試験最終日。
すでに高速機動試験が終わり、試験は最後の模擬戦を残すのみとなっていた。
一般生徒と代表候補生、または専用機持ちへと分かれ、その中でランダムに決定された相手と模擬戦を行う。
グラハムたちもすでに相手が決まり、それぞれ自分の番を待っていた。
彼はセシリアと組み、山田と組むのは簪となった。
アリーナ前に張り出された組み合わせ表で自分の相手が昨日の二人ではないことを知った簪はホッと胸をなでおろしていた。
その様子を見ていたルフィナが困ったように苦笑いし、件の二人は事の次第をここでしることになり何か言うべきだろうかと端の方で相談していたのは別の話である。
さて、二手に分かれてピットで待機している彼らの視線はそれぞれモニターへと向けられていた。
画面に映し出されるのは一夏と箒による模擬戦。
それぞれが一線を画し、特に近接戦闘においてはNGN機最高のスペックを誇る機体だけあって見る者を良くも悪くもうならせる。
試合は拮抗する中でも一夏の方がわずかに押していた。
幾度目かになる刃同士の激突。
《白式》の斬撃を箒は左の『空裂』で防ぎ、後退する《紅椿》が右手に握る『雨月』の打突からエネルギー刃を放つ。
近距離からの飛来する長大な光弾を一夏はギリギリで回避、同時にスラスターを吹かした。
迫る白の機体に箒は焦りを浮かべ、エネルギー弾を帯状にばら撒く。
さらに展開されていた各スラスターの出力を一気に上げ、追撃する一夏を引きはなそうとする。
しかしそれすらも一夏は潜り抜け、白式持ち前のスピードで箒を真正面に捉えた。
構えられた『雪羅』から光が迸る。
咄嗟に箒も応戦しようとするも全身のスラスターを全開にしたことが仇になった。
PICをオートマで使用していたために制御システムが機体の体勢維持を優先し、出遅れたのだ。
結果もろに荷電粒子砲の一撃を浴び、弾き飛ばされた。
『そこまで!』
試験監督である千冬の声と共にブザーが鳴り響く。
最後の一撃からして勝者がどちらであるかは一目瞭然……「おわぁ!?」……というわけではなかった。
荷電粒子砲を放つと同時に一夏も後方へと弾かれるように吹っ飛んでいた。
どうやら彼はPICをマニュアル制御で模擬戦に臨んでいたようだ。
それが勝敗を分けた。
一夏はマニュアル制により即座の反撃を可能とし、箒はオートマ制御のせいで致命的な隙を生んだのだ。
誰の目から見ても技量では一夏が一歩先んじていた。
一撃を放った直後に壁に突っ込みかけたのは彼の緊張感が緩んだせいだろう。
今の一夏ならご愛嬌、といったところだ。
だが、射撃の回避から一気に間合いを詰める、これを粗削りながらもやってのけたあたり修行の成果が出ているというべきだろう。
少なくともグラハムにはそう映っていた。
一夏がピットに戻ってきたときに
「括目させてもらったぞ、一夏!」
と実に彼らしく湛えていた。
はは、と差し出した一夏の拳にグラハムも合わせ笑顔を見せる二人。
色々と語らいたかったグラハムだが今は試験中、そこまでの時間はなかった。
『次、エーカーとオルコット』
「がんばれよグラハム」
「ふっ、期待には応えてみせよう」
いつもの挑戦的な笑みで応え、カタパルトに脚部を固定する。
「グラハム・エーカー、出るぞ!」
カタパルトから射出され、アリーナへと飛び出す。
中央で相手であるセシリアと向かい合う。
「グラハムさん、答えは出ましたか?」
「ああ。無礼を重ねたことを謝らせてもらいたい」
「……本当にわかってますの?」
自分で考えろとは言ったが実のところグラハムが、残念ながら人心に関しては疎すぎる彼が分かるとはセシリアには思えなかった。
だがグラハムはここが地上であるならば土下座をしたのではないかというほどに誠意と謝意を表情に見せている。
あまりにも物わかりが良すぎる。
そもそも無礼とはなんなのか。
訝しむセシリアにグラハムは心外だなと笑う。
「だが、今ここでするべきことではないとさすがの私も理解している。後で一夏と共に誠心誠意謝罪をさせてもらおう」
「……え?」
何故ここで一夏が出てくるのだろうか。
何かしらの勘違いであることを予想していたことのはずなのに、まさかと思ってしまうあたり若干セシリアは混乱していたのかもしれない。
念のためにとセシリアは尋ねた。
「えっと、何の話ですの?」
「ISの――」
「もういいですわ」
最初の五文字を聞いただけでセシリアは思い切り肩を落とした。
――まるでわかっていませんわ。
宣誓するかのように言おうとしたグラハムに戦う前からセシリアのテンションと疲労感は早くもクライマックスに達しようとしていた。
しかしそれではいけないとセシリアは自身を落ち着かせる。
『それでは試験を始める』
カウントダウンが始まる。
ふふっと冷静さを取り戻した笑みをグラハムに向ける。
「手加減は無用にお願いしますわ」
「全力を望む!」
グラハムも力強くうなずいた。
『はじめ!』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二人はほぼ同時に動き出した。
グラハムはリニアライフルをセシリアはレーザーライフルを瞬時に展開、引き金を引く。
左利きのグラハムと右利きのセシリア、交差するように二人の射線は交わり衝撃を生んだ。
タイミングに寸分の差はなく、だが威力で『トライデントストライカー』のフルパワーに軍配が上がり、レーザーによってプラズマを剥がされたものの弾丸はそのままセシリアへと飛ぶ。
だがレーザーにより弾速はかなり落ちており、決して脅威にはならない。
冷静にセシリアはライフルで銃弾を弾きそのまま次射を放つ。
当たらないのは承知の上。
「ブルー・ティアーズ!」
レーザー砲を搭載した四機のビット兵器が非固定ユニットより射出される。
高度を一気に下げて回避し、リニアライフルを向けるグラハムへと向けて一斉に掃射をかける。
多重に光線が伸び、上下に突き進んでいく。
セシリアは際どいながらに光弾を避け、グラハムはリニアライフルを向けたまま空中変形、途切れることのない光雨を上っていく。
「がら空きですわよ!」
そこでセシリアは二機のビットを上昇してくる《フラッグ》を挟み込むように飛ばす。
高機動形態のフラッグの武装は基本機首に装備されたライフルのみ。
腕は機体に固定されるために使用はできないために前方以外からの敵には丸腰になる。
センサーの感度を上げて狙いを澄まし、レーザーを放った。
完璧なタイミングでの一撃。
しかしそれが捉えたのは空。
――外れたッ!?
