翌日。
二日目の試験が終わったが、一年生達の雰囲気は緊張に満ちていた。
いよいよ明日は実技試験。
ある生徒達は昼食を手早くとり、ある生徒はとることなくアリーナへと向かって行った。
そしてグラハムたち専用機持ちグループにもわずかばかりの緊張感が漂い、お昼を いつもより早く食べ終えて席を立った。
「よし、アリーナに行くか」
「すまない、一夏。先に行って始めていてくれ」
「何かあるのか?」
「それは後の楽しみというやつさ」
疑問符を頭に浮かべる一夏達にフッと笑みを向けるとグラハムは先に食堂を出ていった。
三十分後、専用機持ち五人が一夏と箒への指導を始めた頃、グラハムが姿を現した。
彼は《カスタムフラッグ》を展開、宙をすべるようにして飛んでいる。
その姿はGNドライヴを搭載する以前の二対の翼を持っていた。
調整を施しているのか、何度も加減速を繰り返しているフラッグは見事な緩急をつけた旋回飛行を周囲に見せつける。
その漆黒のISの隣に、見慣れないISを纏った少女がいた。
二人は並び、グラハムが少女に話しかけているのが頭の動きで分かった。
ハイパーセンサーの機能で拡大すると、映った少女の顔は何人かの記憶にあった。
学園祭のとき、ご奉仕喫茶に生徒会長と一緒にきた会長の妹だという少女。
あの時の出来事が出来事だったために、英仏の少女二人の笑顔にわずかな険の色が入る。
そんなことは露知らず、見事な編隊飛行を見せた二人はほぼ同時に着地した。
わずかに醸し出される警戒心に対してグラハムは、
「すまない、待たせた」
と律儀に遅れたことを謝った。
「まだ始まったばかりだから気にすんな」
「そうか」
そしてやはり一夏といつも通りなやり取りをする。
「ね、ねえ、グラハム」
ここで動くのはグラハムが関わるときには、唯一と言える常識人兼苦労人のルフィナ。
「その娘は?」
「失礼。紹介がまだだったな」
横へ一歩ずれ、おどおどしている少女を紹介する。
「隣の彼女は四組所属の代表候補生、更識簪だ」
紹介された少女は人見知りなのか、なんとか頭を下げる。
そんな彼女が纏う独特の形状を持つそれは間違いなく専用機。
そこでグラハムがこの少女を連れてきた理由が彼女たちは理解した。
「そっか、専用機持ちは専用機持ち同士で組むから……」
「私たちの中でほぼ相手が決まるもんね」
納得したように頷く五人。
模擬戦では、専用機持ちはその実力(というよりは機体性能差)を考慮して一般の生徒とは分けて試験が行われる。
因みに一年生の専用機持ちは九人なので余った一人は山田と組むことになっている。
「そういう点では、私と簪は友人同士で会ったことはまさに僥倖というものだな」
「よ、よろしく……」
笑みを浮かべるグラハム。
簪もまたぎこちなくはあるが一夏達に挨拶した。
その仕草には怪しい点は見当たらず、グラハムへ向けられる視線もいたって普通。
どうやら二人を見る限り本当に友人同士のようだ。
セシリアとシャルロットは内心でホッと息を吐くと笑顔を向けた。
「これからよろしくお願いしますわ、簪さん」
「う、うん。こちらこそ」
「よろしくね」
笑顔で挨拶を終え、ようやく特訓を始めようとした時だ。
「む?」
ラウラがあることに気が付いた。
「この背部のユニット、HerrのISに搭載されているものと似ているな」
それは打鉄弐式の背部スラスター。
翼を持つ左右のスラスターを繋げたような形状は、色こそ違えど隣に立つカスタムフラッグのバックパックに酷似している。
「その通りだ。この機体は簪の半ハンドメイドだが、私が渡したフラッグのデータを一部使っている」
「うん。このスラスターはベクターノズルがついてるから運動性が高くて、機動性を重視していた《打鉄弐式》との相性が良かったから……そもそもISは反重力システムを利用して飛行するから空気力学的機体制御の効果をあまり受けることができず、これは超音速域や、大気密度の低い高高度飛行時といった同じく効果の薄い状況で運動性を発揮させることを目的に搭載されたアメリカ型TVノズルの設計を流用できるものであり、さらにシンプルな構造で――」
「長い! 長いし分かんないから!」
「やっぱりグラハムのフラッグにもTVノズルついてたんだ。どうりで――」
専門的な話を始める簪にツッコミを入れる鈴音。
一方で話にのめり込もうとしていたのは、同じくベクターノズルを搭載したISを持つルフィナ。
さすがは空軍思想で開発された《ガスト》の搭乗者だけあって簪の話にも十分ついていけているようだ。
「前に千冬姉も言ってたけど、本当に機動性特化の機体だったんだな」
「ああ。それがカスタムフラッグの持ち味だからな」
へー、と頷く一夏。
そして彼はここでも鈍感さをさく裂させることになる。
「じゃあ、簪とお揃いだな」
「そういう事になるな」
……ビシッ!
