深夜、IS学園学園長室。
応接用のソファに生徒会長楯無は一人で座っていた。
「お待たせしました」
重厚な音と共に彼女の背後のドアが開き、初老の男性が入ってきた。
「いえ。委員会の会合、お疲れ様でした」
ソファから立ち上がって男性を迎える楯無はいつものような茶目っ気は一切出すことなく凛としている。
いえいえ、と片手を振りながら柔和な笑みで応じながら男性は部屋の中で最も立派な机までいくとその机を使う人物の為の椅子に腰を下ろした。
この温和な男性がこの部屋の主、IS学園を実質取り仕切る学園の長、轡木十蔵である。
男卑女尊の世の中であり、その象徴であるIS学園ということもあり表向きは彼の妻が学園長をしており、彼もまた表向きは用務員をしている。
「委員会の緊急会合、どうなりましたか?」
再びソファに座った楯無は真剣な表情を十蔵へと向けた。
彼は組んだ手を机の上に置くとため息を一つ漏らした。
「フランスへの非難がひどいものでしたよ。てっきりそれだけで終わるのではないかと思いました」
欧州連合軍軍事演習への襲撃から二時間後、IS委員会は緊急理事会を開き被害の確認と襲撃機や対応について協議がなされた。
だがIS学園実務代表としてオブザーバー参加していた十蔵の言の通りフランスとイギリスへの責任追及から始まることとなった。
アメリカと日本が頃合いを見て収拾させるも、結果として膨大な時間が割かれた。
「とりあえずですが、緊急の警戒態勢を敷くことになりました。すでに衛星『ゼダン』が動いています」
「私も先ほどロシアから通信がありました」
『緊急通信』と表示された通信端末を楯無は十蔵に見せた。
「三時間後には学園に迎えが来るそうです」
「おそらくアメリカのスレーチャーさんや中国の凰さんも受け取っていることでしょう。楯無さんは大丈夫ですか? こうなると政府から更識家としても動くよう指示が出るはずですが……」
更識家は対暗部の任を代々担っており、同時にその暗部を相手取る技能により諜報の任までも国から任される家系である。
その当主である十七代目『楯無』である彼女は当然日本からも襲撃事件に関して動くことを命じられることになるだろう。
だが彼女はロシアの代表操縦者でもあるため同時にことをなすのは並大抵なことではない。
「それなら大丈夫です」
楯無はどこか嬉しそうににこりと笑みを浮かべた。
「簪ちゃんが手伝うって言ってくれたんです」
「妹さんですか。ですが彼女とは……」
「ちょっとありまして、今日も一緒に夕飯を食べたんです」
「そうでしたか。そこまで距離を縮められたんですね」
十蔵の笑みは教育に携わる者として生徒が一つ成長していることを喜んでいるようだった。
「それでも、夏休みとはいえこの時期に生徒会長に居なくなられるのは私としては困るんですがね」
「それも大丈夫ですよ」
ニコッとしかし先程とは違う少し黒い笑みを浮かべる楯無。
「副会長に後は任せるつもりですから」
「副会長……彼ですか」
「すでに連絡は入れてありますから、戻り次第すぐに取り掛かってもらうつもりです」
ふむ、と思案気な表情の十蔵はトンと指で軽く机をたたき投影型モニターを出現させた。
そこには一週間前に楯無が申請した生徒会メンバーの名簿が映っており、その一番下の名前に彼は目をやった。
「グラハム・エーカー。君も随分思い切った人選をしましたね」
声に合わせるように画面にグラハムの学内データが表示される。
学年の成績や教師陣からの評価などが細かに項目分けされており、特記事項としては千冬から学園におけるテストパイロットに近い役割を与えられていることが書かれていた。
十蔵も用務員として校内の掃除などをしている際に生徒から話を聞くが、それらとデータでは食い違う部分もあり、グラハムという人物を測りかねていた。
「で、どうです? 更識くんから見たエーカーくんというのは?」
