八月も半ばに入ってもIS学園は部活動などで一定以上の活気に満ちていた。
そんな学園の本校舎の一室でグラハム・エーカーはもう数時間以上机と向き合っていた。
彼の目の前には山のように積まれた書類があり、かれこれ一週間近くそれらと孤立無援で対峙し続けている。
四月に交わした楯無との約定によって生徒会副会長という立場を引き受けることとなったグラハムだが、その目的はIS学園における『対ガンダム調査隊』を生徒会と千冬で組織するからなのだが現状を見る限り、いいように仕事を押し付けられているように見えなくもない。
イギリスからの帰路でメールを受け取った際にグラハムも何も思わなかったわけではないが事態が事態であるため『その旨を由とする』と楯無に返信をしている。
因みに山積みにされた書類は分けると重要な案件は一割にも満たず、他の九割はさらに三分割できるが、グラハムには理解できるものではなくそのまま一纏めに山を再構築していた。
「ひとまず、纏ったと言えるだろう」
書類を分類し終えたグラハムはひとまず筆をおき、息を吐いた。
やはり、デスクワークというものは苦手だと肩を回しながら彼は思った。
元軍属でテストパイロットも務め上げたグラハムだが書類仕事はあまり得意だったとはいえなかった。
そこにどうしても先週の一件について思考が行きがちとなれば捗らないのも無理からぬ話だろう。
その証拠に朝の八時頃から始めた仕事だがすでに正午を大きく過ぎていた。
腹が減っては戦はできぬという言葉がある。
ここでグラハムは昼食を取るべく食堂へと向かった。
窓から入る強烈な夏の日差しを浴びながら外の景色へと目をやる。
空は青く雲一つない、絶好の飛行日和だと思いつつそんな暇もなければここには愛機がいないことを彼は惜しんだ。
《GNフラッグ》は機体の整備のために学園の整備部門に回されていた。
本来ならグラハムが自身の手で行うことだが、襲撃事件に関連してIS委員会から早期のGNドライヴのデータ提出を求められることとなり、性能実証のデータ収集も兼ねて預けられることになった。
その際に演習の際に奪取した用途不明の小型の機械も楯無と千冬経由で解析を依頼した。
彼の読み通り高い技術が細部にまで使用されていることから思うように進んではいないようで、わかったこといえば四本の脚部にプラズマリーダになっていることぐらいである。
やはり一週間で解析を終えるのは不可能ということか。
だが悠長に構えることもできないのも事実だ。
思考の海に沈もうとしたがハタと廊下のT字路で足を止めた。
グラハムの前と右に伸びる通路から少女が二人、まるで粉塵を上げるかのような勢いで突っ込んできた。
その目は爛々と輝いており、止まる気はさらさないようだ。
前触れもなく起きた事態に対して彼は一切動じることなく角に立っている掃除用ロッカーを開け、掃除用の道具の箒を一本取り出すとブラシを剣先にして構える。
正面から走り込んできた少女は袴姿で片手には竹刀が握っており、右手側からきた少女はその手にボクシンググローブをはめていた。
先に間合いに入ってきた剣道少女に対してグラハムは振り下ろされた竹刀を絡め取るように箒を振り払い、返す箒で少女の鼻先ギリギリのところで止める。
手からすっぽ抜けた竹刀を右手でキャッチすると横へ飛び込むようにボクシング少女の方へと向かっていく。
彼女の体重の乗った重いパンチに彼もまた竹刀の柄尻を叩き込む。
渾身の右ストレートを弾かれ、ボクシング少女は反動で後ろへとバランスをわずかに崩す。
すぐに体勢を整えるも一瞬とはいえできた隙をグラハムが見逃すはずもなく、すでに眉間に箒がぴたりとつけられ、ペタンと腰を落とした。
立て続けに二人を返り討ちにしたもののグラハムの目はすでに新たな敵を捕らえていた。
それはボクシング少女が駆けてきた廊下の向こう、体育館への連絡通路と交差する角からテニスラケットを持ったこれまた少女が現れた。
不敵な笑みを浮かべ、
「戦いは数よ! エーカー君!」
と隣に置かれたかごに山積みにされたテニスボールをとるとグラハムへ向けて何発もサーブを繰り出してきた。
容赦なく飛んでくる無数のボールをしかし彼は避け歩を進める。
歩みながら最小限の動きで回避し百数十キロの速度で飛来する弾丸を回避する。
標的を外したボールは窓ガラスを割り、壁や床をへこますなどの被害をもたらす。
それほどの威力のもつものなのか。
戦いの中でもグラハムはそう感嘆するだけの余裕があった。
テニスとはすさまじいスポーツだな。
またしても眼前に迫る黄色の弾丸。
数にして十球。
一つでも当たれば致命傷……
「では、当たらなければどうかな?」
首をわずかに傾けそれらを避けてみせる。
そうして距離を詰めていき、ついにはテニス少女を間合いに捉える。
ここまで迫られるとは思わなかったのか少女は驚きの色を隠せない。
だがそれは戦場では命取りなのだよ!