何かが聞こえた。
まるでヒビが入るかのような、そんな音である。
そしてゾクリとするような感覚がグラハムと簪を襲った。
グラハムは咄嗟に、簪はおどおどとその出所へと視線を向けた。
「お揃いかぁ……」
「IS開発において技術提供は欠かせませんから。ええ、理解してますわ」
そこには金髪の少女二人の笑みがあった。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
「ええ。グラハムさん、簪さん、お相手願えますか?」
見惚れるような美少女の微笑はだがしかし、まさに絶対零度の冷たい笑顔だった。
簪のグラハムへの感情に恋慕がないことなど分かっている。
それでも好きな人と『お揃い』などと呼ばれる相手には、それがISのことであろうと嫉妬の念を抱かずにはいられないのが乙女心というやつなのだろう。
しかも、その矛先はグラハムへも向けられていた。
今まで言動で散々やきもきさせた挙句に、お揃いであることを肯定するようなことを言えば、そうなるのも無理ないのかもしれないが。
鈍感な二人が決めてしまったコンボはしかし、グラハムにのみ災厄として降りかかってきたのは、彼のセンチメンタリズムな運命がなせる技なのか。
このあと、本人達からすれば理不尽としか言いようのない展開が待っていたのは言うまでもないことである。
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「奏でなさい、『ブルー・ティアーズ』!」
レーザーライフル、ビット兵器四基から放たれる一斉射撃を、グラハムと簪は乗機自慢の機動性により回避する。
翻りながら簪はミサイルをビットに叩き込もうとするも、
「甘いですわ!」
「ッ!?」
逆にレーザーによって発射される前にミサイルコンテナごと吹き飛ばされた。
コンテナに搭載されたミサイルは四十八発、その全てがさく裂した衝撃は凄まじく、搭乗者保護機能によって無傷ではあるが襲う衝撃までは殺し切れていない。
爆炎から吐き出され、機体バランスを崩している簪へ、再度セシリアはライフルの照準を合わせる。
すでに模擬戦を始めてより十分近く経ち、その間ずっと猛攻にさらされてきた簪は体力的な限界を迎えていた。
思うように体勢を立て直せてない相手。
しかしセシリアは、
「今日の私は、容赦などありませんわ」
躊躇なくトリガーを引く。
一直線に飛来するレーザーはしかし、簪には当たらなかった。
間一髪で黒い影がかっさらっていった。
高機動形態(クルーズ・ポジション)のフラッグだ。
飛翔するグラハムのISの背に乗った簪が放った青い光弾を切り裂き、セシリアは冷静な目で影を追う。
二対二のタッグマッチ。
個人の実力は元より、チーム内のコンビ―ネーションが勝敗を分かつ。
今、一対一ならば絶対に避けられなかった攻撃を避け、さらに反撃までしてきたことからもわかるだろう。
