機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#6 漆黒の翼

「……朝か」

 

 目を覚ましたグラハムは時計に目をやる。

 AM5:30。時間通り。

 この時間に起きるのが昔から続けている彼の習慣である。

 睡眠はキッカリ5時間。

 起きた瞬間から目は冴えている。

 半身を起こす。

 となりのベッドから人が動く気配がした。

 本来ならこの時間から起きているのはグラハムだけなのだが、

 

「…おはよう、グラハム君」

 

 どうやらもう一人も起きているようだ。

 朝の挨拶を謹んで送らせてもらおう。

 

「おはよう」

 

 ルームメイトである楯無の方を向いて挨拶をする。

 

「……」

「なにかね?」

 

 ため息をつく楯無。

 彼女はYシャツ以外なにも纏っていなかった。

 その上、上のボタンが幾つか開いており肌がのぞいている。

 それにも拘わらず目の前の男は無反応だったことに不満なのだ。

 だが、表面上は冷静さを装っているグラハムも男性である。

 ――柔肌を晒すとは、破廉恥だぞ、楯無。

 内心楯無の格好に苦言を呈していた。

 

「今日、代表決める試合があるんでしょう?」

「ああ」

「がんばってね」

「ご期待にはお応えしよう」

 

 いつものようにグラハムの表情は自信にあふれていた。

 

 

 

 放課後。

 教室の生徒はまばらでセシリアとルフィナはすでにアリーナへと向かっていた。

 グラハムと一夏は教室から出ようとしたところで千冬に呼び止められた。

 

「千冬女史、何か用だろうか?」

 

 直後、千冬の出席簿がグラハムの手につかまれていた。

 チッ、と舌打ちをすると

 

「目上にはそれ相応の態度をとれ」

 

 と短く言い放ち一夏へと視線を移した。

 

「織斑」

 

 ビクリと肩を震わす一夏に苛立ちを覚えるが彼女は用件を優先した。

 

「お前の専用機の準備が先に終わった。お前とスレーチャーの試合を先に行う」

「ハ、ハイ!」

「女史、私のISは?」

 

 グラハムの質問に視線だけ向け、

 

「エーカーの機体はまだアリーナには運ばれていない。だからお前は控え室で待機していろ」

「了解した」

 

 彼の返事を聞くと、千冬は踵を返し、一夏もあわててついていく。

 その光景を少し眺めてから、グラハムも歩き出した。

 

 

 

「………………」

 

 アリーナの控室で、グラハムは座禅を組んでいた。

 まもなく、彼の試合が始まる。

 昂る精神を落ち着かせるには、やはり座禅が一番だとグラハムは思う。

 もともと愚行に走っていた頃に覚えたことだがこれだけはいまだに続けている。

 己のテンションが良い具合を保ち始めた時、

 

「エーカー……何をしている」

 

 呼びに来た千冬の声に、目を開いた。

 

「気持ちが高ぶってしまってね。座禅を組んでいた」

 

 千冬は少し呆れているようだが気にするつもりはなかった。

 ……日本人は私が持っていたイメージとだいぶ違うようだしな。

 これはグラハムが日本で過ごしているうちに気が付いたことだ。

 ホーマー司令の方が日本人らしく見えるのは、武士道を志しているか否かの差なのだろうか。

 ――もっとも、彼の武士道も本来のものとは違っていたようだがな。

 同じく歪んだ武士道を理解しているつもりでいた私に言えたものではないが。

 

「――別の世界にトリップするな!」

 

 ふと前を見ると、出席簿が見えた。

 だが甘い!

 咄嗟の動きで千冬の腕を掴んだ。

 

「私の番、ということだろうか?」

 

 舌打ちが聞こえるがグラハムは気にしない。

 

「そうだ、準備をしろ」

 

 第三アリーナのピットに着くと、そこには漆黒のISがグラハムを待っていた。

 

「――これが」

 

 座禅で落ち着けたはずの心が高揚する。

 背部と腰部に取り付けられた大小のバックパック。

 大小二対の翼。

 なによりも、この洗礼されたフォルム。

 これはまさしく。

 

「お前の専用機、《カスタムフラッグ》だ」

 

 千冬の言葉が、グラハムの高揚感をさらに高める。

 まるで、旧友に出会えたかのようだ。

 

「可能な限りお前の要望に応えさせた」

「私の我儘を聞いてもらったこと、感謝する」

 

 つくづく私は幸せ者だ。

 再びフラッグファイターとして戦えるとは。

 見ていてくれ、ハワード、ダリル。

 フラッグファイターとしての矜持を、この世界に見せつける!!

