機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#63 嗤う獣

「よく、わかったわね。私が貴方を追っていたことを」

 

 槍をサーシェスの喉元へ向けながら、ゆっくりと距離を詰める楯無。

 対するサーシェスは獰猛な笑みを浮かべ、

 

「これ、嬢ちゃんのだろ?」

 

 と、差し出していた右手を握る。

 

「仕掛けてこねえと思ったら、こういう使い方もあったとはな」

 

 空手を何度も開いては握る。

 ただそれだけの動きに、楯無は表情にこそ出さないが信じられないものを見る思いだった。

 

「まさか、それに気づいていたなんてね」

 

 サーシェスが握り潰したのは《ミステリアス・レイディ》のアクア・ナノマシン。

 アクア・クリスタルから生成される水をコントロールしており、これによって楯無のISは水を自在に操ることができる。

 またばら撒くことでセンサーの代わりにすることもできる、まさにミステリアス・レイディの要である。

 当然、ナノサイズであるマシンは、肉眼はおろかISでも視認することは難しく、反応が小さすぎてセンサーにも映りにくい性質を持つ。

 実際、スコールは対処できなかったうえに、グラハムでさえ初見での完全な対応はできなかった。

 それを目の前の男はナノマシンに気付き、あまつさえ掌の上に載せていたのだ。

 あまりにも理解の枠を超えた傭兵の能力に、楯無は額に嫌な汗を浮かべた。

 そして思った。

 グラハム君といいこの男といい、

 

「MSパイロットというのはそういうモノ(・・・・・・)なのかしら」

 

 だからこそ、

 

「男性が乗れるのも、納得できてしまうのが恐ろしいわね」

 

 思わず漏れてしまった呟き。

 ククク、とサーシェスの面白がるような笑い声にハッとするも、彼は無精ひげをなでながら楯無を見ているだけだった。

 

「残念だが楯無さんよ。オレはISに適応した人間じゃねえ」

 

 じょりじょりという音を鳴らしながら、さらりと告げられた言葉。

 しかしその意味するところは楯無に少なからず衝撃を与えた。

 

「でも、貴方は今まで《ヴァラヌス》を操ってきたじゃない」

 

「おうよ。だが、こいつはスポンサー様の御力の賜物ってやつでね、少しの間ISの認識を狂わせてるんだとよ」

 

 まあ、持ち運びできねえがなと肩をすくめるサーシェス。

 彼は楯無の反応を楽しむように手の内を明かしていく。

 そして思惑通り、楯無の内心は驚愕に満ちていた。

 ISのコアは独自の進化ベクトルがあることしか明示されていない。

 しかも束による高度なプロテクトが駆けられているために現在誰一人としてコアを解析できた者はいない。

 彼らが行っているコアの複製自体、信じがたいことだが外部から得られた情報を元に、まさにブラックボックスの概念に即して作られたものだと考えられてきた。

 だがサーシェスの言葉通りならば、彼らはコアの内部をも知り尽くしていることになる。

 

(でも、今問題なのはそこじゃない)

 

 コアの仕組みもそうだが、学園祭の襲撃のときの彼らがどうであったか。

 サーシェスが野原と名乗ってIS学園に入っていくのを虚が確認しているし、レイディのデータとの照合では野原とサーシェスの顔は93%合致している。

 ヴァラヌスを持ち運べないということは待機形態にすることができないことを意味している。

 つまり、サーシェスはISを持たずに学園へ侵入したことになる。

 

(どうやってヴァラヌスを――?)

 

 IS学園のセキュリティレベルは並みの軍事施設よりもはるかに高い。

 そこを掻い潜ってヴァラヌスを学園内に運び込むことは本来なら不可能である。

 確かに学園祭の準備等で多くの物が外部から入っていたのでその中に紛れさせることは可能だろう。

 だが、それでも難しいことには違いない。

 学園祭に乗じるとしても手段はいくつかに限られる。

 そしてその中で楯無の持つもう一つの疑問を解き明かしてくれるものは一つだけだ。

 まさか、という思いはある。

 しかし、それ以外、今回の事件と彼らの今までの動きとの間の辻褄が合わなかった。

 だとしたら、とそこまで突き進めた思考を、しかし楯無はすぐに頭の片隅へと追いやった。

 異様な殺気を感じ取ったからである。

 

「まあ、サービスはここまでだな」

 

 冷えた声音。

 それは先ほどまで淡々と語っていたものとはまるで異質。

 先手をとろうとするも、それよりも早く、数回連続して銃声が鳴った。

 金属音と共に天井から下げられていた大型の照明器具が落下してくる。

 反射的に後ろに下がるもすぐにそれが下策だったと楯無は気づいた。

 わずかな一瞬の隙を突いてサーシェスはヴァラヌスを起動、まとわりつくコードを引きちぎり、まるで檻から放たれた猛獣のように牙をむいてきた。

 

「はっはー!」

 

「くっ!」

 

 楯無は一瞬でランスを構え直し、四門のガトリング砲のトリガーを引く。

 しかしサーシェスは左手にシールドを展開し、減速することなく、右脚を振り上げた。

 ランスを蹴り上げ、その勢いのままに左脚も身を捻りながら叩き込む。

 横合いに蹴り飛ばされる楯無。

 すぐに体勢を立て直し、ランスを振るうもそれはシールドによって阻まれた。

 ヴァラヌスが首を伸ばすようにして言う。

 

「サービスしてやったんだ。少しは愉しませてくれや、『楯無』さんよォ!」

 

