#66 Anxiety……?
「ふんっ!」
《ヅダ》の振るう戦斧のビーム刃が、《リヴァイヴ》の装甲に喰らいつき横へと薙ぎ払う。
勢いよく吹き飛ばされたラファールはなすすべもなく砂に叩きつけられた。
搭乗者が意識を失い、シールドエネルギーもその大半を削られ、搭乗者保護機能を残して動きを止めた。
「全員無事か?」
『少しやられはしましたが、大丈夫です』
「よし、よくやった」
GNビームホークを脚部へと戻しながら少佐は部下たちに労いの言葉をかけた。
部下連中の扱うPSはどれも無傷ではなく、手を失った機体もあるがパイロットに関しては、問題はなさそうだった。
彼らの足元には女性が二人倒れている。
接敵時にヅダがダメージを与え、GNコンデンサー搭載型とはいえPSでISを倒すあたり彼らもなかなかのやり手のようだ。
さすがは亡国企業の誇るエース達である。
彼らを見るたびに一刻も早くヅダを与えなければと少佐は思う。
『少佐』
母艦から通信が入る。
『そろそろ会合時間です』
「了解した。戻るぞ」
『了解!』
PSたちがホバークラフト走行をする中で、ヅダも背部のスラスターを点火し地面を疾る。
ものの二分もかからずにヅダは母艦へと戻っていた。
(地上のクラフト走行の速さも期待値に近い数値が出ている。先ほどの戦闘も含め、幸先のいいスタートだな)
満足げにヅダを見上げていると、女性オペレーターが近づいてきた。
「少佐、いらっしゃいました」
「うむ。すぐに行く」
少佐は手早くキーボードを叩くと端末の電源を落とし、格納庫を後にした。
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学園祭が終わってから最初の月曜日。
早くも生徒達からはお祭りムードが抜けていた。
二期制であるIS学園の期末試験が近づいてきたのだ。
高校生としての通常科目の試験は夏に行われ、今度はISに関する専門科目のテストが九月の末に行われる。
IS学園はISの搭乗者及び技術者を養成する学校である。
当然ながら専門科目の方がウェイトは高い。
すでに九月も三週目に入り、教師も生徒も熱が入ってきていた。
放課後前のSHR。
教壇に立つ山田が期末試験の日程の説明を終え、最後に千冬が口を開いた。
「分かっているとは思うが合格を得られるまで何度も追試が行われる。一年の科目はISに関しての基礎になる部分だ、たとえ一学期の内容でも最悪留年させてでも受けてもらうから覚悟するように」
クラス一同を見渡す刃物のように研ぎ澄まされた眼光に、一夏含め何人かはまさに蛇に睨まれた蛙のごとく固まっていた。
入学して半年近くたつが実の弟でさえ苦手なのだ、慣れることのない生徒がいるのは当然というものだろう。
「それと、代表候補生は例年通り、実地研修を受けてもらう。ガイダンスは来月行うのでそれまでに各自母国との調整も忘れるな」
『ハイっ!』
真剣な表情で返事をする国家代表候補生四人へ視線を送ってから「では解散」と放課後となった。
「織斑、篠ノ之、エーカー」
千冬に呼び出された三人はすぐに教壇の前に立った。
いつにも増して鋭い表情の姉に一夏はわずかにたじろぐも気にするそぶりを見せず千冬は言った。
「先ほどの実地研修だが、お前たちにも受けてもらう」
「それは三年生と候補生用のカリキュラムだと私は聞いていたが」
「お前たちは特例だ。専用機を持っている以上、候補生と同様にこのプログラムを受けてもらう」
なるほど、と言っていることを理解したらしいグラハムは頷いた。
だがそこまでの洞察力のない箒はただ何故と首を傾げている。
一夏も、
「あ、あの織斑先生」
とおずおずと手を上げた。
「なんだ?」
「あの……実地研修ってなんですか?」
バシン!