そう尋ねられ、楯無は
「そうですね」
と前置きをしたところで彼女はふとグラハムと初めて出会った時のことを思い出した。
それは彼の入学試験の相手をした時だった。
「グラハム・エーカー、キミの存在に心奪われた男だ!」
………………。
わずかに思考が停止する。
幸いあの時よりも早く復帰するも真正面で満面の笑みを浮かべて発せられた言葉を思い出すたびになぜか楯無は調子を崩されてしまう。
コホン、と軽く咳払いをして元の調子に戻す。
「冷静沈着な熱血漢、大人で子供というところでしょうか」
相反する単語を合わせた二つの表現、楯無としてはこれ以上はないだろうという言葉に十蔵もおぼろげながらにグラハムを理解する。
とりあえず教師や生徒たちの間での評価の違いがなんとなしに分かったことで彼は微笑を浮かべる。
そこにコンコン、とノックする音が鳴った。
「どうぞ」
そう十蔵が応じるとドアが開いた。
「遅くなりました」
「休暇中に申し訳ありませんね、織斑先生」
スーツ姿の千冬がそこにいた。
「さて、三人そろったところで始めますか」
学園二つの長と緊急時にすべてを一任されるブリュンヒルデ。学園の主要人物による会議が始まった。
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「ぶえっくしゅん!」
分かりやすいクシャミをしたのはグラハムだ。
体調管理は完璧であることから風邪であることを思考に浮かべることすらせず彼は
「誰かが噂をしていると見た」
と一人ごち、ゆったりとしたシートに背を預けた。
グラハムは日本へと飛ぶ旅客機に乗っていた。
しかも二百万円は下らないであろうファーストクラスにである。
幼い頃、軍に入る以外空を飛ぶ方法がなかったと語っていた彼が利用するとは思えない座席というよりはもはや個室ともいうべき空間。
勿論、グラハムがとったわけではない。
彼がここにいる理由は演習直後にまでさかのぼる。
ヴァラヌスの一撃を弾きとばしたグラハムは先に避難するよううながしたナターシャとチェルシーと合流しようとしていた。
そこを警備兵に呼び止められ、連行された先にいたのは欧州連合軍司令グリーン・ワイアットだった。
IS無断使用について尋問を受けることを覚悟したグラハムだが、ワイアットは紳士的な微笑を向けヴァラヌスの攻撃を防いだことに対して丁重に礼を言ってきた。
反ISで知られるワイアットだが彼はこの件に関しては緊急事態であったことを踏まえグラハムに責が及ばないことを約定し、その素早い手回しにより数時間後に開かれたIS委員会緊急会合でグラハムの名が上がることはなかった。
そしてワイアットは、
「紳士は、お礼をしっかりとするものだ」
と言い、グラハムに日本行の航空券を渡したのだ。
同時にワイアットから各国が代表及び専用機持ちの召集がなされるであろうことを告げ、帰国を促した。
携帯にはナターシャが帰国命令を受け、すでに出国したことを伝えるメールが入っていたことからグラハムはワイアットの申し出を受けた。
それにしてもここまで豪華絢爛な席を用意されているとは思わず、案内されたときグラハムは思わず苦笑をこぼしていた。
いろいろと裏があるのだろうが着けられたりはされていなかったので彼は気にしないことにした。
それよりも気になることがあったといのもあったが。
「あのとき」
グラハムは呟いた。
窓の向こうへと向けられた視線は外に広がる空を楽しむものではなかった。
思案気な鋭い目はモニター越しに見たISの姿が見えていた。
機体よりも巨大な光翼を纏い、大型のライフルを向けるヴァラヌス。
その銃口から放たれた粒子ビームの威力は以前のものより明らかに出力が高かった。ハイパービームサーベルを使用しなければ弾けなかったであろう程に。