 最大限の敬意を表して敬礼したグラハムはフラッグを装着する。

 

『Access』

 

「感謝する暇があるなら試合に勝て」

「了解した。

グラハム・エーカー、カスタムフラッグ出るぞ!」

 

 

 

 アリーナへと飛び出したグラハムはセシリアと対峙した。

 

「逃げずに来たこと、まずは褒めて差し上げますわ」

「男の誓いに訂正はない」

 

 そう、とセシリア。

 

「ならば、最後のチャンスをあげますわ」

 

 なに、とグラハムはわずかに眉をひそめた。

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、惨めな姿を公衆に晒したくなければ、今ここで謝るというなら、許してあげないこともなくってよ」

 

 降参を促しつつもレーザー砲『スターライトMk―Ⅲ』をグラハムへと向けた。

 だが彼はフッと笑みさえ見せた。

 

「悪いが、その意見は却下させてもらう。フラッグファイターには意地があるのでね」

「そう…残念ですわ……でしたら――」

 

 ブルー・ティアーズの非固定ユニットに衝撃が走った。

 咄嗟にユニット、前の順で視線を動かすセシリア。

 フラッグの左手に握られたライフルの銃口が着弾点を向いていた。

 

「射撃なら私も少々腕に覚えがあってね」

 

 余裕の笑みを浮かべているグラハム。

 対するセシリアは怒り心頭だ。

 

「よくも、わたくしのブルー・ティアーズを!」

 

 レーザーを放つが、グラハムはそれを後退しながら躱していく。 

 若いな。

 動きに感情が乗っている。

 回避を続けながらグラハムもライフルのトリガーを引いた。

 

 

 

 連続して襲い掛かる青の弾丸をセシリアは回避するものの、グラハムとは違い余裕のない彼女はなかなかレーザーを放つことができない。

 ぎりぎりの位置を狙われ続け、ついに一発のリニア弾が直撃する。

 先程よりも大きな衝撃が走る。

 シールドエネルギーが大きく減少していることが表示された。

 いったい何が!?

 動揺と衝撃の大きさのあまり、ライフルの連射を浴びてしまう。

 

 

 

 フラッグが左手に装備しているリニアライフル『トライデント・ストライカー』。

その名の通りオーバーフラッグス所属の機体に装備されたものと同一の機構を持っている。

 銃口を三つ持ち、中央は威力の高い単射用でその両隣に連射用となっている。

 単射用の電力チャージ時間を連射用で補うのが基本的な運用方である。

 グラハムはそのセオリーに準じた遠距離戦をしている。

 本来なら近接戦闘に持ち込みたいところだったが、

 ――フラッグの速度が私の反応についてこない!

 理由はわかる。一次移行を完了していないためだ。

 だが人間の反応速度に機体がついてこれないのは戦闘において不利でしかない。

 ライフルで牽制しつつグラハムはそのときを待っていた。

 だがなかなかそのときがこない。

 セシリアが苦し紛れにレーザーを放つ。

 難なく回避するも連射にもわずかな隙が生まれる。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 セシリアの声とともに非固定ユニットから四つの小型兵器が射出される。

 それらはグラハムの周囲を縦横無尽に飛びそれぞれからレーザーが放たれる。

 

(ファング……いや、ビット兵器か!)

 

「さぁ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

 セシリアの一声にビットの攻撃が激しさを増す。

 レーザーを回避、または右腕のディフェンスロッドで弾くことでダメージを抑える。

 だが確実にエネルギーを削られていく。

 このままではまずいとグラハムは思った。

 私と機体の間に反応の齟齬がある状況下でのオールレンジ攻撃は防御に徹するしかあるまい。

 それでもこの状態が続けばこちらの敗北は必須。

 何か手を打たなければ……

 

『フォーマットとフィッティングが完了しました』

 

 突如、機体の速度が上がる。

 本来の速度をフラッグは得たのだ。

 同時にグラハムの顔を黄色のバトルマスクとクリアブラックのバイザーが覆った。

 レーザーの雨を潜り抜ける。

 さらに文字が表示される。

 

『クルーズポジション使用可能です』

 

 その言葉を待っていた!

 グラハムはフラッグを変形させた。

 

 

 

「へ、変形!?」

 

 セシリアは驚愕の声を上げる。

 いきなりブルー・ティアーズの攻撃から脱したかと思えば飛行機のような姿に変形したのだ。

 そのままこちらへ向かってくる。

 距離を詰めさせないようにセシリアは後ろへ飛ぶ。

 その背をグラハムは機首のライフルを撃つ。

 連射される弾をなんとか回避しながらセシリアは飛び続ける。

 

「グッ」

 

 今までとは違う大きめの弾丸を回避する。

 直後、弾丸が通った位置をグラハムが飛び去った。

 そのままセシリアも追い抜く。

 

「なっ!?」

 

 センサーがこちらを突き放す機影を捉える。

 速い! あの速さで飛ぶISがいたなんて……

 ですが、

 

「好きにはさせませんわ!」

 

 レーザーを放つ。

 だが旋回することで回避される。

 鼻先をこちらへ向け、一直線で向かってくるグラハム。

 もう出し惜しみはしません!

