機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#68 名案と明暗

 翌日、第六アリーナ。

 

「はい、それでは皆さーん。今日も機動操作について授業しますよー」

 

 試験一週間前ということもあり、一組副担任山田のいつも以上に張り切った声が広いアリーナ内に響き渡る。

 

「今日も今までどおり、皆さんには順番にアリーナを一周してもらいます。テストでもやってもらうので気合いを入れてやっていきましょう!」

 

『はーい!』

 

 生徒の元気のいい声に山田もまた「よしっ」と気合いを入れる。

 そうして一般生徒達がグループごとに訓練機を受け取って練習を始める中、専用機持ちたちも愛機の準備をしていた。

 グラハムも《打鉄改》と大型スラスターを借り受け、軽い調整を終えていた。

 最初、《フラッグ》のないグラハムは訓練機組の中に参加しようと考えていたが、授業の妨げになりかねないと千冬のはからいにより、特別に教員専用機を使用することになった。

 第六アリーナに併設されたタワーの最上部に立つグラハムは、腕組みをしながら機動訓練を行うルフィナを見下ろしていた。

 ルフィナは人型形態(スタンドポジション)の《ガスト》を駆り、二棟のタワーを縫うように飛び回る。

 その手にはリニアライフルが握られ、タワーから射出されるターゲットを一つも逃すことなく撃ち落していく。

 さすがだと高速機動下での一糸乱れぬ緻密な動きにグラハムが感嘆しているうちに全てのターゲットを撃墜したルフィナは地上に降りたようだ。

 

『エーカー、準備はいいか?』

 

「ああ、問題ない」

 

 通信で入る千冬の声にグラハムは冷静な声で答えた。

 だがわずかに高揚感がその声から漏れていた。

 

『よし、始めろ!』

 

「了解した。グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 地を蹴ると同時に打鉄改の背部のスラスターの出力を一気に上げる。

 爆発的な加速を得たグラハムにセンサーがターゲットの出現を知らせる。

 数は二十、マシンガンを搭載した自動砲台だ。

 ニヤッ、と挑戦的な笑みを浮かべると両手にブレードを展開、左の斬撃で一機を撃墜するとすぐに機体を反転させ、実体シールドを展開する。

 シールドに取り付けられた速射式の小型レーザー砲の照準を合わせ、それぞれから一筋の光線を放つ。

 衝撃音が二つ響くがそれを確認することなくグラハムは打鉄改を飛翔させる。

 多角的に襲いくる銃弾の嵐を鋭角的にかわし、すれ違いざまの一太刀で両断していく。

 そして二十機全てを撃墜し終え、ゴール地点へと急降下するグラハム。

 地上まであとわずか、というところで警告音とともにまた新たな敵の出現をセンサーが捉えた。

 今までの訓練ではターゲットが二十機だった中での二十一機目。

 しかも終わったと思わせてのタイミングでの登場は狙ったとしか思えない。

 それでもグラハムは冷静さを一切失うことはなかった。

 やってくれるな、とわずかに頬を釣り上げる千冬に視線を送ると、グラハムは機体を急旋回させた。

 大回りな動きでの地面すれすれの旋回に生徒たちは勿論、山田や専用機持ちたちも「おおっ!」と驚きと歓声を上げた。

 だがそんなことはグラハムの耳には入っていないかった。

 ペダルを踏み込むように足に力をこめ、爆音を上げるようにスラスターを噴出させる。

 最大出力で加速したグラハムは敵に避ける暇など与えるつもりはなかった。

 右手の得物を量子化し、左手のブレードを両手で構える。

 一気に上昇し、真正面に捉えると、

 

「でえいっ!」

 

 裂帛の気合いと共に放った一撃は最後のターゲットを爆炎に変えた。

 

「さすがだな、エーカー」

 

「まさか、ああいう仕込みをしてくるとは」

 

「どのような状況でも即時に対応するのがお前の矜持だろ?」

 

「それを言われるとはな」

 

 ようやく地上に戻ったグラハムを、口端を意地悪く緩めた千冬が迎えた。

 グラハムだけにしか見えない程度の笑みに、彼は苦笑を浮かべるしかなかった。

 それでもパイロットに必要だと信じる素養をこなせたのだとすぐに頭を切り替えた。

 千冬から離れ他の専用機持ちたちのいる待機場所へ行くと、機体の調整をしつつセシリアの機動訓練を眺めていた。

 セシリアは機動制御主体の訓練であることから『ストライクガンナー』に仕様変更した《ブルー・ティアーズ》を操り、持ち前の機動力でもって駆け抜けていく。

 すでに十九機墜とし、残りは右から飛来するターゲットのみ。

 それも読みやすい機動で代表候補生ならば間違いなく撃ち落とせる。

 だがセシリアはレーザーを的外れな方向へ放っていた。

 当然命中などするはずもなく自動砲台がマシンガンを連射しながら突っ込んでくる。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に左手にショートブレードを展開し、投擲する。

 今度は刃が見事に突き刺さり、なんとか全機撃墜を成功させた。

 それでも地上に降りたセシリアの表情は浮かない。

 千冬の評価もあまり芳しくはないようだ。

 

