千冬 対 サーシェス
がメインです。
「グ、グラハムさん!?」
「グラハムが……戦ってる?」
「それだけじゃない、向こうでも……!」
アリーナの屋根の上。
先程まで劇でライフルを構えていた三人は、グラハムを追って作業用の出入り口から出たところで、下で起こっている闘いに気が付いた。
彼女たちがいるのはアリーナの天井近くで周囲の建物よりは高く、グラハムが戦っているのが見えた。
「ど、どうする?」
「こうしてはいられませんわ!」
ルフィナの問いかけにセシリアは毅然として答え、ISを展開する。
「待って! 先生たちに報告した方が――」
「それはお二人に任せますわ!」
「で、でも――」
ドォン、という爆発音がルフィナの声を遮った。
咄嗟に三人が視線を向けると、白煙が上がっている。
そこはグラハムの戦っている場所から少し離れていた。
同時にセシリアのセンサーにISの反応がいくつも現れた。
そのうち二つは爆発の起きた箇所へと向かっている。
だがセシリアの視線は他の一機へと向けられる。
未確認機が現れる中で唯一、《ブルー・ティアーズ》のデータに該当するIS。
――《サイレント・ゼフィルス》。
イギリス軍基地より奪取され、合同軍事演習に現れたブルー・ティアーズの姉妹機。
セシリアは思わず奥歯を噛んだ。
「わたくしは新しく現れたISを追いますわ。お二人は下にいる方々へこのことを伝えてください」
そう言うがはやくセシリアは飛び出していった。
「じゃ、じゃあ僕はみんなに伝えてくるよ!」
「なら、私も」
「僕一人で大丈夫。だからルフィナはセシリアの援護に行って」
「り、了解!」
シャルロットは階段を駆け下りていく。
それを見送ってから、ルフィナは一度深呼吸すると《ガスト》を展開、空へと飛び上がった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《ヴァラヌス》から飛び出した六つのファング。
その左右に広がっていく牙の群れから二本の紅のビームが飛び出す。
一つは千冬へと向かい、もう一つは一夏と楯無へ飛ぶ。
「くそっ!」
「!? 待って一夏くん!」
離れるように横へと大きく避けようとする一夏に、楯無は警告を発するも遅かった。
(本当は二人で死角をカバーしたかったのに……!)
ファングから放たれるビームをランスで弾くも、楯無の表情には余裕がなかった。
学年別トーナメントでの《スローネ》のデータとグラハムから教えられたファングの性能からして、個別に対応するべきではないと楯無は考えていたが、それを一夏に伝えることができなかった。
無軌道に高速移動する六つ槍頭は、以前映像で見たものよりも動きが鋭く、楯無の実力をもってしても回避することが限界だった。
それらをいなしながらなんとか、一夏へと近づこうとするが、彼の大振りな回避と直撃を受けた際の衝撃によってその度に大きく離れてしまい、なかなか近づくことができない。
縦横無尽に飛ぶ牙に二人が翻弄される中で、小さな爆発音とともに一機のファングが砕かれた。
数発のビームが掠るも直撃は免れた千冬はヴァラヌスへと駆け、その過程で一機のファングを斬り捨てた。
勢いある千冬の斬撃を軽々と受け止めるサーシェス。
「ファング!」
ニヤッと嗤いながら、スカートに残していた二機を放つ。
それらは千冬の真上からビームを放とうとして、
「そう上手くいくと思うか?」
「!?」
破砕音を立てて散った。
千冬の両手はバスターソードを握っている。
何が動いたのかとサーシェスは逡巡する。
「ッ! 成程なァ!」
そして気づいた。
先程まで千冬の両肩に浮いていた《打鉄》系特有の実体シールドが消えていた。
おそらくファングに特攻させたのだろう。
周囲にはファングだけでなくシールドと思われる破片が降り注いでいた。
「そうでなくちゃなァ」
二人は破片を避けるようにして距離をとる。
同時に残った四機のファングがヴァラヌスのスカートアーマーに収納された。
ビット兵器は最新鋭機の主兵装として運用されるほど高性能な兵器だが、サーシェスはファングに頼った戦術を好まず、あくまで主体は剣や銃でのシンプルな戦いだ。
もう必要がないとばかりにコンテナごとファングを量子化し、バスターソードを構える。
すでに千冬は駆けだしていた。
上から下へと振られた白刃が眼前に迫る。
「ちょいさあ!」
サーシェスは避けようとはせず、嬉々として得物で受け止めた。
鍔迫り合いの衝撃が、両機の間にスパークを起こす。