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 先の四機にミサイル搭載型二機を加えた六機でフラッグを前から包囲する。

 レーザーとミサイルが同時に放たれる。

 一気に直進する敵に回避する手段はない。

 これで決まりましたわ!

 が、まさに着弾しようとしたとき、グラハムの機体が躍った。

 飛行機のような形態からIS本来の人型へと再び変形したのだ。

 変形による減速と空気抵抗によりフラッグが上昇。その股下をレーザーとミサイルが通り抜ける。

 あまりにも無茶な回避行動に本日数回目の驚きの声をセシリアは上げた。

 

「なんなんですの。あなたは!?」

 

 

 

「人呼んで、『グラハム・スペシャル』!」

 

 グラハムは笑っていた。

 体にかかるGはすさまじく、骨をきしませるが、その機体の手ごたえに満足していた。

 この空中変形、このGの感触。まさしくフラッグだ!

 素晴らしい。やはり千冬女史には改めて礼を述べねばならんな。

 この機体の性能が信じられんか、セシリア。

 それを操る私が何者か知りたいか、セシリア。

 ならば。

 セシリアとの通信を開く。

 

「あえて言わせてもらおう――!」

 

 左手を右前腕に当てる。

 ――右腕部装甲展開。

 ――抜刀。 

 左手にプラズマソードを出現させる。

 スラスターをふかし、一気にセシリアへと加速する。

 

「グラハム・エーカーであると!」

 

 こちらとセシリアの間を隔てるビットを切り捨てる。

 そのまま突撃する。

 

 

 

 ……本当に名乗ってくるとは思いませんでしたわ。

 ビットを突破されたことよりもそちらに一瞬気をとられるセシリア。

 それでもすぐにレーザーを放つ。

 だがそれらをグラハムは軌道変更することで回避する。

 ついに目前まで迫ってくる。

 ここまでの接近を許すなんて!

 フラッグが青の光剣を振りかぶる。

 

「イ、 インターセプター!」

 

 近接ブレードを呼び出し、刃を支えることでプラズマソードを受け止めた。

 

「わたくしに剣を使わせるとは!」

 

 

 

「身持ちが堅いな。セシリア!」

 

 軌道変更による減速があったものの勢いは突進した側にある。

 このまま倒させてもらうぞ、セシリア!

 だが小さな影がグラハムの左右に現れた。

 咄嗟に離れる。

 その目の前をビームが飛び交う。

 残りのビットか!

 セシリアがレーザーを放ちながら後方へと飛ぶ。

 右のディフェンスロッドでそれらを防ぎながら追う。

 私のアプローチを袖にしてくれるとは。

 やはり、代表候補生はだてではないな。

 だが、私のしつこさはMSWAD、オーバーフラッグス、ソル・ブレイヴスの全てにおいて折り紙つきでね。

 決めさせてもらうぞ、セシリア!

 フライトユニットすべてのスラスターの出力を上げ、一気に最大速度まで加速する。

 セシリアに並ぶ。

 その一瞬、バイザー越しにセシリアと目があった。

 ワルツを踊りきれたな、セシリア!

私の勝ちだな!

 追い抜きざまに最大出力のプラズマソードを一閃。

 ブザーが鳴った。

 セシリアのシールドエネルギーが尽きたのだ。

 

 

 

「さすがだな。代表候補生を倒すとは」

 

 グラハムがピットへ戻ると千冬が待っていた。

 

「彼女が慢心していたからにすぎんよ。それに空中変形ができたからだ」

「――そうだ。空中変形だが」

 

 なにかな、とISを待機状態――文字盤に面具が彫られた腕時計――にしたグラハムに鋭い視線を千冬はむける。

 

「すぐに医務室で検査を受けてこい」

「なんと!?」

「あんな速度で可変機構を使用すればどうなるかわからんお前でもあるまい」

「だが、私はこれから一夏やルフィナと…!」

「それは後だ。それと今後、スタンドポジションで出せる速度を超えた状態での変形を禁止する」

 

 唖然とするグラハムをその場に残し、千冬はピットを出た。




ようやく題名の機体を出せました。
フラッグの可変機構はMSのままでは背骨が確実に逝くので変えてあります。
もう少ししたら説明を出しますのでそれまでお待ちください。

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