアイコンタクトを二人に送った。

 

「ラウラ」

 

「は、はい!」

 

 途端にかしこまるラウラ。

 あの日以来、Herr呼びはやめさせようとしたがさらに悪化して今では上官のように彼女はグラハムに接していた。

 

「タオルを取りたまえ」

 

「で、ですが……」

 

「何が君をそうさせているのかは知らないが、評価というものは自己完結するものではない。君がその恰好をしたいと思わせる相手の評価を受け入れる強さは君にはあると私は思っている」

 

「……Herrがそうおっしゃるなら」

 

 渋々と一枚をとると後はかなぐり捨てるように数枚を取っ払った。

 ラウラは黒のレースをふんだんにあしらわれた水着を着ていた。

 普段はただ伸ばしただけの髪も左右で一対のアップテールになっている。

 

「お、似合ってるじゃん、ラウラ」

 

 一夏の言葉にラウラは顔を赤くする。

 

「しゃ、社交辞はいらん」

 

「いや、世辞じゃねえって。なあ、グラハム」

 

「その通りだな。彼は嘘を吐く人間ではないだろう?」

 

「そ、そう、か……?」

 

 もじもじと上目づかいに一夏を見るラウラ。

 そんないじらしいラウラをシャルロットはうんうんと頷いている。

 

「そうそう。あ、この髪型は僕がセットしたんだよ」

 

 ほう、とグラハムは感嘆した。

 

「ラウラをここまで変えてしまうとは、さすがだな」

 

「えへへ」

 

 笑いながらくるんとまわって見せる。

 シャルロットはグラハムが選らんだ黄色の水着を着ていた。

 

「シャルも似合っていると言わせてもらおう」

 

「うん。やっぱりグラハムが選んでくれてよかったよ」

 

 面と向かって言われてやはり恥ずかしかったのだろう。

 髪をいじるシャルロット。

 その手首には光るものがあった。

 

「ブレスレットを気に入ってもらえるとは贈った甲斐があるというもだが、海に入れば錆びるだろう」

 

「大丈夫だよ。ちゃんと保護コートしてあるし、後で海水は洗い流すから」

 

「そこまで丁寧に扱わるとは、そのブレスレッドも冥利に尽きるというものだろう」

 

「ほ、ほら。グラハムがせっかくくれたものだから、ね?」

 

 何故最後が若干疑問形なのかはグラハムにはわからなかったがそこまで大切にしてもらっていることを素直に喜ぶことにした。

 そのまま四人はルフィナ達の待っているパラソルへと戻った。

 その後も彼らはビーチバレーをしたり泳いだりと楽しいひと時を過ごした。




やっぱりこういう場面は苦手ですね。
変だと思うところがあれば上げてください。

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