機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#61 嵐の後に

 IS学園の地下に広がる研究施設。

 その中でも特に厳重なセキュリティのかけられたエリアの一つ『GN粒子系技術研究棟』。

 名前の通り、GNドライヴに始まるGN粒子を扱う技術の解析や開発を行っている部門である。

 いくつかある研究室の内、地下にもかかわらず一面窓をとりつけた部屋がある。

 その窓のそばにグラハムは立っていた。

 

「これが《GN打鉄》か」

 

 グラハムは窓越しに格納庫に鎮座するISを見つめていた。

 格納庫の中では、千冬が搭乗したGN打鉄が固定され、二十人ほどの技術者と作業員たちがせわしなく動いていた。

 彼らはサーシェスとの戦闘でのデータ取りと、損傷の修復にあたっていた。

 先程までグラハムが会話をしていた技術主任によれば、GN打鉄のダメージレベルはCに近いBであり、中破といっていい状況だという。

 その打鉄の搭乗者である千冬は国際IS委員会の理事会に出ており、今この場にはグラハムしかいない。

 

 あーいをー知らーずー揺ーれーるゆりーかごー♪

 

 携帯が着信を知らせる音楽を鳴らし、グラハムはポケットから取り出す。

 折り畳み式のそれを開くと同時に青い画面が展開される。

 表示されるのはSound-only(音声通信)とNumber-withheld(非通知)の文字列。

 知らせもなしに突然かかってきた非通知着信。普通なら訝しんだり出ることをためらうだろう。

 だがそこはグラハム・エーカー、なんの躊躇もなく即座に通話ボタンを押した。

 

「グラハム・エーカーだ」

 

 そう彼は堂々と名乗った。

 

「やあ、ハムくん」

 

「束女史か」

 

 番号を教えていないはずの束からの突然のコール。

 それでもグラハムは通常運転だ。

 

「用件を聞こう」

 

「それがさー、ちーちゃんがポンコツにやられちゃったんだよ!」

 

「千冬女史?」

 

 グラハムは束の言っていることをすぐには理解できなかった。

 確かに千冬はサーシェスと事実上の痛み分けであり、それを『やられた』と表現するのは彼女の強さを知るものからすればありえないことではないだろう。

 だが『ポンコツ』という単語に違和感があった。

 束は『ガンダム』をライバル視しており、そのガンダムの一機である《ヴァラヌス》を、間違ってはあるかもしれないがポンコツとは言わないだろう。

 通話音量を下げるボタンを押しながら少し考える。

 レベルを三つ下げたところであるものが浮かぶ。

 

「もしや、《ヅダ》のことだろうか?」

 

 試しに言ってみると、

 

「そう! たしかそんな名前! あんなのにちーちゃんがー!」

 

 どこか恨みがましくドンドンと何かを叩く音が向こう側でする。

 束はヅダのことを言っているのは間違いないようだった。

 だがこんどは『千冬』という言葉がかみ合わなくなった。

 しかしそれは考える間もなく束の口から正体が明かされた。

 

「お手製の《GNちーちゃんVer.1》を、よりにもよってあんなポンコツにやられて束さんは大変ショックなのです」

 

「成程」

 

 これでグラハムは話の内容を理解した。

 楯無から知らされた宇宙での近年まれにみる規模での戦闘。

 そこに現れたヅダと黒い謎のIS。

 大方の予想通り、黒いISは束の開発したISだったようだ。

 そしてIS委員会のIS二機を撃墜した後にヅダと戦闘、撃破されたとグラハムは聞いている。

 

 だがこれは束の言葉からは感じられないが大きな問題である。

 現在の社会体系に深くかかわり、象徴ともいえるIS。

 特に男卑女尊という風潮は、ISが最強の兵器であるということだけで成り立っていると言っていい。

 そんなISが他の兵器、しかも男性も使えるであろうPSに負けたとなれば、社会の根幹すら覆しかねない。

 しかしそんなことには興味無いのか、束はその後一時間近く語りたいことは語りつくすと、「にゃはは」と機嫌よく笑いながらほぼ一方的に電話を切った。

 グラハムとしては尋ねたいこともあったのだが、自身を超えるマイペースである束相手では仕方ないと割り切っていた。

 

