《グリフォン》が搭載されていたトレーラーはハンガーを兼ねたコンテナ部を見るも無残に破壊され、鋼鉄製の外壁は溶切されたような穴がいくつも開いている。
だがトラクタなどは車両としての機能は一切失われてはおらず、グリフォンこと《サイレント・ゼフィルス》が飛び出した後、このトレーラーもまた走り出していた。
その運転席でハンドルを握るのはISの護衛任務に就いていたはずのゲーリー・ビアッジ。
彼は助手席に置かれたアタッシュケースを指でトントンと軽く叩きながらまるで笑いをこらえているかのようにゆるく閉じられた口から笑い声を漏らしている。
おもしれえな。
チラッとアタッシュケースに視線を送る。金属製のケースにはしっかりとデュノア社のロゴが刻まれていた。
裏切り者の処分と連合の機密の奪取の両方をやるとはな。
この世界に来てからというものなかなかどうして面白いクライアントに出会うと彼は一人ごちていた。
外からは爆音が響き、爆風の衝撃を空け広げた窓から、車体越しから受ける。
その感触がたまらなく彼の愉悦感をあおった。
いくつもの爆発を生んでいるのは今ここからを突き破っていったフランスの最新型機。
だけどパイロットは亡国さんの人間。
だが関係ねえ。
フランスのISが各国の部隊を襲っている。
これだけなら《福音》と同じ流れで終わるかもしれない。
だがグリフォンにはGNドライヴがついている。
それを見せつけることでフランスは内外から疑惑の目を向けられ、猜疑心はやがてフランスのみならず全ての国へと伝播する。
その結果行き着くのはただ一つ。
「本当におもしれえな」
楽しそうに彼は呟いた。
『応答せよ、ビアッジ少尉』
周辺の部隊からだろう。
先程から何度も彼に応答を求める通信が入ってくる。
すべて無視しながらも通信回線だけは開いたままにしていた。
任務はほぼ完遂したし、取引相手の肝の太さを見れたりと彼としては面白味のある任務であったことは確かだ。
ただ不満もあった。
一つは彼自身が戦闘に参加していないということだ。
取引先へと出向いた際にボーナスの支給をビアッジに持ちかけてきた。
ここにはそのボーナスがたくさんいる。それにもかかわらず彼自身は戦闘を極力避けるようお達しが降りていた。
そしてもう一つ。
「なに遊んでやがんだ、あのガキ」
窓枠に腕をかけながらビアッジはぼやきながら空を見上げた。
敵を攪乱させてから離脱する手はずだったはずのゼフィルスがいまだにIS二機を相手取っていたのだ。
量産性を重視した出力の低いタイプとはいえ仮にもGNドライヴ搭載機のゼフィルスがNGN機二機に手間取っている。
時間、ねえんだがよ。
面倒くさそうに舌を打ち、搭乗者を急かすために通信を入れる。
「………………」
少しの間をおいて表情が変わる。
ククク、とビアッジは笑った。
あのガキ、いっちょ前にボーナスを狙うとはよ。
「予定変更! こっちも好き勝手やるか」
思い切りハンドルを右に切ると、トレーラーを一番近くのISへと向ける。
そのままハンドルを固定し、助手席のバッグを片手にコンテナの中へと入る。
パチン、と指を鳴らす音がなると同時に暗い簡易ドッグの片隅に全身装甲のISが現れた。
まるで滲むように光学迷彩を解いた《ヴァラヌス》に彼は嬉々として身を預ける。
『認証――完了
搭乗者――アリー・アル・サーシェス』
「悪ィな! 摘まみ食いさせてもらうぜ」
ギラッ、とツインアイが紅く光る。
右手にもった長大なライフルの銃口を運転席へと向ける。
「まずは景気づけってな!」
紅色のビームが彼の乗っているトレーラーを吹き飛ばし、数十メートル離れた《ラファール・リヴァイヴ》に直撃する。
「ククク……ハハハハハハッ!」
今までこらえていた分を吐き出すかのようにビアッジことサーシェスは盛大に狂笑を上げた。
