学園祭当日。
「ほう、これが燕尾服か」
姿見の前に立ち、グラハムは自分の格好を眺めていた。
彼が着ているのは制服ではなく、テールコート――いわゆる燕尾服――と呼ばれるものだった。
しかも黒のジャケットに白い蝶ネクタイという本格的なホワイトタイである。
髪も無造作のままにはせず一応はセットしており、表情も相まって一見すると有能な秘書を思わせた。
「グラハム」
鏡の奥にシャルロットの姿が映る。
彼女もまたメイド服を着ていた。
「馬子にも衣装髪形、というやつだな」
そう言いながら振り向いたグラハムは肩をすくめている。
「すごい似合ってるよ!」
「そうか。なら、着てみた甲斐があるというものだな」
淡々とした口調ではあるが表情はどこか柔らかい。
そこでグラハムはシャルロットが不安そうにしているのに気が付いた。
「どうかしたかね?」
「……僕、似合ってるかな? あまりこういう服って――」
「また、いつもの癖かね」
真面目な面持ちでシャルロットの言葉を遮る。
「男装時代の事を引きずっているのかはしらないが、君は女性だ。似合わないはずがないだろう?」
「そう、かな?」
「グラハム・エーカーが宣言しよう。君は似合っている、と!」
「あ、ありがとう」
シャルロットは頬を赤らめている。
そんな姿を優しく見てからポケットより懐中時計を取り出す。
セシリアによれば、ホワイトタイというものは腕時計をせず、銀や真鍮の鎖のついた懐中時計を使用するものだという。
グラハムは《フラッグ》の待機形態である腕時計を袖で隠し、セシリアから渡された銀の懐中時計を使用することになっていた。
時間を確認し、懐中時計をポケットに仕舞い込む。
「そろそろ時間だ。行くぞ、シャル」
「うん!」
笑顔で頷くシャルロット。
グラハムはシャルロットの脇を抜けると、彼女はどこか慌てたように後を追い、二人は教室へと向かった。
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グラハムが一年一組の出し物を知らされたのは学園祭前日である。
「『ご奉仕喫茶』?」
放課後、教室で準備を始める中でグラハムは女子達の言葉をおうむ返しに言った。
「あれ? グラハム知らなかったの?」
「私は聞いていない」
「一夏、ちゃんとグラハムに言った?」
「……悪い、忘れてた」
どうやら決めた際に一夏がグラハムに伝えることも決めていたらしく一夏が謝る構図ができた。
もっとも、彼自身いろいろあったことから特に責める気はなかった。
「それよりも。何をするのか説明を所望する」
「それは――」
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「お嬢様方。御帰宅を迎える言葉、すなわち『おかえりなさいませ』という言葉を謹んで送らせてもらおう」
グラハムが入店してきた三人の女子グループにそう挨拶をする。
よくフィクションなどで見かける使用人のお辞儀に女子達は歓喜の声を上げる。
「執事! しかもエーカー君の!」
「ああ、こんな嬉しいことはない!」
「ジーク・執事!!」
「では、こちらへ」
そう言ってグラハムは女子達の歓声に一切動じず、席へと通す。
入店する客を迎えるたびに黄色い声を上げる女子達だが数時間接客をしていたことからすでに慣れてしまっていた。
もっとも、グラハムがそう動揺するはずもないが。
席の間を歩くたびに周囲から引っ張られ、なかなか仕事がはかどらないがクラスメイトは気にしてはいないようなのでグラハムも気にしないことにしている。
「盛況だな」
十数分後、果たして何組目であろうツーショット写真を撮り、その場を離れたグラハムは改めて店内を見渡す。
グラハムと同じく執事服を着込んだ一夏がこれまた同じく女子達に引っ張りだこにされている。
他のクラスメイトは全員メイド服を着ている。
因みにクラスの内外には二十人近くのメイドがいるが全員が接客というわけではない。
男子二人と同じ接客担当は専用機持ち五人を含めた七人が勤めている。
他の女子達は雑務全般を担当し、接客班の手が回らない際には入店の出迎えをすることになっているようだ。
――彼女たちの方がよほどメイドの気がするのだが。
そう思うもあくまで『ご奉仕喫茶』だとグラハムは納得することにした。
そして次の客を迎える。
「あえて――」
「あら、グラハム君」
「楯無。それに簪もか」
「こ、こんにちは」
コクッと会釈する簪。
どうやら二人で回っているらしい。
その事実に思わず表情を綻ばせそうになったがすぐに引き締め、
「どうぞ、こちらへ」
そう言って二人を円形テーブルへと案内する。
「随分本格的ね」
グラハムが引いたイスに座った楯無が言う。
簪も同感とばかりに辺りを見回している。
「ああ。服はラウラの部下が、調度品はセシリアが吟味したものらしい」
説明を入れたグラハムは「む」と何かに気付くと、
「失礼したお嬢様方」
いかにも執事という風に言い直す。
それでもおかしいのはご愛嬌である。
「あら、気を付けなさい」
「何か違う……」
そうグラハムにツッコミを入れながらメニューを眺める。
さすがは『ご奉仕喫茶』なだけあり、メニューはメイドや執事が手に持って見せる形である。
「ケーキセット」
「『執事にご褒美セット』ね」
「……かしこまりました」
わずか、ほんのわずか眉がピクリと動いたグラハム。
それでも頼まれたセットを復唱すると丁寧に腰を折ったお辞儀をする。
端から見れば変わらないように見えるが楯無はそのわずかな表情の変化を見抜いた。