「ふむ……」

 

 最近、セシリアの射撃精度が悪いようにグラハムには思えた。

 しかも先程のように目標を大きく外している。

 たしかに、主兵装であるレーザーライフルは長大でとり回しに難のある武装だが、それでもいままでは高い精度を誇っていた。

 それがここ一月の訓練では一度の訓練で何発か思いきりはずしている。

 まるでワザと外してるようにグラハムは見えたが、セシリアの表情を見る限り何かわけがあるようにも思える。

 しかし、正面から尋ねようとすればはぐらかされることもあるだろう。

 少なくともセシリアは気丈に振舞おうとするだろう。

 そのぐらいは短いながらも友人として付き合ってきたグラハムにも理解できていた。

 だが、放っておくこともできない。

 こういうときは特訓にでも誘うとしよう。

 その中で尋ねればいい。

 そう思い誘ってみたのだが、

 

「……申し訳ありません。それはまた今度、お願いできますか?」

 

 と、断られてしまった。

 

「――フラれたな」

 

 セシリアの背中を見送りながらグラハムは呟いた。

 おどけたように肩をすくめるグラハム。

 だが、その目は確かに見ていた。

 微笑んでこそいたが、セシリアの表情が曇っていたことを。

 一瞬のことだったがそれを見逃すほどグラハムも鈍くない。

 かなりの焦燥感を秘めていた。

 そうグラハムは感じた。

 夏まではこういった誘いには快く応じてくれていた。

 それが急に断られた。

 つまりそれだけ自身の、特にビット兵器や射撃の修練に当てなければならないのだろう。

 なにがここまで彼女を掻き立てるのか。

 友として見過ごせることではないな。

 

「だが、どうしたものか」

 

「ん? どうした、グラハム」

 

 セシリアの次に訓練を終えた一夏が声をかけてきた。

 どうやら、少し考え込んでしまっていたようだ。

 

「いや。なんでもないさ」

 

 そうはぐらかしたものの、視線はセシリアの姿を捉えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後。

 この日は一夏が週二回ある山田先生による特別講習を受けるなど、予定が入っている専用機持ちがいるので特訓は行われていない。

 グラハムも公平を期すために毎日機体を借り受けるわけにはいかず、自主練ができないでいた。

 因みに昨日に関しては山田から半ば強引にISを借り受けており、仮に先の約束ができていたら同じ手を使うつもりでいた。

 ひとまず自室で座学の試験範囲をノートで確認するなどして過ごした後、少し身体を動かすことにした。

 空色のジャージに着替え、ランニングを始めるグラハム。

 彼が走っているコースは、学園内にある六つのアリーナを環状に結んだものでいつもなら部活動の生徒達も走っている。

 だがすでに夕方で、何より試験一週間前ということもあって、数人ちらほらと確認できる程度だった。

 第四アリーナを通りかかったところで、グラハムは一旦足を止めた。

 視線の先には十階規模の建物が林立しており、学園祭でグラハムがスコールと名乗る女性と戦闘をした区域となっている。

 しばし先日の戦闘について思い返していると、

 

「あれ、グラハム」

 

「ルフィナか」

 

 視線を向けていたほうからジャージ姿のルフィナが声をかけてきた。

 格好とわずかに息が上がっていることから同じくランニングでもしていたのだろう。

 

「さすが候補生ともなれば、試験は余裕といったところか?」

 

「そ、そんなことはないよ。それにグラハムも走っていたんでしょ?」

 

「フッ、冗談さ」

 

 珍しく冗談らしい冗談を言ったグラハムは、ルフィナを誘って道端にあるベンチに腰掛けた。

 二人の手にはスポーツドリンクが握られている。

 

「疲れたね」

 

「そうだな」

 

 と他愛のないことを話していると、

 

「そういえばルフィナ」

 

 グラハムが突然、話題を切り出した。

 

「一夏への誕生日プレゼント、君は何を送る?」

 

「どうしたの、急に?」

 

 あまりグラハムらしくない話題にルフィナが驚きの表情を見せる。

 

「いや、何を送ればいいのか決まらなくてね。参考程度に聞こうと思っただけさ」

 

 それは楯無からもらったアドバイスの一つだった。

 昨晩、もらったことのあるプレゼントの話をしたところ、あまり参考にするなと言われた。

 かわりに箒、鈴音、ラウラの三人以外なら参考になるのではという話を聞き、実行に移してみることにした。

 

「そうだね、一応――」

 

 ルフィナは話し始めた。

 まだ一つには絞っていないようだったが、候補に挙げていたものやアドバイスをグラハムはもらうことができた。

 例えば――

 

「小物類がいいかなとは思ったんだけど」

 

「ふむ、何故だ?」

 

「やっぱり箒たちは一夏にアピールしたいだろうからあまり目立つ物は控えた方がいいかな――って」

 

「成程」

 

