機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#38 敗れし者

 グラハムが指定されたポイントへ到着するとすでにルフィナが着いていた。

 彼女の表情は暗い。

 

「二人はどこだ」

 

「………………」

 

 ルフィナは目を下におろした。

 習って視線を下に移すと一艘の船が停止していた。

 その甲板上にはセシリアが乗組員らしき数人と話をしていた。

 さらにその近くには二人が倒れていた。

 

「……密航船に助けられるとは、皮肉だな」

 

 と、鋭い視線を船に向ける。

 少なくともセンチメンタリズムな運命を感じることはなかった。

 話が終わったのだろう、二人を両脇に抱えてセシリアが上がってきた。

 

「二人は?」

 

「箒さんの方は特に問題はありませんでした。ただ――」

 

「一夏の状況は悪いか」

 

 ええ、とセシリアが沈痛な面持ちで頷いた。

 

「正直、ISの機能がなければどうなっていたかわかりません」

 

「そんな……」

 

 絶句するルフィナ。

 

「ともかく、帰投しよう。セシリア、一夏を」

 

「ええ、お願いしますわ」

 

 一夏をセシリアから受け取った際に彼のひどい状況が目に入った。

 包帯が巻かれてはいたが粗悪品なのか背中を中心に各所は焼け爛れているのがおぼろげながらに見えた。

 その様子をグラハムは目を逸らすことなくジッと焼き付けるように見る。

 一夏を脇に抱えチャンネルを開く。

 

「こちらグラハム・エーカーしょ――だ。一夏と箒の回収完了。これより帰投する。なお、一夏は重症。医療班の待機を頼む。また密航船を確認、教師陣に対応を求める」

 

『は、はい。了解しました……』

 

 明らかに気落ちしている山田からの返答を受けてからグラハムを先頭に三人は旅館へと帰投していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは帰投後、その足でブリーフィングルームへと直行した。

 

「千冬女史」

 

「戻ったか」

 

 出迎えた千冬の表情はいつも以上に硬い。

 無理もないとグラハムは思った。

 今、弟である一夏は意識不明。

 医療班による集中治療を受けているのだ。

 そのことを表に出すまいと無意識に目つきが鋭くなっているのだろう。 

 だがグラハムはそれには触れなかった。

 

「任務ご苦労。それで、敵はやはり」

 

「お察しの通りだと言わせてもらおう」

 

 だが、とグラハムは重々しく付け加えた。

 

「《ヴァラヌス》だけではなく《0ガンダム》もいた。だが結局目的他を知るまでには至らなかった」

 

「そうか……」

 

 そう答える千冬はいつも通りのようで機微の差だが覇気を感じられなかった。

 

「………………」

 

「……千冬女史。一夏達に何が起こったんだ?」

 

 千冬は表情を曇らせた。

 少し考えるそぶりの後、メモリーチップをグラハムに差し出した。

 

「この中に入っている。ただしこれを許可なく公開すれば委員会からの監視が着くことになる」

 

「配慮、感謝する」

 

「それと、お前は他の専用機持ちと同じく別命あるまで待機だ」

 

「了解した」

 

 グラハムは一礼をしてから部屋を辞した。

 廊下を歩きながら情報端末にチップを差し、記録されていた戦闘映像を見た。

 一夏が箒の攻撃から密航船を庇おうとし隙を生んだ。

 そこに《福音》が箒へと攻撃を放ち、それを一夏が身を挺してダメージを一身に受けた。

 そして一夏が箒を抱きしめるように海面へと堕ちたところで映像は途切れた。

 見る限り、責任が誰にあると言えばこの作戦要員全員だろう。

 教師陣は密航船の侵入を許した。

 一夏は密航船に気をとられ作戦の要である『零落白夜』を失った。

 箒は……言うまでもないな。

 それにしても見たところ、ガンダムの介入は見られない。

 ならば、あのガンダムは一体――。

 

『グラハム(さん)』

 

 通路の反対側からルフィナとセシリアが来た。

 

「二人はどうだ?」

 

「箒さんは意識を取り戻したんですが、放心状態なのか完全に無反応で……」

 

「一夏は今も昏睡状態ってドクターが……」

 

 そうか、とグラハムは厳しい表情で頷いた。

 

「他の皆は?」

 

「一応言われた通りには待機しているみたい」

 

「あの、グラハムさん。一夏さんたちに何があったのか織斑先生から聞きませんでしたか?」

 

 どこか躊躇うような面持ちで尋ねるセシリアにグラハムは情報端末からチップを抜き取ると差し出した。

 

「この中に入っている。私はもう見たから好きにするといい」

 

 先の約束をいきなり破るような行為。 

 だがグラハムはそうすることを前提に千冬は渡したのだろうと思っていた。

 勿論、映像を冷静に見られる自信がないというのもあるだろうとも彼は思った。

 セシリアが受け取るのを確認すると歩を進めだした。

 

「ど、どこいくの?」

 

「《フラッグ》の整備だ。おそらく数時間はかかるだろうから何かあったら連絡してくれ」

 

「一夏さんのところへは?」

 

「……おそらく箒がいるだろう。今はそっとしておくべきだ」

 

