「榊班長! ケーブル接続完了しました!」
「残留粒子は取り除いたんだろうな?」
「大丈夫です!」
「よし、やれ!!」
GN粒子系技術研究棟にある専用ハンガーでは、サングラスをかけた班長の号令に整備士たちが黒いISを中心に駆けまわっていた。
そんな彼らを尻目に、壁に背を預けるようにしてグラハムはコードに繋がれたGNフラッグを見つめている。
戦闘で機体は浅からぬ損傷を受け、左腕が肩口から失われている。
見るも無残といえる姿をさらす愛機だが、その目には哀愁の色は無い。
シュイン、というドアの開閉音にグラハムは視線をわずかに横へと向けた。
すぐそばのドアがスライドし、千冬が入ってきた。
「派手にやられたものだな」
グラハムの横に立った千冬はフラッグを一瞥し、そう呟いた。
ああ、といつもと変わらない表情でグラハムが頷く。
「ダメージはひどいものですよ」
近くにいた研究棟主任が手にしたブック型端末を見せるようにして千冬とグラハムに報告する。
「二発目の高出力ビームサーベルを放った影響で左腕への負荷が限界を超えていました」
主任の言葉通り、端末に映るフラッグの左腕が赤く染まっていた。
「もし《ガンダム》の攻撃を受けなかったとしても、左腕の消失は免れなかったかもしれませんね」
「それほどなのか?」
「むしろ、肩を撃ちぬかれていなかった場合、ビームサーベルを形成する粒子が行き場を失い……最悪、機体が爆散していた可能性もあります」
「そうか……」
千冬と主任のやり取りを耳に入れつつ、グラハムは愛機の失われた肩口を見つめた。
警告を押しのけてハイパービームサーベルを放ったとき、粒子の逆流を防ぐためのガントレットが負荷に耐えきれなくなり吹き飛び、粒子供給用ケーブルも焼き切れた。
それによって光刃をつくりだしていた粒子が逆流をはじめ、肩のドライヴから供給されるはずの粒子も行き場を失い、緊急事態をつげるコンソールが展開された。
その直後、0ガンダムが撃った粒子ビームに肩を貫かれ、衝撃に左腕が耐えきれずに爆発を起こした。
幸い、搭乗者保護機能により爆発直前に肩のGNドライヴは射出され、グラハムは爆風に煽られただけですんだ。
装甲を纏っていた左腕もまた、わずかな火傷をおっただけだ。
それよりも彼は決着の瞬間が引っかかっていた。
戦闘中、確かにグラハムは敵パイロットの意志のようなものを感じていた。
だがハイパービームサーベルの斬撃で露わになった装甲の下には人体はなく、『スローネ』同様単なる機械であった。
ISの搭乗者保護機能によって、ダメージは与えられても斬撃はISスーツの上で止められる。
それが抵抗もなく腕を切り落とせたことに、グラハムは「なんと!?」とわずかに驚愕の色を覗かせた。
0ガンダムが魅せたと思ったものは、センチメンタリズムが生み出した幻だったのか。
いや違う。
身に覚えたプレッシャーは、間違いなく本物だった。
それが不気味な気配を携えていたこともまた覆すことのできない事実だ。
戦闘の推移も敵への違和感を増長させるものがあった。
ゆっくりと思考の海へと意識が沈んでいくグラハム。
そんな彼をよそに、千冬はフラッグの進まない修復に苛立ちを見せていた。
「すぐにでも修復させたいところなのですが……」
「難しいだろうな」
歯切れの悪い主任の物言いに千冬はため息を吐くと視線を上げた。
明らかに侮蔑が込められた視線は、ガラス張りの壁のむこうに向けられていた。
昨日グラハムが待機していた一室には、数人のスーツ姿の男性たちがおり、彼らの会話の雰囲気は遠目から見てもあまりいいものではないことがすぐにわかった。
「もう一時間ほどああやって言い争ってますよ」
「GN技術実証委員会だか知らんが、理事会の連中とやることが変わらんな」
呆れた風に冷めた視線を送る二人。
千冬たち以外にも、格納庫で作業している技師たちからも時折冷ややかな目がブリーフィングルームへと向けられている。
外からそんな視線を浴びていることすら気づかず、言い争いを続ける彼らは国際IS委員会のメンバーだ。
昨日の理事会において決定したGNドライヴの国際共同開発と、IS委員会によるドライヴの管理。
その一環として専門の部署が開設された。
だがそれはオブザーバーであるIS学園を除くすべての理事国が事前に取り決めていたことで、理事会から二十四時間経たずに新設委員を名乗る集団が学園の研究施設に踏み込んできた。
資料やデータを我が物顔で漁り、学園にあるGNドライヴ全基の提供をも彼らは求めてきた。
そんな振舞をする委員会に対し、当然学園側の持つ印象は最悪である。
幸いというべきは日本国理事の根回しもあり、学園側にも一応の拒否権が与えられているということだろうか。
ただそれもGNドライヴ搭載型ISに限るとされ、GNドライヴ自体には確固たる拒否権はない。
そしてその文面が原因で、委員たちは仲間割れを始めた。
原因はグラハムのGNフラッグだ。
GNドライヴを失ったフラッグへ新たにドライヴを供給するかで彼らは大いに揉めていた。
あるものはIS学園にGNドライヴ搭載型ISが複数機あることに疑問を呈し、千冬の《GN打鉄》がある以上GNフラッグの存在意義は無いに等しいと発言。
またあるものはグラハムの技量やこれまでの経験を踏まえた上で、テストパイロットを続投させるべきであるとして擁護し、フラッグ用として新たなGNドライヴを学園に振り分けるべきだと。