ライフルの代わりにバスターソードを握り、サーシェスは飛び出す。
一撃で沈められたラファールへは一切の興味を示さず、センサーを操作しある画面を表示させた。
「確か、ドイツのパイロットだったな」
情報を確認するとセンサーで索敵、一番近くのレーゲン型の元へと突っ込んでいく。
わずか数秒で距離を詰めたサーシェスは大きく振りかぶったバスターソードを黒の機体へと叩きつけ、レーゲンの両手に出現させた青い光刃がギリギリのところで阻んだ。
「おい姉ちゃん」
「!?」
バスターソードを押し込みながらサーシェスは通信ではなく外部用スピーカーから声を発した。
相手はどうやら話しかけてくるとは思わなかった様で必死の形相でありながらも驚愕の色が見て取れる。
「遺伝子強化素体ってのはテメェのことか?」
「なぜ、それを――」
まさか、と搭乗者の女性があえて突き飛ばされるように距離を取った。
その表情は鋭い。
「まさか、貴様は奴の――!?」
「質問してんのはオレだろ!」
サーシェスが飛び込み、その大振りな刃を持つ実体剣で斬りつける。
並みの機体と搭乗者では対応しきれないであろう斬撃を、レーゲン型の高機動使用である《シュヴァルツェア・ツヴァイク》は持ち前の機動力を駆使して回避、同時に右手の高出力型プラズマ手刀を展開した。
先程ヴァラヌスの一撃を防いだ標準搭載型とは違い腕部装甲を覆うようにしてプラズマ出現口を持つツヴァイク専用のプラズマ手刀。
プラズマを纏わせた右手をサーシェスが得物を翻す前に貫手の要領で突き出した。
「やるじゃねえか!」
GN粒子発生装置をわずかに抉られたヴァラヌスから楽しそうな男の声が発せられた。
まさか、伸びるとはな。
チロッとサーシェスは舌を覗かせる。
プラズマを纏わせた右手の装甲が伸び、それがサーシェスの距離感をわずかに狂わせた。
結果として戦いを楽しむためにGN粒子による装甲強化とISの防御機能をあえてカットしたのが仇となり、機体の左肩を抉られることとなった。
だがサーシェスはそんなことを気にもかけずむしろ悦んですらいた。
刃が伸びるのは見たことあるが、まさか装甲まで伸びるとはな。
予想外の機能を持ち、斬撃をかわした上で一撃を放ってきたレーゲン型にサーシェスは口角を釣り上げる。
「やっぱこうで……あん?」
大きくバスターソードを振りかぶろうとしたとき、横槍を入れるかのようにサーシェスの目の前にデータが映し出された。
『敵機データ更新』と書かれたデータ項目を背景に映されている敵の動きを捌きながら読み取る。
『敵機《シュヴァルツェア・ツヴァイク》 搭乗者クラリッサ・ハルフォーフ 非捕獲対象』
なんだよ、とツヴァイクの手刀を払いのけながらぼやく。
「姉ちゃん、人間か」
そういや、とサーシェスは先程見ていたデータを思い出す。
シュバルなんとかでISに乗ってんのは三人。
そのなかで遺伝子強化素体は二人。
……完全に外れじゃねえか。
センサーに映るレーゲン型三機。
一機はゼフィルスと交戦中でもう一機は目の前。
そしてもう一機は、ツヴァイクのすぐそばの地点にいた。
ボーナスチャンス到来ってな。
ニヤリ、と口元を歪めたところへ再びツヴァイクが斬りかかってきた。
「悪いな姉ちゃん、ボーナスかかってんだ」
バスターソードで軽々と受け止め、弾き飛ばす。
「このっ!」
クラリッサは弾かれながらもツヴァイクの肩に搭載されたリボルバーカノンを放った。
機動性を重視した機体なので《シュヴァルツェア・レーゲン》のよりも火力が抑えられているが高い連射性を誇るカノン砲から一度に数発分の砲弾を高速で放つ。
それらへの回避を取りながらも接近してくるサーシェスに向かって左手を突き出す。
だが勘のいい敵はPICを軽々と避けてしまう。
