「どうした一夏、疲れが出ているように見える」
「昨日までの楯無さんの特訓、結構きつかったんだよ」
一夏はどこか疲れたように肩を回す。
生徒会室に連れて行かれた日からすでに二週間近くが立っており、その間に一夏は楯無による地獄ともいえる特訓を受けていた。
学園祭前日の午後。
午前で授業はすべて終わり、生徒達は学園祭の準備に追われている。
当然ながらグラハムと一夏も例外ではなく、二人は昇降口の外で必要な機材をトラックの荷台から降ろす作業をしていた。
「その状態なのにもかかわらず、荷卸しを志願するとはな」
「こういうのは男子がやるべきだろ」
一夏は大型の段ボール箱を持ち上げた。
相当重たいのかわずかに彼の表情が歪む。
「こんな重たいの女子に持たせられないって」
「そういうところはやはり君らしいと言うべきだな」
逆にそれが不安でもあるがね、とグラハムは内心でそう締めた。
この無条件な優しさが女性を惹きつけているのだろうが、ここまで無自覚にフラグを乱立させるその姿は同時にグラハムをして心配というものを抱かずにはいられなかった。
いずれ刺されかねんなとひそかにそう言葉を付け足した。
二人はそれぞれ段ボールを抱えて校舎の中へ入った。
昇降口の中では女子達が交代で台車を引いてきており、そこまで運ぶのが彼らの仕事だ。
「お待たせ」
二人が所定の位置に持っていくとちょうどルフィナが台車を押してきた。
急いできたのかわずかに呼吸を乱している。
「では、よろしく頼む」
「まかせて」
荷物を置いたグラハムたちに笑みで答えるとルフィナは元来た道を戻っていった。
それを見送ってから次の荷物を取りに向かう道すがら、
「二度目になるがあえて問おう」
グラハムがどこか改まったふうに問う。
「ここ最近の千冬女史の様子に何か思い当たることはないか?」
「そうだな……」
黙り込む一夏。
以前グラハムが尋ねた際には「わからない」の一言で終わっていたが、今回は何やら思い当たるふしがあるようだ。
我慢弱いグラハムだが、彼を急かすことなく言葉を待った。
「どう言ったらいいのか分かんないんだけどさ」
二往復程荷物を運んだあと、言いづらそうに一夏は口を開いた。
「なんていうか、昔に戻ったような感じがするんだよな」
「昔?」
ああ、と一夏は軽めの段ボール箱を抱えながら頷いた。
「俺と千冬姉が両親に捨てられたばかりの頃、とでも言やいいのかな?」
「あまり深く尋ねることではなさそうだな」
「気にすんなよ。でさ、あの頃の千冬姉の目になんとなく似てるんだよ。なんでかまでは分からないんだけどさ」
「そうか……」
グラハムはただ一言そう呟いた。
そこから先、二人の間に会話はなかった。
一夏は考え込んでいるようでもあったし、グラハムもまた少し険しい表情をしていた。
正直なところ、グラハムには一夏の言ったことを理解できないでいた。
かつて家族を守るために空を飛ぼうとした上官を「理解しかねる」と断じるなど、家族を想う気持ちに対する認識がグラハムは薄い。
そもそも、孤児であり頼れる人もなく育ったグラハムには、家族というものが分からなかった。
それは『少年』を目標とする彼にとって、自分自身を情けなく思わせていた。
彼らはただ黙々と作業を続けた。
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宇宙開発が盛んだった頃、ラグランジュポイントをはじめとした地球圏では、人工天体やスペースコロニーの研究開発が盛んに行われていた。
資源の枯渇や人口の増大などの問題を解決への希望を見出し、多くの国や企業が参加したそれらの一大プロジェクトは、一世紀以上もの間続けられてきた。
だが宇宙開発を目的として誕生したはずのISによって時代は大きく動いた。
ISの力を世界に見せつけることとなった『白騎士事件』にて、中堅国家一国を滅ぼせるであろう火力をたった一機のISが殲滅した。
結果、ISは宇宙開発の新たな担い手となるどころか、最強の兵器として見られるようになり、各国はこぞって軍事兵器としてISの研究開発に乗り出した。
だが、国家予算には限度というものがある。
