すいません、コミケから帰ってきから調子悪いと思ったらインフルエンザにかかっていろいろ遅れてしまいました。
フェアフォード演習場。この地はかつて空軍基地だったが欧州連合軍司令にグリーン・ワイアットが就任した際に周囲の土地を買収し巨大な演習場に作り替えられた。
イギリスが威信をかけて作り上げた演習場は数か所に分かれており、様々な状況に対応した演習施設が設営されている。
その中心である旧空軍基地に民間の大型輸送機が降り立った。
厳戒態勢が敷かれる中、降ろされたコンテナがゆっくりとトレーラーの上へと載せられていく。
コンテナにはデュノア社のロゴがこれ見よがしに大きく描かれている。
それらを眺めながら、フランス軍の制服に身を包んだ二人の男のやり取りがなされていた。
「私が言うのもなんですが、外国人にこんな任務任せて大丈夫なんでしょうか」
「上層部の考えなどしらん。よりにもよって今日になって変更とはな」
「まあ、期待されていると思っておきますよ」
「……分かっているとは思うが、コンテナの中身は極秘だ。私ですら中がどうなっているのかを知らない」
「しっかし、民間機でご登場とは。やっぱり噂は本当なんですかね」
「その件について上は一切話さない。……いや、本当なら知らないのかもしれないな」
話はここまでだとばかりに大佐は咳払いをする。
「最新型とはいえ、IS一機に対して厳重すぎると思うんですがね」
少しばかり呆れた風にそうぼやいた赤毛の少尉は、今の上官に敬礼をする。
「第二外人騎兵連隊所属、ゲーリー・ビアッジ少尉、只今をもって極秘任務の遂行に着手します」
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一週間前、IS学園生徒会室。
「グラハム君」
生徒会長楯無がグラハムにソファを勧めながら話題を切り出す。
「デュノア社の第三世代機があるって噂、知っているかしら?」
「第三世代機……」
腰を下ろしながら考えるように呟くグラハム。
完全にソファに腰が落ち着いた頃、彼は否定の言葉を述べた。
「いや、存在するはずがない」
「あら、どうして?」
試すような目で首を傾げる楯無にグラハムはさも当然のように理由を述べる。
「シャルロットだ。彼女をIS学園に送り込んだ理由は最終的には第三世代機開発の為。そこまで追い詰められていながら存在するなどありえない」
「そうね。でも」
パサリ、と一枚のA4サイズの紙が楯無の手からテーブルへと落ちる。
「あるみたいなのよ、これが」
「………………」
「開発コード名《グリフォン》。今度の欧州連合の軍事演習でお披露目するみたい」
グラハムはテーブルの上の紙を手に取った。
内容は謎の新型機グリフォンについて更識家が調べたことについて。
だが――
「これだけか?」
グラハムはまるで肩すかしを喰らったかのような声を上げた。
それもそのはず、受け取ったのは行数にしてわずか十行ほどの文章。
機体については大まかスペックについて述べられただけで細かな表記はおろか、図面も写真もない。
「そう、たったのこれだけ。イタリアのテンペスタⅡ型は湯水のように情報が出てきたのにね」
楯無もあまりの情報量の少なさに驚きを持っていたようだ。
テンペスタⅡ型はティアーズ型、レーゲン型と同じ欧州連合次期主力コンペの候補機であり、グリフォン同様軍事演習で披露されることになっている。
こちらは数か月前から演習での披露を含め、機体に関する多くの情報が出回っている。
「IS開発は国にとって機密中の機密。だけど、今回みたいに数日前まで存在すら分からなかったISは《ガンダム》以外で存在しなかったわ。……まあ、例外はあるけど」
「《紅椿》、か」
現状唯一の完全な第四世代型。
世界をあざ笑うかのような機体の出現は前情報などあるはずもなくまさに寝耳に水だった。
「篠ノ之博士の居場所を各国が掴めていない時点で分からなくて当然だけどね。一介の企業、それも委員会が観察処分にしている企業が開発しているISの情報が出回らないのはやっぱりおかしいでしょ?」
「委員会も荒れに荒れたと聞いている」
「VTシステムとかもあったから穏便に済ませたんでしょうね」
デュノア社はIS学園にスパイを送り込んだとしてIS委員会から観察処分を受け、フランス政府からも株式上場停止という処分を下されたことで、社長が交代することとなった。
