総合軍事演習は毎年さまざまな各種野外戦を想定して行われる。
今年はフェアフォード演習場の市街地を模した区画で行われていた。
夏の青空のもと、薄緑色したISが宙を踊っている。
イタリアの開発した第三世代型IS《テンペスタⅡ》。
世界に対して初披露となるその機体は、市街地の上を舞うようにビル群から飛んでくる模擬弾を全て躱し、右腕を構えた。
一瞬の間をおいてビルの屋上に並んだ的が吹き飛ぶ。
搭載された第三世代兵器『トリアイナ』が遺憾なく威力を発揮したのを見て、VIP席に座るイタリア軍高官や開発元の技術者たちは胸をなでおろした。
欧州連合第三次イグニッション・プラン選定候補機の中で最も開発の遅れていたのがこのテンペスタⅡ。
それだけにわずかな不備も他の二機種と比べて選定へマイナスに大きく響きやすくなる。
だがそれは今のところは無いようである。
自国の機体の状態に安堵しているイタリア陣営を傍目にテンペスタⅡを観察するように眺めている女性がいた。
中ほどよりも後ろにある列に座る彼女は観覧用のモニターではなく飛翔する機体を眺めていた。
ブルーのカジュアルスーツ姿は公用のスーツ姿が大半のVIP席において浮いているように見える。
「テンペスタⅡ……まあまあね」
そんな感想を口に出すと、それに応じるかのように後ろから男性の声が聞こえてきた。
「イタリアは欧州連合内では経済などで後れをとっている。せめてISだけでもどうにかしたいのだろう」
通路の階段を下りてきたスーツ姿の男をおかしそうに見た。
「あら、IS学園の秘蔵っ子がこんなところに来ていいのかしら?」
「そう言う君もアメリカのテストパイロットだろう」
隣に座りながらグラハムに返され、ナターシャは苦笑する。
彼の反対隣にはメイドが座った。
「あら、そっちの子は?」
「ああ。セシリア――《ブルー・ティアーズ》のパイロットの家のメイドで――」
「チェルシー・ブランケットと申します」
「ナターシャ・ファイリスよ。よろしく」
立ちあがった上でお辞儀をするチェルシーにナターシャも挨拶をする。
礼儀正しいメイドが再び席に着いたところでグラハムは尋ねた。
「どう見る? あの機体」
「そうねえ」
少し考えるようなそぶりの後、
「正直、ウチの《ファング・クエイク》とか中国の《甲龍》と変わんないかな。第三世代兵器も目新しいものではないわね」
聞く人によっては怒声を上げかねないような評価をナターシャは下した。
だが事実、イタリアの第三世代開発は先に開発された両機を参考にしている。
集音性はそこまで高くないのだろう、幸いにも前の席に陣取る関係者やパイロットには聞こえなかったようだ。
「なら、《グリフォン》はどうだ?」
「あら、ミスターも知ってたの?」
「そういうことに長けた知り合いがいるものでね。……で、どうだ?」
「どうだも何も、たったあれだけのデータで判断しろというのが無理な話ね」
「やはり、情報はないか」
「すくなくともアメリカは機体名と第三世代兵器搭載型ということぐらいしか掴んでないわ」
「成程」
やはりおかしい。グラハムはそう思った。
楯無とアメリカがそれぞれ掴んだ情報がそれだけというのはこの世界の諜報においてはありえないものだ。
いくらISの情報が世界でもトップクラスの機密であるとはいえ、公表の近い機体のデータがここまで手に入らないというのは考えにくいことだ。
現に先のテンペスタⅡ型をはじめとする各国が開発に力を注いでるISは少なくとも試験段階である程度情報が諜報機関は掴んでいる。
この諜報戦から逃れたISはIS学園が開発した(ことになっている)《カスタムフラッグ》と束が一から開発した《紅椿》だけである。
前者は協定により諜報戦の舞台から一応外された場でありわずか一週間で開発されたこと、後者に至っては開発者をまず見つけることができないという世界の干渉の難しい場であることが要因となっている。
そんな場ではなく、しかも《ラファール・リヴァイヴ》という稀代のISを開発した国だ。各国の目から逃れてISの開発などできないはずである。
「――そんなことよりも」
「む?」
「……ルフィナちゃん、どうしてる?」
「ルフィナ?」
突然出てきた名前に首を傾げるもしかしグラハムは思い出す。
ルフィナ・スレーチャーはアメリカの代表候補生。同じくアメリカでISのテストパイロットをしているナターシャと面識があってもおかしくはない。
「どうという意味合いはわからないが、元気にしているという意味では心配は無用だ」