竹刀と箒を持った両手を大きく振りかぶる。
「隙ありィィ!」
前へと飛び込み一気に間合いを詰め、振り下ろす。
その姿を見る少女の目はもはや戦意はなく涙すら浮かんでいる。
だが裂帛の一撃はテニス少女の首筋ギリギリを挟むようにして止められた。
身体を震わせながらも彼女は無傷だった。
グラハムは得物を下げた。
「引きたまえ。離脱するなら情けは掛ける」
そう言うと背を向け歩き出した。
ここまで一切襲撃者の攻撃を受けず、同時に相手も無傷でグラハムは決着をつけた。
軍事演習の際の一件といい並外れた技量を彼は見せている。
この動きはグラハムが四年間修業した剣術からきている。
最も彼としてはまさかこの世界でここまで役に立つとまでは思っていなかった様であるが。
グラハムは竹刀を剣道少女に返し再び食堂への道のりを歩んでいた。
「しかし、これで9件目か」
実は彼が先のような刺客に襲われるのは初めてではなく、この一週間ほぼ毎日どこかで襲撃を受けていた。
しかも一回ではすまない日もあった。
とはいえ鍛え上げられた心眼の前には奇襲も何もないがとそこまで問題視してはいなかった。
ただ気になるのは、
「副会長を倒せば会長とサシでやれる権利を得られる、か」
それは最初の襲撃を受けた際に返り討ちにした少女たち(全員先輩)から聞いた噂だった。
IS学園の生徒会長は全ての生徒達の長である為に最強であることが求められている。
最強である者が代々生徒会長となるため一般的な高校にあるような選挙はなく、任期もまた誰かの軍門に下るまでであるため不定期である。
二年生であるはずの楯無が昨年から生徒会長に就任しているのもそのためである。
完全実力主義ともいえるこの構造故に副会長職というのは学園№2の実力に与えられるととれなくもない。
実際のところは生徒会長自らが選んだ人物を自由に生徒会に入れられるのだが、現在に至るまで副会長職についた生徒がいなかったためにそう見られているようである。
生徒会長とサシでやれる権利というのもいつでも襲撃してもよいというルールの存在から意味はほとんどない。
それでも彼女たちがグラハムを襲うのは実は別の理由があった。
ここではあえて割愛させてもらうがこれを聞いた際グラハムをして思わず絶句するほどだったと言わせてもらおう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『――欧州連合軍の発表によりますとこの《グリフォン》はイギリス軍の盗難された試作型IS《サイレント・ゼフィルス》と極めて酷似しており、これについてフランス――』
サバの味噌煮にチョリソー、マッシュポテト、スライストマトの皿を載せたトレーを手にグラハムは食堂のテーブルの間を練り歩いている。
すでに時刻は午後の一時過ぎ。テレビではバラエティが終わり、ニュースに切り替わっていた。
『――と連合はフランスを擁護する姿勢を見せています。以上、ブリュッセルから池田がお伝えしました』
やはり、メディアで大々的に報じられているようだ。
テレビから離れた席に着いたグラハムだが客の少ないせいか自然と音声が耳に入ってきた。
すでに事件から一週間は経過しているがいまだにトップニュースとして扱われている。
『次はシリーズ「IS物語」です。レポーターは紫電さんです』
『今回はアメリカにおけるISの台頭に関わった師弟についてです』
番組が進行し、ニュースから特集へと変わったところでグラハムは席を立った。
食器をかたしに向かう際にテレビ画面が目に入る。
米軍基地らしき施設を背景に男女の写真が映されている。
――?
