腕組みをして《銀の福音》を見つめるグラハム。
彼のセンサーは箒を含め独断専行した六人全員を探知していた。
反応からして全員無事のようだ。
最大望遠で確認できた福音の攻撃を見る限り強制解除の上、命を奪うこともできただろう。
だが撃墜するだけに留めている。
――殺生はせずか。
センサーが箒を除く五つの反応が近づこうとしているのを示してきた。
箒の様子を見る限り戦闘は不可能だろう。
そう判断したグラハムは下がるように指示を出すと横に一夏が来た。
「もう、いいのか」
「ああ」
清々しい一夏の表情を見てフッとグラハムは口元を緩めるがマスクの内側の事なので一夏はそれに気づかなかった。
さて、と言う彼の口元はまだ緩んでいるがその色合いを変えていた。
「福音も君と同様『第二形態移行』をしたらしい。少なくとも、君が撃墜された時以上の存在になっているだろう」
二人は福音を改めて見る。
頭部からエネルギー翼が生えており、さらに全身からも小型のエネルギー翼を出している。
無機質なバイザーは二人を向いている。
『敵機情報更新。危機段階AAAと判断』
「どうやら、君を最大の危険と判断したようだな」
「そりゃ光栄だな」
互いに軽口を叩きながらもグラハムの視線は一夏のISへと向けられる。
『第二形態・雪羅』
大型のウイングスラスター四機を備え、右手に持つ『雪片弐型』とは別に左手にも『雪羅』と呼ばれる武装を有している。
先程の一撃も『雪羅』によるものだ。
第二形態としての名を冠する武装。
おそらく他にも機能を持ち、何かしらの『能力』も有するだろうとグラハムは分析する。
その
腕組みをほどき、左手にビームサーベルを出現させた。
「一夏、私が援護する。油断などするなよ」
「おう!」
《フラッグ》のメインスラスターからGN粒子が溢れだす。
一瞬で高速を得たグラハムは福音へと向かう。
福音はそのエネルギー翼からエネルギー弾がいくつも放つ。
それらを全て回避し、ビームサーベルを叩きつけた。
振るわれた光剣に合わせて福音は回し蹴りを放つ。
脚部スラスターによる加速を得た蹴りはビームサーベルを弾く。
わずかに距離が開いたところをすかさずグラハムはバーニアを吹かし、右の拳で福音を突き上げる。
そこに福音がしたように脚部サブスラスターによる勢いを得た蹴りを叩き込む。
吹き飛ばされた福音は体勢を立て直し、距離の近くなった一夏へと加速する。
グラハムはプライベートチャンネルで一夏に声をかけるものの福音を追うことはしなかった。
対する一夏も右手の雪片弐型を振るうが瞬時に福音はのけ反る。
「逃がさねえ!」
左腕の雪羅からエネルギー刃のクローを形成、一メートルはあるだろう長大な爪が斬りかかる。
装甲は掠めただけだが小型エネルギー翼を幾本かを切り裂く。
『キアアアア!』
福音は頭部のエネルギー翼の先端を一夏へ向ける。
直後、収束されたエネルギーが荷電粒子砲となり放たれる。
だが一夏は回避せず左手の雪羅を構える。
――雪羅、シールドモードに切り替え!
変形した雪羅から展開されたエネルギーが福音の一撃を完全に消した。
「一夏!」
通信が入ったのと同時、紅色のビームが福音を捉えた。
一夏と福音のいる高さよりはるか下方でグラハムはビームライフルを両手で構えていた。
後部のバッテリー部分にはGNドライヴから延びるケーブルが接続されている。
「チャージ時間に見合う分の威力だと言わせてもらおう」
威力は《スローネ》のハンドガン程度だがNGN機(GNドライヴ未搭載機)に対しては十分脅威となり得る一撃である。
グラハムの言葉通りダメージは大きかったらしく、体勢を立て直すまでに一拍を要していた。
彼は右手をサイドグリップから離し、ビームライフを量子化した。
それにしても、とグラハムは一夏の左腕を見る。
――零落白夜のシールドとはな。
エネルギー攻撃を主体とする福音には天敵ともいえる武装だ。
ただの耐えうるだけの楯ならば衝撃などを利用した戦術が可能だ。
だが無効化となればそれすらも難しいだろう。
状況からして分はこちら側にある。
今、なんとか体勢を立て直した福音は、一夏と近接戦闘を繰り広げる。
一夏は二段階瞬時加速による超機動により、徐々にだが福音を追い詰めている。