見事な音を立てて振るわれた出席簿がさく裂する。
「四月に説明しただろう!」
「す、すいません」
「実地研修というのは一定期間軍に出向し、ISが今後どのような局面で使用されるのかを学ぶプログラムだ」
「国家に属する進路の三年が国家に属することで発生する責任などを学ぶことを目的にしていると書いてあったな」
「でも、どうして私たちが?」
「私たちが専用機持ちだからだろう?」
箒の疑問にさも当然と言わんばかりにグラハムは答え、千冬はそうだと頷いた。
「本来専用機持ちは代表候補生の中から選ばれる。当然ボーデヴィッヒたちも国家に属しているが、お前たちは国家に属することなく専用機を与えられている。これは企業を除き初めてのケースだ」
「今までも福音事件がありましたが、専用機を持っている以上、候補生たちと同等の責任が今後皆さんには課せられることになります。なので、それを少しでも学んでもらうためにプログラムへ参加してもらいます」
いつもより三割増しでまじめな山田に一夏と箒は緊張した面持ちでハイと答えた。
「さっきも言ったが、ガイダンスは期末試験の終了後に行う。辞退は許されんから覚悟だけはしておけ」
「了解した」
その中でもやはりグラハムはいつも通り冷静そのもので応答した。
話はここまでだと千冬たちが教室から出ていくと彼らもまた日課である特訓の為にアリーナへと向かった。
だがいつもなら道すがら会話があるものだが、一夏も箒も黙りこくっていた。
アリーナの更衣室で着替えているときも一夏は少し神妙そうな顔をしていた。
「なあ、グラハム」
「なにかね?」
「専用機持ちの責任って感じたことあるか?」
グラハムは着替えの手を止め「ふむ」と少し考えてから、
「あるといえばある」
「俺も福音事件とかで専用機持ちだって思わされてきたけど、責任って言われるとなんか、こう……」
どうやら千冬と山田に言われたことについて思い悩むふしがあったらしい。
福音事件では作戦の要を務め一度は失敗し、学園祭では一夏自身が狙われて楯無に助けられ、サーシェスには軽くあしらわれてしまった。
そこに専用機持ちとしての責任を自覚しろという話になれば何も思わない方がおかしいだろう。
フッとグラハムは笑みを見せた。
「そう思い悩むことはないさ。私もISパイロットとしての責任感はそう強いとは思っていない。だが、私にはフラッグファイターとしての矜持がある。責任感があればこそ矜持を持てる。貫こうとすれば自ずと責任を感じるものさ」
「そういうものか?」
「まあ、持論だがね」
グラハムはかつて最新鋭MS《フラッグ》のテストパイロットを務め、量産型も初号機を受領した。
当時その生産数の少なさからフラッグのパイロットたちはフラッグファイターと呼ばれ、他とは一線を画すエースの称号を与えられた。
それ故にパイロット達は多かれ少なかれ責任とプレッシャーに襲われることとなった。
そんな重圧の中で彼らを元来持っていたエースとしての矜持がフラッグファイターとしての矜持を見出させた。
だからこそグラハムたちは逆境を跳ね除け、トップファイターとしての責任と矜持の中でいくつもの武勲を立てた。
ガンダムによって矜持を打ち砕かれたとき、グラハムはエースとして軍人としての責任も彼の中から喪失した。
そうした経験の中でグラハムは矜持と責任に表裏一体に近い何かを感じていた。
専用ISを操縦してもそれは変わらず、フラッグファイターの矜持とともに責任を覚えていた。
「さて、私は先に行かせてもらおう。《フラッグ》がないからには学園のISを借りてこなくてはならないのでね」
「今日はグラハムとだな。負けないからな?」
「望むところだと言わせてもらおう」
挑戦的な笑みを浮かべ、グラハムは更衣室を出た。
ドアが閉まる瞬間、一夏の「よしっ!」という声が聞こえてきた。
