機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#65 Break Down

 GNフラッグの放った高出力ビームサーベルの一撃。

 身に受ければたとえガンダムであろうとその装甲を断ち切るだけの威力を誇る、まさに切り札とも言える武装。

 だがそれは0ガンダムのGNフィールドによって軽々と受け止められた。

 GNフィールドは、大量のGN粒子を高速に対流させることによって形成される防壁だ。

 ビーム兵器は干渉され減衰消滅し、実体兵器に対しては純粋に強固な壁として機能する。

 特にビームサーベルには天敵ともいえる武装で、圧縮粒子のエネルギーによほどの差がない限り突破することは叶わない。

 事実、トランザム状態の近接特化型MS《マスラオ》のビームサーベルでさえ、GNフィールドを突破しきることはできなかった。

 ハイパービームサーベルの出力が高いとはいえ、通常時のマスラオにも劣る粒子量では突破するには遠く及ばない。

 これがハイパービームサーベルの弱点の一つだった。

 いくら威力が高くても所詮はビームサーベル。

 対フィールド性能を持つGNソードではないそれが堅牢な粒子壁を切り裂けるはずがないのだ。

 

「それに」

 

 と、0ガンダムの搭乗者は紅の膜を通してビームサーベルを叩き込んできた黒のISを見る。

 その口端には冷笑が浮かんでいた。

 右手にビームライフルを展開し、銃口をフラッグへと向ける。

 咄嗟にフラッグは退き、その直後には紅の光線がフィールドを貫いて空を駆けていく。

 さらに数条の粒子ビームを相手の動きに合わせて放つ。

 フラッグは動きに精彩さを欠き、本来なら易々と回避できたであろうそれらをディフェンスロッドで弾いていく。

 こちらのビームがGNフィールドを貫いてきたことにわずかながら動揺を禁じ得なかったこともあるだろう。

 だが、グラハム・エーカーはパイロットとして見るなら優秀といえる部類だ。

 GNフィールドの存在も、0ガンダムのビーム兵器の圧縮率がフィールドに合わせて調整されていることも予想の範疇から大きく外れるはずはないだろう。

 つまり精彩さを欠いているのはパイロットにあるわけではない。

 やはりね、と彼は微笑んだ。

 今、フラッグのGNドライヴは左肩に装備されている。

 それによってビームサーベルの出力が確保されているのは明白だ。

 結果として機動力は低下していることも容易に推量できるし、フラッグの動きからそれが事実であるという確信もえられた。

 そしてドライヴを元の位置に戻す猶予を与えるほど彼は稚拙ではない。

 GNフィールドを消失させ、0ガンダムはライフルを乱射した。

 先程とは違い、正確さよりも数を優先とした射撃、それでも機動性を欠いたフラッグを追い詰めるには十分な精度をもっていた。

 十数発という数を躱され、弾かれるが、ついに粒子ビームの一発がGNフラッグの右脚を捉えた。

 右脚のサブスラスターを装甲ごと抉り、爆散する。

 それでも立て続けに放たれる粒子ビームをかわし、ディフェンスロッドで捌くさまはさすがというべきか。

 前後左右に揺れながらビームを回避する。

 フラッグの動きに対してわずかに焦れたのか、0ガンダムは機体に上昇をかけた。

 ライフルを左手に持ち直し、乱射を続ける。

空になった右腕だが、すぐにビームサーベルが構えられる。

 ビームで動きをけん制しつつ、弧を描くようにして急速に接近していく。

 フラッグは脇にビームサーベルを構えて迎え撃つ。

 二機のISは一瞬で交錯し、一瞬で離れた。

 切結んだ際に0ガンダムは浅くも手ごたえを感じた。

 だが同時に苛立ちを彼は覚えていた。

 それはフラッグから傍受したパイロットの言葉によるものだ。

 

(僕が乗せられた――!?)

