#53 波乱の始まり
九月になり、IS学園は新学期を迎えていた。
そんな最初の週のある日の多目的ホール。
そこでは全校集会が行われている。
名目は中旬に予定されている学園祭。
今、檀上に上がっているのは楯無だ。
つい数時間前に学園に戻ってきた彼女だが疲れた様子は見られない。
楯無は挨拶を学生たちへすると自己紹介をする。
「最近色々と立て込んでいて挨拶がまだだったけど、私の名前は更識楯無。君達生徒の長よ。よろしくね」
にっこりと浮かべられているほほ笑みに多くの生徒が魅了される。
そんな彼女たちにもう一度笑みを向けると扇子を取り出した。
「さて、今回話すことは今月の一大イベント学園祭についてだけど。今回だけは特別ルールを導入するわ。その内容というのが――――」
取り出した扇子を横にスライドさせる。
それに連動するかのように後ろで投影型モニターが表示された。
「名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」
そして楯無が扇子を広げると、投影型モニターにそう文字が表示され、その下には一夏の写真が映し出される。
「え……?」
『えええええ~~っ!?』
突然の宣言に割れんばかりの叫び声がその場にいたほぼ全女子から発せられる。
騒動の中心ともいうべき一夏はただただ唖然とするだけだ。
そんなホールの様子をうんうんと眺めた楯無はパチン、と扇子を閉じると視線を檀上の隅へとゆっくりと動かす。
「じゃ、副会長に説明をしてもらうわ」
釣られて向けられた生徒たちの視線の先、ステージの端からグラハムが悠然と出てきた。
それと同時に黄色い声が上がるも彼は気にしてはいないようだ。
楯無が少し横にずれたことで空いた中央に立つグラハム。
「諸君、朝の挨拶。すなわち、おはようという言葉を謹んで送らせてもらおう」
『おはようございま~す!』
「すでに私は挨拶をした」
『わかってま~す』
と、グラハムとの会話経験の豊富な一年一組を中心にあいさつを返す女子達。
再び黄色い声が沸き起こるがグラハムはそれをバッサリと斬り捨てる。
「静かにしたまえ。私は我慢弱い」
さて、と前置きしつつ若干の黄色い声やおしゃべりを残して静かになったホールを見渡す。
「私は回りくどいのは性に合わないと自覚している。さっそく本題に入らせてもらおう」
その言葉とともにホールの全てのカーテンが閉められ外の光を締め出す。
同時に檀上を残して天井の光も消え、暗くなる。
「君たちも熟知している通り、学園祭では各部活の催し物を出し、それに対して投票を行い上位に入った部活には部費として特別助成金が出る仕組みだった」
しかし、と言葉を区切る。
「今年は生徒会長の案を採用し、一位に輝いた部活動に織斑一夏を強制的に入部させることになった」
彼の言葉に合わせてスポットライトが一夏を照らし出す。
照らし出された本人はグラハムを見ながらも混乱しているようだが「俺の意志は」と言っている気がしたので、言葉を放つ。
「断固無視させていただく!」
傍若無人ともとれるその言動に一夏は声を上げたくなったが、それを女子達の歓声によって押しつぶされた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、昼食をとりに行くか」
「おい、グラハム」
「フッ、分かっているさ」
昼休みになり、グラハムが席を立とうとしたところで前に座る一夏が振り向いてきた。
その目はどこかどんよりとしているが、グラハムは一切気にすることなく口端に微笑すら浮かべている。
「せっかくの昼休みだ。昼食をとりながらでも構わないだろう」
「じゃあ、そうするか」
一夏が頷くと二人は廊下に出た。
いつもなら箒やセシリアといった幾人かの女子達も一緒なのだが、彼女たちはそれぞれの部活の緊急ミーティングへと行っており、シャルロットも職員室へ呼び出され、珍しく本当に二人だけだった。
因みにこのミーティングは全ての部活で行われており、題目は当然、織斑一夏争奪戦である。
すでにいくつかの部活は行動を開始しており、特に不利な運動部、格闘系の部活は実力行使で一夏確保に動くなど、集会から四時間足らずで一夏に被害が出ていた。
休み時間のたびに襲撃された上に授業に遅れて千冬からの出席簿制裁という流れをすでに二回受け、早くもぼろぼろの一夏を横目にグラハムは階段を下りる。
だがこのある種レアなツーショットもすぐに終わりを迎えることになった。
「やあ」
階段を降りたところで二人は角から声をかけられた。
「……会長」
「楯無か」
「おや、どうして一夏くんは警戒しているのかな~?」
「いや、それは……」
どう答えていいのか分からないのか一夏はしどろもどろに曖昧な言葉を並べる。
