まえまつり
です。
翌日。
学園祭の疲れによるものか、またこの日が休みだからか、生徒達の朝は遅い。
そんな中、いつも通り五時間の睡眠で目を覚ましたグラハムは日課の後、七時前には食堂に来ていた。
たまには和食以外にしようと、トレーの皿にトーストとチョリソー、マッシュポテト、スライストマトを載せ、まだまばらな席の間を歩いていた。
「おはよう、グラハム」
「おはようと言わせてもらおう、ルフィナ」
長テーブルに一人で座っているルフィナに朝の挨拶を謹んで送ると、向かい側の席にグラハムは腰を下ろした。
ルフィナの朝食はトースト、ベーコン&スクランブルエッグにヨーグルトというアメリカでは一般的なメニューだ。
自身のメニューもあいまってどこか懐かしさを覚えるグラハム。
わずかに頬を緩め、トーストをかじる。
「お、今日も早いんだな」
声のした方に視線を向けると、同じく朝食のトレーを持った一夏がちょうどルフィナの後ろに立っていた。
「一夏か」
「おはよう、一夏」
「おう、おはよう」
一夏はルフィナの隣に座り、箸を手にしたところでグラハムの朝食を見た。
「あれ、今日はパンなんだな」
「気分転換というやつさ」
意外そうにしている一夏にグラハムはフッと笑いながら答え、
「そういう君はずいぶんな量だな」
トレーにのる一夏の朝食を見てそう言った。
彼のメニューは焼き魚定食になぜか生姜焼きが加わっていた。
「朝だからこそ、たくさん食べたほうがいいんだよ」
それに、と何故か少しげんなりした様子で一夏は言葉を続ける。
「今日から貸出って言われたらことだから、今のうちに体力を蓄えないとな」
「そ、それは……大変だね」
ルフィナはなんといえば分からないといった表情で彼女なりのフォローを入れる。
それは昨日の学園祭の閉会式でのことだ。
『織斑一夏争奪戦』と名付けられた部活対抗の投票結果は楯無の謀略もあり、生徒会が一位に輝くこととなった。
学園の男子二人中二人を独占する形となった生徒会に対して当然、群衆からはブーイングの嵐が沸き起こった。
それに対して楯無は、『一夏を各部活に派遣する』ことを宣言、一夏の唖然とするさまを除けば学園祭は生徒たちのテンションが最高潮を迎えて終幕した。
だがその後、一夏は楯無にはあっておらず、いつから貸出が始まるのか知らないでいた。
そんな彼にグラハムは思い出したかのように言った。
「昨日、しばらく先になると楯無は言っていたな」
「本当か!?」
「ウソは言わんよ。別件が立て込んでいると私は聞いている」
グラハムの言葉に一夏はホッと胸をなでおろした。
「はー、助かった。正直、あまり生きた心地してなかったんだよな」
「でも、生徒会の人なら生徒会室とかに行けばすぐにわかったんじゃ……」
「それが生徒会室にはいないし、探したんだけど、結局会えず仕舞いだったんだよな」
「それは当然と言うものだ。楯無はあの後すぐに学外へ出た」
「そうなのか?」
「ああ。どうやら仕事があったらしい。詳しいことは私も知らないが」
「ふうん」
しばらく談話しながら朝食をとっていた三人。
まもなく八時になろうかという時分、少しずつ食堂に生徒が増えるなか、グラハムの後方に設置されている大型テレビでは国営放送によるニュースが流れていた。
『――昨日IS学園内で起きた建物の崩落事故について、IS学園及び国際IS委員会は昨夜、教員用に試験導入されているIS武装『クアッドガトリングパッケージ』の暴発であると発表。現在詳細を調べており、後日担当技師他四人に対する処分を決定するとしています』
『このクアッドガトリングパッケージについてですが――』
「グラハム、これって……」
「ああ、昨日の一件のことだろう」
「なんで違う話になってんだよ……?」
今ニュースに映るのは、昨日サーシェスが逃走する際に放った粒子ビームによって一部を吹き飛ばされた建物。
だがキャスターが読んだ文には単なる事故とされていた。
グラハムには見えていないが映像も加工され、まるで内部から瓦礫が飛び散ったかのようになっている。
映像を目にしたルフィナと一夏は驚いているようだったが、グラハムにとっては予想の範疇だった。
事故の原因となったIS兵装についての解説と評論家の意見の後、ニュースは別の話題に移った。
『――中東情勢が悪化の一途をたどる中、欧州連合と米国は軍を共同で派遣することを発表。これに対しアストビアの――』
その後も《ヅダ》どころかISに関する話題がでることもなく、十分後にはキャスターたちはスポーツで盛り上がっていた。
これはある結果を示している。
――昨日起きた二つの事件における情報操作。
グラハムはどこか苦々しくコーヒーから口を離した。
学園祭の後、国際IS委員会から通達された箝口令を聞いた時、グラハムはこの可能性に至っていた。
《スローネ》や《福音》事件などIS関連の事件は隠蔽されることが多い。
各国家において重要な機密であることもそうだが、なによりISは市民社会に強大な影響力もつだけに、不安や混乱を与えないことを考えればそうすることに納得はいく。
ELS襲来に際しても市民への配慮として演算処理システム『ヴェーダ』を使った情報規制は行われた。
それでも、グラハムは『情報統制』というものを好きにはなれなかった。
不器用な彼の生き方には相いれないものだからかもしれない。
そしてこの統制の徹底ぶりにも違和感も覚えていた。
確かに今回の事件が実行されているところを見たものは少ない。
だが逃走するところを目撃した人はかなりいたはずである。