福音が蹴りを放つがそれをグラハムのリニアライフルによる精密射撃が弾く。
「今だ!」
「はああ!!」
一瞬の隙を突き、零落白夜が振るわれる。
斬撃は福音の左のエネルギー翼を斬り裂く。
もう一撃を放とうとするも回避され、翼を掠めるだけにとどまった。
福音はすぐに一夏から距離を取った。
その頭部から切断されたはずのエネルギー翼が生える。
「どうやら、片翼だけでは無意味のようだな」
「つまり、両方をほぼ同時にやらなきゃダメってことか」
そういうことになるな、とグラハムは福音へと目を向けるとすぐさま異変に気が付いた。
全身から生える翼を身に纏わせるように巻き付け始めたのだ。
『最大攻撃力を使用』
それらは球体を形成し、光の繭にくるまれたような状態へと変わった。
敵の動きを瞬時に判断したグラハムはディフェンスロッドを形成した。
その言葉の直後、翼が回転しながら開き、全方向へとエネルギー弾を嵐のように放った。
グラハムは回避しきれない分を展開したGNフィールドで防御する。
正面から福音の攻撃を受ける一夏は雪羅のエネルギーシールドを楯にエネルギー弾の中を突き抜ける。
加速をもって雪羅を福音に叩きつけ、右腕を振り下ろす。
零落白夜が左半身の翼を大小共に断ち切ると同時に雪羅のクローを発現した。
すでに福音に向けられた指先から先の長大なエネルギークローが放たれる。
爪先は完全に福音を捉えている。
「これで!」
それは勝利を確信した一言。
だが福音は咄嗟に身を捩った。
エネルギークローは確かに右半身の翼を貫くも主翼は掠めるにとどまった。
直後、福音の右手が一夏へとのばされる。
完全に油断していた一夏の顔を掴もうとする。
「気を抜くなと言った!」
『瞬時加速』によって飛翔してきたグラハムが福音の右腕を掴む。
そのままグラハムに投げ飛ばされ、わずかにもんどりを打ちながらも福音は体勢を立て直した。
すでに一夏の斬撃によって失われた翼は再生している。
その姿を見ているとグラハムへと一夏が通信を開いた。
「助かった」
「礼ならばあとだ」
それより、と言葉を続ける。
「エネルギー残量の方に気をつけろ。あれだけの『瞬時加速』に雪羅のシールド。すでに君の機体は限界に近いはずだ」
「たしかに、まずいな」
すでにエネルギー残量は二十パーセントを切っている。
このまま戦えば『零落白夜』の斬撃のみでも三分が限界だろう。
しかも敵はビームライフルの一撃を受けながらもまだ余裕があるように見える。
「もともと短期決戦だったがこれ以上長引かせることはできない」
「じゃあ――!?」
二人は会話を打ち切った。
膨大なエネルギー反応を感知したからだ。
福音が荷電粒子砲を放ったのだ。
わずかに反応が遅れた一夏の前に立ち、グラハムはディフェンスロッドを構える。
GNドライヴが光を溢れさせると同時に肘のGNバーニアを経由してディフェンスロッドが円楯状のGNフィールドを形成した。
荷電粒子砲の直撃を受けてもフィールドが崩されるはないがその衝撃はグラハムの右腕に確実なダメージを与える。
エネルギーの一撃を難なく凌ぐも、そのときには福音は加速でもって動き出していた。
グラハムはディフェンスロッドを量子化する。
度重なるフィールドの展開に回転楯本体が限界を迎えていた。
だが彼の表情は状況に反してニヤリと挑戦的な笑みを浮かべていた。
もともと無理を言われて搭載した機能だ。
これぐらいの事は予想していたさ。
だがGNフィールド展開による損耗とはいえ私のフラッグに傷をつけるとはさすが軍用ISというべきか。
しかも、とその目はしっかりと高速で動く福音を捉えている。
主を護るために戦い続け、第二形態移行までも行うとは――。
最大の賛辞を送らせてもらおう。
「その心意気、天晴れである!」
左手のビームサーベルを構えつつ、グラハムは前へと飛び出す。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「一夏……」
箒は一夏がグラハムと共に福音と戦っている姿を見ていた。
そして彼女は何よりも強く願った。
――共に戦いたい。
一夏のあの背中を、私は守りたい!