 さすがはシャルロットと専用機持ちの良心の双璧を成すだけあって、他の人への配慮まで考えたプレゼント選びをしていた。

 それでいて、難しいならと無難な物もいくつか例に挙げ、グラハムへの配慮もなされていた。

 区切りのいいところで時計を見るとすでに六時半を過ぎており、二人は寮に戻ることにした。

 その途中、第四アリーナへ通りかかるとセシリアが出てきたのが見えた。

 声をかけようとしたルフィナだったがそれは躊躇われた。

 いつも見せる優美な笑みは見えず、疲労と焦燥に表情が曇りきっていた。

 グラハムもそこには気が付いたのか黙って寮へと歩いていくセシリアを見送る。

 すでに日が沈んだこの時間帯、すぐにセシリアの姿は見えなくなった。

 

「最近、いつもああなんだよね……」

 

「どうやら一人で残って修練しているようだが、上手くいっていないようだな」

 

 夏の終わりに学園に戻ってきてから、セシリアは一人で遅くまで特訓することが多くなっていた。

 集まって自主訓練しても終わってから一人で黙々とブルー・ティアーズを駆っていた。

 セシリアは何かを追い求めている。

 だがこのままではいい結果につながるとはグラハムには思えなかった。

 友人として黙って見過ごせるほど我慢強くない。

 そう思うも訓練すら撥ねつけられてしまっては手の打ちようがない。

 相変わらずこういうことは上手くいかないものだと内心自嘲しながらグラハムも寮へと戻った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ルフィナと別れて自室へと戻ったグラハム。

 シャワーを浴び、服を着替えているとドアがノックされた。

 

「グラハム、いる?」

 

「ああ。少し待ちたまえ」

 

 手早くズボンをはき終え、グラハムはドアを開けた。

 廊下にはシャルロットがいた。

 

「何か用かね?」

 

「え、ええっと、夕食一緒にどうかなって」

 

 シャルロットの言葉にチラッと廊下の時計に目をやるとすでに七時を回っていた。

 寮へ戻る道からセシリアと一夏の件でいろいろと模索していたせいですっかり忘れていたようだ。

 そういえば空腹を感じるなとグラハムは誘いに乗ることにした。

 

「そうだな。同席させてもらおう」

 

「じゃ、じゃあ、行こう」

 

 喜色を万遍なく含んだ声と笑顔につられるようにフッとグラハムも笑みをこぼした。

 廊下に出て、階段を下りながら一夏の件についてシャルロットにも尋ねた。

 

「う~ん、僕も決まってないからなぁ……」

 

 本当は一夏へのプレゼントがあまり頭に入っていなかったのだが、そんな裏までグラハムは読み取れなかった。

 

「グラハムの好きなものってなに?」

 

「好きな物?」

 

「浮かばないならそこから考えるのもありだよ?」

 

「成程……」

 

 フム、と少し考えるそぶりを見せた後、

 

「空、だな」

 

 これしかないだろうとばかりにグラハムは言った。

 しかし大真面目に答えたのだがシャルロットは少し吹き出していた。

 

「なんかグラハムらしいね」

 

 どこか可笑しそうに笑うシャルロット。

 だがそれもグラハムの人となりをある程度知っているからこそである。

 

「でも、空かぁ……」

 

 何故かシャルロットまで考え込み始めた。

 確かに空はプレゼントの題材にするにはあまりにも漠然としすぎている。

 自分が渡す分も決まっていないのに一緒に悩んでくれるシャルロット。

 実際はそうではないのだが、やはり友はありがたいものだと思うグラハム。

 

「まあ、もう少し考えてみるとするさ」

 

「そうだね。僕も……あ!」

 

 何かを思いついたように手をポンと叩くシャルロット。

 

「試験終わったら買い物に行こうよ」

 

「君と一緒にか? しかし……」

 

「大丈夫だよ。ほ、ほら、かぶったりしたら嫌だし、一人で回るよりもいい案が浮かぶかもよ? この前いろいろあったから気分転換にもなるし」

 

 確かに一理あるとグラハムは頷いた。

 試験が終わったら店に行くことも考えていたが、一人で行ってもただ見て回るだけで終わるような気がしていた。

 なら、誰かパートナーがいてくれた方がいい。

 

「確かに、文殊の知恵とも言うからな」

 

「それ、『三人寄らば――』じゃなかったっけ?」

 

「む? そうだったか――」

 

 そのとき、グラハムは閃いた。

 訓練は断られたが、日程から考えれば買い物を断ることはないだろう。

 彼女を合わせて文殊の知恵、となるかは分からないが、気分転換にはなる。

 

「それだ!」

 

「え?」

 

 きょとんとしているシャルロットの手をグラハムがガシッと掴んだ。

 

「さすがはシャルと言わせてもらおう!」

 

「え!? あ、う……」

 

 満面の笑みを正面から向けられ、シャルロットの顔は真っ赤に染まる。

 内心あわあわと視線を外すも今度は握られた手が目に入り、これ以上ないくらいに顔が赤くなる。

 

「どうした、シャル」

 

「な、なな、なんでもない、よ?」

 

「そうか。フッ、来週が楽しみだな」

 

 にこやかにそう言うとグラハムは歩き出した。

 その後を追うシャルロットは浮かれに浮かれていた。

 だがそれも長くは続かなかった……


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