他の事件にしても、実行前後の敵を見た人は決して少なくはない。
それなのにISを見たという話をネットでさえ見られない。
二十四世紀でさえ、完全な情報の管理、封鎖にはヴェーダを使わなければできないことだ。
あってないようなものである二十一世紀の情報技術で、情報を世界から締め出せるだろうか。
完璧ともいえる情報統制が、グラハムの脳裏に違和感をこびりつかせていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝食の後、グラハムは部屋に戻っていた。
彼は愛用の端末を何度も覗き込みながらキーボードを操作していた。
物音一つない部屋で、キータッチの音だけが途切れることなく鳴り響いている。
モニターの中央では図面と文字列が生まれては消え、生まれては消えを幾度も繰り返していた。
その端ではいくつものデータが流れ去っていく。
そしてENTERを押したと思われるタンッという小気味良い音とともに一連の動きが止まった。
慣れない作業に息を吐き、グラハムはコーヒーをすすった。
時計に目をやるともうすぐ正午になろうとしていた。
グラハムはここ数時間の成果を眺める。
映し出されているのはISと思われる数枚の設計図と、円筒形や立方体のパーツ。
携帯のモニターにも大型の人型兵器の設計図と、これもまた同じようなパーツが表示されている。
「思いのほか、上手くいくものだな」
自分のことながら意外そうに彼は独語した。
MSのデータのISへの転用。
設計図があるとはいえそう簡単にできないことを、しかし彼は自身が驚くほど速くやってのけてしまった。
しかも後に分かることだが、技術者たちの目から見てもかなりの精度の高い設計図に仕上がっていた。
かつて《フラッグ》のテストパイロットを務め、《ブレイヴ》では設計段階から開発に関わったことで得た経験と知識。
それが自身のISの設計でいき、また今回もそれを生かすことができた結果となったようだ。
満足そうにうなずき、グラハムはパソコンの電源を落とした。
今、部屋にはグラハムしかいなかった。
同居人である楯無はいまだに戻ってきていない。
ふと昨日の戦いの直後に見た楯無の表情が浮かぶ。
(何があそこまで彼女を焦らせたのか……)
私が気にしても仕方ないがね、と昼食をとりに行こうとしたとき、
燃え尽きてく眠りの森で~♪
「私だ」
「グラハム」
コールされた携帯から簪の声が届いた。
「あの、お姉ちゃんから連絡きてない?」
「私のところへは来ていないが」
「そう……」
沈んだような声にグラハムは尋ねる。
「何かあったのかね?」
「え? ええと――その……」
もともと口下手な簪だが、それにしては歯切れが悪い。
疑問に思ったグラハムだが、ドアをノックされ、「失礼」と携帯を片手に立ち上がった。
ホッと安堵の息が携帯から聞こえるが、気にすることもなくドアノブに手をかけた。
「失礼します」
ドアを開けると礼にかなったお辞儀をする楯無の侍女、虚の姿があった。
あげられた理知的な顔は焦っていた。
「虚か。楯無なら――」
「いえ、わかっています」
『虚さん?』
携帯から聞こえる簪の声に虚は驚いたような声を上げた。
それはどこか先程とは別の焦りを含んでいた。
「簪お嬢様も……。いえ、仕方ありませんね」
そう呟くと虚は頭を下げた。
「時間がありません。すぐに手を貸していただけませんか?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ったく、一日たっても治らねえとはよ」
コンソールと機器が並ぶ薄暗い空間でサーシェスはぼやいていた。
彼の視線の先にあるのは、胸部に大きな裂傷を受けた《ヴァラヌス》。
本来ならISの自己修復機能である程度のダメージを回復させているはずなのだが、モニターに映るヴァラヌスの状態は一向に良くなる気配はなかった。
原因は分かっている。
あのガキ、織斑一夏から受けた斬撃の影響だ。
今でもコアの調子が上がらず、粒子の生成もままならねえ。
ISの素人であるサーシェスの目から見ても、ヴァラヌスの状態が最悪であることは間違いなかった。
チッとつまらなそうに舌打ちをした。
「これからだってのによ」
大将との契約である戦争がようやく始まろうとしていた矢先に、これだ。
すでに《アルケー》は九割がた完成している。
そうスポンサーは言っていた。
しかしそれはまだ一割完成していないということでもあった。
しかもアルケーの製造期間を考えれば一割でもそれなりの長さがあるだろう。
その間、彼はしばらくISでの戦闘に参加することができない。
これがたまらなくサーシェスを苛立たせていた。
だがすぐに口端を歪める。
まあ、その分の鬱憤を前払いで晴らさせてもらうとしようじゃねえか。
「出てこいよ、『楯無』さんよ!」
振り向いて狂笑を向けた先、錆び付いた金属音と共に巨大な扉が開く。
「あら、気が付いていたのね」
差し込まれる陽光を背に、IS《ミステリアス・レイディ》を纏った楯無が、槍を突き付けるように構えていた。
ニヤッ、とサーシェスの表情が嬉々と歪んだ。
サーシェスの『楯無』さんは楯無という立場に興味があるということでお願いします。
IS八巻、私の周りでは評価は真っ二つです。
農家個人としてはOOのドラマCDを何故か思い出しました。
勿論、仮想ミッションの方ですが。
後書きが連続で同じネタですいません。
次回
『嗤う獣』
追い詰められたのはどちらか