「おーおー、皆さん、お元気なこって」
IS学園上空。
今しがた始まった二か所での戦闘を見下ろす二機のIS。
そのうち全身に装甲を持つ《ヴァラヌス》を纏うサーシェスは、揶揄するように口笛を吹いた。
モニターに拡大されて映る戦いをサーシェスはまるで物色するかのように眺めていた。
実のところどちらの戦局もいいとは言えない。
スコールはグラハム・エーカーを相手に押され気味であったし、オータムも織斑一夏とここの生徒会長相手に劣性もいいところだ。
だというのに、サーシェスも隣にいるエムも動こうとはしない。
とはいえサーシェスの表情からそれが本人の意志ではないことは明白であった。
(それにしてもつまんねえな)
今二人に下された指令はスコールとオータムの二人が任務を完遂できるように障害となる敵の排除することだ。
つまり今回のターゲットである一夏とグラハムの援護に現れるであろう他のISが二人の獲物だった。
だが戦闘が始まったというのに眼下の五機以外のISが動いている様子はない。
サーシェスの描いていた戦場ではすでに学園のIS十数機を相手取っているはずだったのにだ。
思いのほかIS学園の警備はザルなのかとぼやくサーシェス。
「しかしアレだな」
暇つぶしも兼ねてエムに通信を開く。
「亡国さんにはまともなパイロットはいないもんなのか?」
『何が言いたい』
「スコールはともかく、オータムはなに遊んでんだってこった」
オータムはGNドライヴ搭載型である《アラクネ》を駆っていながら、実質生徒会長一人に圧倒されていた。
背中から延びるビームサーベルを仕込んだ八本の装甲脚。
さらに両手含めて十本あるビームサーベルを、更識楯無とかいう生徒会長に軽々といなされているばかりかランスを逆に叩き込まれている始末だ。
しかも――
『一本でもグラハム君の方が避けずらいものね』
とまで言われている。
サーシェスの目から見ても、オータムの技量はたかが知れていた。
あの生贄共よりも弱いんじゃねえか?
少なくともあの長男坊はいっちょ前に斬り結ぼうとしたぐらいだしな。
いや、フラッグに腕斬り落とされてるし、似たようなもんか。
だがよ。
「戦況を見れねえようじゃ、雑魚に変わりはねえか」
オータムの周囲の気温と湿度を眺めながら誰にとでもなく呟く。
直後、爆発がオータムを襲った。
『……!?』
「嬢ちゃんよ、状況が見えてねえんじゃオータムと変わんねえぞ? ――ん?」
通信を介してわずかにエムが驚いているのを感じ取ったサーシェス。
ククク、と彼はおちょくるように言ったとき、センサーにISの反応が現れた。
それもGN粒子の反応も込みでだ。
この場でGNドライヴを持つのは七機。
そのうちフラッグを含めてサーシェスの知る機体は六機。
つまり今現れたISは、この場においては未知の存在といえる。
反応の出現ポイントからしてまず間違いなくIS学園の所属機だろう。
サーシェスはISを拡大した。
そして搭乗者を確認した時、彼の目は見開かれ、ギラリと輝いた。
「来たか(若干裏声)」
鋭利な笑みを浮かべ、サーシェスは一気に降下していく。
いくつかエムに指示すると通信を切る。
「さあ、始めようじゃねえか!」
狂笑を放ち、サーシェスは狩りに向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「く、くそっ!」
膝をつき、オータムは荒く呼吸をしていた。
彼女が操るアラクネは、特徴である八本の装甲脚の内の四本を砕かれ、いたるところに傷を負っていた。
すでにエネルギー残量も三分の一を大きく割り込み、ビームサーベルの出力維持すらままならず、残った四本の脚からは微弱な光刃が伸びているだけだ。
爆発によって生じた水蒸気がゆっくりと晴れていく。
「あら、もう終わりかしら?」
聞こえてきた声に、顔を上げると楯無がすぐそばに立っていた。
凛としつつも茶目っ気を滲ませた表情で見下ろされ、オータムは奥歯を噛んだ。
楯無のそばには機械の破片がいくつも散らばっている。
その残骸の上に立つように、今回のオータムのターゲットだった一夏が《白式》を展開していた。
こんなはずじゃなかったとオータムは悔しさに表情を歪ます。
剥離剤(リムーバー)を使用した今回の計画。
学園にいる特異体の二人をそれぞれ周囲から引き離した上で、ISを奪い取り、可能ならば本人の身柄も確保する。
