#45 休暇
IS学園が夏休みに入ってから一週間が経った。
帰省する生徒がいる一方で多くの生徒は学園に残っている。
そんな生徒たちの中でも熱心な部類に入るものたちはISの訓練を自主的に行っている。
第三アリーナにもそんな生徒がいた。
「はぁぁっ!」
「ッ!」
漆黒のISが左手にビームサーベルを握りしめて急接近してきた。
対するセシリアはビットと連携しながらレーザーを放つ。
しかしその連動を読めれているのか、全て軽々と避けられてしまう。
だが、セシリアに焦りはない。
これぐらい、容易いことですものね。
相手の技量を分かっているからこそ冷静に次の一手を打つ。
二人のISの影が交差する。
直後、小規模の爆発が二か所で起こる。
「!?」
爆発を背中に受けた《フラッグ》は煙をまるで尾のように引きながら身を崩す。
その後ろ姿へとセシリアは飛び込む。
上手くいきましたわ!
ぶつかり合う直前、ビットの一機を特攻させた。
当然相手はそれを撃ち落そうとビームサーベルを払う。
これが普通の相手ならそこで隙ができる。
だが普通ではない彼はそこから繋げるようにして鋭い突きを繰り出してきた。
瞬時にショートブレードを展開したセシリアは全神経を集中させてなんとか受け流し、ビームサーベルを押さえつけている間にミサイルを放った。
結果として彼女自身も爆発を受けることになったがどうにかミサイルを当てることができた。
ですが、油断はできません。
セシリアの表情に驕りはなかった。
右手にレーザーライフルを出現させ、残ったビットを周囲に飛ばしつつ間合いを詰める。
この距離なら――
「そうはいかんよ……!」
セシリアの視線があるものを捉える。
片翼のユニコーン。
フラッグの左肩に刻まれたマークだ。
それが正面にある。
「ッ!?」
ほぼ反射的にセシリアはブレーキを掛けた。
眼前を横一文字に紅の軌跡が走る。
「上手く避けたか……!」
躱されたのに喜色を含んだ声を発する。
対してセシリアには声を出す余裕すらない。
彼女は左手に握られていたショートブレードを叩きつけるように振るった。
それをビームサーベルに受け止められる。
「そこっ!」
すかさずレーザーライフルを突き付けようとするセシリア。
零距離での一撃なら避けられることはない。
しかしフラッグは身を屈め、セシリアの懐へと入り込んできた。
そして――
「勝負あったな」
セシリアの胸部に逆手持ちのソニックブレイドが付きつけられていた。
ここでプラズマの刀身を作られたら残量はゼロになっていただろう。
「わたくしの負け、ですわね」
敗北を認めたセシリアだがその表情は決して暗くはなかった。
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「グラハムさんから一本取るのは難しいですわね」
「そう言うが君も随分上達したと私は思うがな」
自主訓練を終え、グラハムはセシリアと食堂で昼食をとっていた。
「あえて言うならば、君が近接戦闘を学びたいと言った時は驚愕したというべきか」
「心外ですわ。イギリス代表候補生として近接戦闘もこなしてしかるべきですのに」
そう言うセシリアだがその表情に浮かんだ焦りをグラハムは見逃さなかった。
期末試験が終わってからの彼女は近接戦闘にこだわっていた。
夏休みに入るまでB・T兵器の訓練よりもショートブレードによる格闘訓練している方がよく見かけられたほどだ。
その理由を一夏の《白式》だとグラハムは見ていた。
白式が第二形態となってからの授業でセシリアは代表候補生で唯一一夏に負け続けていた。
別に技量が劣るわけではない。
機体の相性が悪すぎるのだ。
レーザー主体の《ブルー・ティアーズ》では『雪羅』のエネルギーを無効化する楯を突破できない。
実弾兵器もあくまでレーザー兵器との併用が目的で装備されているため単一では突破しきれず、結果として敗北を喫してしまう。
それはプライドの高いセシリアには耐え難いものだ。
だから近接戦闘の技量向上を図ろうとしたのだろう。
そんな彼女の態度に性能よりも技能を重んじるグラハムは共感した。
だがそれを指摘するのもはばかられ、特訓の相手を頼まれた時も黙ってうなずくだけにとどめた。
その成果が先ほどの模擬戦だ。
グラハムの突きを凌ぎ切りると同時にミサイルを叩き込む。
さらには一夏との戦いを想定していたからだろう、楯の向かない後方からの射撃を狙っていた。
結果として負けはしたが実力はかなり上がっていた。
「これなら、鈴あたりとも切り結べるだろう。勿論、一夏ともな」
賛辞を込めてグラハムは今のセシリアの技量を褒めた。