 左手を振るい、楯無を押し飛ばすサーシェス。

 わずかにたたらを踏むも、すぐさま左手にラスティー・ネイルを展開し横薙ぎに一閃する。

 初見の武装なのか、ヴァラヌスは様子見とばかりに後退する。

 そこへ楯無は飛び込んだ。

 いまだに脳裏に焼き付いている千冬とサーシェスの闘い。

 あのレベルの近接戦闘に追従できるほどの実力は無いことなど、楯無自身理解していた。

 しかもミステリアス・レイディは近接戦闘こそこなせるが、特性上、防御力を犠牲にしなければならない。

 それでも、彼女はランスを突き出した。

 

「甘ェ!」

 

 ヴァラヌスはシールドを、角度をつけて突き出し、ランスを滑らせる。

 そのまま地を蹴り、肩から当身を喰らわせるサーシェス。

 後方へと突き飛ばすと、追撃とばかりにビームを刃上に形成し、突っ込む。

 だが楯無も国家代表の実力者、サーシェスの動きを呼んでいたのか素早く横へと飛ぶとラスティー・ネイルを振るった。

 蛇腹剣の一撃はヴァラヌスを掠めるだけにとどまったが高圧水流により、装甲が薄く斬られる。

 

「もっとだ! もっとこいよ!」

 

 機能が低下しているとはいえ、装甲を斬られてサーシェスの気持ちは高ぶっていく。

 わずかながら感じた身を斬られる感触。

 もっと味あわせろとばかりに、サーシェスはビームシールドを振るう。

 幾度も二人の獲物が重なり、装甲に傷を得ていく。

 ランスと蛇腹剣という異色の組み合わせに、嬉々として光刃で斬りかかっていく

 対する楯無はただひたすら喰いついていた。

 相手は圧倒的な技量を有している。

 だけれどわずかに持っていたIS学園生徒会長、ロシア代表操縦者としての意地が、サーシェスをその場から動かすまいと彼女を動かす。

 姉としては不甲斐ないと思いながらも、更識家当主としてのプライドも加味していた。

 そして幾度目かとなる火花を散らす。

 ついに狙っていた時が来た。

 ヴァラヌスの斬撃をランスで受け止めつつ、勢いをあえて殺さず後ろへと跳躍する。

 パチン、と指を鳴らした。

 

「ッ!?」

 

 刹那、空間ごとサーシェスを爆音が呑み込んだ。

 

「……これで、満足してもらえたかしら?」

 

 息も絶え絶えに楯無は呟いた。

 サーシェスのいた空間は煙が充満していた。

 アクア・ナノマシンによって周囲の水分を瞬時に気化させて水蒸気爆発を起こさせる『清き熱情(クリア・パッション)』。

 今までもオータムやグラハムに対して多大なダメージを与えてきたミステリアス・レイディの大技の一つだ。

 その最大出力での一撃を決めるために、楯無はサーシェスを決して対象範囲から彼を出さないよう、なりふり構わず喰らいついていた。

 湿度や気温の上昇などの前兆があるが、ISの搭乗者保護機能やスーツの調整機能によって逆に察知されることは滅多にない。

 そう、余程の敵でなければ――である。

 

「ククク……」

 

 嘲り笑う男の声が響く。

 そのとき楯無は気づいた。

 白い煙の中、わずかに灰色が混じっていることを。

 

「なかなかおもしれえ技じゃねえか」

 

 上から声が降ってくる。

 楯無は己の迂闊さを呪った。

 最初に響いた銃声は五発。

 落下してきた照明は一個。

 すでに彼は水素爆発から逃れる術を用意していたのだ。

 煙を切り裂き、ヴァラヌスが姿を現す。

 

「けどなァ!」

 

 一瞬だった。

 楯無はISごと地面に叩きつけられ、首元に紅の光刃を突き付けられた。

 

「きゃぁ――ッ!」

 

「ククク、いい悲鳴じゃねえか」

 

 心底愉しそうに口端を愉悦に歪めるサーシェス。

 舐めるように彼の視線は楯無を這う。

 氷のように冷たい眼光は、ISを通しても楯無に寒気を覚えさせた。

 だがサーシェスはビーム刃を消すと腰にスカートアーマーを展開した。

 彼の視線の先には倉庫のドア。

突如、爆音とともにドアが吹き飛び、ミサイルがヴァラヌスめがけて飛来してきた。

 

「ファング!」

 

 放たれた八機のファングはそれぞれ一発ずつビームを放つとそのまま吶喊していく。

 手持ち最後の攻撃武器を特攻させて、向かってきた十六発のミサイルを爆煙とともに叩き落とした。

 

「……お姉ちゃんから…離れて!」

 

 ドアの向こうに立つのは

 

「簪ちゃん!?」

 

 《打鉄弐式》を纏った簪だった。

 その手にはプラズマを纏った実体剣が握られている。

 恐怖を押し殺して睨みつけてくる双眸に、サーシェスはニヤッと笑みを浮かべる。

 ISに乗っている奴らの多くがガキだと最初聞かされた時は、つまらねえものだと彼は思っていた。

 だがなかなか肝の座ったやりがいのあるガキが多い。

 ――もう少し遊びたいところだが、

 

「オレの方もお迎えが来てるからよ、今日はここまでにしようじゃねえか」

 

 ふわり、と宙に機体を浮かせる。

 ヴァラヌスのセンサーが別に二機のISを補足していた。

 両機とも高速で宙を飛び、幾度もマーカーが交差している。

 倉庫の屋根に開けた穴から飛び立つと、サーシェスは機体を後ろへと向けた。

 

 GN粒子の光を迸らせ、激突するGNフラッグと0ガンダムの姿がそこにはあった。




なんか最近戦ってるところばかりのような気がする……。
なので今回は淡白に書いたつもりです。
大事なのはその前の会話ですしね。

次回でとりあえずこの章のラストバトルになります。
またかよ、とお思いになっていることでしょうが、いま少しお付き合いください。

 

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