ただ、シャルロットを男性という虚偽の発表をする前であったこと、IS委員会が学園に対して厳しい箝口令を敷いたことで表向き社長は会長就任という形になった。
「それはともかく、おかしいと思わない?」
「確かに、あまりにも不可解な点が多いと言えるな」
「で、私が思うには――」
「どこかからの技術提供……いや、機体そのものの提供があったと考えるのが妥当だな」
「お姉さんの言葉盗らないでよー」
拗ねたように頬を膨らます楯無にフッとグラハムは笑みをこぼす。
「君のことだ。その提供元がどこか考えが付いているのだろう」
「そう、ねえ」
考えるそぶりを見せる楯無。
「国以外で考えられるのは、あの男――サーシェスのいる組織ぐらいかしら」
予想はしていたのだろう。出てきた名前にもグラハムは動じることはなかった。
「目的は?」
「正直、分からないわ。仮にその組織だとしてもメリットがないものね」
「そうだろうな」
特に答えを求めていたわけでもなかった様でグラハムも一言頷くだけにとどめた。
「まあ、気を付けた方がいいわよ」
「何がかね」
「本当だったら、グラハム君狙われちゃうかもでしょ?」
茶化すように楯無は言ったが一理あるとグラハムは思った。
『てめぇと殺り合いたくてやってきたぜ!』
対《福音》作戦のとき、乱入してきたサーシェスにグラハムはそう言われた。
真偽のほどは分からないが本当だったらサーシェスもしくは所属する組織に狙われていることになる。
目的はともかく、連中にとって私は目障りなのは間違いないだろう。
そう考えると楯無の指摘もあながち間違いではなくなる。
つくづく人に嫌われる男だな、私は。
そんな内心とは裏腹にグラハムは顔には強気な笑みが浮かんでいた。
「ふっ。精々気を抜かないようにはするさ」
そして現在。
その中心である旧空軍基地。
『おぉぉ……!』
数えきれないほどの観客は興奮しながら空を見ている。
その視線の先には、
「スピットファイヤだ!」
「イギリスの名機ったらこれだよな」
第二次世界大戦でイギリス空軍を中心に活躍した単発レシプロ単座戦闘機が空中を飛んでいた。
ISが兵器として世界の空を席巻する時代においては骨董品ともいえる一世紀以上前の代物。
だが見学者たちはそんな空の古強者を見て感激と言わんばかりのため息を漏らす。
その中でグラハムも年甲斐もなくはしゃいでいた。
「あぁ……!」
空を駆け、風を切り裂く機体の勇姿にもはや言葉も出なかった。
これが100年前――私のいた時代からすれば350年前だが――の時代の空を代表する飛行機。
おおっ! あんな軽やかな動きをするとは!
素晴らしい機動性だ!
あの優雅さすら覚える旋回! パイロットの肌にも伝わるだろう風の流れ!
乗ったらどれほど心地よいのだろうか……。
この気持ちは――
「まさしく愛だ!」
「エーカー様。声に出ていますよ」
おっと。
チェルシーの言葉にグラハムは少しばかり正気に戻る。
空への想いが体の端からにじみ出てしまったようだな。
だが周囲も私と同じ気持ちなのだろう。
気づいたそぶりを一切見せない。
スピットファイヤが空の彼方へと飛んでいく。
観客から見えなくなるとアナウンスが流れる。
『続きまして右手より、フォッカー Dr.Iです』
先の機体よりもさらに古めかした飛行機が飛んできた。
「レッドバロン!」
「あれこそ名機の中の名機ですよ!」
「やっぱ俺は、ISよりもこっちだね」
「私もそう思う!」
思わずグラハムは隣で空を見上げる少年の言葉に同意してしまう。
二人はチラッと横目で視線を交える。
いい目をしている。
金髪の少年のまなざしにグラハムの口元が緩む。
彼は私の時代に生きていたらいいフラッグファイターになっただろう。
そう彼の直感は語っていた。
三葉機と呼ばれる三つの翼をもつタイプの機体でドイツの撃墜王『レッドバロン』マンフレート・フォン・リヒトホーフェンの乗機としても有名である。
スピットファイヤよりも古い時代の空を飛んでいた赤の機体の登場に会場は大いに沸き立った。
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それぞれの時代の空を象徴した航空機たちによるオープニングセレモニーが終わり、グラハムは展示された欧州各国の兵器を見て回っている。