「え、ええ。当然ですわ」
いつものように腰に手を当てたポーズは不思議と椅子に座っていても様になっていた。
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「今日中に発つのか?」
「ええ。母国でやらなくてはならないことも多いですので」
昼食を終え、食堂を出た二人は歩きながらしゃべっていた。
「合同軍事演習、か。君もいそがしいものだな」
「それが代表候補生としての務めですもの。それに――」
「今の欧州連合軍司令はイギリス人だったな」
「グリーン・ワイアット大将、ですわ」
言葉を取られたからなのか少し不機嫌そうだ。
だがすぐに機嫌を直したのは相手がグラハムだからだろう。
因みに欧州連合軍は監部のみ常設されており、その下に各国の部隊が必要に応じて傘下に入る形式をとっている。
そして合同軍事演習は欧州連合軍でも大きなイベントの一つだ。
すでにラウラをはじめとする欧州組の多くは演習に向けて母国に戻っていた。
「あ、あの、グラハムさん」
「なんだ?」
「よろしければ合同軍事演習をご覧になりませんか?」
「なんと!?」
目を輝かすグラハム。
合同軍事演習は一部一般にも公開しているが、その倍率は200倍を超える。
それを見られるとあればグラハムでなくとも目を輝かすだろう。
「ええ。携帯電話を出していただけますか」
グラハムはポケットから携帯を取り出した。
チケットデータを受け取る彼の表情はどこか少年のような輝きを放っているように見える。
「それでですね――」
『一年一組グラハム・エーカー君。すぐに生徒会室に来なさい』
放送が学内に響いた。
『早く来ないと今一緒にいるセシリアちゃんのスリーサイズをバラすわよ~』
「は、早く行ってください!」
「りょ、了解した」
顔を真っ赤にして急かすセシリア。
その焦りようにわずかに気圧されたグラハムは頷くと同時に走り出した。
「早かったわね」
生徒会室のドアを開けたグラハムを楽しそうな女性の声が出迎えた。
「セシリアに早く行けと急かされてね」
「それは大変だったわね」
原因を作っておきながらも他人事のように面白がっている女性の声。
それが誰のものかはグラハムには分かっている。
だが、相手の姿を確認できないでいた。
その原因というのが、
「この紙の山は何かという質問をしてもいいだろうか」
二人の間にある長テーブル。
その上には大小さまざまな紙束の山ができていた。
特に真ん中の山は天井に届いているほどである。
「んー、その真ん中の山はグラハム君たちのせいなんだよね」
「私たちの?」
「そ」
テーブルをまわり込むように楯無がグラハムの前まで歩いてきた。
その表情はこちらを茶化しているように見える。
だが、その目は真剣な色をたたえている。
何かあるな。
グラハムの予想はすぐに当たることになる。
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一週間後。
イギリス、ヒースロー空港。
十二時間のフライトを終えたグラハムは国際線のターミナルを出てイギリスの地を踏んだ。
「グラハム・エーカー様ですね」
声を掛けられた方を振り向くとメイド服を着た女性が立っていた。
――年齢は今の私と同じぐらいだろうか。
ただ纏っている雰囲気から実年齢以上の大人びているように見える。
そういうところもセシリアの言っていた特徴と合致するな。
「君がチェルシー・ブランケットか」
ハイ、と件の女性はグラハムに丁寧なお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。セシリア様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。本日はエーカー様のお迎えに上がりました」
「グラハム・エーカーだ。どうかよろしく頼む」
「ハイ。では、こちらへどうぞ。お車を用意しておりますので」
「その旨を由とする」
グラハムは頷くと、チェルシーの後ろにいた男性に荷物を預けた。
そのまま二人の後についていき、白のロールスロイスに乗り込む。
「目的地まで一時間半ほどですが、お休みになられますか?」
「いや。飛行機の中で少し睡眠をとった」
隣に座るチェルシーが自分の膝を指すように手を置いた。
柔らかな笑みとともに向けられた言葉、だが言葉通りの意味にしかとらえなかったグラハムは断りをいれた。
「それに、今日の事が楽しみすぎて眠る気にはなれんよ」
子供のように顔を輝かせるグラハム。
チェルシーにはこう言ったが、楽しみのあまり昨日から一睡もしていない!