「そう……」
グラハムの答えにナターシャはそう呟いた。
大した意味のないことだと、別に気にしていない風を装っているがどこか違和感を覚える彼女の物言いに今度はグラハムが尋ねた。
「ルフィナがどうかしたのか?」
「あの子は私の教え子だからちょっとね……」
「ファイルス様、お加減がよろしくないように見えますが?」
「そんなことはないわよ?」
グラハムを挟んで覗くように表情を見るチェルシーにナターシャは変わらず笑顔を見せるがどことなく無理をしているように二人には見えた。
それに加えただの教え子というだけには見えない。そうグラハムは思った。
「君は――」
グラハムが何かを問おうとしたとき、彼は何かを感じたのか咄嗟の動きで視線を演習場よりも右の方角へと向けた。
直後、爆発音が響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
突然の事態に演習参加者たちは驚愕した。
たった今発生したのは本来起こりえないはずの爆発。
それからわずかな時間をおいて爆発地点からノイズ入りの叫びが通信を通して基地全体を駆ける。
司令室では通信士と指揮官の怒鳴るような指示が錯綜していた。
「同士討ちだと!?」
「ハッ! グリフォンが周囲の部隊に対して突然攻撃を行い、テンペスタⅡも撃破された模様」
「ポイントA2被害甚大。救援を求めています!」
「《ブルー・ティアーズ》、《シュヴァルツェア・レーゲン》両機が出撃しました!」
「グリフォンとの通信は?」
「応答ありません!」
「搭乗者は殺傷してもかまわんと両機に伝えろ」
「ハッ!」
司令官用観覧室で演習を見ていたワイアットはあまりの事態に紳士らしからぬ形相で指示を飛ばす。
馬鹿め、と彼は悪態をついた。
「……ハイマン准将とデュノアの担当者を呼び出せ!」
苛立ちを一切隠すことなく部下に命令を下す。
まさか、ここまで間抜けだったとは。
フランスの最新鋭機が暴走しているという第一報が入ったとき彼は即時に状況を判断した。
亡国企業は最初からこれが狙いだったのだと。
機密の奪取と同時にこの演習を内部から襲撃する。
フランス軍機としてこうする分にはワイアットの狙いのうちの一つである、フランスの権威失墜を彼の手間をかけるまでもなく行ってくれたものとしてある程度の余裕を持てたはずだった。
だが、場所とタイミングが悪かった。
この演習はイギリスで行われており、名目上の責任者と連合軍の代表はワイアットだ。
つまり、この襲撃事件の責任が彼にも飛び火しかねない事態に陥ったのだ。
あまりのフランスの、デュノア社の無能さにワイアットは自身の事を棚に上げて内心、罵っていた。
な、なんて事をしやがるんだ! と英国紳士を気取る彼も心の中ではもはや声を荒げるていた。
それを口には出さない辺りさすが紳士の鏡というべきだろうか。
「閣下!」
「なんだ?」
「A1~4までの通信機器に異常が……!」
報告を聞いてワイアットの顔つきがさらに厳しくなる。
当該エリアの部隊がすべてやられたという情報は入っていない。
各ポイントからへの通信はつい先ほどまで多少のノイズがあるとはいえ問題なくできていた。
しかも該当するのはグリフォンがいるであろうポイントの周辺。
そして兵が見たという赤い粒子。
ワイアットの脳裏に嫌でもある事柄が浮かぶ。
「GN粒子……!」
IS学園が出した解析結果によれば現段階での対応策がない。
半径十数メートル圏内でのプライベート・チャンネルしか使用できないという情報も上がっている。
「止む終えまい。フォーメーションS28で各エリアにISを配置させろ。通信手段を遮断されてはかなわん」
この指示を出すのはワイアットにとっては苦虫を潰すような思いだった。
彼自身は確かにこの事態におけるISの有効性を理解している。
だが仮にも欧州連合の中でも反ISとして有名な彼がISの有用性をアピールするような命令を下さなければならないのだ。
数十匹では足りない程の苦虫がいたことだろう。
「……閣下」
副官がワイアットの耳元で囁く。
「これを……」
声を震わせながら双眼鏡を手渡す。
副官の様子を訝しく思いながら受け取ったワイアットは指さされた方角へと双眼鏡をのぞいた。
撃墜に向かわせた二機のISとグリフォンと思われるISが戦闘を繰り広げている。
グリフォンの姿を完全に捉えた。
「馬鹿な……!」
先程までとは違う驚愕の色で言葉をワイアットは発した。