何度も接近してくる相手にリボルバーカノンとプラズマ手刀、そしてPICを駆使して応戦しようとするもヴァラヌスと呼ばれる機体は先ほどまでとは違い小刻みに動いて的を絞らせず、右手のバスターソードと、左手に展開されたライフルを巧みに操り、ラフファイトじみた攻撃法で攻めてきた。
サーシェス独特のリズムでの攻撃に翻弄され、クラリッサは防戦一方になっていった。
それでもクラリッサは喰らいついていた。
この男が、奴らに関わっているかもしれない。
何回も苦杯をなめさせ続けられた久遠の仇敵というべき相手。
今、目の前にその敵への手がかりをもつだろう存在がいる。
そこに部下を守るという副隊長としての矜持が加わり、サーシェスの連撃を耐える。
『副隊長!』
最も近いエリアにいる部下から通信が入る。
『司令から指示が出ました。もうすぐで配備完了です!』
「了解!」
声には出さず頭に応答の言を受かべる
意識は完全に敵に向け、問題はないはずだった。
だが――
「よそ見すんなよォ!」
熟練した軍人のプライベート・チャンネル、一秒にも満たないそのわずかな瞬間を歴戦の傭兵は見逃さなかった。
サーシェスはバスターソードを下に構えて間を詰め、クラリッサが意識のすべてを戦場に戻したころには右腕の強化型プラズマ手刀が腕の装甲ごと斬りとばされていた。
咄嗟に左のプラズマ手刀を展開するも、
「ちょいさあ!」
翻された刃に跳ね上げられ、残ったリボルバーカノンも背後を取られると同時に弾け飛ぶ。
「もった方だが姉ちゃん――」
サーシェスは冷たい声音で言葉を発した。
彼としてはそれなりに楽しめたのが本音だ。
戦場としての死と隣り合わせという臨場感はまあまああった。
だが同時に物足りなさも彼は覚えていた。
まあ、とにかくだ。
「こいつで終わりだァ!」
振り向きざまに横薙ぎにバスターソード振るおうとした時だ。
『サーシェス』
突如、女性の通信が割り込んできた。
落ち着いた女性の声音にサーシェスは忌々しそうに舌をうった。
「なんだ、スコールさんよ!」
『撤退しなさい』
「ああっ!?」
『すでに目的は達したはずです。これ以上そこにいるのは無意味です』
それに、とは猛るサーシェスの声にまったく動じることなく言葉を繋げる。
『周囲の状況がわからない程、貴方はおろかではないでしょう』
「――わかったよ」
レーダーに映る敵機の陣形を見ながらサーシェスは吐き捨てるように言った。
彼の両腕から武装が消え、背部にコンテナのようなユニットが現れる。
突然のことにクラリッサをはじめサーシェスを囲むように展開していたISたちは身構えるが、サーシェスは気にするそぶりも見せず、ゆっくりと高度を上げていく。
コンテナがスライドし、オレンジ色の粒子が放たれる。
広がっていく光の奔流は、ヴァラヌスを中心に翼を象っていきある姿を彼らに連想させた。
「天使……」
かつて天使と呼称された《0ガンダム》が魅せたものとは比べ物にならない、夕日のごとき彩色の翼は神々しく輝き、見る者を畏怖させる。
そしてその翼は本当の戦場と化した演習場にさらなる変化をもたらした。
「プライベート・チャンネルが……!?」
ISの搭乗者達から戸惑いと驚愕の入り混じった声が上がる。
GN粒子によるジャミングに唯一対応できたはずのプライベート・チャンネルによる通信が遮断されたのだ。
ヴァラヌスが放つ粒子光の翼はただシャットアウト機能が強力なだけではなく、演習場一帯の通信網を完全に遮断すらして見せた。
個々の通信すら不能にさせられ、演習場はわずかに残っていた冷静さを失い、機能不全に陥った。
その光景をサーシェスは眺めていた。
こうなるとあっけないもんだな。
鹵獲すべき相手を目の前にして混乱に陥っているISや兵士たちを冷めた目で見下ろしていた。
だがすぐに彼の目が、まるで獲物を見つけた獣のように輝く。
こんなとこにいるとはなァ!