威力だけなら《スローネアイン》のランチャー砲に比肩するほどだ。
それだけではない。
GN粒子を放出したバックパックに《シュバルツェア・ツヴァイク》との戦闘で使用していたバスターソードはそれぞれ《ドライ》、《ツヴァイ》の武装だ。
ファングを使用しているところは見なかったがサーシェスはツヴァイのパイロット、おそらくは搭載されているだろう。
つまりスローネ三機の武装がヴァラヌスに集約されたということだ。
この事実は正直グラハムにとっていいものではない。
もし、ヴァラヌスと《GN-X》の関係性が私の予想通りなら――
特に彼が以前より立てていた仮定と合わせると状況は悪い方向へと進むであろうことは容易に想像できた。
せめて――……
そう思ったところでグラハムの口端に自嘲めいた笑みが浮かんだ。
「私らしくないな」
彼はかぶりを振るい、再び意識を思考の海へと沈めた。
それは空港に降り立つまで途切れることがなかった。
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某国にある亡国企業の活動拠点
サーシェスがあてがわれた部屋で酒を飲んでいるとモニターから呼び出しのコールがかかった。
カランと氷が滑る音を鳴らしながらグラスをテーブルの上に置く。
彼は立ち上がり部屋を見渡した。
洗礼された調度品が備え付けられたその部屋の奥にはベッドが二つ置かれていた。
奥のベッドは空だったが手前のベッドでは毛布が盛り上がっている。
サーシェスはゼフィルスの搭乗者の少女と同じ部屋を用意されていた。
冗談半分に取引相手から手を出さないように言われているが、
――ガキに欲情する性癖なんざねえよ。
と幸いというべきかそういう気はさらさなかった。
彼はベッドに眠る少女を一瞥すると部屋を出た。
しばらく歩くとこれはまた厳かな両開きの扉の前に着いた。
中に入室の確認をすることもなくサーシェスは扉を開けると中に入った。
そこは奥に広く豪華な飾りで溢れかえっており、中央に長テーブルが置かれた部屋はまるで中世貴族の屋敷の食堂を彷彿とさせる。
だがその部屋には誰もおらず、テーブルを挟んだ部屋の奥に大型のモニターが掛けられていた。
手近な椅子にドカッとサーシェスは腰を下ろすとモニターに女性が映った。
「ようスコール」
彼はモニターに映る薄い金髪の女性に右手を軽く上げる。
『改めてご苦労様、サーシェス。あなたが奪ってきたモノは無事に届けられたわ』
スコールと呼ばれた女性は笑みを浮かべている。
薄暗い背景にあって彼女の美しい容貌はまるで夜空の月のように映えている。そんな美女に笑みを向けられるもサーシェスはハッと皮肉めいた薄笑いを浮かべていた。
「そっちの場所を教えてくれりゃいいものを警戒感丸出しにしておいてよく言うぜ」
冷徹で鋭利な刃物を思わせる視線をスコールにぶつける。
かつてその目を向けられた豪胆な女性記者は背中を粟立たせ、戦慄が全身を駆け抜けたほどだが彼女は笑みを崩さなかった。
『ごめんなさい。オータムがどうしてもあなたを信用できないと言って聞かなくて』
『私は構わないと言ったんだがね』
モニターの向こう、スコールの隣に男性が入ってきた。
その姿にほう、とサーシェスは口端を釣り上げた。
「社長自らお出ましとは光栄ですな」
『サーシェス』
『構わないさ』
咎めるような口調のスコールを男は諌めた。
『さて、ビジネスの話をしよう』
世界はゆっくりと動き出した。
グッダグダしてしまいましたが演習編はとりあえずここまでです。
説明回的立ち位置で前後編で終わる予定がどうしてこうなってしまったんでしょうか。
話は変わりますが農家の二番目の兄が
「グフに乗せて似合うキャラがいるガンダム作品は良作」
ということを言ってましたがどうなんでしょうか?
次回
『変わる世界』
数多の刺客が漢を襲う