それがオータムとスコールの二人に与えられた任務だった。
本来なら騒ぎを聞きつけた連中を足止めするために、サーシェスとエムの二人も派遣されてきた。
それなのに連中が任務を果たせなかったばかりに、リムーバーは破壊され、彼女自身の使命を果たすことができなくなってしまった。
もはやあの二人に対する恨み言ばかりが頭を埋め尽くしていた。
「あの、クソオヤジが……!」
「おう、呼んだか?」
落ちてきた声にハッと見上げると、全身装甲のISが頭上に浮いていた。
今までオータムを確保しようとしていた楯無と一夏も、突如現れたISに身構える。
ヴァラヌスのパイロットはそんな三人の様子を気にすることもなくゆっくりと、オータムの横に降り立った。
「何の用だ、クソオヤジ」
噛みつくような声を出すオータムだが、サーシェスはボロボロになっている彼女のISを一瞥し、
「いやいや、ちょっとお手伝いをね!」
と侮蔑と愉悦の色を含んだ声をスピーカーから流した。
表情こそ見えないものの、彼のその言葉に楯無たちは武器を構える。
「ふざけてんのか! てめえの助けなんざ……」
「ああ、いらねえだろうな。オレも手助けなんざする気はねえよ」
「じゃあ何しに――」
「戦争しに来てんだよ、オレは!」
そう言うやいなや、サーシェスはバスターソードを構えて、地を蹴った。
ヴァラヌスは構えていた楯無たちの上を飛び越し、大剣を振るう。
直後、金属同士がぶつかり合う激しい衝突音が響き渡った。
「ようやくお出ましか!」
「チイッ!」
サーシェスの愉悦に満ちた声が大剣の先にいる女性へとぶつけられる。
纏っているのは、《打鉄》にGNドライヴを搭載したIS-Y02X《GN打鉄》――《GNフラッグ》を元にIS学園が開発した次世代の打鉄である。
搭乗者が依頼し、IS学園の技術者たちは寝る間を惜しみ、わずか三週間弱で造り上げた傑作機であった。
拡張領域(バススロット)の多くを新規の装甲、追加スラスターに割くことで、打鉄特有の重厚感を保ちつつ、GNフラッグのような身体に対する高い装甲比率を実現している。
背部にはGNドライヴに直結した大型のGN粒子排出口が据えられている。
IS用の大出力スラスターをベースにしており、これによって重装甲ではあるが、高い推進力を持っている。
武装はほぼGNバスターソード一本のみであるが、搭乗者の戦闘スタイルからすれば十分な武装といえる。
重厚感ある甲冑姿は、どことなくMS《サキガケ》を思わせるフォルムをしているが、搭乗者にはそのことなど分かるはずもない。
そのISを操る女性を目にした一夏は思わず叫んだ。
「千冬姉!」
「下っていろ!」
千冬は怒鳴るように返すも、決してヴァラヌスから気を逸らすことはしなかった。
交わる二本の大剣を挟んで両者は絶巧なパワーバランスをつくりだし、一瞬でも気を抜くことは許されなかった。
その緊張感の中で、千冬の鋭い表情とはまるで対照的にサーシェスは狂笑を浮かべ、そのおぞましさたるや、ヴァラヌスの無機質な顔が邪悪に歪んでいるかのように見せていた。
「楽しませてくれよ、ブリュンヒルデさんよォ!」
サーシェスはバスターソードを振り回すようにして千冬を弾き飛ばした。
そのままサーシェスは突っ込み、バスターソードを叩きつけて押し込もうとする。
「ッ!」
「うお!?」
千冬は大型剣の角度を斜めにし、相手の剣を滑らすと同時に柄頭で顔を殴りつけた。
スラスターによる勢いもあってヴァラヌスは顎から打撃を喰らい、のけ反るも、すぐに左手にビームサーベルを展開、一閃を叩き込んだ。
中空へと間合いを取ることも含めた動きだったこともあり、千冬は直撃を免れるも右脚のスラスターを斬り飛ばされる。
さらにそのまま空へと千冬を逃がすはずもなく、身を翻しながら右手の武装をビームランチャーに変え、まるで弾幕を張るように赤い粒子の塊を連射する。
一見、適当に乱れ撃っているように見えるがその実、考えうる千冬の動きすべてに対応させた無駄のない砲火は、的確に打鉄へとビームを接近させる。
だが搭乗者は世界最強の称号を持つIS搭乗者、瞬時の判断でバスターソードと瞬時加速を連続して使い、一発の被弾もなくビームの豪雨を抜け出した。
驚異的な動きを見せる千冬にサーシェスは驚くどころか、喜んでいるかのように口角を釣り上げた。
たまんねえなァ。
ペロリ、と舌なめずりをする彼の表情は狂気に満ちていた。
血だ。
血が騒ぐ!
