特訓を終えたグラハム達いつもの面々は寮で夕食をとっていた。
一昨日の事もあり、遅くまで特訓をしていた彼らは反省会もそれなりに煮詰まったところでわいわいと談笑が始まった。
そんな中、一夏が正面に座るグラハムと話していた話題に意外な人物が喰いついてきた。
「なにっ!? 27日がお前の誕生日だと!?」
「お、おう」
一夏の右隣に座るラウラが驚きの声を上げた。
いつもは冷静沈着である彼女からは少し想像しにくいことに一夏も驚きの中でなんとか頷いた。
どうやら一夏の誕生日を知らなかったのはラウラだけのようで、他のメンバーはラウラの珍しく慌てる姿の方を意外そうに眺めていた。
「何故、そういう大事なことを早く言わん!」
「い、いや、別にそこまで大したことじゃないしさ」
憤りをみせるラウラをなんとか宥めようとする一夏。
フン、と椅子に座り直すラウラだが、
「――どうやら知っていながら隠そうとしている奴らもいたようだな」
ジロッと敬愛する教官譲りの鋭い視線を左へと投げかけた。
一夏越しに襲ってくる殺気に、矛先を向けられた箒と鈴音は固まる。
「べ、別に隠していたわけではない! 聞かれなかっただけだ!」
「そ、そうよそうよ! み、みんな知ってると思ったから言わなかったんじゃない!」
少々苦しいことを言いながら誤魔化すように白米をほおばる二人。
どうしてそこまで怒っているのか分からない様子の一夏は、困ったようにだし巻き卵に箸を伸ばしていた。
そんな一夏にグラハムは、
「相変わらず、ロマンチックもなにもないな」
と呟くもやはり彼は困ったようにただ苦笑いを浮かべるだけだ。
「そういえば――」
焼き魚定食を食べていたシャルロットが左に座るグラハムを見た。
「グラハムの誕生日っていつなの?」
「9月10日、生粋の乙女座さ」
『えっ!?』
肉じゃがを食べる箸を止めることなく、さらりと発せられた言葉。
だがそれにシャルロットとセシリアが大声を上げた。
そのリアクションはラウラよりも激しく二人とも席から立ち上がっている。
「そう驚くこともないだろう」
「驚きますわよ!」
「だ、だってそんな、過ぎてたなんて!」
今日は九月も中ほどの14日。
すでに四日過ぎていた。
この時二人は迂闊だったと内心頭を抱えていた。
いつも『乙女座の――』や『センチメンタリズムな――』と言っていたのになぜ気が付かなかったのかと。
何故もっと早く聞かなかったのかと。
そして自身への怒りと共に矛先はグラハムへと向けられた。
「ど、どうして教えてくれなかったの!?」
「別に言うほどのことでもあるまい」
「あるよ!」
「ありますわよ!」
「……すまない」
いきり立つ二人にさすがのグラハムも僅かに気圧された。
何故か分からないまま彼は何か不手際であったのだろうと、とりあえず謝罪することにした。
しかしそこで終わってはくれず、乙女心を理解しないグラハムへ両側に立つ二人からの理不尽(?)な追及が繰り広げられることになった。
果たしてグラハムは目の前で起きていたことから何も学ばなかったのだろうか。
そしてそれは一夏も同様で、目の前で珍しく攻め立てられるグラハムからついさっきのことについて何も思うことがなかったようだ。
鈍感というのは実(げ)に恐ろしいものである。
「あ、そういえば」
しかしここで救いの手を差し伸べたのは以外にも一夏だった。
「27日って日曜日だろ? 中学の頃の友達が祝ってくれることになってんだけど、グラハムの分も一緒に祝おうぜ」
「いや、私は別に――」
「いいね!」
「是非やりましょう!」
「――よろしく頼む」
本当にグラハムの救いになったかは別として、セシリアとシャルロットの追及からようやく彼は解放された。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あら、遅かったわね」
「いや、少しシャル達に問い詰められてね」
いつもより少し疲労の色が濃い状態でグラハムは自室へと帰ってきた。
一夏の提案によってひとまず収束に向かうと思われていたが、今度はシャルロットにグラハムを上官のように慕うラウラとルフィナも混ざっていろいろと問われたのは別の話である。
「あ、さっき織斑先生がメモリーチップを置いていったわよ」
「ああ、すまない」
ベッドに腰掛けていた楯無からチップを渡されたグラハムは早速端末に差し込み、データファイルを開いた。
内容は《フラッグ》の改修作業の途中経過についてだ。
先日からIS委員会の監視が強くなり、傍受の可能性も考えて通信ではなくチップによって報告が行われるようになるっていた。
夏から続けられているGNコンデンサーの開発は順調に進んでおり、圧縮率も以前よりも大幅に改善しているようだ。
肝心のフラッグについては作業の二十%が完了しているものの、機体に搭載するコンデンサーの調整が難しく、完成は早く見積もって一週間はかかる見通しだという。
とはいえ学園祭からまだ二日、GNフラッグが運び込まれてからまだ二十四時間と少ししかたっていない。
その中で千冬の《GN打鉄》と並行しての修復作業でこのスピードは、一重に学園の技術陣と整備士陣営の不眠不休の努力によるものである。
技術者を盟友に持つグラハムにそれが分からないはずもなく、それを事実として我慢弱い中で粛々と受け止めることにした。
「それで――」
「ああ、今日戦ってみた」
示し合せた通りにチップのデータを消去し、端末から取り出してポケットに仕舞い込んだグラハムは頷いた。
「どうだった?」
「結論から言えば、変わりはなかった」
「そう……」
パタパタとスリッパを揺らしながら楯無はうーんと唸った。
「何かあると思ったんだけどなー」
「私が見落としていた可能性もあるが、少なくとも斬り結んだ際、《打鉄改》には異常は見られなかった」