 それと、とグラハムは真剣な表情で二人に一言落とした。

 

「無策で追うな」

 

 そう言い残しグラハムは臨時で設けられたIS整備場へと歩いて行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 旅館の一室。

 そこはIS学園の医療班が用意したいくつかある救護室の一つとなっていた。

 その部屋に設けられたベッドの上にはいくつかの医療機器に繋がれた一夏の姿があった。

 壁に掛けられた時計は四時を指そうとしている。

 生命の危機はすでに脱してはいたが今も彼は目を覚ましていない。

 

「………………」

 

 ベッドの隣の椅子には箒が座り込んでいた。

 対福音作戦でリボンを失い、統制のきかない髪が俯いた顔を御簾のように覆い隠していた。

 もう何時間も彼女はこうしていた。

 何度一夏との思い出を思い浮かべただろうか。

 その中の彼は常に笑顔を見せていた。

 だがベッドに横たわる彼はただ目を閉じ表情を失っていた。

 箒の目線が左手首に行く。

 金と銀の鈴がついている二本の赤い紐。紅椿の待機状態だ。

 不意にグラハムが言っていたことを思い出した。

 

『紅椿の性能に浮かれ力というものをないがしろにしている』

 

 一夏が危険にさらされると彼は言った。

 本当にそうだ、と今さらながらに箒は思った。

 私は力を得たと過信して浮かれていたのだ。

 そうでなければ、一夏がこんな目に合うことは――

 悔やんでも悔やみきれない。

 今までも彼女は剣道や剣術の場において力を得るとそれを振るいたくなる衝動に駆られてきた。

 それがついに最悪の事態を招いてしまったのだ。

 

(力を私は得てはいけないんだ……)

 

 私はもう――

 ある決心をつけようとしたとき、ドアが乱暴に開く。

 相応の音が鳴るがその方向に視線を向ける気力はない。

 

「あ~、あ~、分かりやすいわねぇ」

 

 遠慮のかけらもなく入ってきたのは鈴音だ。

 あのさ、と彼女は前置きを入れてから話しかけた。

 

「一夏がこうなったのあんたのせいなんでしょ?」

 

 すでに鈴音を含む専用機持ちたちはグラハムが預けたデータによって事の次第を知っていた。

 

「………………」

 

「で? 落ち込んでますってポーズ? ――っざけんじゃないわよ!」

 

 鈴音が箒の胸倉を掴み、無理矢理に向き合った。

 

「やるべきことがあるでしょうが! 今戦わなくてどうすんのよ!!」

 

「私は、もうISは……使わない……」

 

「ッ――!」

 

 頬を叩く鋭い音とともに箒は床に倒れる。

 それを鈴音が再度締め上げるように正面から向き合わせた。

 

「甘ったれてるんじゃないわよ。いい!? 専用機持ちっつーのはね、そんなワガママが許されるような立場じゃないのよ!! ――それともアンタは……戦うべきに戦えない、臆病者なわけ!?」

 

 臆病者という言葉に箒の瞳に、心に火が点いた。

 闘志が燃え上がり、声を大きく上げた。

 

「ならどうしろと言うんだ!?もう敵の居所もわからない!戦えるなら、私だって戦う!!」

 

 ようやく自分の意志で立ち上がった箒に鈴はため息をついた。

 

「やっとやる気になったわね。…あ~あ、めんどくさかった」

 

「な、何?」

 

「場所ならわかるわ。今ラウラが――」

 

 言葉の途中でちょうどドアが開く。

 そこに立っていたのはラウラとルフィナだった。

 

「出たぞ。ここから三十キロ離れた沖合の上空だ」

 

「アメリカとドイツの衛星がそれぞれ同一ポイントに目標を確認したって。開発元のアナハイム社によればステルスは対レーダー用しかなく、光学迷彩も攪乱も持っていないみたいだから間違いないよ」

 

「さすがはドイツ軍とアメリカ軍。仕事が早いわね」

 

「そういうお前の方はどうなんだ。準備はできているのか」

 

「当然。甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済み。シャルロットとセシリアは?」

 

「こちらも完了していますわ」

 

「僕も準備オーケーだよ」

 

 女子の専用機持ちが全員、一つの部屋に集まった。

 その全員が箒へと視線を向ける。

 

「で、あんたはどうする?」

 

「私は……戦う、戦って勝つ。今度こそ負けはしない!」

 

「決まりね」

 

 ふふんと腕を組み、鈴は不適に笑う。

 闘志を燃やす専用機持ちたち。

 だがその場にはもう一人の専用機持ちがいなかった。

 

「グラハムはどうするんだ?」

 

「彼の出撃は無理だ」

 

 箒の疑問にラウラが答える。

 

「Herrは別任務で出た際、ISに損傷を得て現在も修理を終えておられない」

 

「それに、警戒のために一人は専用機持ちが残っていた方がいいと思う」

 

 ルフィナが後を続けた。

 二人の説明に一応の納得を得たのだろう。

 箒は頷いた。

 その目には新たな決意を秘めていた。

 

「じゃあ、作戦会議よ。今度こそ確実に墜とすわ」

 

「ああ!」


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