IS専門科目の期末試験は九月の第四水曜日から三日間の日程で始まった。
大まかな内わけは最初の二日間で筆記試験四科目、最終日に実技二科目が行われる。
最初の試験である『IS構造基礎』が始まって二十分、手早く解いていったグラハムはすでに表面の問題を全て自信のある回答で埋め尽くし、用紙を裏返した。
「……」
裏面はボーナス問題と書かれた一問のみで、問題は以下の通りだった。
『あなたが打鉄の機動性を上げるとするならば、どのような改造をしますか?』
まさに今後の授業展開に期待を持たせつつ、一年生の緊張を解すのにちょうどいい問題と言えるだろう。
事実、一年生たちはこの問題には自分の想像に任せて書いている。
スラスターの強化は全員が書き、中にはスラスターのタイプまで指定するといった解答もある中、グラハムも一切悩む素振りを見せずに解答を書いていく。
『チューンを施すに至って、私はまず機体の軽量化を推奨したい。草摺などの装甲は防御には向いているが機動性を阻害し、あえて言えば邪魔でしかない。なのでそこを取り除いたうえで私はさらに脚部や腕部の装甲も可能な限り削り取りたい。ただし、対Gシステムを考え、胸部、胴部に装甲を追加する。私の試算ではこれによって装甲を三割カットできるはずだ。次に高出力型のスラスター、ここでは大型プラズマジェットと置かせてもらおう、に換装する。これで出力はおおよそ倍になることが望めるだろう。制御用の翼も二対増設することで、高速状態でも機動に安定性を与えることができるだろう。次に――』
もはや親友が乗り移ったのではないかというぐらいの文量である。
ここまでだけでも他の生徒達と同じ回答のようで、その実かなり違う。
打鉄は、防御に特化した機体で元々装甲が多いのだが、防御兵装としての装甲の撤去だけでなく、手足の必要最低限の装甲までもギリギリまで削るということで軽量化を目指している。
それでいてスラスターは大出力型を採用するなど徹底した高機動型へと変貌させている。
言うまでもなくカスタムフラッグへの改修方法とほぼ同じものだ。
データもその流用である。
もはや打鉄の面影がない。
『――山田女史なら理解できると思うが、この機体には対Gシステムを稼働しても相当なGがかかることが想像できるだろう。だが、そこはパイロット次第でどうにでもなる。するのがパイロットだと私は思う』
最後はそうグラハムの理論で締めくくられている。
担当教師である山田はこれを見て頭を悩ませたが、一応題意にはそっているので、後に返された答案にはしっかりと丸が書かれていた。
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午前で試験が終わり、食堂は昼食をとる生徒達で込み合っていた。
さっきの試験について話し合っている生徒が多い。
IS学園も高校、学生の学ぶ場所であると思わせる光景が広がっている。
その中で比較的落ち着いた様子を見せるのが専用機持ちの集団である。
セシリアやシャルロット達にとって試験の内容は、代表候補生として知っていて当然の範囲であり、わざわざ出来具合を確かめあうことはしなかった。
例外は試験前に猛勉強をした一夏であり、
「昨日ラウラが教えてくれたところが出てきたから助かったよ。ありがとうな」
「ふふん、それはそうだ。嫁の勉学もしっかりと支えてこそのいい亭主というものだからな」
実戦訓練と同じく他の専用機持ちたちに勉強に付き合ってもらい、どうやらその成果が出たようだ。
その様子を眺めていたルフィナがふと思い出したように言った。
「明日の午後はみんな大丈夫だよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「そうでなくては困る」
最終日の実技試験はほぼ一日をかけて行われる。
午前中に高速機動の試験、午後には模擬戦という流れである。