そう言ってグラハムは端末を操作し先程とは別のデータを呼び出した。
それはつい数時間前に自主練で使用した打鉄改の、《白式》との模擬戦のデータだった。
映像と共にリアルタイムでの数値の変移が表示されるが特に目立った点はなかった。
「そうそうこの楯無おねーさんの勘が外れることはないと思ったんだけどなー」
楯無が疑問に思っているのはサーシェスとの戦いで白式がみせた斬撃についてだ。
ISの実体式ブレードよりもはるかに強度の高いGNバスターソード、それを零落白夜のような光を纏った一撃で一夏は切り裂いた。
だが、零落白夜はシールドバリアーを斬り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与える能力で、エネルギーを纏わないバスターソードに対してはそれほど有効な一打にはなりえない。
それがエネルギー刃を形成した瞬間にバスターソードは両断された。
しかもあの一撃の後からサーシェスのIS《ヴァラヌス》の性能が一気に低下したかのようにも楯無には見えた。
そうでなければ、あれほど有利に立っていたサーシェスが逃げるように撤退するはずもなく、そもそもビームサーベルが両断されることすらなかったはずである。
そうなった原因は間違いなく白式にある。
しかも零落白夜とは別の能力を発動させたからだと楯無は考えていた。
しかし学園祭の後、戦闘に参加していた全ISは一度整備に出されたが一切の異常が見当たらなかった。
そこで今日、グラハムに頼んで実戦の中で白式の変化を見極めてもらおうとするも、どうやら結果は芳しくなかったようだ。
「一夏くんの方は?」
「見ての通り、いつもより気合いが入っていた。フッ、私もうかうかとしてはいられんな」
打鉄改は専用のチューンが施された教員専用機だが、やはりフラッグシリーズには劣る。
それでも今まで以上にグラハムといい勝負を見せたのは一夏の成長によるものだろう。
どこか嬉しそうに話すグラハムだったが、
「そういえば」
と、何かを思い出したようだ。
「模擬戦を終えた後だが、何度か一夏が刀を振っていたな」
「雪片を?」
ああ、と頷くグラハム。
「気が付いてたのかしら?」
「あの場にいなかった私には何とも言えんがね」
「ま、一夏くんが何か気づいてるっぽいのが分かっただけでも由としようかしら」
「今はその判断が最良だと支持しよう」
ポフッとベッドに倒れ込む楯無にフッと笑みをこぼすと、グラハムは簡易キッチンの中へ入っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
白式に関しての話を一旦終え、二人はベッドに腰掛け、他愛のない話をしていた。
「そういえばグラハム君」
「なにかね?」
「シャルロットちゃんたちとは、なにがあったのかな~?」
にやにやと悪戯っぽく笑う楯無。
対するグラハムも肩をすくめて笑顔で返した。
「いや、私の誕生日を教えていなかったことにシャルとセシリアから顰蹙を買ってしまったようでね」
「ふーん。グラハム君の誕生日って?」
「9月10日だ」
「そりゃ怒るわよ」
「そういうものか?」
そうそう、と楯無はおかしそうに頷く。
「逆に不思議よ。いつも『乙女座の私には――』とか言ってるグラハム君がそこまで誕生日に無頓着なのが」
「別に無頓着ではないさ」
「えー、だって――」
「……ただ、誕生日を祝うことをしてこなかっただけに過ぎんよ」
「あ……」
さっきまでと同じように何でもない風に言うグラハム。
だが楯無は目を伏せてしまった。
思い出したのだ、彼の境遇を。
IS学園に入学する際の経歴を詐称するために孤児とされたグラハムだが、彼は本当に孤児なのだ。
他の人には当たり前のことにも彼には縁がなかったのだ。
内面はすでに三十歳を超える大人だからか、それともいつもの自由気ままな言動からか、決して思わせることのない暗い過去。
だが十七歳の少女からすればそれは決して触れてはいけないもので、楯無は自分の不用意な言を後悔した。
今、腕を組んで静かに目を閉じているグラハムになんと言えばいいだろうか、と言葉を探す楯無。
「ええっと、あの――」
「だが、そうなると私も一夏に渡すプレゼントを考えなくてはな。何かいい案はないだろうか?」
「は――?」
しかしグラハムはいつも通りだった。
彼は一夏の誕生日について考えていたようだ。
呆気にとられた楯無へと微苦笑を浮かべ、
「いや、誕生日にはカタギリやハワード達ぐらいからしかもらった経験がないし、渡したこともなくてね。君も何か案があれば言ってもらえないか?」
「え? ええっと――」
いつもの飄々とした余裕はどこへやら、慌てたそぶりすら見せて楯無は口を開いた。
まったくと言っていいほど、グラハムは気にしていなかった。
それは言葉の裏にも自身の出生について考えていなかったのかもしれないし、年齢による達観かもしれない。
自分の思い違いかもしれないとしても、傷つけてしまい謝らなくてはならないと思いつめていた楯無の手をグラハムは引っ張っていく。おそらく無自覚に。
そんな彼にすでに楯無の表情も暗いものは消え、
「仕方ないわね」
と苦笑へと変わっていた。
「お姉さんがアドバイスしてあげるわ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「昔もらったプレゼントとか参考になるんじゃない?」
「なるほど」
「なにをもらったの?」
「大量のゲームソフトやプラモデル……あとはカタギリから『二人は――』のBDBOXぐらいだな」
「最初の二つはともかく、最後のはちょっとアレよね……」
というわけで本章では誕生日までは平和にいかせてあげようという趣向になります。
しかし、ルフィナにスポットを当てる章がまた遠ざかってしまったですよ……。