あのISには見覚えがあった。
それは先日イギリス軍から強奪されたはずの――
「BT二号機!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
予想外の爆発に最初に気が付いたのと同様に観覧席で最も早く動いたのはグラハムだった。
「失礼」
彼は目の前に立つ男性からデジタル式双眼鏡を借り受けた。
「な、なにを――」
「失礼と言った!」
承諾うんぬん以前に問答無用に双眼鏡を手元から奪われ抗議する男性を視線すら向けずに一蹴し、多くの視線が爆発の起きた付近へと向けられる中、空へと双眼鏡を向けた。
爆発の直後、飛び出していった小さな影を持ち前の超視力でとらえていたグラハムは双眼鏡の最大望遠により鮮明にその姿を捉える。
黄系のカラーリングに大型のウイングスラスターを持つIS。
色合いと国旗からしてフランス所属の機体、おそらくはあれが《グリフォン》だろう。
見覚えのない形状の機体だ。
しかしグラハムの注意は機体そのものではなく、翼の付け根から放出される光の粒子に向けられた。
「GN粒子……!?」
わずかに驚愕を含んだ声をグラハムは上げた。
同時に彼の中にあった疑問が一つ解消された。
事前情報がまったくといっていいほどなかった新型のIS。
GNドライヴが搭載されている時点でその機体には自前ではない技術が使用されていることが容易に想像できる。そしてそれを持つ組織も容易に絞り込める。
ほぼ間違いなく、サーシェスの所属する組織が一枚かんでいる。
グラハムの目つきが鋭さを帯びた。
楯無の予想は当たったと言えるだろう。
そしてもう一つ。
何故彼らが機体を提供したのか。
いや、とグラハムはその疑問に対して否定を入れる。
最初から提供するつもりはなかった。
グリフォンの動きを見れば一目瞭然というやつだろう。
その裏にあることはまだ分からないがそれだけは確かだ。
グラハムは双眼鏡から目を離した。
「どう? ミスター」
「フランスはしてやられたというやつだろう」
そう言ってグラハムは双眼鏡をナターシャに渡す。
ナターシャとは反隣でチェルシーは望遠鏡を覗いていた。
グラハムはもう一度空へと視線を向けると左からISが二機、グリフォンへと向かっていくのが見えた。
視線を下におろすと、眼下では観覧席の前列に座っていた各国の軍、政府関係者はそれぞれが携帯端末で電話をかけようとしたがすぐに彼らは端末を耳から離すと画面を覗きこんでいた。
統制がとれているかのような同じ動作を見せる彼らに不審に思った周囲も携帯用端末を手にし、画面をつついたり振ったりしている。
だが通信端末はうんともすんとも言わないようでその表情には焦りが見えた。
GN粒子によるジャミング。
その様子を嫌というほど経験していたグラハムは特に驚いた風も見せずに今度は肉眼でグリフォンの方へと視線を戻す。
遠目から見ても、グリフォンの纏う光が強さを増したようにも見える。
「皆さん、誘導に従って避難をお願いします!」
背後から階段を下りながら軍服を着た女性が避難を促してきた。
「やっぱり、何かあるわね」
ナターシャは双眼鏡をグラハムに返した。
「まさか、ISの暴走でしょうか?」
「いや、違うな」
チェルシーの疑問をグラハムは即座に否定した。
「そうね。少なくともあの子のようにISに目的があるかのような動きじゃない」
「それに、暴走ならば搭乗者があのような表情などするまい」
グラハムの言葉にチェルシーは再び望遠鏡を覗きこんだ。
彼女の主であるセシリアとラウラを相手取り、戦いを繰り広げる黄色のIS。バイザーによって顔は口元しか判別できないが――
「笑ってる?」
搭乗者は確かに口元を歪ませていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
フランスの暴走機を補足したセシリアは驚いた。
塗装や国旗こそ違えどその機影は見知った機体のものだったからだ。
BT二号機――《サイレント・ゼフィルス》。
他のISと比べて巨大な反重力翼を背部に持つのが特徴的なイギリスの第三世代機である。
セシリアのブルー・ティアーズとは姉妹機であり、第三世代兵器『ブルー・ティアーズ』を同様に搭載している。
ただし通常のビットの代わりにシールド・ビットをラックも兼ねた翼に装備している。
このビットラックこそゼフィルス最大の特徴であり、何度もその姿を見たセシリアが見間違えるはずなどない。
――でも、なぜ?