やっぱ殺るなら、このぐらいの奴じゃなきゃ面白くねえ。
自分の命の危険を感じるぐらいの敵を叩きのめし、這いつくばらす。
死ぬか、死なせるかというハードな戦場を駆けて、命を狩り取る。
そうなってはじめて、彼のプリミティブな欲望が満たされる。
サーシェスは滅多に味わえない戦争に心を酔わせていた。
だが――
「物足りねえなァ!」
小刻みに連続して瞬時加速を使うことで可能にした、千冬の高速機動を正確に捉え、サーシェスは突進する。
武装はいつの間にかバスターソード一本に戻っていた。
「ブリュンヒルデェ!」
大きく振りかぶり、サーシェスは千冬へと斬りかかる。
二度、三度、空中で剣を斬り結んだ。
刃がぶつかるたびに火花が散るが、巧みな切り返しが連なる中で、両機はその身に浴びることなくさらに剣戟を重ねていく。
そして幾度目かとなる激突を迎えようとしたとき、
「!?」
二人の間を、一条の光が走った。
それはビームではなく、レーザー光のそれだった。
「うおおおお!」
「一夏!?」
発射元へと視線を向けると、雪片弐型を振りかぶった一夏が一直線にサーシェスへと飛翔してくるのが見えた。
突然の乱入者に、しかしサーシェスは一夏の渾身の斬撃を冷静に対処した。
左腕にシールドを展開し、バックハンドの要領で一夏の刀に横から叩き込む。
「クソッ!」
「邪魔すんなよ!」
苛立ってるかのような言葉とは裏腹に、楽しんでるかのような声音を嘲笑とともに一夏へとぶつけるサーシェス。
本当ならじっくりといたぶってやりたいところだが、今は極上の獲物を狩っている最中。
瞬殺でいいか。
すぐに終わらせるべく右手のバスターソードを振り上げようとする。
だがサーシェスはわずかな違和感を覚えていた。
そしてすぐに彼は違和感の正体気づいた。
白式の左腕、大型の楯を模した武装の先端から光が漏れだしていた。
「成程なァ!」
サーシェスは蹴りを一夏に叩き込むと同時に身を翻す。
その直後、彼がいたはずの場所をレーザーが貫いていく。
「おもしれえ事するじゃねえか!」
レーザーすれすれの位置をまるで這うように一夏との距離を詰めたサーシェスはバスターソードを叩きつける。
弾き飛ばされる一夏。
PIC制御になれていないのか、バランスを完全に失っている獲物に対してサーシェスは追撃を仕掛けることなく、シールドの赤いパーツを展開し、ビームシールドを形成する。
突如、横合いから飛んできた斬撃を、そのビームシールドで受け止める。
「随分せこいマネするじゃねえか、ブリュンヒルデさんよ」
「チッ!」
サーシェスは左腕を払うと千冬もその力に逆らうことなく後退する。
二人の浮いている宙よりわずかに下にはサーシェスに軽くあしらわれた一夏と、彼を庇うように構える楯無の姿があった。
オータムの姿はいつの間にか消えていた。
状況を不利と判断したのか、サーシェス達が戦っている間に退却したようだ。
実質はそうではないが、構図は1対3。
それでもサーシェスは不利に思っていないのか、ただ口角を釣り上げるだけだ。
(ただ、邪魔だよなァ)
チラッと視線を一夏達へと向ける。
最優先で確保すべき対象がすぐそばにいるが、そんなことはサーシェスにとってどうでもいいことのようだ。
彼の狙いは目の前にいるブリュンヒルデのみ。
邪魔モンにはさっさと消えてもらうだけだ。
サーシェスは次にとるべき行動を己に下した。
両腰にスカートアーマーを展開する。
目の前で三人が身構える中、サーシェスは嗤った。
「行けよ、ファングゥ!」
スカート部から六つのビットを走らせた。
それが第二ラウンドの始まりを告げた。
とりあえず 千冬 対 サーシェス の前半です。
オータムさんェの扱いがものすごく悪い気もしますがファンの皆さんごめんなさい。
次回
『片鱗』
それは何者かの意図か