そんな一夏の反応が楽しいのか、楯無は彼の顔を一見涼しげな表情で覗きこんでいる。
「ん~?」
「……」
一夏の表情は赤く、困っているようにしか見えない。
「あ、あの……」
「あら、恥ずかしいかしら?」
分かってやっているのだろう。
さらに顔を近づける楯無。
「止めたまえ」
グラハムが一夏に助け船を出した。
彼は楯無の表情を読み切っていた。
あら、と扇子を口元に当てながらおかしそうに笑う楯無。
その目は悪戯好きの子供を彷彿とさせる輝きをわずかに見せていた。
「面白かったのに。グラハム君と違って反応してくれるもの」
ふふ、と愉快そうに楯無は応接用のソファに座った。
そして一夏に座るよう促す。
三人は楯無の提案で生徒会室に移動していた。
「さて、一夏」
楯無の隣に腰を下ろしたグラハム。
「私たちは君に事情を説明する用意がある」
「俺を強制入部させるってやつか?」
「ああ。実を言えば、夏の休暇の前から多くの苦情が生徒会に送られてきた」
「苦情?」
「私や君が部活動に入らないことによる苦情だ。正確には君が入らないことで91件、私が入らないことで92件、私たち二人が入らないことに関しては重複なしで196件あった」
「……すごい数だな」
一夏の感想はもっともである。
IS学園の部活総数をはるかに超える件数。
そして学園の生徒数は400人弱。
その数がいかに多いか、もはや語るまでもないだろう。
「でしょ? だからキミをどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」
「それがあの学園祭の投票決戦ですか……」
ため息を吐きながら頭を落とす一夏。
だがすぐに頭を上げた。
「グラハムはなんでないんだ?」
「当然私もという話にはなった。だが学園側がテスターとしての仕事を優先させたいということでお蔵入りさ」
グラハムは至極残念という表情で言った。
それが本心かは一夏には掴み兼ねたが恐らく本心だろうと思った。
「でもなぁ」
「無論、君も忙しいことは熟知している」
一夏が困っている原因はそこだ。
彼は毎日ISの特訓をしている。
しかも専用機持ちたちにかわるがわる技術を叩きこまれ余裕などないのだ。
それをグラハムが見落とすはずがない。
そこで、と対策を出す。
「学園祭までの間だが、楯無が君に修行をつけてくれるそうだ」
「よろしくね」
「はい?」
突然ともいえる申し出に間抜けに聞き返す一夏。
「どうだ。君にとって得ることが多いと私は思うが」
「でもなんで俺を?」
「それは簡単。キミが弱いからよ」
「………………」
何にも包まれることなく言われたシンプルな一言に一夏は表情を硬くする。
「そんなに弱くはないつもりですが」
「悪いが一夏。私は楯無の意見を肯定させてもらおう」
グラハムも一夏の言葉を無情にも斬り捨てる。
「君は機体以外の要素で勝利を得たことがない。その事実を鑑みればわかるだろう?」
指摘された事実に一夏は黙るしかなかった。
実際、一夏の専用機持ち内での戦績はセシリア以外には全敗である。
そしてセシリアに対してもあくまでレーザー兵器を『雪羅』で無効化できているだけであり、接近戦ではグラハムに鍛えられた彼女の方に分があるほどで、新学期に入ってからは負けが続いていた。
「まあ、そういうことだからお姉さんに任せなさい」
笑顔で言う楯無にもはや頷くしか一夏にはなかった。
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放課後。
クラスでは学園祭のクラスの出し物を決めている時間だがそこにグラハムの姿はない。
彼は生徒会室にいた。
会議という建前でHRを抜け出してきたが、部屋にいるのは生徒会とは別の面々だ。
「ふむ」
グラハムは読み終えた資料を閉じた。
表示には『GNドライヴに関する研究』と書かれている。
「さすがはIS学園の技術者たちと言わせてもらおう」
「三か月でここまで調べるのは並みの国家じゃ無理ね」
隣に座る楯無も感心したように資料を眺める。
「私もそこまで詳しくはないが、見る限り私の見識との差異はそこまでないようだ」
「織斑先生、この資料はそのまま委員会に?」
二人に向かい合うようにして座る千冬に尋ねる。
だが、顔をしかめたままで反応がない。
「………………」
「先生?」
「ッ! ……すまん」
「大丈夫か、千冬女史」
「大したことはない」
そう言うと千冬は席を立った。
「そろそろ織斑が報告しに来るころだ。すまんが私は職員室に戻る」
そのまま生徒会室から出ていく。
出ていく際に二人が見た顔はどこか決意を秘めた鋭い表情をしていた。
「織斑先生、最近ああいう表情するよね」
ドアが閉まると楯無は呟くように言った。