因みに時間がかかる原因は、訓練機が生徒の数に対して少ないからだ。
「グラハムさんは大丈夫なんですの?」
「何のことかな?」
「グラハムさんのIS、まだ戻ってないのでしょう?」
模擬戦はランダムに選ばれた生徒同士で行われるが、公平性と成績基準の違いから専用機持ちは一般の生徒達とは別の枠組みで対戦相手が組まれる。
グラハムも専用機持ちとして登録されているため、対戦相手は専用機持ちになる。
その中で彼は専用機なしで挑むのにはいささか問題がある。
事実上、一年生最強と目されるグラハム。
彼が訓練機で専用機持ちと戦って、勝利するのは何の問題もないが、とてもではないが順当な成績が得るのは難しいだろう。
それだけ生徒用のデチューン機と専用機のスペックには差があるのだ。
グラハムの感覚で言えば《リアルド》でエースの乗る《イナクト》と戦うようなものだ。
それだけのハンデが成績に跳ね返ってしまうのだ、セシリアの心配は尤もだろう。
しかし帰ってきた回答は軽やかなものだった。
「今日中に仕上がると千冬女史から聞かされている。心配は無用だ」
「そうですか」
ホッと安堵した声を出すセシリア。
「私も買い物は楽しみにしているんだ、反故するような結果にはさせんよ」
「そ、そうですか……」
笑みを見せるグラハムに、今度は少し表情を赤らめるセシリア。
ここ一週間、相変わらず遅くまで一人で特訓を続けているがどこか表情は軽やかだ。
その理由を知っているのはシャルロットだけで、
「はぁ……」
人知れずため息を吐いていた。
そして少し曇った表情の原因はセシリアの件と一緒だった。
一週間ほど前、一夏の誕生日プレゼントを悩むグラハムをシャルロットは買い物に誘った。
彼女としてはグラハムをデートに誘ったようなもので、応じてくれたことにとても浮かれていた。
そこまではよかったのだ。
だがそれから十分と経たずにグラハムはその買い物にセシリアを誘ったのだ。
しかもシャルロットの目の前で。
その瞬間の彼女の気分の急降下ぶりは見たものを驚かせたほどである。
誘われたセシリアも最初は二人きりかと思ったようで、わずかな間に激しいテンションの乱高下があった。
それでもセシリアの場合、最後は上機嫌というところで落ち着いた。
(グラハムはいつも特訓にしか誘ってくれたことないもんね……)
プライベートで遊ぶという考えがあまりないらしく、誘われない限り学園の外に出ることをグラハムは滅多にしない。
それだけに、三人で行くことよりもグラハムから誘われたことの方がとても重要で、品のある笑顔がいつもより輝いていたのをシャルロットはよく覚えている。
(ライバルに塩送ちゃったかなぁ)
最初に提案したのが自分なだけに沈みようのすごいシャルロット。
グラハムは誰に対しても分け隔てなく接し、その実直な人柄は女子に対しても変わることはない。
そこが惹かれた一因でもあるのだが、そこに不満も抱いてしまう。
僕だけを特別に見てくれないかなぁ……
そんなちょっとしたワガママを彼に対して思ってしまうのは仕方がないのかもしれない。
「はぁ……」
「シャル、どうかしたかね?」
「うわあっ!?」
いつの間にかグラハムが覗き込んでいた。
しかも目線を合わせようとする彼の性格上、真正面で見つめ合うような格好となる。
ボンッと一気に真っ赤になるシャルロット。
「な、なんでもないよ!??」
哀れなくらい取り乱しているシャルロットだが、グラハムがその心情を読みとれるわけもなく、
「無理をするな」
と言うあたり、体調が悪いのかと思ったようだ。
それでもグラハムとして大真面目に心配しているらしく、それは言葉からもわかる。
「だ、大丈夫だから!」
慌てて顔を逸らしながらわたわたと手を振る。
今日もまたグラハムの乙女心の疎さに若干の苛立ちと、それ故の心の揺らぎを感じるシャルロットなのだった。
しかし、その苛立ちが思わぬ形で爆発するとはこのとき誰も想像できなかった……