米空軍の制服を身に着けたその姿にどこか既視感を覚えるグラハム。
だが米軍関係者との面識などこの世界ではあるはずもない。
他人の空似だと画面から視線を離し食堂を後にした。
帰り道も女子生徒数人に襲撃されたことはいうまでもない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こんなところだと言わせてもらおう」
書類を作成し必要枚数分プリントし終えたグラハムは紙コップに入ったコーヒーをすすった。
彼の表情にはわずかながら疲労の色が見える。
始末書や報告書などといった文面を書くのには事欠かなかったのだが、多くの人への説明を行う類の文章はほとんど書いたことがなく、少なからず苦労を強いられることとなった。
もう一口コーヒーを飲もうとしたときデスク上に置かれた生徒会室備え付けのパソコンにメールが届いた。
主に生徒会としての事務仕事に使うものなのでメールなどは滅多に来ないと楯無から聞かされていたのでグラハムは興味半分でボックスを開いた。
「なんと!?」
メールの内容はどうやら注文を確認するためのもののようだが購入希望の欄がおかしかった。
中世の姫が着用するような色とりどりのドレスが総数三ケタはあるだろうかというほど並んでいる。しかもコスプレ用とは思えぬ品々であるらしく一着当たりの値段も決して安いものではない。
それだけに合計金額はざっと八ケタはあった。
生徒会室のパソコンに届いたということは注文したのが誰なのかはグラハムはすぐに理解した。
だが何故このようなことをしたのかまでは皆目見当がつかなかった。
カーソルを下へとずらしていくとその中にあって浮いている一品をグラハムは見つけた。
グリーンを基調としたおそらくは男性用と思われる上下一式の衣装。
オーダーメイドらしくこれもなかなか値の張るものだった。
しかし男性貴族が着る服というよりは――
「軍服に近いな」
グラハムは服の違和感をおぼろげながらにそう表現した。
理解しきれたものではないが一応楯無に連絡を取ろうとポケットに手をやろうとしたとき、
撃ち落せッなーい♪
携帯が鳴り、ポケットから取り出す。
「私だ」
『私だ、エーカー』
電話を介して聞こえてきたのは楯無ではなく千冬の声だ。
今日は確か休日だったはずだとグラハムは考えるも用件を尋ねることを先にした。
「用件を聞こう」
『この後時間はあるか?』
そう尋ねられグラハムは自分の座るデスクを見回す。
すでに一山ほどあった書類は処理し終え、用意したプリントを配布するのは後日でも問題はない。
このドレスの件も急ぐほどでもあるまい。
ああ、と答えると意外な言葉が返ってきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「思いのほか、飲んでしまったな」
頬をわずかに上気させた千冬はしかししっかりとした歩みで閑静な住宅街を歩いていた。
夜も更けてきた頃合いだが今日は篠ノ之神社でそれなりに大きな祭があったこともありまだ人影もそれなりにあるようだ。
篠ノ之神社は箒の生家であり、千冬も一夏もその祭りにはよく行っていた。
そのことをグラハムに話したときの表情はまさに無念の一言に尽きた。
日本に妙な憧れを持つ外国人特有の言動をする彼の姿を思い出し、くっくと笑いだすのを堪えるように喉を鳴らした。
いつもの千冬ならくだらないの一言で終わるところだがそうするあたり酔っているのかもしれない。
しばらくして『織斑』と書かれた表札の前で足を止めた。
後ろに建つのは言うまでもなく織斑姉弟の住む邸宅だ。
明かりはついておらずまだ一夏は帰ってきていないようである。
家を一瞥し入ろうとしたとき、ポストに何か入っているのに気付いた千冬はそれを手に取った。
「!?」
千冬の表情が変わった。
青い封筒には差出人は書かれていなかった。
宛先も詳しくは書かれておらず『千冬へ』としか書かれていない。
だがそれだけの文字列で彼女から酔いを消し飛ばすには十分だった。
そして、ゆっくりと世界は壊れていく。
日常パートのつもりですが多分ここから原作が徐々に崩壊していきます。
お酒のパートは長くなったのでバッサリカット……番外編で出そうかな。
もう一話日常的なのを入れてから新学期に入ろうかと。
次回
『インターミッション』
つかの間の休息かそれとも・・・