その思いに答えたのだろうか。
紅椿の展開装甲から光りが溢れ出す。
それは今までの赤ではなく、黄金に輝いていた。
「これは……!?」
突然起きた出来事に箒は驚く。
だがそれだけではなかった。
「エネルギーが回復している……!?」
ハイパーセンサーが提示する情報に目を丸くする。
そして画面に『絢爛舞踏』と表示されていた。
その上にはワンオフ・アビリティーの文字。
「これが、紅椿の単一仕様能力!」
箒は一夏からもらったリボンで髪を結ぶ。
「まだ、戦えるのだな。……ならば、行くぞ紅椿!!」
真紅の機体を駆り、箒は一夏達の元へと飛ぶ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
グラハムが福音へと飛び込む姿を見て一夏も動こうとしたが止める。
今行っても先までの繰り返しだ。
グラハムならそう判断すると思い、一夏は目の前での戦いを見つめる。
斬撃を放つグラハムの動きが先とは変わっている。
ノーモーションでビームサーベルを振るい、スラスター制御による機動で福音を翻弄している。
幾度も斬撃を浴びつつも福音はまだ動けるようだ。
このままじゃ、と一夏の心に焦燥が漂う。
「一夏!」
「箒!? お前ダメージは……」
「大丈夫だ。それよりこれを受け取れ!」
箒が一夏の手を掴む。
「これは……エネルギーが!?」
すると紅椿を通じて白式にエネルギーが流れ込み、エネルギーが回復する。
「今は考えるな! 行くぞ、一夏!」
「お、おう!」
雪片弐型を両手で構える。
エネルギーを最大出力にまで高められ、巨大な光の剣をつくりだす。
「グラハム!」
その声に反応してグラハムは福音に連撃を振るう。
「箒」
袈裟切りを福音に喰らわせながらグラハムが箒に問う。
「目は、覚めたか?」
「ああ。……すまなかった」
箒の言葉に口端からフッと小さく息を漏らし、福音を斬りあげる。
ようやくエネルギーの底が見え始めたのか動きが鈍くなり始めた福音。
体勢を上手く立て直せないところにグラハムはもう一撃叩き込むと離脱した。
『瞬時加速』による蹴りを腹部に受け、吹き飛ばされる福音へと一夏と箒は高速で飛翔する。
やはりダメージが響いてきているのか福音の立ち直りがあきらかに遅い。
「箒!」
「任せろ!」
箒は二刀を福音に振り下ろす。
福音はそれらを両手で掴むことで防ぎ、同時に光翼を向ける。
「かかった!」
脚部展開装甲をスライドさせエネルギー刃を出現させる。
箒は身を縦に翻すことで回し蹴りによる斬撃が福音の本体に入った。
予想外の攻撃に福音は姿勢を崩す。
その隙に掴まれていた刀を引き抜くと、箒は両手を開くように振るう。
箒へと向けられていた光の翼を全て断ち切られ、福音の動きが鈍る。
「一夏!」
「うおおおっ!」
箒が身を返したところへ一夏が突っ込む。
突きの構えを取る一夏へと福音はエネルギー弾の斉射を行う。
だが彼は構わず突っ込む。
――ここまできたら、もう引かねえっ!!
ダメージを受けながらも一夏は零落白夜で斬りかかろうとする。
「!? 一夏!!」
箒が叫ぶ。
福音の頭部、最も大きなエネルギー翼が一夏を向いているのにもかかわらず射撃をしてきていなかったのだ。
眼前でエネルギーが収束していく。
雪羅での防御は間に合わないだろう。
そして爆発が起きた。
だがそれは荷電粒子砲が放たれたわけではなく、小規模な爆発をエネルギー翼の間で起こしただけだった。
「詰めが甘いと言わせてもらおう」
グラハムの声がプライベートチャンネルから届く。
爆発の直前、収束されていたエネルギーは光の翼もろとも深紅の刃に突き刺されていた。
長大なビームサーベルによって福音の予期せぬ位置から攻撃を止めたのだ。
いまだエネルギー翼を刺されている福音は爆発を受けてもその位置を変えていない。
一夏は福音に零落白夜の刃を突き立てた。
それによってとうとう福音の動きが止まる。
長大なビームサーベルに突き刺されていた光の翼が失われる。
同時に装甲が消え、操縦者が海に落ちていく。
「しまっ――!?」
ISが強制解除されることを忘れていたのだろう。
一夏は慌てて飛ぼうとする。
「二度目だが、あえて言わせてもらおう」
グラハムが福音の操縦者を空中で抱きとめる。
「詰めが甘いぞ、一夏」
「わ、悪い……」
マスクを解除したことで覗く表情は微笑をたたえている。
それを苦笑で返した一夏にハイパーセンサーが五機のISが近づいてくるのを示す。
ふぅ、と一息つく。
「よし、帰るか」
「そうだな」
「その旨を由とする」
そう言いながらグラハムは海面のある一点に鋭い視線を送った。
だが彼の腕の中には今しがた救出したばかりのパイロットがいる。
グラハムは背を向けると、先行する二人に続いて帰投していった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
彼らが去った後、海面に突如全身装甲のISがまるで浮かび上がるかのように現れた。
『………………』
それはグラハムとサーシェスの戦いに割り込んできたガンダム。
彼は先ほどまでこちらを的確に見ていた《フラッグ》のパイロットを思い出していた。
グラハム・エーカー。
性能の劣る機体でサーシェスと互角に渡り合った男。
搭乗者は彼に会ったことはなかったがその名は知っていた。
ゆっくりと空へと上がる。
すでに撤収命令は受けている。
どうやら『計画』の加速を確認できただけで満足のようだ。
0ガンダムはグラハムたちとは別方向へ飛び去って行った。
なんだかグラハムさんが露払いばかりしているのは気のせいではないと思う。
次回
『月下の語らい』
天災との対話に漢は何を見るか