(ふふ、楽しみね)
楽しそうに微笑む楯無。
その隣では簪が姉の方を見てわずかに首を傾げている。
グラハムはすぐに戻ってきた。
「お待たせいたしました、お嬢様」
簪の前にショートケーキと紅茶が置かれる。
そして楯無の前には――
「ポッキー?」
簪の言うとおり、ハーブティーと共におかれたのは冷やされたポッキー。
「失礼」
グラハムは楯無の正面に椅子に着いた。
その表情はいつも通りのようで何か覚悟を決めた武人の面持ちを秘めていた。
「あら、座ってどうかしたのかしら?」
閉じた扇子を口元に当てながら楯無が笑う。
それはまるで悪戯好きな猫のようで――。
(分かって言っているな)
恐らく誰かから聞いていたのだろう。
そうグラハムは断定した。
そして同時に、彼の乙女座センサーが警鐘を鳴らし始めていた。
間違いなく、こちらの忠告を聞かない。
そう、私の乙女座としての勘がそう告げている。
だがどちらにせよ、やらなくてはならない。
(……ハワード、ダリル)
グラハムはかつての戦友を思い浮かべる。
ガンダムより手強い敵はいるものだな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「じゃあね、おいしかったわよ。ポッキー」
「………………」
グラハムに笑顔を向ける楯無と顔を赤らめて黙り込んでいる簪。
「『行ってらっしゃいませ』と言わせていただこう」
二人に深々とお辞儀をするグラハムは見えない範囲で疲れ果てていた。
結局、グラハムの予感は的中した。
本来は『ご褒美』としてお嬢様である客がポッキーを食べさせてあげるというのが『執事にご褒美セット』である。
だが、あろうことかその逆を楯無は要求したのだ。
無論、このことを要求した女子生徒は多々いた。
そのたびにセシリア、シャルロットといった面々が制止にかかる。
その鬼気迫るような彼女たちの表情に、大抵の客は諦めざるを得なかった。
しかし、相手は楯無である。
二人の制止はあっけなく突破され、
「『執事』なら主人の言うことは聞くものよ」
と、メイドを付けている本物のお嬢様の一言にグラハムは従うことを強いられた。
結果として口移しまで要求され、周囲の視線、特にセシリアとシャルロットの刺すような視線に晒されることとなった。
しかもタイミング悪く現れた新聞部に写真にまで撮られ、歴戦のパイロット、グラハム・エーカーは敗北を喫した。
なんとか体裁を保ち礼儀にかなったお辞儀をし、顔を上げるグラハム。
そのとき去り際の楯無の言葉が耳に入る。
「午後のイベントもよろしくね」
その一言にグラハムは少しテンションを回復させたのは別の話である。
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「みつるぎ社の巻紙様。ハイ、確認終わりました」
「申し訳ありません。チケットがなければ入場できません」
「日本IS委員会の松本様ですね」
「チケット確認できました。どうぞ」
「ようこそ、IS学園へ」
正面ゲートの前で布仏虚を中心とした数名の生徒が来場者のチケット確認を行っていた。
IS学園の学園祭はセキュリティ上、一般人の入場は制限されており入ることはできない。
例外として生徒から招待状をもらえれば入場できるが、来校者の大半は軍事、企業の関係者だ。
虚も幾人目かとなる来校者の男性に声をかけた。
「チケットを確認してもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
人のよさそうな笑みを浮かべた男性から二枚チケットを受け取り、虚はそれを確認する。
「双葉商――失礼、フタバ・エンタープライズの野原様ですね」
「別に双葉商事でも構いませんよ」
苦笑を浮かべながら野原は左の掌を見せる。
そんな何気ない動作一つにも隙はなく、笑顔で応じながらも虚は野原を鋭く観察した。
黒いスーツの上からでも、ハッキリとわかる引き締まった身体付きはなにかスポーツをしているかのように思わせる。
だが彼の精悍な面立ちの中にある、鋭い目つきは笑顔であってもどこか身を強ばらせる何かがあった。
(PMC……傭兵部門の人かしら?)
虚は笑顔を崩さず観察を終え、さりげない目の動きで野原の横に立つ少女へと視線を移した。
「そちらは?」
「ああ、娘です。今年受験でして、見学させてやろうと」
野原は左に立っている少女の肩に手を置いた。
少女はパーカーのフードを目深くかぶり、表情が見えない。
「…………」
ただムスッとしているように口元が見えたので、少女へと笑みを向けてから虚はチケットを差し出す。
「そうでしたか。では、チケットをお返ししますね」
「ありがとうございます」
「…………」
野原は和らい笑みを浮かべて、娘は口元を結んだまま頭を下げゲートをくぐり、学園に入っていく。
しばらく歩いてから野原はため息を吐いた。
「ハァ、嬢ちゃんよ。も少しガキっぽくしたらどうだ? 怪しまれんじゃねえか」
少女に向けられる野原の視線は、先ほど虚に向けたものとはまるで違っていた。
しかし冷徹で鋭利なそれを受けても、少女は顔色一つ変えなかった。
「――サーシェス」
「今は野原って名乗ってんだよ。これも仕事なんだ、それっぽくしてな」
「了解…………とうちゃん?」
「――嬢ちゃんが使う言葉じゃねえぞ、ソレ」
まぁいいけどよ、とぼやくサーシェスの口元には笑みが浮かんでいた。
悪意をふんだんに含んだその笑みは、もはや虚と会話をしていた人のいいサラリーマンとは乖離していた。