 

 機体を振り返らせ、再びその目にフラッグを捉えた。

 先程の斬撃の手ごたえとして左肩の装甲に裂傷が入り、その先端を切り落とされていた。

 しかしこちらへと飛翔するフラッグの背部の中央(・・)からGN粒子が放出され、GNドライヴを換装したことを示していた。

 

「小癪な真似を……!」

 

 人間に出し抜かれたことに不愉快な感情をそそられ、彼は0ガンダムを駆り立てた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「上手く誘い出されてくれたな、ガンダム!」

 

 GNドライヴを背部に設置し直し、出力を安定させたグラハムは、フラッグの持ち味である機動力でもって接近、0ガンダムと擦過するように刃を重ねた。

 今度はこちらの斬撃にも手ごたえを得たが、フラッグの装甲に新たな裂傷が加えられる。

 すぐさま機体を旋回し、斬撃を放つ。

 一瞬の邂逅の中でぶつかり合う紅剣。

 弾かれたその衝撃を利用し、身を一回転して更にもう一撃を突き出す。

 だがその剣先をも阻まれ、その隙をビームライフルの銃火が襲う。

 咄嗟に後退し、ディフェンスロッドで弾くも、幾重にも粒子ビームを受け止めた回転楯は煙を上げ、ボロボロに歪んでいた。

 そしてそれは内部機構にも影響を及ぼし、GNフィールドの展開もほころびが現れていた。

 これ以上の酷使は逆に不利を招くと、グラハムはディフェンスロッドを量子化し、懐へと飛び込む。

 斬撃を加え、横へと薙ぎ、貫かんばかりに刺突を放つ。

 だがその全てが阻まれ、相手へのダメージに繋がらない。

 先程相手の思惑を阻んだ際、確かにグラハムは「小癪な!」という敵の苛立ちを感じ取っていた。

 しかし0ガンダムの動きはまさに自動機械のように正確だった。

 揺り動かされながらも、すぐにそれを覆い尽くすだけの冷静さを敵はもっているのだろう。

 それでも、ここまで剣捌きを無にされるとは、とわずかながらの驚きをグラハムは抱いていた。

 まるで先を読まれているかのようだ。

 明らかにサーシェスよりも実力は高い。

 身に纏う不気味な雰囲気も相まって、相当なプレッシャーをグラハムは感じていた。

 フッと挑戦的な笑みが浮かぶ。

 すでにセンサーは簪が楯無と合流し、その周囲には敵影は確認されていない。

 サーシェスを逃したのは致し方あるまい。

 私のなすべきことはこのガンダムの相手を務めること。

 

「改めて……いざ参る!」

 

 縦一文字にビームサーベルを振るう。

 エネルギーの激突は海面に波紋を生じさせ、剣戟は再開された。

 交錯と激突を繰り返し、紅の光が舞う。

 さらに刃を重ねたとき、グラハムは自身の連撃にわずかな手応えを感じた。

 先程と比べ、0ガンダムは攻めきれていない。

 その原因は何か。

 

(私の意地と諦めの悪さか、それとも――)

 

「左利きだからか!」

 

 横に払うようにして光剣を薙いだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ビームサーベルを縦にして受け止めながら、フラッグから届いた声をくだらないと斬り捨てた。

 そんなこと、たかだか人間の小さな差異でしかない。

 僕は人間よりもはるか上位種。

 

「その程度のことでこの僕が――」

 

『だが、戦いではそのわずかな差異こそ命取りとなる!』

 

 彼はハッとした。

 まさかという思いがあった。

 

(僕の心を読んだのか!?)

 

 だが彼は知らない。

 このときグラハムは相手が言葉に反応したような気がしたから言っただけに過ぎない。 

 それでも、優良種を名乗る彼にはこの上なく不愉快なことであることには違いなかった。

 

「なら、これでどうだい!」

 

 振るわれたフラッグの左腕めがけてビームサーベルを斬りあげる。

 剣先が鮮やかに手首をかち上げた。

 フラッグの手から剣がこぼれる。

 だがそれは彼の予想とは違っていた。

 一つはフラッグの柄尻にはケーブルが接続されていたはずにもかかわらず、ビームサーベルが宙を舞ったこと。

 そしてもう一つ。

 

「グッ!?」

 

 優位に立ったはずの0ガンダムに衝撃が走ったことだ。

 

『はぁっ!』

 

 0ガンダムの顔面をフラッグの右腕、ディフェンスロッドが強かに殴りつけられた。

 さらに勢いよく突き出され、回転楯の消失と同時に今度は右手が0ガンダムの左頬に突きこまれる。

 機体が揺さぶられ、わずかによろける。

 

「殴ったね!」

 

 しかも、

 

「二度も、この僕を!」

 

 イオリアにすら殴られていないのに!