 視線をまた格納庫へと向ける。

 GN打鉄から少し距離を空けたところにグラハムの愛機《GNフラッグ》が同じようにコードに繋がれていた。

 打鉄と違い損傷のほぼないフラッグは、主にデータ取りのために運ばれており、それも一段落ついたのか作業員の姿は打鉄側と比べると少ない。

 それでもIS一機を整備するには多い人数であることは違いないが。

 フラッグと並べるようにグラハムは携帯のモニターを拡大投影する。

 映し出されるのは先ほどの戦闘のデータ。

 窓の向こうで行われているデータの収集と解析はリアルタイムでテストパイロットであるグラハムの携帯へと送られる。

 普通の携帯電話端末ならば処理しきれないような膨大なデータだが、MSの開発データを複数保存している彼の携帯にはこのぐらいは余裕でできるぐらいのスペックがあった。

 

(やはり、特筆すべき点はないか)

 

 目立った数値のないデータが並ぶ中で、ビームサーベルのものを選ぶ。

 彼が気になっているのはビームサーベル。

 スコールと名乗った女性との戦いにおいて、フラッグの光剣には反りができていた。

 だがグラハムは刃の形状を変更した覚えはなく、またそういった機能をビームサーベルやGNフラッグ本体には搭載されていなかった。

 送られてきたデータにも出力に異常があるわけではなく、原因は不明としか言いようがなかった。

 先刻、一回目に目を通した際、グラハムはこの件について誰かに尋ねてみるべきだと考えた。

 そこへかかってきたのはISの開発者、篠ノ之束からの通信だ。

 まさに僥倖というべき機会だったが結果はご覧の通り。

 しかも折り返しは不可能。

 千載一遇のチャンスを逃してしまったグラハムだが、窓越しに愛機を見る彼の様子はいつも通り。むしろ小さな笑みすらもらしていた。

 湧き上がる闘志に影響を受けたのか。

 それとも、かつての自分を髣髴していたが故か……。

 どういう理屈なのかは知らん。

 分からなければそれでいい。

 かつての自分とどう変われたのか、それを知ることができればいいのだから。

 先程の戦いで思うことがあったのか、グラハムの思考はビームサーベルから遠のいていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 僅かな機械音と共に部屋のドアがスライドする。

 

「理事会はどうだったかね、千冬女史」

 

 グラハムは背後を振り向くことなく問いかけることで迎えた。

 

「予想以上の喰いつきだった」

 

 千冬はグラハムの隣まで行くと、ため息交じりに答えた。

 

「もともと今日資料を公表する予定だったからだろうな、今日起きた事件を二件とも先送りにしてまでGNドライヴの話にもっていった」

 

「ほう、盛況だったのか」

 

「茶化すな。そのかいあってかは分からんが、IS学園と日本への追及もなあなあに終わった。松本理事のやりとりに至っては茶番もいいところだ」

 

 辛辣な言葉を並べる千冬。

 どこか引っかかるような言い方だがグラハムは特に気にはしていない。

 IS委員会の理事たちを軽蔑しているふしがあるのはいつものことだからだ。

 

「例の件は?」

 

「報告書と共に提案はしてみたが、やはりGNドライヴの量産ばかりに目がいっているせいですんなり通るとは思えないな」

 

 そうか、とグラハムは携帯端末を操作しあるものを映す。

 ビリー・カタギリと署名された図面は、理事会前にグラハムが千冬に提案したことの核を示していた。

 改めてそれに目を通し、千冬は目だけを頷かせた。

 

「だが、GNドライヴの量産性の悪さを考えればいかに有効であるかは考えるまでもないことだ」

 

 しかも敵側には量産性に秀でたタイプのGNドライヴが存在する。

 戦闘で得たデータの範囲でしか判明していないが、放出される粒子量からして出力が低いらしく、装甲強化に回すだけの余裕がないものと思われる。

 だからこそ、グラハムの提案は理にかなっていると千冬は思った。

 二人はしばらくこの案件について話を進めていった。

 そして一段落ついたところで、

 