ゼフィルスは数か月前に研究施設から強奪されたはず。
それが今、フランス軍所属機として立ちはだかっている。
しかも――
「GNドライヴ……!」
ラウラの言葉の通り、ゼフィルスはその翼の付け根からオレンジ色の粒子を放出している。
その光を何度も目にしていたセシリアとラウラが見間違えるはずもない。
確か、学園が鹵獲したもの以外は誰が所有しているのかすらわかっていないものだとか。
グラハムが言っていた言葉をセシリアは思い出す。
そんな機関をフランスが持っていた……?
嫌な疑念が湧き上がる。
「セシリア!」
ハッと意識を戻し、咄嗟の動きで右へと機体を傾けた。
直後、二発のレーザーが機体を掠めていく。
補足されたことに気が付いたのだろう、ゼフィルスはビットを展開、レーザーを放ってきていた。
「なにをしている!? ボヤッとするな!」
「わかってますわ!」
頭に渦巻いていた思考を振り払うようにレーザーライフルを構える。
考えるのは倒してからですわ!
レーザーを放ちながら後退するゼフィルスを狙撃する。
だがそれは展開されたシールド・ビットによって弾かれる。
ラウラもAICによって動きを止めようとするも相手の細かな軌道修正に当てることができない。
「ブルー・ティアーズ!」
セシリアも自身のビットを展開するが、
「!」
非固定ユニットから射出された四機のレーザー搭載型ビットのうち右からゼフィルスを狙っていた二機がほぼ同時に撃墜された。
機体の次は相手の技量にセシリアは驚愕した。
AICを続けざまに回避するという高速機動下での精密射撃を一瞬で二発同時に決めている。
しかも六機のビットを同時に制御しながらである。
セシリアの技量よりも高いことは敢然としているだろう。
「……ですが!」
残りのミサイル搭載型二機を射出する。
それらを展開した際、わずかにレーザー型二機の動きが鈍くなる。
ゼフィルスはそれを見逃すことなくまたしても二機同時にレーザーを叩き込む。
直撃を受けたビットが爆散する。
生じた煙に乗じてラウラが『瞬時加速』で突っ込む。
突撃しながら両手に展開したプラズマ手刀を叩きつけるように振り下ろす。
チッ、と舌打ちをしながらゼフィルスはビームサーベルを展開、光刃で受け止める。
勢いこそあったが、もともとのパワーの違いと武装の出力の差で劣る相手にラウラは手刀を浸食されるより早く身を後ろへと翻し、レールカノンを向ける。
放たれた弾丸は直撃とまではいかなかったものの右の翼を掠め、削り取った。
「どうやら、接近戦は不得手のようだな」
「……Cナンバーとはいえ遺伝子強化素体はだてではないということか」
「ッ!? 貴様……何故それを」
「答える義務はない」
わずかに眉が吊り上ったラウラに対して口元に嘲笑を浮かべながらゼフィルスはシールド・ビットを全て向けると、レーザーを放った。
ラウラは咄嗟に回避しようとするが向かってきた光の線は四本。
なんとか避けきるも、生じた爆音に思わず視線を向ける。
それはシールド・ビットの砲門からはまったくの別方向、ゼフィルスにとって死角ともいえる位置。
落下していく破片はセシリアのミサイル・ビットだったものだ。
「そんな……!?」
信じられないという面持ちのセシリア。
ラウラの斬撃をいとも簡単に防いだこともそうだが、死角へ放ったはずのビットを撃ち落された。
それもあり得ない方法でなされたことが何よりも信じられなかった。
偏光制御射撃!?
BT兵器高稼働時に使用できるとされるが――
わたくしですら発動できていないというのに。
思わず悔しさに表情が歪む。
BT兵器適性が最も高いはずのセシリアでさえも発動できないことを敵はさも当たり前のように放ってきた。
強奪した相手の方が、適性が高い。
その事実はプライドの高いセシリアを激昂させるのには十分だった。
「この……!」
右手にショートブレードを出現させると残り二機となったビットを引きつれ、飛びかかっていった。