幾度目となるだろう千冬とサーシェスの攻防に、楯無は信じられないものを見ているような気分だった。
見る限り、二人の実力は拮抗しているように見えた。
正確には、千冬の方が技量は上なのかもしれない。
だが、サーシェスの戦闘技術は異常なものだった。
ブレードにライフル、ビット兵器。そのどれか一つとっても、彼のように操れる操縦者などほとんどおらず、操縦技術そのものの熟練度に至ってはモンドグロッソの部門優勝者のレベルをも超えている。
現にヴァラヌスから放たれたファングの連撃に、ロシア代表である楯無は完全に避けるのが精いっぱいだった。
そして今もなお、千冬との近接戦闘を互角で渡り合っている。
(くやしいものね)
目の前の戦いについていける自信などなかった。
言葉通りの悔しさを楯無はかすかに浮かべていた。
彼女に肩を支えられるように、ボロボロとなった《白式》を纏う一夏がいた。
一夏は最初『雪羅』によってファングのビームを無効化していたが、死角を狙うファングの動きに対処できず、中盤以降は何度もビームをその身に受けることになってしまった。
連携によるオールレンジ攻撃の利点を潰そうとした楯無の考えを聞くことなく飛び出してしまったのは一夏だが、やはり後輩を守れなかったという後悔があった。
だから楯無は今自分にできることをしていた。
それが生徒の長たる自分の役目として最低限のことだと彼女は考えていた。
センサーの情報を確認し終え、再び空の戦いへと視線を戻す。
「!?」
楯無は僅かの間に起きた戦況の変化に驚きを隠せなかった。
千冬が押され出していた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
千冬は真上からバスターソードを思い切り叩きつける。
サーシェスはそれを同じ得物で受け止め、続けざまに放たれた横薙ぎの一閃をも防いだ。
そこから繋げて二撃、三撃と鋭く実体剣を千冬は振るうも、それすらも身を捻るようにして躱された。
さらにもう一撃とばかりに剣先を翻すも、避けられて空を切る。
攻勢であったはずの千冬の太刀はサーシェスに一切当たらず、逆にサーシェスの蹴りを千冬は胴部に喰らい、後方へととばされる。
「くっ!」
「おらおら、どうしたブリュンヒルデェ!」
突き飛ばされた千冬はすぐさま構えるも、そこにサーシェスがバスターソードを叩き込む。
『随分お怒りのようじゃねえか』
「!?」
首を伸ばすようにしてヴァラヌスが言葉を発した。
ただし、今までのようなスピーカーではなく、プライベート通信でだ。
『弟をやられて怒りが、ってやつか? 泣かせるじゃねえか』
「黙れ!」
「おっと!」
力任せに押し返され、サーシェスは距離をとった。
対峙する千冬の表情は特に変化はない。
だが動きが先程とは明らかに違っていた。
斬撃一つ一つの鋭さは格段に上がっているが、動きに感情が乗せられているのだ。
普通にみれば表情と同じく大差ないように見えるのかもしれない。
しかし相手は歴戦の傭兵、その僅かな変化すら彼にとっては有利に働いた。
ククク、とサーシェスは嗤う。
目の前にいる獲物の変化がおかしくて仕方がないのだ。
その笑い方に違和感を覚えたのか千冬は怪訝な表情を浮かべた。
「何がおかしい」
『おかしいだろ?』
またしてもサーシェスはプライベート通信を使ってきた。
『白騎士様が弟の為にキレるなんてよ』
『ッ!? 貴様――』
サーシェスの言葉にわずかに千冬の顔に動揺が走る。
『白騎士事件』に現れたIS《白騎士》。
世界にISの力を見せつけ、世界の構造を覆したIS。
その搭乗者が誰であるかは、黒幕である束以外に知ることができないはずの事。
たしかに、千冬が白騎士ではないかという見方が多いが確証はない。
だがサーシェスは面白がってこそいるが、口ぶりは事実を述べるそれであった。
世界中の諜報機関が掴むことのできなかった情報をサーシェスは知っている。
思わず千冬の腕に力が入る。
『どこでそれを!?』
『オレのスポンサー様からの情報でね。それぐらい分かってるってこった』
『雇い主だと……?』
『おう、オレは傭兵でね。ギャラ次第でどんな奴の下にも就く』
意外とあっさりサーシェスは情報源を口にした。
だがそれでも千冬の疑念が尽きることはない。
『貴様の雇い主は誰だ!?』
『言うわけねえだろ!』
サーシェスはバスターブレードを両手で担ぐようにして構え、突進する。
千冬は舌打ちと共に振り下ろされた大剣を受け止める。
『けどな!』
と狂気じみた笑みでサーシェスは言う。