「さて、千冬女史」

 

 携帯を仕舞いながらグラハムは話題を変えた。

 そろそろ頃合いだと彼は思った。

 

「なんだ?」

 

「私は回りくどいのは苦手でね。単刀直入に尋ねよう」

 

 グラハムは千冬の目をまっすぐと見つめた。

 

「今回の事件。いや、サーシェス達の関わっている一連の事件。君は何を知っている?」

 

「……何故、私が知っていると思う?」

 

 千冬は睨むように視線を向ける。

 いつも生徒達や山田に見せるものより五割増しで鋭い視線を、しかしグラハムは動じることなく受け止めた。

 それが彼女の狼狽を隠すものであることをすぐに見抜いた。

 

「君はサーシェスとの戦いで、感情的だったと聞いている」

 

 グラハムは一度GN打鉄を視線の端に納めるとすぐに千冬の両目を見据えた。

 他にも夏休み辺りから疑問を抱く言動があったこともまた一つである。

 一夏の言が正しければ、『昔の千冬』に戻すだけの何かがあったことは間違いない。

 サーシェスとの戦闘とは別の事柄かもしれないが、グラハムの乙女座の勘は関連があるとみていた。

 そしてなにより、

 

「君が質問をそう返してきた時点で私の推察は当たっていると言えるだろう」

 

「……成程な」

 

 観念したのか、千冬はわずかに肩を落とした。

 表情こそ凛々しいが、どこか弱々しさがにじんでいた。

 

「思い当たるふしがあるのは事実だ」

 

「…………」

 

 だが、と千冬の表情が曇る。

 

「正直、それらがどうつながるのかがわからない。だから――」

 

「すぐに話せとは言わんさ」

 

 今はそれで十分だと笑みを見せ、グラハムは踵を返して部屋を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 青年はデスク上に展開された、いくつものモニターの内の一つを眺めていた。

 

「結局、彼らは失敗したか」

 

 IS学園とスペースコロニーへの襲撃。

 いずれもISの強奪が目的にもかかわらず亡国企業は何一つ得ることができなかった。

 取引相手の失態を、しかし青年はただ微笑を浮かべるだけだった。

 

「織斑一夏は姉の庇護下にある以上、難しいことは理解していたが……」

 

 視線の先にとまるのは紅の光刀を振りかぶる黒いIS。

 ビームサーベルを鋭く横へ薙ぎ、緑色のISの装甲を切り裂く。

 

「グラハム・エーカー、これほどとはな」

 

 予想を上回るイレギュラーの実力に青年は驚嘆していた。

 サーシェスとの戦いを切り抜けたのは、単にあのいたぶるのが好きな傭兵が遊んでいただけだと思っていたが認識を変えなければならない。

 そう青年は思った。

 すでに芽を摘むという状況ではなくなってきている。

 だが彼の表情に焦りはなかった。

 手にしたブランデーグラスを弄びながらモニターを一つずつ眺めていく。

 それらに映されている事柄すべてが青年の思惑通りに進んでいた。

 そして最後に目を止めたのは、織斑一夏の刀が光を放っている画像とその解析結果。

 サーシェスの報告通り『零落白夜』ではなかった。

 それは計画も次の段階へと近づいていることを示していた。

 今回はこれを知ることができただけでも十分な収穫だがサーシェスのISに多大なダメージを被ることになった。

 だが、《ヴァラヌス》の最後の仕事としては十二分な働きだったと言える。

 彼の専用機はすでに完成しており、あとは武装データを反映させるだけだ。

 ブランデーを一口含み、グラスをデスクに置く。

 障害を取り除くための布石は打ってある。

 いざとなれば切り札を使っても問題あるまい。

 フフッ、と青年は自信に満ちた目を中央のモニターへと向けた。

 

「『プラーナ』」

 

 自慢の切り札を見つめ、青年の微笑は狂気の色を見せた。




IS新刊出ましたね。
残念ながら農家は八巻にはいかない予定なのです。
EOSの存在自体が話と矛盾すると思うので。


 次回
『前祭』

まだ始まりでしかない

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