だが、それもセシリアたちにとっては想定内のことだ。
グラハムのISは、高機動型の中でもトップクラスの出力と機動性を併せ持つ機体。
その高機動形態ともなれば捉えることは難しい。
しかし彼は今背に疲弊している簪を載せているので、そこまでのスピードを出せていない。
そう、こちらの機動性でも十分対処できる程度に。
「……シャルロットさん!」
「いくよ!」
『瞬時加速』で超高速を得たシャルロットがアサルトブレードを振りかぶって突っ
込んでいく。
「簪!」
激突の瞬間、簪が飛び上がると同時に空中変形、機体を空気抵抗に任せて持ち上げる。
ギリギリで回避したグラハム。
「なんと!?」
股下でやり過ごしたはずのシャルロットが眼前で左拳を握りしめている。
楯の装甲が弾け飛び、大口径のパイルバンカーがその姿を現す。
学年別トーナメントでラウラを限界にまで追い詰めた第二世代最強兵器『
装甲の薄いフラッグが喰らえば一撃で沈みかねない。
防御しようにも跳弾目的であるディフェンスロッドでは杭など防げるはずもない。
だがこの距離で、このタイミングでの完全回避はさすがのグラハムにも無理がある。
それだけ今日のシャルロットの動きは極めていた。
「さすれば!」
グラハムは一瞬でビームサーベルを抜刀、正面から迎え撃った。
縦一文字に振られた紅刃はパイルバンカーを叩き割る。
放たれた杭だけでなく、基部のリボルバーをも裂き、残弾すべての炸薬に粒子が引火し爆発を起こした。
「わっ!?」
暴発の衝撃をシャルロットが受ける中、すかさずグラハムは空中変形し離脱する。
そこへセンサーが、簪が撃墜されたことを提示してきた。
負けたことが悔しいのか、簪は体を震わせていた。
しかしいくら模擬戦といえど、今日ばかりは声をかける暇などない。
襲いくるレーザー掃射を潜り抜け、グラハムはさらに速度を上げた。
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「すげえ……」
激闘を地上で眺める一夏がそう呟いた。
高機動型ISを操り、猛攻を紙一重で捌くグラハム。
確かにすごい。
しかしそれよりも今日はセシリアとシャルロットの動きが違うと一夏は思った。
容赦ないオールレンジ攻撃で追い詰め、その上でショートブレードでの剣戟でついに簪を戦闘不能にするセシリア。
グラハムの変則空中変形に対応し、あわやというところまで追い詰めたシャルロット。
相手が代表候補生以上の実力を持っていることが分かっているからこそ、二人の戦いぶりのすさまじさを感じていた。
それは他の皆も感じていたようで固唾をのんで見守っている。
だけど、気になることがあった。
拡大されて映る二人の表情。
笑顔だ。それも清々しいほどの。
しかも模擬戦中ずっと。
それでいてひんやりとしたものを感じるのは何故だろう?