「確か、千冬女史が帰省してからだったと私は記憶している」
正確には私と酒を飲んだ後だがね。
一夏も帰省していた時なのでそれとなく聞いてみたが彼もわからないようだ。
だがあのような顔つきはそう誰もがするようなものではないことをグラハムは知っている。
しかも滅多に色を変えない千冬の表情に出させているのだ。
何もないなどありえない。
しかし、今の彼らにはそれを知る術はない。
「……まあ何はともあれ、私達にできることはやって先生が自分の事に集中してもらえるようにしなくちゃね」
楯無は資料を厳重に生徒会室内の金庫に仕舞い込む。
幾重もの鍵が一瞬でかけられる。
それを確認するとグラハムの方へと振り向いた。
いつものように飄々としているようでどこか真剣みのある表情だ。
対するグラハムも表情を崩すことなく頷いた。
「その旨を由とする」
二人は生徒会室を出て行った。
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『戦闘映像を確認しましたが、やはり奴でした』
「そうか……」
ラウラはHRの後、自室でISのプライベート・チャンネルを開いていた。
勿論口に出す必要はないため、はたからすればため息を吐いているだけのように見える。
「姿を消してから二年。まさか、宇宙に現れるとはな」
また一つ、ラウラからため息が漏れる。
それと共に彼女の脳裏に苦い思い出がよみがえる。
シュヴァルツェ・ハーゼが本拠地を構えるドイツ国内のある軍事施設、そこに何度も現れた、あの『白い奴』。
《フラッグ》のようにその大半に白い装甲を持つことからそう呼ばれていた。
幾度となくラウラ達は奴と戦ったが、勝利はおろか動きについていくことすら敵わず、その度に施設は大きな被害をこうむってきた。
唯一、奴を追い詰めることができたのは、織斑千冬が教官として基地に所属していた時。
《打鉄》を纏い、奴と互角以上に戦う姿にラウラは畏敬を覚えると同時に自身の無力さを恨みもした。
あのとき、自分も強ければ、共に戦える強さを持っていれば、奴を倒せたのではないか、と。
だが敵は織斑千冬ですら押し切ることのできなかった存在。加勢しても足手まといになるのが見えていた。
結果として被害は皆無だったが、白のISを取り逃がすこととなった。
それ以降、姿を現すことはなかった。
だが先日、二年近い沈黙を破って奴は現れた。
欧州連合の軌道ステーションを巡っての連合軍と棄民系武装組織の戦闘。
そこに『白い奴』が介入してきた。
奴はたまたまステーションで試験を行っていた宇宙仕様の《ラファール・リヴァイヴ》を圧倒し、リヴァイヴ一機以外に目ぼしい武装を持たないステーションは人為的被害こそ受けなかったものの、施設は大きなダメージを受けた。
その情報が世界を駆け巡ったのと同時に彼女たちはあのISの名前を知った。
「《イステイン》、か」
『アナハイム社が開発した第二世代試作型ISです』
「公表したのはつい最近か。我が国も秘匿している分には追及はできんな」
アナハイム・エレクトロニクス(AE)社の発表ではイステインが奪取されたのは一年ほど前になっているが、ラウラ達は数年前に何度も戦火を交えている。
そこを問い詰めたいところだったが、ドイツはそれをできなかった。
イステインが襲撃を繰り返したのはドイツ軍内においても、一部の物しかその存在を知らない施設。
軍上層部はAE社を追及するよりも、機密を隠すことを優先した。
基地が新型ISの試験場であることが理由であるとラウラ達は知らされている。
レーゲン型開発以前からその施設ではISの試験が行われてきたことから、上層部の決定を彼女たちは納得することにした。
全員が内心に疑念を持たなかったわけではなかったが。
『ところで』
いくつか報告などの軍人としての通信が続いた後、クラリッサは声のトーンを少し上げた。
『学園祭のことですが』
「ああ。お前の教えてくれたモノを推薦したらそのまま通ったぞ」
『それはそうですよ』
テンションが上がり始めたのかクラリッサの声に熱が入る。
ラウラがわずかにひくのに気付くことなく彼女はしばらく熱く語った。
「……それで、調度品はセシリアが揃えてくれるそうだ」
ゴホン、と咳払いをするとともになんとかラウラは情報をねじ込む。
「だから――」
『お任せください!』
ハイテンションなクラリッサの声がラウラの頭に響いた。
キュピーンという音がしたような気がしたがラウラは気にしないことにした。
毎度、駄文にお付き合いいただきありがとうございます。
そろそろ原作キャラにも独自設定が入ってくる頃合いです。
亡国企業に至ってはかなりの捏造が入りそうです。
せめてトップの名前とか呼び名が分かればいいんですがね。
次回
『残滓』
痛みは時すら経ていく