学園からすれば だがGNドライヴの管理を目的とした組織である以上、彼らの決定は無視することができない。
すでに一時間以上に及んでいる議論だが、各国の思惑もはらんで収束の目途は立っていなかった。
因みにであるが、IS委員会の長期スパンでの議題の一つに、男性IS操縦者二人の所属をどう決めるかというものがある。
多くの国は織斑一夏の獲得に意欲を見せているが、グラハム・エーカーを欲する国も少なくない。
今回の議論でフラッグ擁護を主張している者の中には、グラハムに対していい印象を持たせようという意図を働かせている者もいるようである。
だがいずれにせよ、彼らのせいでフラッグの修復プランを構築できないのも事実だった。
「面倒だ。GNドライヴを載せてしまえ」
「いや、それだとこちらの立場が……」
千冬の言葉に冷や汗を流す主任。
苛立ちを隠さない千冬の鋭い視線に晒され、主任は精神的な腹痛に襲われる。
「なら、私から一つ提案がある」
そこでようやくグラハムが会話に入ってきた。
ポケットから端末を取り出し、そこへメモリーチップを差しこむ。
目線がグラハムへと移り、ホッと主任は内心胸をなでおろす。
しかしすぐに彼の表情は技術者としてのそれになった。
端末に映し出されたのはISの設計図。
それは可変機構搭載型のISだった。
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「思いのほか、上手くいくものだな」
寮の廊下を歩きながらグラハムはそう呟いた。
先程のフラッグ改修案を見せたとき、千冬たちの反応はなかなかに上々だった。
問題は技術力だがやってもらわねばならない。
単にGNドライヴを搭載するよりも難しい技術であることは間違いないが、いずれ委員会に技術を接収されることも考えればこれほど合理的なものはないだろう。
あとは技術陣にかかっているというところだ。
それにしても――
「カタギリのような事ばかりしているな、私は」
ここに来てから自身が行ったことに苦笑を浮かべ、部屋に入った。
すぐ目に入ったのは部屋の半分ほどを占めるベッドゾーン、ドア側にあるベッドに少女がうつぶせになっていた。
グラハムは簡易キッチンに入ると湯呑を二つ手に取り、ポッドのボタンを押した。
茶葉を入れた急須に湯呑にいれたお湯を注いでいるとポフッという音が耳に入った。
だがそれを気にする様子もなく三十秒ほど急須を見つめた後、湯呑に回すように注ぎ、両手にそれらを持って簡易キッチンを出た。
先程とは違い、楯無が仰向けに寝転んでいた。
右手に隠れて目元が確認できないが口は無表情に閉じられていた。
「茶だ」と楯無の湯呑をサイドテーブルに置くも反応が薄い。
自分のベッドに腰掛け、入れたばかりの煎茶を一口含む。
程よい渋みと爽やかな香りが口の中に広がる。
玉露もいいが煎茶も悪くない。
納得のいく出来栄えに、フッとわずかに笑みがこぼれる。
「私の方から聞こうとは思わんよ」
さも独語であるかのようにグラハムは呟いた。
後ろの気配が動いた。
「正直、今回の事件で私が誇れることは何もないわね」
自嘲めいた声。
「いろいろポカしちゃうし、妹との約束をすっ飛ばしちゃうし……」
「省みることができるなら、それを次に生かすべきだ」
グラハムは振り返らずに言った。
「簪は君を助けようとしたことは事実だ。……何か思うことがあるなら、態度で示すことを推奨しよう」
「……相変わらずこういうときだけ大人っぽいこと言うわね」
「実年齢的には所謂成人だからな」
フッと笑いながらグラハムはまた一口茶を飲んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
中東。
一面広がる荒野の中にまるで取り残されたかのようにポツンと存在する廃墟群。
月光に白く照らし出されるレンガ造りの廃墟の上に、巨大な影が落ちていた。
ところどころ焦げた跡の残る深緑の飛行艇。
ハッチが開き、数機のPSが地面に降り立つ。
隊長機と思わしき青いPSは頭部のモノアイを油断なく動かし、降下する母艦をサンドブラウンのPSと共に警護する。
レーダーには接近してくる敵影が見えていた。
『着陸完了』
「了解」
幸い、遠距離ミサイルの類は飛来せず無事に着陸を果たしたシャトルからの通信を頷きと共に返すと機体を反応のあった方へと向ける。
PSもバズーカや長剣を構え、遠望で確認できる敵を睨む。
敵はIS、欧州連合のラファール三機。
降下を予測していたのだろう、悪くない反応だなと少佐は思った。
「行くぞ」
そう部下たちに命ずると、PSたちはホバーを吹かして砂埃を上げながら加速した。
部隊の中で唯一単独飛行できる《ヅダ》は背部から粒子を放出し、一気に先陣を駆け抜ける。
今回は出力を最大にはできないが、最初のデータ取りとして問題はない。
ビームマシンガンを構え、トリガーを引いた。
「……ヅダの力を見せてやる」
こんにちは、農家です。
最近パソコンに触ることができず、頭の中で話があっちへフラフラこっちへフラフラしてしまい上手い形に纏ってもらえませんでした。
こう浮かんだことはすぐに書かないとだめですね……。
自分のパソコンが欲しいです。
愚痴はここまでですね。
パソコンが使えないなら携帯で投稿してしまえと思ったんですが、農家の携帯は古いのでこの作品の文字数に届きません。
そこで携帯で書ける程度の長さで一本別枠で出してみようと思っています。
やはり書いて皆様から意見を頂かないと上達しないと思うので。