 見下してきた対象である人間に殴られ、ついに彼は怒りをあらわにした。

 咄嗟に体勢を立て直す。

 だがそこで彼の表情が変わった。

 フラッグは左腕を上へ突き出し、彼の目の前で肩から空へ飛ばされた柄へとケーブルが形成される。

 

(また、この僕を――!)

 

 出し抜かれたと、そう思うより先にあることに気が付いた。

 振り上げられた左腕、その付け根から粒子光が溢れ出している。

 彼の表情に驚愕の色が浮かぶ。

 まさか、撃つつもりなのか!

 そうだと言わんばかりにビームサーベルから紅の光が暴力的なまでに生み出されていく。

 この至近距離ではGNフィールドを張ることが出来ない。

 だがわかっているのかい、とビームサーベルを構え直す。

 その機体の状態で、ただでさえ粒子の放出量の激しいソレを使うことがどれほどの賭けであるか。

 その問いかけに答えるようにビーム光が反りのある刃を形成した。

 

『斬り捨てェ、御免ッ!』

 

 グラハムは圧縮、生成された光刀を振り下ろした。

 放たれた一閃は0ガンダムの右半身をビームサーベルごと切り裂いた。

 袈裟切りを受け、右の胸部アンテナから機体を切断された。

 

「くっ――! このおっ!」

 

 激震を耐え、残った左手に握られたビームライフルを絞る。

 一条の粒子ビームはフラッグの左肩を捉え、穿った。

 両機は紫電を漏らした直後、ほぼ同時に0ガンダムの切断面とGNフラッグの左肩から爆発が起こった。

 その勢いに乗じるようにして両機は左右に距離をとっていく。

 

 0ガンダムを遠隔操作していた彼は、思わず舌打ちを鳴らした。

 外見では右腕を失っただけだが、高圧縮粒子を機体内部に浴びたせいか目の前に浮かぶ表示枠は赤く染まり、警告を発していた。

 屈辱だね、と彼は呟いた。

 だがこれで確信は得られた。

 こちらの心情を読んだことと、あの最後のビームサーベルの形状。

 特に後者はまぐれでできることではない。

 

「本当にイレギュラーな人間だ」

 

 彼は無感動な声で呟いた。

 それでも驚きと疑念が彼の胸中で渦巻いていた。

 フラッグを一瞥し、0ガンダムを帰投させる。

 すでにフラッグもこれ以上の戦闘は不可能のようだ。

 正直、人間一人を調べるのにこの損失は割に合わない気が彼はしていた。

 しかしこの先、警戒すべきは誰かということを改めて知り得たと思えば安いだろうとすぐに考え直す。

 そう、これは計画の為に必要なこと。

 どんな小さなことでも看過しないと、彼は以前の失敗から学んでいた。

 

「だからこそ、この手を僕は選んだ」

 

 かつてある渾名で呼ばれていたグラハム・エーカー。

 それに合わせた手を彼は打っていた。

 今回の件で少し修正はいるだろうが、今はこのままで問題はない。

 彼は0ガンダムが送るデータから目を離し、別のモニターを見つめる。

 どこかの映像のようだ。

 

(他にもこそこそしているのがいるようだけど)

 

「最後に笑うのは僕さ」

 

 緑髪の少年は口端に微笑を浮かべ、そう呟いた。




とりあえず今回でこの章の戦闘は終わりです。
いつもながら露骨なフラグにすらならない何かになってしまい申し訳ないです。


 次回
『後始末』

鷹は追憶を辿る

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