そう思った一夏は隣に立つ鈴音に尋ねた。
「な、なあ、鈴」
「なによ?」
「あの二人、怒ってないか?」
「ハァ!?」
まるで聞くこと自体信じられないような声を上げる鈴音。
予想外の反応を見せる鈴音に一夏はあれ?と内心首を傾げる。
そんな少年に呆れたようなため息を一つ零し、
「一夏……」
「なんだよ」
「あんた……ほんと、バカね」
「は?」
鈴音に言われたことが分からず、思わずポカンとする一夏。
そして宙では、決着の時が来ようとしていた。
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フラッグを高機動形態へと変形させたグラハムは猛スピードで戦場を駆けて行く。
最大速度で飛翔する高機動型ISにはさすがに追いつけるはずもなく、シャルロットも二丁のライフルでの射撃に切り替えていた。
ブルー・ティアーズを含め、七方向からの射線を潜り抜けるグラハムは僅かな戸惑いを覚えていた。
セシリアとシャルロットの二人は、専用機持ちの中でも比較的思慮のある人物というのがグラハムの印象だった。
だが今の二人は的確ではあるが、周囲に一切気を配らない徹底的な攻撃を仕向けている。
このアリーナは明日の試験へ向けて多くの一年生が集まっている。
すでに多少の被害は出ているようで、すでに他の一年生たちはピットに引き上げてしまっている。
いくら模擬戦とはいえ、ここまでするような二人ではない。
全力でくること自体は、グラハムとしても望むところだ。
しかしここまでするとなれば、さすがに対応を変えなければならない。
しかも試験での模擬戦は一対一、この闘いは明日の備えとしては意味の薄いことだ。
そういう意味でもこの闘いはそろそろ止めなければならない。
グラハムは機首をシャルロットへ向け、上昇をかけながら威力の低い速射用を乱射する。
シャルロットは無作為な弾幕を回避し、機体を下へと急旋回させて突撃してくるフラッグをかわした。
フラッグはそのまま今度はセシリアへと鼻先を向けた。
飛来する蒼弾を回避しながらセシリアもまた降下していく。
二人は並び立つと、グラハムへ向けて一斉掃射を始めた。
それを、巧みに機体を操ることでグラハムはかわし続けていった。
まるで鷹のようにゆっくりと旋回し、機を狙う。
そしてシャルロットのライフルの弾数がゼロになった瞬間、グラハムは一気に降下した。
機体の先にいる二人の表情を見つめ、思った。
私は人の感情というものには疎いことを熟知している。
だから君たちが何に駆り立てられていたのかもわからない。
だが、後で話を聞くことぐらいはできる。
そのためにも、まずは決着をつけよう。
それも明日の為に機体を傷つけることなく、終幕を迎えなければならない。
故に、私はこの手段を選ぶ。
君たちは女性だ。
非難の言葉なら甘んじて受けよう。
しかし形はどうあれ、ここは君たちが調えた舞台だ。
拒絶の言葉には訊く耳を持たん。
その上で、あえて言わせてもらおう!
「抱きしめたいな! シャル!! セシリアッ!!」
急降下の中でグラハムはさらに出力を上げた。
限界的速度の中での空中変形『グラハム・スペシャル』を決め、人型へと変形する。
降下した勢いを両の腕に乗せ、二人の間に自らを叩き込んだ。
広げられた腕をシャルロットとセシリアの胸部にラリアットのように喰らわせると、そのままアリーナの床面へとしたたかに背中から叩きつける。
わずかに三人はアリーナを滑り、動きを止めた。
空中変形による減速、ISに備わっている搭乗者保護機能により二人は無傷。
機体そのものも、衝撃によりいくつかパーツがはじけ飛んだが剣戟や銃撃によるダメージと比べればはるかに軽傷で、ほぼ無傷のはずだ。
ガンダム鹵獲作戦のときに使用したフォーメーションの応用だが、上手くいったようだ。
「私の勝ちだな」
上半身を腕だけで起こすとマスクを解除し、グラハムは二人に笑いかけた。
二人は受けた衝撃などで混乱していたようでただ頷いただけだったが、
「…………」
「…………」
少し視線を動かし、状況を理解すると、
『!!?』
一気に顔が真っ赤に染まった。
突然のことにさすがのグラハムも少しばかり驚いたものの、
「失礼」
と自分たちの体勢に気がつくと体を起こした。
IS越しにとはいえ、あの時とは違い本当に抱きしめるような格好となってしまったのだ。
女子からすれば恥ずかしいに決まっている。
さすがの私でもそれぐらいは分かる。
しかし、そうなると釈明も必要だろう。
そう思い口を開こうとしたグラハムだが、
「お前たち、一体何をしていたんだ?」
背後から襲いくる殺気に先を越された。
先程まで顔を赤くしていた二人も今や青ざめている。
この二人がそうなる時点、いや殺気の時点で背後の人物が誰であるかなど考えるまでもない。
「とりあえず、教官室へ来てもらおうか」
振り返った先、アリーナの中央で仁王立ちする千冬の姿があった。
今回ばかりは謝ります。
すいませんでした。