予算という一枚のパイからどうやってISの研究費用を捻出するかが問題となり、その矛先があろうことか宇宙開発事業に向けられることとなった。
これに対して反発の声を上げる国や企業は当然多くいた。
しかし『白騎士事件』から一月、IS委員会が設立されたころにはその声はほとんど聞こえなくなっていた。
事実上、宇宙開発事業は中止され、衛星や資源衛星はISの宇宙用装備の実験に一部が使われる以外は廃棄された。
そういった廃棄された宇宙空間の建造物を根城とする反政府組織や武装組織を『棄民』と呼ぶ。
彼らは元々、一世紀以上続けられてきた宇宙開拓事業に従事していたものもしくはその子孫であり、事業中止に反対して母国の政府と対立、帰る場所を失った者達である。
ISが世界を席巻しはじめた頃、ある政治家が宇宙開拓事業を『棄民政策』と揶揄したことからそう呼ばれている。
八月下旬、ある棄民系武装組織が欧州連合の軌道ステーションを襲撃し、連合軍との戦闘が行われた。
連合側の装備は宇宙仕様の《ラファール・リヴァイヴ》一機。
対する武装組織のパワードスーツは総数二十。
数の上では連合側の圧倒的不利。
だが最強の兵器と旧式の重機では数の上での勝負にはならなかった。
一機、また一機とリヴァイヴは敵を沈めていった。
本来なら弱点となりうる搭乗者の精神状態も、ヘルメットのカメラ越しに見ていることで幸か不幸か、平常を保っていた。
しかし、戦闘開始後十分もたたずに事態は急変した。
「そ、そんな馬鹿な……!」
スペースデブリの隙間を縫うようにして、リヴァイヴはまるで逃げるように飛ぶ。
テロリストの命をいくつも奪いながらも精々眉をひそめる程度だった搭乗者の表情が、今は恐怖に引きつっている。
全周囲モニターを何度も確認するその目は何かに怯えているようで、デブリに何度もぶつかりそうになりながらステーションへ向けて機体を動かしていく。
「こ、こんなはずじゃ……!」
こんなはずじゃ無かった。
彼女としてはただ馬鹿げた理想を掲げたテロリストの撃退任務に赴いただけだった。
すでに何度も宇宙(うえ)に上がり、棄民系テロリストを狩ってきた。
評価試験も毎回同じことの繰り返しで、慣れないヘルメットのモニターに苦戦しながらも、技術者たちとくだらない話で時間を潰す。
魅力のない宇宙よりも、地上に戻ってからの休みをどう過ごすかを気にしながら任務をこなす。
そんな日常が突然終わってしまった。
「ッ!?」
ハイパーセンサーが警告を発した。
数は一。
だが背後から来るそれは段々と距離を詰め、それだけでもただのパワードスーツなどではないことを示していた。
「来るなあっ!」
彼女は速度を上げようとしたが、多くのデブリが密集しているこの宙域において思うように加速できない。
対して敵はさらに速度を上げている。
その速度は、リヴァイヴの優に三倍。
「ッ! このッ!」
逃げ切れない。そう判断したリヴァイヴは身を反転し、ライフルを構えて乱射する。
密集地帯にありながら敵はデブリを蹴ることで減速することなく変則軌道を生み出し、銃弾に掠ることなくリヴァイヴを翻弄する。
リヴァイヴの抵抗は白の機体を追うことはできず、ただむなしくデブリを砕いていくだけだった。
そしてついに、リヴァイヴの眼前に白い顔が飛び込んできた。
赤いツインアイと目があったかのような錯覚を覚えた瞬間、リヴァイヴは強い衝撃と共に機能を停止した。
『この程度か』
白のISは、右手に持ったアックスからオレンジ色の光を消し、色のない声を発した。
ビームアックスによる一撃はリヴァイヴを戦闘不能に追いやったが、搭乗者の命までは奪ってはいなかった。
ツインアイをリヴァイヴから外し、その数キロ先の光点を一瞥すると、おもむろに左腕を上げた。
装備されたシールドから放たれた弾丸はしばらくして緑色の光を発した。
信号弾の光が周辺宙域を照らすのを確認し、リヴァイヴに背を向けた。
AE社から奪取されたことが後に判明するその機体――《イステイン》――は、もはやその場に用はないとばかりに武装組織の生き残りたちを連れ、その宙域を去っていった。
数日後、欧州連合の捜索を掻い潜り、イステインは先日の戦闘で援護した武装組織の生き残りとその仲間を連れ、自身の根城へと帰投していた。