憂慮に過ぎたかと安堵に口端を緩めて教官室へと向かって行った。
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中東カタールにある米軍基地。
かつて中東最大規模の米軍拠点だったこの基地は中東の情勢安定化とともにその規模を縮小したが、ここ一か月は対棄民系テロリストの中枢として欧米各国の軍が駐屯している。
司令棟最上階にある基地司令官執務室のデスクに着いた壮年の基地司令は部下からの報告を聞いていた。
「ラファール部隊が全滅……か」
「先頃、救援部隊が回収しましたが搭乗者、コアともに無事とのことです」
「それで、敵は?」
「ヅダと数機のPSとのことです」
「……ご苦労、さがってくれ」
「ハッ! 失礼します!」
部下が教本通りの敬礼と共に部屋を出ていくと司令はため息を吐いた。
「どうやら、亡国企業も本腰を入れ始めたようですな」
基地司令はデスク上の大型端末へと話しかけた。
モニターには彼と同じように軍服姿の男性が映っている。
黒人系と思わしき肌色の将校は、階級章を見る限り将官クラスのようだ。
『ここしばらくの棄民系テロリスト共の動きが活発化していたのは連中が糸を引いていたとみて間違いないだろう』
「どうやら、上の思惑通りに進んでしまいそうですな」
『このままいくと『空白の一週間』の再来になるだろう。だが、IS委員会と幕僚会議はこの案を会合で推し進める気でいるようだ』
はあ、と基地司令はため息を吐いた。
その目には静かに怒りと哀しみが込められていた。
「……嘆かわしい限りですな」
『夏の一件以来、各国では反IS派が幅を利かせているのが現状だ。彼らを牽制したいのだろうが……』
「しかしコーウェン中将。士官候補生ならともかく子供を――」
『大佐』
コーウェン中将は窘めるように遮った。
『彼らは国家所属を希望しているし、その多くが士官クラスを嘱望される人材だ。考えようによっては行われるべきなのかもしれん』
「しかし――!」
『軍としての正規の教育をうけていないIS搭乗者が多いことは君も知っているだろう。勿論、その質に関しても』
「…………」
『たしかに、今回の件は第二の『空白の一週間』を引き起こしかねない。だが急進派の表面上とはいえ言い分は尤もだ。『ISは世界最強』、『ISはISでしか倒せない』という荒唐無稽な幻を信じ、軍人扱いとしてその責務を理解していない搭乗者はあまりにも多い』
「それならば例年通り、日本に任せればよろしいでしょう」
『大佐、その教育が上手くいっていない学生が多いのは君の方がよく知っているはずだ。危険な賭けだが、意識改革を行わなければ『空白の一週間』以上の悲劇だって起こりうる』
「それは……承知しておりますが」
『言いたいことは分か――なにか?』
画面の向こう側で電話の鳴る音が響いた。
中将の視線がこちらから外れ、受話器を手に取ると、そのまま短い会話を一分ほどしてからまた司令の方へと向けられた。
『すまない大佐。どうやら緊急の会議があるようだ。追って情報を入れることにする』
「いえ。こちらこそ、少々取り乱してしまったようで。……失礼します」
司令はモニターを切ると椅子から立ち上がった。
窓の外には滑走路が月明かりに照らされ中々壮大な雰囲気を醸している。
だがその光景を見ても彼の気持ちは晴れなかった。
「杞憂であればとは思うが……」
そう言葉をこぼし、執務室を後にした。
御無沙汰しています。農家です。
一月も空けてしまい申し訳なかったです。
オリ章……の予定でしたが変更して平和な話を少し入れます。
さすがに事件ばっかりではグラハムさんはともかく、一夏達は大変でしょうし、五話ほどテスト期間という名の日常編を書きます。
その間にしっかりとオリ章の下地も用意できるよう頑張ってまいります。
これからもお付き合いいただけますと幸いです。