観覧席へと向けられた紅のツインアイ。
無表情であるはずの機械の顔が嗤っている、そう見せるほどにサーシェスは狂気をはらんだ笑みを浮かべていた。
だが同時に早まるなと彼の思考は自身の欲望を諌める。
すでにゼフィルスが離脱したのを彼のレーダーは捉えていた。
スコールの言うとおり、もうここには用はない。
まあ、今日のところは、
「挨拶ぐらいにしておくか!」
右手で大型のライフルを握り、粒子ビームを放つ。
狙いは観覧席。
紅の光が地上へと一直線に奔る。
それが観覧者保護のためのエネルギーシールドを貫いたところで何かに弾かれるのをヴァラヌスのセンサーが感知する。
そして蒼い光弾がまるでビームが跳ね返ってきたかのように間髪入れず駆けてきた。
彼はわずかに機体を逸らすことでリニア弾を避ける。
ニヤッ、と怖気の奔る笑みを浮かべ拡大されて映るISを見下ろす。
漆黒で彼と同じくGNドライヴを持つ機体。大振りな光刃のビームサーベルを左手に持ち、右手のリニアライフルを彼へと向けるその姿は、遠目に見ても一部の隙もない。
さすがユニオンのトップガン、相変わらずおもしれえことしてくれる。
連合のIS達が対応できなかった不意打ちともいえる射撃を弾き、一瞬で切り返す技量はサーシェスをもってして舌を巻くほどだ。
それでも彼は余裕の表情を一切崩さなかった。
『サーシェス』
「おう」
ゼフィルスからの呼びかけに答えるとサーシェスは《GNフラッグ》に背を向け、紅の光翼を羽ばたかせるかのように飛翔していった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空を睨みつつグラハムは右手のリニアライフルを量子化した。
「…………」
今しがた彼方へと去って行った機体は間違いなくスローネヴァラヌスだった。
先程の戦いぶりからしてもパイロットはサーシェスに違いはないだろう。
これでグラハムは確信した。
グリフォンは間違いなくサーシェスのいる組織によって用意された機体。
だが同時に彼には分からないことがあった。
《スローネ》での襲撃や対福音作戦のときからサーシェス達は一夏を狙って動いているものと考えていた。
だが今回は一夏とは考えられる限り無関係といえるだろう。
一応一夏とは関係のない事件の背後に彼らの影を見ることはあったがここまで表立って動いたことは二年前の0ガンダムによるモンド・グロッソ襲撃以来なかったはずである。
しかも一夏を狙っての襲撃は二件ともIS学園とIS委員会の情報統制により一般市民が知ることはなかった。
しかし今回は一般人も二万人が観覧しており、当然メディアも取材に来ていることだろう。
そんな中で行動を彼らは起こしたのである。
何が狙いだ。
自分たちの存在を世界へさらけ出す目的はなんだ?
疑問が沸き立つ頭を落ちつけようとグラハムはかぶりを振った。
そのときフラッグのツインアイが左手に握られたビームサーベルを捉えた。
先程放ったハイパービームサーベル(命名グラハム)の反動ですでにビーム刃は消失しており発振器からは灰色の煙が上がっている。
どうやら、やりすぎたようだ。
小さい溜め息とともにガキリ、と左肩のGNドライヴが背部へと移動する。
それとほぼ同時に観覧席へと降り立ったグラハムはフラッグを待機形態へと戻した。
これ以上のISの使用していては千冬女史や楯無にどやされてしまう。
ISの許可された区域以外での使用は国際法で固く禁じられている。
それを今彼は緊急事態とはいえ破り、その上武装まで使用した。
私とて元軍人、なにも思わないということはないさ。
彼を知る人間が聞いたら耳を疑うようなことを内心で言いながらしかしすぐに頭を切り替えた。
大半の避難が完了し、ほとんど人のいなくなった観覧席の階段をのぼり終えたときもグラハムの表情は厳しいままだった。
演習シリーズは設定や原作改変などの説明を主としたんですが段々と長くなってしまった上にいつも以上にグダグダになる始末。
遅れてしまった上にこれでは本当に申し訳ないです。
次でなんとか今話は終わります。
ちらほらどこかで聞いたり見たりしたような方々もいたかもしれませんが一部を除いて再登場は多分ありません。