格納庫に降り立った彼は整備士にISを、部下に連れ帰った者たちを預けるとふわり、と最奥へと向かった。
独自に改修したパワードスーツや作業艇が並ぶ広い格納庫は熱気に満ち溢れていた。
ヘルメット越しにそれらを、感情を乗せていない目で見ながら最奥にある重厚な金属の扉を開く。
三重のドアを潜り抜け、ヘルメットをとりながら部屋に入る。
「少佐、スコール」
「お疲れ様です、総裁」
「…………」
ドアを幾重に隔てているとはいえ、熱気に溢れる格納庫にあってそこだけは静かだった。
金髪の女性とパワードスーツを調整する一人の男性。
スコールは入ってきた声に応じて頭を下げるが、少佐と呼ばれた彼は挨拶を目礼だけで済ませ機体の調整を続けている。
それが少佐のアイデンティティなのか、スコールは別に咎めることもなく総裁のそばに歩み寄って行った。
「今回は七人の命を救ったそうですね」
「二十人近くいて生き残ったのは僅か七人。ISによって命が奪われている事実を地上の者たちは知らない」
淡々と語る声に耳を傾けながら少佐はコンソールを操作している。
スコールは無念そうに俯いた。
「できれば私も出撃したかったのですが……」
「君はISの調整がまだ終わっていない。ないものねだりをしても仕方あるまい」
「……本来なら歴史の波に飲み込まれていく命を救ったんです。多少のことは仕方ありません」
ここでようやく口を開いた少佐だが、ISによって人が殺された事実に一切触れなかった。
ISによって命が奪われることがここでは当たり前であることもそうだが、少佐の口ぶりはあえて触れなかった様にも聞こえる。
二人もそれを理解しており、口にすることもなかった。
「――我々はこの時代におけるイレギュラー。時代の残滓たちを受け止めることで存在成し得ている。いわばゴーストファイターといえるだろう」
そう、と相変わらず抑揚のない声が金属で覆われた室内に響く。
「君たちと同じように」
その言葉に少佐は機体を見上げた。
青を基調とした迷彩色のパワードスーツ。
そのブレードアンテナの奥で、単眼センサーが赤く光った。
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仰向けに横たわったまま、千冬は今しがた疾走したばかりのように荒い息をしていた。
右手で前髪を掻き上げると額に汗をかいているのがわかった。
上半身を起し、右手を額に当てたまま、目を覚ますまで見ていた夢を、思い出す。
「チッ……」
まただ。
また、この夢を……。
ギリッ、と奥歯を噛みしめる。
ある日を境に、千冬は何度も同じ夢を見ていた。
「…………」
暗がりの中、千冬の視線はテーブルの上にあるバッグへと向けられた。
バッグの内ポケットには青い封筒が入っている。
中にあるのは皺だらけの一枚の手紙。
この手紙を受け取った夜から、千冬は同じ夢にうなされていた。
千冬はベッドから出ると、部屋を横切って簡易キッチンへと向かった。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取りだし、口をつける。
冷たい水が喉を潤していく。
(あの日も、こうしていたな)
思考も冷えたのか、千冬は冷静さを取り戻していた。
あの日も水を飲んで頭が冷えたからなのか、ゴミ箱に叩き込んだ手紙をバッグにしまった。
別に手紙が大事だからというわけではない。
一夏の目に触れさせたくなかったからだ。
こんな手紙、間違っても彼の目に触れさせていいものではない。
冷蔵庫を閉め、ベッドに戻る。
横になり、時計を見た。
時間は日付が変わったばかりだった。
まだ十分に寝る時間はある。
―― 一夏をお願いね?
「言われるまでもない」
目を閉じて千冬は呟いた。
グラハムさんの身長は180cmといわれています。
そう書いてあるサイトが多いわけですが、同じサイトにはこうあるんです。
ハワード・メイスン 176cm
ダリル・ダッジ 176cm
アニメだと明らかに
カタギリ>ダリル≧ハワード>グラハム
だっただけに目を疑いました。
次回
『学園祭』
悪意が牙をむく