『ブリュンヒルデさんの頼みだ、ヒントをくれてやるよ。 スポンサーは『空白の一週間』に何が起きたのかを知っている』
「!?」
千冬の見せた反応にサーシェスは嬉々として言葉を続ける。
『おそらで随分お楽しみだったみたいじゃねえか、白騎士様よ』
「黙れッッ!!」
怒気の孕んだ声と共に千冬はバスターソードを振るい、サーシェスを弾き飛ばす。
そのままヴァラヌスへ向かってブレードを横薙ぎに払う。上に斬りあげ、真上から振り下ろす。
だが、その全てをサーシェスによって躱される。
感情の乗った太刀筋など、彼にとっては読みやすいことこの上ない。
「動きが見えんだよォッ!」
斬り下ろされた剣の上から掠らせるようにして、薙ぐ一閃を腕から叩きこむ。
不覚をとったと思う前に、衝撃によって千冬は横合いに吹き飛ばされる。
そこへ追撃とばかりにサーシェスはビームランチャーを展開し、トリガーを引く。
粒子ビームは、容赦なく千冬に襲い掛かっていった。
ギリギリのところでいくつもの光弾を弾くと、斬りかかってきたサーシェスと得物を交差させる。
だが斬結んだ際の違和感を覚えつつ機体を反転させると眼前に黒煙が広がっていた。
「そぅらぁ!」
煙が割れると同時に千冬の機体に衝撃が走った。
両手の武装を高速で切り替えることで、サーシェスはバスターソードを振りかぶっておきながらビームランチャーで千冬と斬り結んだのだ。
その結果、ビームランチャーが斬り裂かれたことで生じた爆発を煙幕にしてヴァラヌスの左脚を叩きつけた。
大きく蹴り飛ばされた打鉄は地面に激突し、激しい衝撃で千冬の呼吸が一時的に麻痺する。
「あ、もいっちょ――」
「千冬姉!」
「どっこい!」
横合いから斬りかかってきた一夏を、サーシェスは右手に持ち直した大型剣で受け止める。
「また突っ込んでくるとは、しぶてぇ野郎だな」
ギリギリと押し合う中で、サーシェスは嘲笑を一夏へと飛ばす。
対する一夏はすでにボロボロといえる状態だったが、手心を加えるはずもなく、さらにバスターソードを押し込む。
「姉がやられて突っ込んでくるたあ、姉が姉なら弟もってか!」
侮蔑のこもった笑い。
だがすぐにその表情が驚愕に変わった。
「はあああっ!」
それは一夏の激昂と共に起きた。
雪片弐型の装甲が開き、輝きを放つ。
まるで一夏の声、吐き出される感情に呼応するように。
ゆっくりとだが、バスターソードに雪片弐型の刃が食い込んでいく。
GN粒子を纏った刀身にひびが入っていく。
それと同時にヴァラヌスのモニターに表示枠が幾重にも重なって表示された。
『WARNING!』
という警告と共に機体各部が赤く点滅するウインドウ。
それらはすべて機体の異常を表していた。
「なにっ!?」
「あああっ!」
一夏が雪片を横薙ぎに振った。
一瞬早くサーシェスはバスターソードを手放して距離をとる。
両断されたバスターソードが音を立てて地面に落下した。
「なんて野郎だ。これが『ワンオフなんたら』ってわけ――」
いや違う。
サーシェスは内心で即座に答えを否定した。
聞いた話では、白式の斬撃は、対ISにおいては『相手の絶対防御を強制的に発動させる』ものだ。
だがヴァラヌスに起きたのはそれではない。
絶対防御は発動してはおらず、シールドエネルギーにも大した変化はない。
そうではなく、機体そのものに異常が発生した。
今も影響を受けているのか、赤のエラー表示がモニターを埋め尽くさんばかりに展開している。
主にエネルギー供給のラインに問題が起きているらしく、GN粒子の変換量も通常時の半分以下にまで低下している。
またヴァラヌスの動きの手ごたえも先ほどよりも急激に悪くなっていた。
何がどうなってやがる。
あのガキの機能じゃねえのか。
わずかに苛立ちを覚えるサーシェス。
と、彼の脳裏にあることが浮かぶ。
(大将が言ってたのはこれか?)
それは以前、彼の雇い主から聞かされた事。
サーシェスにとって興味のあるISについての話だったので、彼はよく覚えていた。
仮にその通りだとすれば、納得ができる。
そして一夏自身の驚いたような表情にそれは確信へと変わった。
「ククク……」
おもしれえ。
おもしれえな。
「織斑さん家はよォ!」
後ろへと振り向きざまにサーシェスは勢いよく展開したビームサーベルを振るう。
眼前に千冬の姿を捉えたのと同時、ヴァラヌスの装甲が大きく斬り裂かれた。
サーシェスが脳内ではもっと暴れていまして、そぎ落として静かにしてもらったら妙なことになってしまいました。
この手の失敗、何度してるんでしょうか……。
次回
『疑念』
掴むことのできない敵