放たれた瞬間、グラハムは機体を変形させることにより軌道をずらしたのだ。
グラハムの十八番ともいえるこのマニューバ、『グラハム・スペシャル』。
彼と最も手合わせをしてきたセシリアも当然この展開は予想していたことだ。
そして予想していたということはすでに手を打っていたということでもある。
センサーによって変形の瞬間を鮮明に捉えていた彼女は僅かに頬を緩ませる。
急上昇中での空中変形は難易度が上がり、スピードも相まって機体のバランスが大きく崩れる。
それを抑えつつ攻撃に転じようとすれば機体のブレを上下だけに抑えようとする。
つまり上昇方向の軸線上からズレがほとんどなくなる。
そう考えたセシリアはフラッグの腕のロックが解除された瞬間に残りのビットをフラッグの頭上へと展開した。
そして読み通り、グラハムは巧みなPIC制御によって失速と空気抵抗による影響を減速のみに抑え、空中変形を完遂した。
その瞬間、展開された二機からセシリアはレーザーを撃ち込んだ。
狙いは頭部。
試合の勝利条件は相手に絶対防御を発動させること。
頭上からの一撃、頭部を守ろうと確実にISは絶対防御を発動させる。
それでもセシリアは勝利を確信しようとしない。
相手はグラハム・エーカー。
こちらの思う「ありえない」をあっさりとやってのける男だ。
そして現にやってのけていた。
グラハムの頭上で爆発音が響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さすがだな、セシリア!
グラハムは笑っていた。
彼の周囲には黒い破片がいくつも落ちてきた。
一部青色が混じっている破片を潜りビームライフルを展開する。
空中変形の瞬間、メインカメラの役割を担わせていたセンサーが頭上に展開する二機のビットを捉えていた。
頭上からの射撃を本能的に読んだグラハムだが空中変形を途中でやめることはできない。
そこで彼は空中変形と同時に機首のライフルをパージした。
射出されたリニアライフルは高機動形態の肩部パーツごと宙を舞い、二筋のレーザーへの楯となった。
これは変形時にすぐ手に持てるよう搭載された射出機構を用いたものだ。
MSとは違い装甲によって変形時にライフルに手を伸ばせないISならではの機構。
それ故にグラハムはセシリアを称賛した。
ISでなければやられていた。
私にライフルを失わせたのはガンダム以外では君が初めてだ!
トリガーを絞りライフルからビームを放つ。
紅椿のものよりは朱に近い紅色の光線が一直線に駆ける。
身を翻して避けたセシリアは今の多段攻撃を決めてなお気を抜いていなかったようで、すぐにビット兵器とライフルによる迎撃が向けられた。
それらを軽やかにかわしてみせるグラハム。
距離を空けようとするセシリアにもう一度牽制の一発を放つとビームライフルを消失させた。
バックパックに新設された小型スラスターから彩色光を漏らし加速する。
真っ直ぐにセシリアを見据え、左手にプラズマソードを構える。
二人の距離は直線にして十メートルを切っていた。
高出力スラスターを搭載したフラッグにとってはまさに一足一刀の間合い。
いつもならセシリアもブレードを展開して対応してくるだろう。
だが彼女はライフルをこちらに向け、レーザーを放った。
至近距離からの一発。
機体を傾けすれすれでいなすグラハム。
直後、四条のレーザー光が四方から飛び交った。
しかし、いずれもあらぬ方向へと飛んでいく。
(何ッ?)
仮にグラハムを狙っていたのだとしたらあまりにも的外れな射撃だ。
それはここしばらく授業でセシリアがみせた失敗と重なる。
そしてそのうち一発は……
「きゃあっ!?」
セシリアを掠めた。
彼女自身予想外だったのだろう、わずかに装甲を掠っただけにもかかわらずバランスを崩した。
激しく動揺するセシリア。
あまりにもお粗末な失態は、昨日今日とグラハム・スペシャル攻略まであと一歩まで迫ったパイロットと同一人物には思えない。
いったい何があったのか、誰しもがそう思う中でグラハムはその動きを止めなかった。
セシリアに急迫し、その首元にプラズマソードの蒼刃を差し向けた。
ピタリと止められた刃をわずかにでも動かせば絶対防御は発動される。
勝者がどちらなのか、誰の目から見ても明らかだった。
「……参りましたわ」
うなだれ、セシリアはそう一言つぶやいて投了した。
事ここに至るまで約三分、あっけない幕切れとなった。
お久しぶりです、農家の山南坊です。
かなり間を空けてしまいました、申し訳ありません。
一月以上間を空けてしまったので、今話でのグラハムさんの対戦相手をセシリアに変更しました。
これでセシリアの変調について再度認識していただければと思います。
これからもお付き合いいただければ幸いです。