すでに起きてから24時間は軽く突破している。
その笑顔には若干怪しいものが含まれていたのは言うまでもない。
「お嬢様のお話通りの方ですね」
「ふっ、そうかね」
「ええ」
「だが私は前評判だけで評価されるのは好まない面倒な男でね。私への評価は君の目で確かめてくれ」
「では。僭越ながら、人となりを拝見させていただきます」
茶目っ気のある笑顔を見せるチェルシー。
成程、とグラハムは納得した。
セシリアの言った通りの人物だなと。
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同時刻。
欧州連合軍司令を乗せたジェット機がフェアフォード演習場へと飛行していた。
「閣下、まもなく到着です」
「そうか」
連合軍司令、グリーン・ワイアットはデスクに置かれた軍帽を手に取った。
「時間は?」
「予定通りです」
「紳士は時間に正確でなくてはな」
物静かな笑みを浮かべるワイアット。
だがその表情はすぐ変わることになる。
彼が窓の外に広がる広大な演習場を眺めようとしたとき、三機のISがジェット機のすぐそばをすれ違っていったのが目に入った。
わずかな時間だが三機とも色も形も違うのがわかった。
「今のISは?」
「おそらく、第三次イグニッションプランの候補機たちでしょう」
固太りの副官が低い声で伝えてくる。
オペレーターが顔をこちらへ向けてきた。
「閣下、演習場から通信です」
「なんだ?」
「演習場着陸に際し三機のISで先導するとのことです」
「了承の旨を伝えろ」
「ハッ!」
そう指示を出すとワイアットはため息を吐いた。
表情こそまだ笑顔だがその色は先とは違い冷めていた。
また、ISか。
口を開けばそんな言葉が出そうである。
「軍に長らくいたが、レディたちに護衛される日が来ようとはな」
「心中お察しします」
ワイアットはISを快くは思っていない。
彼だけではない。世界各国の軍がISに対して抱いている感情はかならずしもいいものばかりではなかった。
ISは世界最強。
これは誰しもが認めることである
だが同時にISには大きな欠点がある。
それは女性にしか扱えないこと。
男卑女尊の考えの原点であるがこれこそISの弱点であると考える軍人が多い。
研究の長期化や適性を考慮すると10~20代の女性ばかりが搭乗者に選ばれている。
しかもその大半は非軍人だ。
そのほとんどが間近で人の死を見たこと、ましてや殺したことなどないだろう。
そんな彼女たちが戦いの現実を果たして理解しているのだろうか。
綺麗ごとで飾ろうが軍という立場で人を殺すことには変わりはない。
さらに言ってしまえばハイパーセンサーにより、歩兵や戦闘機パイロット以上に彼女たちは相手の死にざまを克明と見なければならない。
どれだけの搭乗者がそれを受け入れられるだろうか。
搭乗者の状態も考慮した場合、実戦で使えるISは果たしていくつあるだろうか。
そんな不安要素の大きな兵器を積極的に導入することは各国の軍で派閥闘争に繋がるほどの問題にすらなっている。
それは欧州連合の中にも存在し、ワイアット大将を中心とする派閥はその中心である。
最も、ワイアット自身はISの利便性は大きく認めている。
ただ英国紳士であることに固執する彼は女性の方が力のあるという風潮が嫌なだけなのだ。
「閣下」
先程とは別のオペレーターがワイアットのそばに来た。
「デュノア社の件ですが、やはりこの演習で動くようです」
「そうか。引き続き監視を続けさせろ」
「ハッ!」
「閣下、よろしいのですか? フランスになど……」
「我が国の企業にやらせてはうまみも少ないだろう。それに、成功しようがしまいがこの情報を突き付けてやればフランスは連合での発言力を失う」
そこへ最初のオペレーターが来た。
「閣下、我が国の諜報部がグラハム・エーカーの入国を確認したと」
「例の少年か」
「おそらく、演習へ向かうだろうと」
「なら、デュノア社にでもそれとなくリークしてやれ」
オペレーターたちがすぐに指示を出しに戻る。
「さすが閣下です」
ワイアットの意図を察したのだろう、副官は大きくうなずいた。
「ふふっ、紳士は強かでなくてはな」
知恵者特有の笑みを浮かべながらワイアットはティーカップを手に取った。
次回
『合同軍事演習』
そこは思惑の交差する場