因みにチェルシーはセシリアの元へ行っており、彼は一人で歩いていた。
ISがいくら軍事力を左右するほどの力があるとはいえ世界で467機しか存在しない代物。
軍事の中心はかろうじて既存兵器が保っている。
欧州連合軍でもそれは同じで、先程までグラハムが歩いていたエリアには連合が採用している戦闘機が展示されていた。
少し丸みを帯びた機体はどことなくAEUの《イナクト》を彷彿とさせるとグラハムは思った。
やはり世界は違えどデザインコンセプトは似るモノなのだろうか。
そんな感想を抱いて歩いていると、
「Herr・エーカー!」
軍服に身を包んだラウラがそこにはいた。
彼女の後ろには同じような眼帯を付けた女子が何人かいる。
「いらしていたんですか」
「ああ。セシリアにチケットをもらったのでね」
「そうだったんですか」
「君は一夏には渡さなかったのかね?」
「いえ、嫁は帰省中で……」
「成程な」
一夏が家に戻っているということは、姉とともに家にいるということだろう。
ラウラが畏敬の念を抱いている唯一の相手はその千冬だ。
気を使ったのかはたまた勇気がでなかったのか。
どちらにせよ、誘いづらかっただろう。
「いずれにしても、織斑教官の弟には『かわいい』隊長を見せなくては意味がありません」
「お、おいクラリッサ!」
ズイッと前に出てきた女性の言葉にラウラは慌てる。
そんなラウラにまるで妹を見るかのような笑顔を一つこぼし、
「初めましてHerr・エーカー。シュヴァルツェア・ハーゼ副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「礼儀としてあえて名乗らせてもらおう、グラハム・エーカーだ。ご覧の通りただの学生だが、一応IS学園でテストパイロットを務めている」
敬礼と自己紹介をしたクラリッサにグラハムも名乗る。
隊長はラウラだが、実質取り仕切っているのは副隊長の彼女だろう。
立ち振る舞いもそうだがラウラへの接し方はどことなく年長者としての余裕があるように見える。
後ろにいる隊員たちも尊敬のまなざしを送っている。
そうグラハムは分析をした。
そしてもう一つ。
なんとなくだが、彼女からは私と同じにおいがする。
それがなにかは分からないが――。
「隊長から伺っています。強さの師だそうではないですか」
「私は強さの定義は決して一つではないと教えただけだ。別に師というわけではないさ」
「ですが、隊長は貴方の事を織斑教官と同じくらい尊敬していますよ」
「当然だ。Herr・エーカーはそれだけのお人だ」
言葉通り、さも当然という風でラウラは頷く。
「その堂々さ、教官の弟の話をするときもそうあってほしいですね」
「なっ!?」
「フッ。あの積極性の裏にはそんなことがあったとはな」
「い、いえ、その……」
「そうなんですよ。片思いの相手の話をするときの隊長の可愛さといったら――」
「そうか。学園でのラウラは――」
「それはですね――」
「ほう、あのとき――――は―――――で、――――」
「隊長の――が――隊長に――」
「お、おい……?」
段々と熱のこもっていく二人の会話にラウラは戸惑いの声をかける。
だが、遅かった――。
「なんと!? 『嫁にする』宣言は君が伝えたのか!」
「はい! 漫画で日本の習わしを学びました!!」
「……そうか。君も私と同じ人間らしいな」
「では、Herr・エーカーも?」
「ああ! 私も書物で日本の真の武士道を探求している!!」
「確かに、私たちには通じるモノがあるのかもしれません!」
「ふっ。どうやら私たちは出会う運命にあったようだな!」
「ハイッ!」
ガシッ、と擬音が聞こえてきそうな熱い握手を交わす二人。
「Herr? クラリッサ……?」
完全に取り残されたラウラはどうにか声をかけようとする。
だが――
「改めて名乗ろう。私がグラハム・エーカーであると!」
「クラリッサ・ハルフォーフであります! よろしくお願いします、Herr!!」
『おねえさまー! おにいさまー!』
「……ついていけん」
集団の中で唯一状況に対応できていないラウラは思わずため息を吐いた。
そんな彼女もドイツ・レーゲン型の展示場所が別の意味で周囲の視線を集めていることに気が付かなかった。